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星の織りなす物語 Lethe  作者: 白絹 羨
第一章 銀樹の聖域の少女

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第十七話 聖獣の歩む道

 陽が高くなるにつれ、村の空気が温かく満ちていく。通りには賑わいが増し、井戸端では水を汲む女たちが穏やかな声を交わしていた。家々の軒先からは炊事の香りが立ち上り、朝露を吸った土の匂いが風に乗って漂う。畑へ向かう農夫たちの足音が乾いた土に響き、行商人が荷を積んだ荷車を引いて道を進む。

 リナリアは村の門の近くまで来たところで視線を感じ、足を止める。信仰を示す緑の衣を身にまとった数人の男たちが、馬を引きながらこちらへと歩いてくるのが見えた。先頭に立つ壮年の男は落ち着いた様子でリナリアの前に進み出ると、恭しく頭を下げた。


「リナリア様、お見送りにまいりました」


 その声には敬意と、断る余地を与えない響きがあった。後ろに控えている若者たちは静かに立っているが、何か言いたげな視線を投げかけている。


「お見送り?」


 リナリアは彼らの意図を察しながらも、あえて問い返した。


「我らはあなたが旅立つと聞き、せめてお供をと考えました。辺境の地を巡るというのなら、信徒として支えとなることこそが務めです」


 壮年の男は一歩前に進み、穏やかだが強い意志を宿した瞳でリナリアを見つめた。背後では若者たちがうなずきながら言葉を継ぐ。


「帝国の教えが広まる今こそ、エルフの御方が我々を導いてくださらねばなりません」


「お一人での旅では、あまりにも危険です」


 リナリアは内心ため息をついた。彼らの言葉には敬愛がこもっていたが、それ以上に、信仰による使命感が透けて見える。彼らは彼女を単なる旅人としてではなく、『導く者』として見ていた。しかし、リナリアにその役割を担うつもりはなかった。


「気持ちはありがたいけれど、私は一人で行くわ」


 柔らかく微笑みながらそう答えると、信者たちは一瞬たじろいだ様子。若者たちは互いに視線を交わしながら、納得できないような表情を浮かべる。壮年の男は静かに息をつくと、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「そう仰られても、徒歩での旅はあまりに無謀です。せめて馬車をお使いください」


「……馬車?」


「はい。馬を走らせれば、隣村まで数時間。行き先もお決まりではないでしょうが、まずは状況を確かめることが肝要かと」


 リナリアは少し考えた。帝国の影響がどの程度及んでいるのか、村人たちはどのようにそれを受け止めているのか。この目で確かめる必要があった。隣村には帝国の書記官が姿を見せたと聞いていた。そこへ向かうのは理にかなっている。


「では……隣村まで送ってもらえますか。ただ、大勢で向かうのは避けたいので、見送りは一人だけにしてください」


「私がそのお役目を……」


 壮年の男が進み出ると、若者たちは名残惜しそうにリナリアを見つめた。

 村の入り口に用意された馬車は、頑丈な木造りで、布張りの幌がかかっていた。実用的な作りだが、長距離の移動にも耐えられる造りをしている。壮年の男が御者席に座り、信者の若者たちが静かに見送る中、リナリアは馬車に乗り込んだ。ルミナは馬車を引く馬と並んで歩いている。

 この村は、そのすべてが神殿として機能している。道には絶えず巡礼の参拝者が訪れ、彼らのための出店(でみせ)が並んでいた。干し肉や果実酒、薬草を売る屋台が軒を連ね、巡礼者たちはそれを買い求めながら、聖域へと歩みを進める。フェレリエルのようなエルフが実際に訪れる村は限られており、この地は星霧(せいむ)の森の境界に位置する聖域となっていた。

 幌の隙間から外を眺めると、村を出た道はなだらかな丘陵地へと続いていた。麦畑が(かぜ)にそよぎ、空には鳥が高く舞っている。馬車の車輪がゆるやかに回り、道端では羊を追う牧童たちが手を振っていた。


「初めての旅路なのですね」


 馬を操りながら、壮年の男が言った。


「ええ。こうして馬車に揺られるのも、村を出るのも初めてよ」


 リナリアは軽く微笑みながら、馬車の揺れを感じた。移動の手段としては、この上なく快適だった。


星霧(せいむ)の森を出られ、隣村へ向かわれるなど前代未聞です。いったい何が……」


 男の声には、恐る恐るではあったが、純粋な疑問が混じっていた。


「いろいろね。世界のことも、私自身のことも知りたいからよ」


 その答えに、男は驚いたような顔をした。リナリアの旅を「信仰のための巡礼」だと考えていたのだろう。彼の戸惑いを察しながら、リナリアは肩の力を抜いて言葉を続けた。


「辺境では何が起きているのか。人々は何を考え、どう生きているのか。それを知りたいの。でも、ほんとうの目的はもっと個人的なことよ」


 男は神妙な面持ちになった。


「我々の信仰に疑いをもたれておいでなのでしょうか」


「そうかもしれないわ。でも、変わらないままでいられるかどうかは、時代が決めるのよ。それと私はエルフではないわ。あなたと同じ人間よ」


 男は言葉を失った。幼いころ、今と変わらないリナリアが曾祖父を看取る姿を見ていた。同じ人間であるはずがない。姿勢を正し、馬の手綱を引きながら、何かを悟ったように黙り込んだ。馬車はなおも進み、隣村の姿が視界に入る。

 隣村は、村と呼ぶにはあまりに大きな町だった。交易の要所として(さか)えており、馬車や荷車が頻繁に行き交い、露店では商人たちが活発に客を呼び込んでいる。通りには人々の賑わいが満ち、騎乗した兵士が巡回する姿も見られた。

 馬車は神殿の前で止まり、信者たちはリナリアを丁重に迎え入れた。木でくみ上げられた神殿は堂々とした佇まいを持ち、その中では人々が慌ただしく動き回っていた。何かが起きている――そう直感しながら、リナリアは神殿の奥へと足を踏み入れる。

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