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星の織りなす物語 Lethe  作者: 白絹 羨
第七章 死の精霊の魔法い

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第百二話 銀樹の啓示

 月を溶かしたような冷光(れいこう)が梢から降り、銀色の根が地表を編む。聖域と呼ばれるこの森の中心には、幹だけで塔ほどの太さを持つ大樹が立つ。葉は夜ごと白銀に輝き、そよぎひとつで雫のような音をこぼす。その根をくぐるたび、胸の奥にある魂の残光が淡く震えるのを覚える。


「力まずに、息を合わせて」


 師エリュシア・スィリュフェインの声は風より柔らかい。彼女はエルフのドルイドで、わたしたち姉妹を弟子として迎えてくれた。白木の杖を軽く振ると、銀樹の枝先から四粒の光が滑り落ちる――紅、蒼、翠、金。火・水・風・土の四大精霊。その欠片が舞い、人の手には触れずに輪を描いた。

 エリオーネが掌を差し出す。(きん)の粒が彼女の指先にとまると、金属の鈴のような澄んだ音が生まれ、空気がわずかに弾む。わたしは一歩後ろでその光景を見つめながら、不思議な安堵を覚えた。光――それが彼女に似合う。


「フェリオラ、あなたも」


 師に促される。わたしは息を整え、静かに目を閉じる。銀樹の根から放たれる微細な魔力が、足裏を通して鼓動に同期する。闇の底で種が芽吹くような温度。瞼の裏で淡い蒼い光が揺れた。水の精霊だ。指先が冷え、耳の奥で水脈の流れる音が小さく鳴く。掌を開いた瞬間、蒼粒は雪片みたいに沈んで溶けた。


「共鳴しているわ。焦らないで、もっと深く」


 師の言葉に導かれ、吐く息を長くする。水は形を選ばない。器に合わせて流れ、留まり、そして満たす。わたしの魂が器なら、残光の揺らぎもまた一滴の水。同調点を探るみたいに意識を沈める――次の鼓動で、胸がふっと軽くなった。冷えはやわらかい霧へ変わり、体の中心に透き通った湖面が張る感触。目を開くと、蒼粒がまだ掌に座し、脈に合わせて微光を震わせていた。


「やったわね!」


 エリオーネが声を弾ませる。


「ほら、見て。わたしのも」


 (きん)の粒は彼女の手の中で小さな炎に変わり、瞬きのたびに光をはじく。わたしの蒼粒と合わせ(かがみ)のように向き合い、二つの光が薄い膜を張って互いを映す。火と水。本来なら反発する属性が、この森では静かに共存する。ただ寄り添い、互いの輪郭を澄ませる。


「銀樹が媒介してくれるのです」


 師エリュシアが微笑む。


「ここでは相克が輪になり、やがて魂に溶けてゆく」


 その言葉は、水面に落ちる一滴のように心へ染みた。魂へ還る――その響きが、わたしを強く揺らす。母と父の魂も、こんなふうに収束できたのだろうか。水脈の流れが胸から脳へ駆け上がり、視界の端で蒼粒が液体になって指先を濡らす。わたしはそっと掌を閉じ、雫を心臓の上へ移した。


「揺れているの?」


 エリオーネが小声で尋ねる。


「いいえ、確かめているだけ」


 わたしは微笑む。


「魂は形を変えても、ここにいる。だったら集める術もあるはず」


「その考え、また本に?」


「うん。精霊の(ことわり)に追記しておくつもり」


 彼女は嬉しそうに頷いた。わたしたちの影が根の上で重なり、月光が輪郭を縁取る。影は深い青、光は淡い(きん)。重なった部分が銀樹の輝きで薄く透け、二つは溶け合ってひとつの灰色になる。わたしたちの未来図かもしれない、とふと思う。

 修行の終わりに、師が銀樹の表皮を指でなぞり、小さな樹液の玉を二つこしらえた。水晶のように透明で、内部に夜空の星が閉じ込められている。ひとつはエリオーネの金粒へ、もうひとつはわたしの蒼粒へ静かに吸い込まれた。


「これは祝福ではありません」


 師がゆっくり言葉を選ぶ。


「選択肢です。四大精霊は、あなたたちが歩む道をただ照らすだけ。光か影かは、あなたたち自身が決める」


 わたしは師の目を見つめた。深い森の色をした双眸。そこに映るわたしの瞳は黒いまま。それでも奥底で蒼が揺れている気がした。その夜、宿舎へ戻る途中の小径で、エリオーネがわたしの手を握った。


「フェリオラ、さっきの雫ってどんな感じ?」


「湖を丸ごと胸に抱えたみたい。静かだけど底が測れない」


 エリオーネは笑い、「わたしのは焚き火みたいよ。ぽっと灯って、風が吹いても消えない小さな火」と言った。互いの掌に宿る水と火。反発ではなく、静かな共鳴。わたしは指をほどき、胸の中央に手を置く。


「いつかこの水面に両親の影を映す。そのときは――」


「わたしが火を灯すわ」


 エリオーネが遮るように告げた。


「水面が暗くなっても、炎で照らす」


 わたしは小さく笑い返す。


「ありがとう、光と影の相棒」


 遠くで銀樹が鳴る。葉擦れは鈴の音。夜気に混じる精霊の囁きが静かに肺へ満ちる。敬慕は共鳴へ、憧れは実践へ。わたしの歩む階梯は、今、確かに次の段を刻む。

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