表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の織りなす物語 Lethe  作者: 白絹 羨
第一章 銀樹の聖域の少女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/112

第二十二話 草原に響く竜の足音

 広大な草原がどこまでも広がり、風が優しく草をなびかせていた。昼の陽射しが降り注ぎ、銀色に輝く草の海が波打っている。どこか遠くで小鳥のさえずりが響き、かすかに川のせせらぎが聞こえた。リナリアとルミナは、その景色の美しさよりも、今の状況を考えていた。

 リナリアは地図を広げ、指先で現在地を探る。目印となるものがほとんどない。見渡す限りの草原。小さな丘が連なる程度で、村も道も見当たらなかった。


「ここ、どこなのかしら……?」


 地図をじっと見つめながら、リナリアは呟いた。銀樹の聖域からかなり離れたのは間違いない。神殿から逃れ、ルミナの背に乗り風を切った時間を思い出す。方向は間違っていないはず。


「上から確認してみるわ」


 ルミナはそう言うと、一歩後ずさり、しなやかな肢体が光に包まれた。周囲の空気がわずかに揺らぎ、金色の粒子が弾けるように広がる。毛並みが滑らかに収縮し、腕がたちまち細くなり、指先が鋭利な鉤爪へと変わっていく。瞬く間に彼女の姿は、猛禽のようなフクロウに変化した。

 大きな翼を広げ、ルミナは風を切って空へ舞い上がる。青空の中へと消えるように飛び立ち、高度を上げながら周囲を見渡した。上空からは地上では見えない風景が見えてくる。南の方には細い道が続いており、その先に集落らしきものがある。帝都エルゼグラードへと続く道筋を探るために、ルミナはさらに高く舞い上がった。

 そこで、遠くからゆっくりと近づいてくる人影を見つけた。ルミナは急降下し、草原へ降り立つと、すぐに人の姿へと戻る。金色の粒子が舞い、羽毛が消えていくと、いつものしなやかな女性の姿が現れる。リナリアの前に立ち、彼女を見つめた。


「誰か、こちらへ向かってきてるわ」


「人?」


 リナリアは地図を畳みながらルミナの言葉に耳を傾けた。ルミナは軽く首を振る。


「ただの人じゃない。……あの歩き方、姿……人のようで、人じゃないわ」


 リナリアの心に警戒の色が浮かぶ。ルミナの言葉を軽んじるわけにはいかない。彼女は魔法生物として、感覚が鋭く、危険を察知する能力に長けていた。リナリアは草むらの陰に身を潜め、近づいてくる影をじっと見つめた。

 しばらくすると、ゆっくりと姿がはっきりしてくる。男の背は高く、広い肩と引き締まった筋肉を持つ。獣人のような体躯をしているが、その頭部は竜のように見えた。だが、リザードマンとは違う。鱗に覆われた肌は滑らかで、鋭く切れ長の瞳には明らかな知性が宿っていた。(つの)が後ろへ伸び、金属のような光沢を持つ。その歩みは堂々としており、荒野(こうや)に慣れた者の動き。

 彼はリナリアたちの前で足を止めた。しばらく、じっと二人を見つめる。リナリアは構えたが、敵意は感じなかった。


「ここで白いドラゴンを見なかったか?」


 低く落ち着いた声が響く。その問いに、リナリアとルミナが互いに視線を交わした。リナリアは身を起こしながら、慎重に言葉を選ぶ。


「あなたは、それを知ってどうするの?」


 彼はふっと目を細めると、静かに答えた。


「どうもしない。ただ、気配に引かれた。それが俺の血に流れるものだからな」


「気配……?」


 リナリアは改めて彼の姿を見つめた。近くで見ると、彼の鱗は薄く(きん)を帯びており、身体(からだ)からほんのわずかに魔力の揺らぎが感じられた。彼の言葉に嘘はない。


「あなた、名前は?」


「ジーク」


 男はゆっくりと答えた。


「ジーク。ドラゴンの血を引く者」


「ドラゴンの血を……?」


 驚きを隠せず、リナリアは瞬きをする。横でルミナがわずかに眉をひそめたが、ジークはそれ以上何も言わず、静かに彼女たちを見つめている。腕を組み、少し考え込む。敵意は感じられない。だが、ドラゴンを追ってこの地に来たというのなら、ルミナを追いかけてきたのか。慎重に微笑みながら、リナリアはゆっくりと口を開いた。


「じゃあ、名乗らなきゃね。私はリナリア、そしてこちらはルミナ。私たちは帝都エルゼグラードへ向かう旅の途中よ」


「エルゼグラードに?」


 ジークは少し目を細めた。その視線は静かだが、どこか探るような色があった。


「それで……ドラゴンについて知っていないか?」


 リナリアは肩をすくめる。


「さあ、どうかしら。でも、私はこう見えても偉大な魔法使いなの。ドラゴンの使い魔くらい召喚できるわよ」


 ジークの視線がリナリアを貫いた。彼女の言葉に、わずかに眉を上げる。


「ほう?」


「嘘と思うなら、信じなくてもいいわ。でも答えはそういうこと」


 リナリアは挑むようにジークを見つめた。ジークの視線が、一瞬だけリナリアの足元に落ちた。畳んでいたはずの地図が風に煽られ、端がわずかに揺れている。


「……そうか」


 彼は何かに納得したように呟き、視線を戻す。そして、微かに口元を歪める。


「だからこんな場所で地図を広げていたわけか」


 リナリアはその言葉にハッとし、無意識に地図へ手を伸ばす。彼の視線を遮るように、さりげなく身体(からだ)の向きを変えたが、その動きがかえって「見せたくない」という意図をはっきりと伝えてしまう。

 ジークはその仕草をじっと目で追うが、それ以上何も言わなかった。ルミナはリナリアの横で、静かに彼の反応を見守っていた。彼女はまだジークを完全に信用してはいなかったが、その態度にはどこか探るような色があった。

 風が草を撫で、遠くで鳥の羽ばたく音が響く。草原の静寂の中で、リナリアとジークは互いの意図を探るように、しばし沈黙のまま相手を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ