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風を紡ぐ   作者: 甲斐 雫
最終章 再びデュランダル王国

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5-5 風を紡いで糸と為し 愛を包む布を織ろう

 良く晴れた晩秋の日。

 ブライアン・オルフェ・デュランダル王子の戴冠式が、行われる運びとなった。


 式典会場は、国教会前の大広場。

 慣例では教会内で行われるのだが、『魔風』が去ったとはいえ、狭い場所に参列者が密集するのは避けたい、というローレル・グラシュー王室医師団長の意見により屋外になった。それにより、王都や近隣の町や村からも、遠くからでも新王の姿をひと目拝みたいと望む人々が集まる。

 教会前には大きな舞台と祭壇が設営され、その上で大主教が新しい国王に王冠を被せる。

 大雑把に言えば、それだけの事だが、国民としては待ちに待った新王の誕生なのだ。



 友好国からの参列者は、ホノブル王国からはジェン・ティルナ王女とその夫であるファウ・レーゼンが、ギムレット王国からは摂政太王太合ディアドラと側近のラモーヌが来ている。サンリット首長国からは、ジャイト・サンリット首長が自ら、後継ぎの息子と共に参列していた。


 やがて教会の鐘が、荘厳な響きで鳴り響く。

 盛装したブライアンが教会の扉から出て、壇上で待つ大主教の元へ歩み寄ると、式典会場は水を打ったように鎮まった。


 典礼通りに儀式は進み、最後に大主教が、跪いたブライアンの頭に王冠を乗せる。

 それは彼の父、前国王ルドルフ・デュランダルも被り、長い歴史の中で何人もの王が頭上に頂いた王の証だ。


 ブライアンが立ち上がると、大歓声が沸き起こった。

 壇上で儀式をサポートするオーギュストとデュースは、恭しく彼に歩み寄りる。そしてオーギュストは新しい王にマントを着せ掛け、デュースは由緒ある王笏を差し出した。


 ブライアンは王酌を手に、堂々と足を踏み出して参列者たちに向き直る。

「ブライアン・オルフェ新国王、万歳!」

「デュランダル王国の栄光は、とこしえに!」

 大きな歓声と寿ぎの声が、周囲を飲み込むように響いた。



 やがて声が引いてくる頃合いに、ブライアンは王笏で足元を叩く。

 シンと静まり返った人々を前に、新王は高らかに声を上げた。


「ブライアン・オルフェ・デュランダルは、新国王として最初の王令を下す。今から、余とオロール・スキルヴィング公爵令嬢との婚儀を執り行う」


 戴冠式直後に、結婚式!


 そんな前例のない王令に驚く参列者たちだが、おめでたい事には違いない。

 続けて行われるなら、再度準備する面倒も無いわけだし。

 いささか戸惑い気味ではあったが、盛大な拍手が起こった。




 フォリア夫人は、教会の中でオロールの身支度を整えながら、感慨にふけっていた。

(オロール様・・・お屋敷にいらした頃と比べると、見違えるほど美しくなられて・・・)


 ブライアンに見い出され彼の屋敷に来た時のオロールは、顔色の悪い痩せっぽちで、不愛想で不器用で、病弱だった。けれど素直で努力を惜しまず、知識を蓄えそれを生かしてきた。

 そして今日、フォリア夫人が実の娘のように世話をしてきた彼女は、同じく実の息子のように育てたブライアンと結婚する。


(ずっと願っていたことが叶いますわね。そうすると、次の願いは・・・)

 フォリア夫人は、胸の中でこっそりと願った。

(お二人の赤ちゃん、でしょう。乳母は無理としても、お世話は出来ますよね)

 実の孫の様な存在を願う夫人は、まだまだ働き続けるつもりだった。




 教会の扉を前にして、オロールは足を止めた。

(ここから足を踏み出せば、私は新しい務めを得る・・・)


 与えられた運命、いや自ら選んで決めた未来を受け入れる。

 それはきっと、厳しい場面や苦しい時間もあるだろう。

(でも、彼は傍にいて支えてくれます。そして、私も彼を支えます)



 教会の鐘が、再び荘厳な響きを奏でた。

 オロールの目の前の扉が、ゆっくりと開かれる。

 眩しい光が満ちたその中へ、オロールはしっかりと足を踏み出した。



 純白のドレスに身を包んだ花嫁が姿を現すと、大広場に集まった人々は一斉に息を飲んだ。

 月の光の化身の様な、神々しく清らかな空気を纏うオロールは、凛として歩を進める。

「姉上は・・・こんなにも美しい方だったのか」

 オロールにとって唯一の肉親となった弟のサリアスは、小さく呟いた。


 幼い頃からずっと、自分には何も出来なかったが、いつも気に掛けていた病弱な姉。

 薄暗い部屋の中で、静かに本を読むその姿が脳裏に浮かぶ。

 深い知識と豊かな知性を尊敬していたが、サリアスにとっての姉は、か弱く守らねばならない存在だった。

 けれど今のオロールは、内側からも輝くような美しさを放っている。

(公爵になって、やっと姉上を助けることが出来るようになったけど、もうそれは必要ないんですね。その役目は、陛下が担ってくれる。少し残念ですが・・・お幸せに・・・オロール姉上)

 サリアス・スキルヴィング新公爵は、そっと目頭を押さえた。




 オロールは彼の前に立ち、静かにその顔を見つめる。

 ブライアンはスッと片膝をついて、彼女の手を取った。

「オロールを、生涯幸せにすると誓う」

 そう言って、彼女の手に誓いのキスを落とすと、次に彼はオロールのドレスの裾を取って再びキスをした。

「そなたを守り続けると、誓う」


 それは古の騎士の作法。敬愛し忠誠を誓う相手に行う、神聖な儀式だ。

 国王でありながら、武人でありたいと願う彼の、想いを籠めた所作だった。



 そして婚姻の儀は、大主教によって滞りなく執り行われ、最後に誓いのキスを交わすと、会場は歓喜に沸く。

 そして寿ぎの言葉が落ち着いてくると、ブライアンは再び口を開いた。


「続いて、王妃オロール・デュランダルの戴冠を行う」

 至極当たり前の流れに、一同は軽く頷いて式を見守った。

 ブライアンと同じく、オロールの頭上に王妃の冠が乗せられた。

 それは今は亡き彼の母、アレグリアが頂いていたものだ。

 オロールは、好きだった彼の母を思い出し、その遺志を継ぐ覚悟を新たにした。



 そして新王と新王妃は、並んで人々の前に立った。

 教会の鐘の音と大歓声に包まれた広場が、少しずつ落ち着いてくると、ブライアンは王笏で力強く地を叩いた。そして広場の隅々まで届くよう、きっぱりと王命を下す。



「デュランダル国王の名において、ブライアン・オルフェ・デュランダルは、王妃オロール・デュランダルに譲位することを宣言する!」



 一瞬、大広場は静まり返った。


(え?・・・えええっ!)

(何だ?・・・どうしたんだ?)

 声も出せずに驚愕する人々の中で、予めそれを知っていたオーギュストとデュース、そしてフォリア夫人だけが落ち着き払っている。



 参列者の中にいた海軍大将アル・クァンタムは、目玉をひん剥いていた。

「・・・在位期間、短かすぎだろう!」

 ブライアンが国王で会った時間は、ほんの数時間だ。


 同じく参列していたタクト砦の長官ルガル・ドーベルも、ポカンと大き口を開けていた。

(・・・つまりは女王誕生と言うわけか?まさか・・・かかあ天下、なのか?)

 彼の隣にいた内縁の妻エリスは、そんな夫の様子を見て、そっと囁く。

「愛の形には、色々ありますよね。話し合ってお互いがそうと決めたのなら、それで良いのではありませんか?私たちのように」


 壇上では帰りかけた大主教が、大慌ててオロールの戴冠式の準備をしている。

 そんな中、ローレル・グラシュー王室医師団長と王立病院長になったメリアンは、こそこそと言葉を交わしていた。

「全然知りませんでした。グラシュー先生は、ご存じでしたか?」

「いいえ、私も知りませんでしたよ。でもブライアン陛下にとっては、それが一番良いことなのだろうと思います。お体に変調をきたすほど、国王になることを嫌がっていましたからね。デュランダル王国が女王を頂くのは初めての事ですが、何事にも初めては存在するし、そこから開けることも多いのですから」

 自分自身も初めての女性王室医師団長になったローレルは、穏やかな笑みを浮かべていた。



 ホノブル王女ジェン・ティルナとその夫ファウ・レーゼンは、最前列で式の開始を待っている。

「まさかオロールが、女王様になっちゃうなんて・・・そうするとアタシは、女王の親友になるってことよねぇ」

 無邪気に喜ぶジェンの方を見ようともせず、ファウ・レーゼンは話し始めた。


「これは、ある意味凄い段取りだな。先ず第6王子が王位に就く。これは王位継承権を持つ者が彼しかいないのだから、当然のことだ。そして続けて、オロール・スキルヴィング公爵令嬢との結婚式が行われる。めでたい事だし、『魔風』のこともあるから、こういった大人数が集まるような儀式が再度行われることは避けたいという事もあるだろう。誰もがそれを受け入れ、続く王妃戴冠も納得するんだ。これで王妃として、彼女は正式にデュランダル王家の一員となった。そして間髪入れずに、譲位の宣言とくる。王から王妃への譲位は、一時的な中継ぎ的な意味合いで、異国の歴史上にもある。だがデュランダルでは、今の状況だから出来ることなんだ」


 デュランダル王国の今の政治は、『魔風』で代替わりした比較的若い貴族たちが、大臣などの地位を得て取り組んでいる。頭が固く前例のない事を嫌がる年寄りたちは居ないし、代替わりしたばかりの貴族たちは、反論する気も起きないだろう。


「しかも、有無を言わさぬような迅速の譲位宣言で、参列者たちも見守るしかない状況だ。これを立案したのが誰かは知らないが、なかなかの物だと思うぞ」

 ひたすら感心する夫の傍らで、ジェンは磊落に笑い声をあげた。

「小難しい事はわからないけどさ、親友が女王になるのは嬉しいのよ。女だって、才能があれば何にだってなれるような気がしない?」



 広場のあちこちでざわめきが起こる中、盛大に鐘が鳴った。

 いつの間にか、儀式が行われる壇の近くに、プリンスボンドとシャカール、そしてフィザルが来ている。


 この数時間で、プリンスボンドの名前は目まぐるしく変わった。国王の愛馬として、キングボンドになり、次は譲位後に大公となるブライアンの愛馬として、グランデュークボンドになるのだ。

 愛称は、『グボ』になるのだろうか?


 シャカールは女王の愛馬となって、これからはクイーンシャカールと呼ばれるのだろう。牡馬なのにクイーンと頭に着くのは似合わないような気がするし、縮めて愛称をつけるなら『クシャ』になるのかもしれない。


 2頭の馬と1匹の犬は、美しく飾り立てられていた。馬具は勿論だが、馬たちの頭には羽飾りが着けられ、たてがみも綺麗に編まれて花や宝石が着けられている。

 サルーキ犬のフィザルも同様で、耳と尻尾の飾り毛には幾つもの真珠が、首にはフリルのレースとリボンが華々しく着けられている。


 馬や犬にとっては迷惑極まりない格好なのだが、彼らは大人しく待機していた。

 大切な主人を祝いたいという気持ちもあったのだろうが、2頭と1匹は大事な役目があるのだと解っていたのだろう。



 女王戴冠の準備が整うと、ブライアンは広場に向かって再び声を上げた。

「譲位後、余は大公として新女王を支え、デュランダル王国を守る!」

 軍人として王国を守って来た第6王子は、今まで通り王国の剣と盾になって、愛する人と国を守ると宣言した。


 そしてブライアンは、オロールの前に立つと、自ら頭上の王冠を取った。

 そしてこの大役を引き受けてくれた愛する妻に、敬意と愛をこめてその頭に輝く王冠を乗せる。


 今ここに、オロール・デュランダル女王は誕生した。



 大主教からの祝福を受け、マントを身に着けて王笏を持つオロールは、新女王として立つ。

 降り注ぐ喝采の中、オロールはブライアンに手を取られて壇上を降りた。


 そこには、尾花栗毛の美しい馬と、漆黒の馬体を輝かせた馬、頭を上げて姿勢を正す犬がいる。

 ブライアンはオロールを助けて馬に乗せると、自分も愛馬に跨った。

 本来ならば新しい国王が民衆の前に姿を見せるパレードになるはずだったが、今は新女王と大公が、夫婦としてデュランダル王国を統治するというお披露目のパレードに代わっている。


「オロール女王様、万歳!」

「ブライアン大公様、万歳!」

「末永くお幸せに♪」

「デュランダル王国、万歳!」


 馬を並べて進むオロールとブライアンの姿に、民衆は歓呼の声を上げた。

 人々は花吹雪を投げ、手を振って2人を祝う。

 デュランダル王国に、新しい風が吹き始める予感と共に。




 パレードの終わりは、王宮の前だった。

 開かれた門から2人が入ると、人々は少しずつ散ってゆく。夜には宮殿が解放され、無礼講の宴が行われる予定だ。それに参加するため、民衆は一度帰宅するのだろう。


 愛馬たちから降りたオロールとブライアンは、とりあえず身に着けていたマントや上着を脱いだ。オーギュストとデュースは、パレードでは2人の後ろに付いて来ていたので、王笏も含めてそれらを恭しく受け取る。

「お疲れ様でございました。先ずはごゆっくりとご休息を・・・」

 慇懃に声を掛けるデュースの言葉を最後まで聞かず、ブライアンはオロールに声を掛けた。


「オロール、少しだけ足を延ばさないか?」

「どちらへ?」

「王都を見渡せる丘の上へ」



 呆気にとられる親友たちとフォリア夫人を残し、オロールとブライアンは愛馬たちに跨って駆けだす。

 後を追うフィザルも一緒に、2人は風を切って丘を駆け上がった。



「我儘な夫で、すまないな」

 オロールが馬から降りるのを手助けしながら、楽しそうにブライアンは言った。

「いいえ、私もここに来たいと思いましたから」

「そうじゃなくて・・・いや、それもあるか」

 オロールは首を傾げて、彼の顔を見た。

「王国を統べることを引き受けてくれただろう?だから俺は、自由に好きな事をして生きれるようになったわけだし」

「はあ・・・でもまあ、女王と言う仕事をするのだと思えば、何とかなりそうな気がしたので・・・引き受けたのは自分の意志ですよ」

微かに苦笑いを浮かべた彼女に、ブライアンは真面目に言葉を続ける。

「ありがとう、本当に感謝している。オロールが自分自身を乗り越えてくれたから、今があるんだ」


「私としては、自分も乗り越えたからブライアンも乗り越えて下さいって、説得するつもりでしたけどね」

あの時点では、まさかこんな風になるとは思いも寄らなかった。

「そうか・・・だが、そっちのルートに進んでいたら、苦労したと思うぞ。心を病んだ国王を世話する伴侶になるか、鬱病の夫を支える妻になるかのどちらかだろうからな」

 ブライアンはサラリと言うが、自分の心が壊れることが前提の様な言い草だ。

 けれど確かに、そうなる可能性は大きそうだ。


「つまり、今の状況が最善だということですね」

 クスクスと笑いながら、女王の肩書を降ろしたようにオロールは答える。

 歩き出した2人を見守るように、2頭の馬と1匹の犬は静かに控えていた。


 王都を一望する丘の上に立ち、美しく静かに広がるその景色を目に収めながら、オロールが呟いた。

「恩返しが出来ました・・・」

「ん?」

「ブライアンと出会った最初の頃、あなたは私の恩人でしたから、ずっといつか恩返しをしたいと思っていたんです。役に立ちたくて、でも自分の満足が行くようにはなかなか出来なくて・・・でも、おかしなものですね」

 ブライアンは、そう言えばそうだったな、と思い出す。

「あなたが恩人ではなく、愛する夫になったら、全部出来るなんて」

 そしてオロールは、綺麗な笑みを浮かべて彼を見つめた。



「ブライアン、これからもずっと、一緒ですね」

 ブライアンは優しく微笑み、愛を込めた瞳で答える。

「ああ、伴侶として夫婦として、互いに支え合って人生を歩もう」



 広い空と緑為す大地の間を、風が吹き抜けてゆく。

 オロールは静かに手を伸ばし、何かを掴むような仕草をした。



 目に見えない風を紡ぎ、糸と為して布を織ろう。

 大きな大きな布を織って、愛するもの全てを包み込もう。

 守るように、暖めるように、大切に包もう。

 愛し合う2人で行うそれは、きっとこの世界を幸せにするだろうから。



長く続きました『風を紡ぐ』は、これにて完結となります。

お読みくださった方々には、深く感謝申し上げます。本当に、ありがとうございました。


平和が訪れたデュランダル王国は、女王オロールの懐妊と出産・育児などで王宮がてんやわんやするも、末永く続いてゆきます。

そしてやがて、『炎陽王と銀月女王』というお伽噺が語り継がれます。



ご都合がよろしければ、ご感想・リアクションなどをいただければ嬉しいです。

次の話を書く励みになりますので。

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