第二話 雪に閉ざされた朝
暖炉の薪が静かにはぜ、橙の光が壁に影を落とす。静かに揺れる火の光は、暖かくもどこか儚く、まるで部屋そのものが息をしているかのよう。リナリアは毛布にくるまったまま、ぼんやりと炎を見つめる。昨夜の雪は深く積もり、外の世界は白と灰色の静寂に包まれている。
「目が覚めた?」
穏やかな声がした。振り向くと、エリオーネが鍋の中身をかき混ぜていた。滑らかな銀白の髪はふんわりと肩に落ち、深いエメラルドグリーンの瞳が、優しくリナリアを見つめている。
彼女のローブは、森の葉を思わせる柔らかな緑。刺繍の中に細やかな精霊の意匠が施され、ローブの裾から覗く刺繍には、まるで風にそよぐ枝葉が揺れているかのような錯覚を覚える。帯には小さな宝石が埋め込まれており、その中で精霊の光がほのかに揺らめいていた。その宝石がかすかにきらめくたび、どこからともなく、透明な蝶のような光が舞い降りる。
家の中には、小さな精霊たちの気配があった。暖炉の火を眺める影、鍋の湯気の中に浮かぶぼんやりとした光、小さな翅を震わせて、そっと窓辺に降り立つ気配。けれど、じっと目を向けると、その姿は消えてしまう。森の静寂とは対照的に、この家には確かに 精霊のささやき が満ちていた。
「……うん」
リナリアは毛布を滑らせ、ゆっくりと足をつける。冷えた床の感触が、素肌を撫でた。エリオーネはスープをよそい、静かにリナリアの前に置いた。
「昨日は冷えたでしょう?」
「平気だよ」
湯気を吹きながら答える。昨夜の冷たさよりも、川の流れの方が、ずっと印象に残っていた。
「今日も森に行ってくる」
エリオーネはふと視線を落とし、スープの椀を指でなぞる。
「森は……静かすぎるわ」
リナリアは手を止めた。
「昔は、もっとにぎやかだった」
知っている言葉。
「風の音も、木々のざわめきも、精霊の囁きも……」
——もっと幼いころ。
森は今よりもずっと色濃く、風は語りかけるように木々を揺らしていた。草花は揺らぎ、光はきらめき、小さな精霊たちがその合間を舞っていた。あの頃は、確かに精霊の気配があった。今は何も聞こえない。
「……いつからだろうね」
リナリアはぽつりと呟く。
「……十三年前よ」
「……」
「あなたが覚えていないだけ」
スプーンを置く音が、小さく響いた。リナリアは静かにスープを飲み干し、椀を置くと、席を立った。
「行ってくるね」
「気をつけて」
エリオーネの声を背に、リナリアは厚手のコートを羽織る。扉を開けると、冷たい空気が流れ込んできた。雪は止んでいた。足元の雪を踏みしめながら進む。
静かすぎる森。知っているはずの道なのに、何かが違う。風の吹き方が違うのか。木々のざわめきが、昨日とはわずかに異なっているのか。雪の下には、昨日歩いた足跡があるはずなのに、何も残っていない。それは、まるで。何かがすべてを覆い隠すみたいに——。