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星の織りなす物語 Lethe  作者: 白絹 羨
第一章 銀樹の聖域の少女

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第二十三話 流浪の竜と魔法使い

 陽射しが穏やかに降り注ぐ草原に、三つの影が揺れていた。風が草の葉をなびかせ、鳥のさえずりがどこか遠くで響く。澄んだ空気の中で、リナリアはじっと目の前の男を見つめていた。

 彼の名は ジーク。ドラゴンと獣人の血を引く、異端の存在。鋭い爪のような指先が器用に剣の柄を撫でる様子が、彼の本質を物語っていた。


「お嬢ちゃん、俺を雇わないか?」


 突然の申し出に、リナリアは瞬きをする。


「見るところ、訳ありなようだ。その荷物……まるで家出少女じゃないか」


 ジークの口元に浮かぶ笑みは、どこか試すようなもの。彼の金色の瞳が、リナリアの足元に積まれた荷物をちらりと見やる。衣服、少しの食料、旅路の地図。確かに、慣れた旅人の持ち物というよりは『衝動的な出発』 を感じさせる。


「……あまり、人の荷物をじろじろ見ないでほしいわね」


 リナリアが肩をすくめると、ジークは楽しげに笑う。しかし、すぐにその笑みが消えた。彼の視線の先、ルミナが一歩前に出る。女性の姿をしたルミナはジークよりも背は低い。だが、彼女のまとった気配には 圧倒的な威圧感 があった。鍛え抜かれた体躯、しなやかに構えた肢体。彼女の視線が鋭く光り、まるで獣が敵を見据えるかのよう。


「リナリアを軽々しく扱うな」


 静かに響く言葉が、草原の風に紛れる。決して声を荒らげたわけではない。だが、ジークの全身が本能的に 『これは冗談では済まない』 と悟る。彼女は丸腰でも、その存在そのものが剣よりも鋭く、何よりも危険な(やいば)

 ジークは一瞬だけ目を細め、目の前の女をじっくりと観察する。腕に宿る力強さ、油断のない立ち姿、そして何より、彼女の瞳に宿る異質な光。彼は直感した。この者は、人ではない。


「待って、ルミナ」


 リナリアがそっと彼女の肩に手を置き、落ち着かせるように軽く揺らした。ルミナはすぐに力を緩めたが、まだ警戒を解いてはいない。


「まずは、条件を聞いてみましょう?」


 リナリアが優雅に微笑むと、ジークは肩をすくめた。


「ははは! さすがに落ち着いてるな、嬢ちゃん」


 そう言いながら、ジークは陽の光を背に受け、楽しげに空を仰ぐ。


「なぁに、俺も行く当てがなくてな。退屈していたんだよ。それに、資金も尽きちまって、傭兵仕事でも探そうかと思ってたところさ」


 軽い調子で語るが、その言葉の裏に滲むものをリナリアは感じ取っていた。彼は放浪者。 どこにも居場所がなく、どこにも根を張らない者の持つ孤独が、彼の声音に潜んでいる。


「……そうなの」


 リナリアが小さく呟くと、ジークはふっと口の端を上げた。


「とはいえ……試しに、少しだけ腕試しさせてもらってもいいか?」


 彼の手が、素早く腰の剣へと伸びる。


 シュンッ!


 鋭い金属音が響いた。ジークが剣を振りかざすと、ルミナが音もなく動く。空気を裂くように弧を描いた刃――ジークの剣がわずかに揺れ、そして 弾き飛ばされた。彼の手から離れた剣が、くるくると回転しながら草原の上に転がる。ジークは一瞬、何が起こったのか理解できなかった。目の前には、サーベルを握るルミナの姿があった。


「……!」


 彼女の手に剣など持っていなかったはずなのに、いつの間にかその指先には 完璧にバランスの取れた一振り が握られていた。ルミナは剣先をわずかに傾け、冷ややかに微笑む。


「奇遇ね。我々もちょうど腕試しをしたいところだったの」


「おっと、おっと! 待て待て!」


 ジークは両手を上げ、慌てて後ずさる。


「冗談だ! 本気にするなよ!」


 ルミナは目を細めたまま、剣をジークの首元へと軽く向ける。その動きに一切の無駄がなかった。


「冗談でも、剣を抜くべきじゃないわ」


 ジークは苦笑しながら、吹き飛ばされた自分の剣を拾い上げた。


「へぇ……なるほどね」


 肩を回しながら、じっくりとリナリアとルミナを見つめる。


「しかし、俺を雇えって話は本気だぜ?」


「……どうしようかしらね?」


 リナリアは考えるふりをしながら、ジークをじっと見つめた。


「とりあえず、エルゼグラードまでの案内を頼もうかしら?」


 不敵に微笑みながら、さらりと言う。


「報酬は、あなたの命でいいよね?」


 ジークは一瞬、驚いたように目を見開き、すぐに破顔し、大きく笑った。


「ははっ、いいねぇ……おもしれぇ」


「まぁ、あなたは他人の命を奪ったことはなさそうね」


 リナリアはじっとジークの目を見据え、ふっと唇の端を上げる。


「盾くらいにはなれそうかしら?」


 ジークは少しの間、何かを考えるように黙った。そして、片膝をつき、静かに頭を()れた。


「……わるかった。命に代えても忠誠を尽くすさ」


「その言葉に偽りはない?」


 ジークはゆっくりと顔を上げ、まっすぐにリナリアの目を見た。


「ああ、ほんとだ」


 静かな決意が、その声に宿っていた。ジークは歩きながら、心の奥にわずかにざわめくものを感じていた。最初にルミナを見たときから、どこか引っかかるものがあった。姿形(すがたかたち)は人のものに近いが、彼女の纏う空気は異質。ただの魔法使いではない。普通の獣人とも違う。

 それが確信に変わったのは、彼女が剣を弾き飛ばしたとき。あの瞬間、身体(からだ)に流れる魔力の波動がわずかに変化し、馴染み(ぶか)いものに似た気配 を感じ取った。


 ―― ドラゴンの気配。


 ジークは目を細める。彼自身がドラゴンの血を引いているがゆえに、本能的にわかるものがある。彼女は間違いなく、ただの人ではない。いや、人ではありえない。あの白いドラゴンを目撃したとき、彼の中に湧き上がった感覚。今、ルミナを見て抱いた違和感。二つは完全に重なっていた。彼女が、あのドラゴンだったのか。確証はない。しかし、疑念は確信に変わりつつあった。


「ま、いいさ。ついてきな」


 ジークは微かに笑いながら、ゆったりと歩き出した。

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