第二十一話 星の落ちる草原で
昼の陽光が草原を柔らかく照らし、風が揺らした草の葉先が銀色の波のようにきらめいていた。広がる空は果てしなく高く、遠くには連なる山脈が霞んで見える。リナリアとルミナは、その中にぽつりと佇んでいた。
ルミナはゆっくりと歩みを進める。彼女の背にはまだドラゴンの名残が残っていた。鱗の輝きが風に溶けるように散り、羽が光とともに崩れ去ると、しなやかな女性の姿が現れた。白く滑らかな肌と長い耳が月光のように輝き、紅を帯びた瞳がリナリアを見つめる。
「銀樹の聖域に戻る?」
ルミナの声は穏やかだったが、その奥に隠された感情は複雑だった。リナリアが何を答えるか、彼女は既に分かっていた。それでも、問いかけずにはいられなかった。リナリアは草の上に足を投げ出し、空を仰ぐ。雲がゆっくりと流れていた。風が頬を撫でるたびに、神殿での出来事が遠くなっていく気がする。心はまだざわついていた。
「私はここで逃げるわけにはいかない」
ルミナは目を細める。リナリアの言葉はいつも、まっすぐだった。嘘偽りのない意思がそこにある。それがどれほど無鉄砲であっても、彼女はそれを止めることができない。
「帝国の真実を知りたいの」
リナリアの声が草原に溶けた。
「ローゼン帝国は、どこまで本当なのか知りたい。帝国の信仰も、経済も、魔法文明も……何が嘘で、何が真実なのか、誰かの言葉じゃなくて、自分の目で確かめたい」
ルミナは風の中で静かに佇んでいた。リナリアは彼女の横顔を見つめ、ふと微笑む。
「……ルミナは、私がそんなこと考えると思ってた?」
ルミナは小さく笑った。リナリアの無鉄砲さは、いつも彼女を困らせながらも、不思議と道を切り開いてきた。今回の旅も、また新たな道を生み出すのかもしれない。
「リナリア。あなたは、帝国にとって都合の悪い存在になってしまったかもしれない」
「どういうこと?」
「あなたがこうして里に降りてきたことで、辺境の人々は信仰の象徴を目にした。あなたがいることで、彼らは団結するかもしれない。それは、帝国にとって歓迎すべきことじゃない」
リナリアは口をつぐんだ。彼女自身、その可能性には気づいていた。それを意識することで、自分がどう変わるのかを考えるのが少し怖かった。リナリアはルミナの瞳をじっと覗き込んだ。
「私が帝国に行くのも反対?」
ルミナはすぐには答えなかった。風が二人の間を抜け、草の葉を揺らす。
「……あなたが決めることよ」
「じゃあ、決まりね!」
リナリアは大きく伸びをして、草の上に寝転がった。
「考えても仕方ないわ。帝都エルゼグラードに行ってみましょう!」
帝都の名を口にした途端、胸の奥で何かが跳ねるような感覚があった。
「それに、お母さんを知ってる人がいるかもしれないし」
リナリアはルミナの顔を見ずに呟いた。しばらく沈黙が続いた。ルミナはそっとリナリアの隣に腰を下ろし、草の上を指先でなぞる。リナリアの母――フェリオラ。その名を思い浮かべると、遠い記憶の奥底から何かが呼びかけてくるような気がした。
「……お腹すいた」
リナリアがぽつりと言い、懐からエルナからもらった小さな包みを取り出した。中には、干し肉と乾燥パンが入っている。
「エルナがくれたのよ。出発の前にもらったの。食べる?」
リナリアがパンを差し出すと、ルミナは小さく首を振った。
「私はいらない。リナリアが食べて」
「じゃあ、遠慮なく!」
リナリアは大きくひとかじりする。口の中で少しぱさつくが、噛むごとに素朴な甘さが広がる。
「おいしい!」
そう言いながら、彼女はまたひとかじりした。ルミナはそんな彼女の様子を見つめながら、小さく息をつく。
「……私は、あなたが無茶をしないか心配」
「無茶なんかしないわ。ちゃんと、考えてるもの」
ルミナは微笑み、そっと手を伸ばしてリナリアの髪を撫でた。
「それなら、いいんだけど」
空はまだ青く広がっていた。二人はしばらくそこに留まり、草の香りに包まれながら、エルゼグラードへの旅のことを思い描いた。




