5-2 運命に抗う
ブライアンからの最初の手紙を受け取った時、オロールは不思議な安堵を覚える。
悪夢のような状況は現実味が無く、彼の存在さえ不安になっていた。
(・・・彼は、ちゃんといる)
急いで手紙を広げて読み進め、少なくとも今のところは元気でいるらしいと解り、胸を撫で下ろす。
オロールは最後まで読み終えると、もう一度ゆっくりと読み直した。
この手紙は、読み終えたら焼却しなければならない。ならば一言一句、忘れないように覚えておこうと思う。そしてオロールは、最後に唇を引き締めて暖炉の傍にしゃがみこんだ。
季節的に使われていない暖炉の中に、手紙をそっと置く。
部屋を出て行ったフォリア夫人は、廊下の離れた場所に待機していた。数室離れた客間から長椅子を運び出し、そこで過ごすことに決めている。そんな夫人に、オロールは幾つかの頼みごとをしていた。その1つが、砦から運んできた自分の荷物を持って来て貰う事だった。
そして荷物の中には、行軍用の火付けセットが入っていた。
オロールは、荷物からそれを取り出すと、再び暖炉の前にしゃがむ。
(サンリットに行った時に、これを初めて使ったのでしたっけ)
楽しかった思い出が、脳裏に鮮やかに浮かんだ。最初は火付けも下手糞だったが、旅を続けるうちに上手くなった。ブライアンの傍で、旅を続けた日々が懐かしい。
少しの間、遠い眼をしていたオロールだが、再び口元を引き締めて手紙に火をつけた。
炎が舐めるように紙の上を這い、捩れながら黒くなってゆく様は見ているのが辛い。燃えてゆく紙が全て灰色になって崩れてゆくその様子を、けれどオロールは最後まで見つめていた。
(これは、しなければならない事。大丈夫、彼の想いは心に刻み込んだから)
そう自分に言い聞かせ、オロールは机に戻ると、ペンを取って返信を掻き始めた。
先の事を考えると、眠ることなど出来なかった。
疫病に関する知識は、今までに読んだ書物の中から得て、充分すぎるほどある。
過去に起こった様々な国での疫病は、終息するまでの時間が長かった。30年以上続いたという記録もある。一旦終わったかのように思えても、直ぐに再び流行するケースもあった。
(終わるまで、どのくらい時間が掛かるのか・・・)
先を憂いても仕方が無いと解ってはいるが、年単位でブライアンと会えない可能性もある。
それどころか、彼が疫病に罹らないとは言えない今の状況だ。
何度も何度も寝返りを打ち、殆ど眠ることが出来ないまま迎えた朝に、ブライアンからの手紙が届いた。彼の家族たちと、ホルン大佐の訃報だった。
オロールは、心を込めてお悔やみの手紙を書いた。
自分自身も悲しくて辛かったが、それも含めて、ブライアンに寄り添えないことが本当に苦しい。文字だけでは歯痒かったが、それでも精一杯の想いを込めて書き綴る。
彼女からの分厚い手紙を、ブライアンが読めたのは夜になってからだった。
『ありがとう、オロール。返事が遅くなってすまない。今日は本当に忙しかった。亡くなった家族たちの葬儀は、この状況では難しいという事になったので、王室ゆかりの教会に、とりあえず安置することにした。いつか疫病が落ち着いてから、きちんと葬儀を営むことにする。
今日、双子の兄上たちが、僧院で亡くなったという報告が届いた。前の陸軍大将であった直ぐ上の兄上と奥方も、息を引き取ったという連絡が来た。
喪失感と圧し掛かる重責に、どうにかなりそうだ。こんな気持ちを忘れるためには、忙しいくらいが丁度良いのかも知れない。
オロール、俺に出来ることがあったら、仕事を示唆してくれ。王宮での仕事もまだまだあるが、それだけでは足りない。俺が没頭できる等に、助けて欲しい。 ただ1人の伴侶ブライアンより』
彼が追い詰められている様子は、文面でもよく解った。出来ることなら傍にいて、その頭を抱きしめてあげたいと思う。そもそも室内でずっと事務仕事をすることさえ、ブライアンにとっては苦行なのだ。それさえ自ら求めるというのは、かなり心が疲弊しているのだろう。
オロールは、長い手紙を書いた。
彼を心配して労わる言葉を惜しみなく書き、無理をしないで食事と睡眠をしっかりとるようにと記す。身体的な健康に関してはグラシュー女医が近くにいるので大丈夫だろうとは思うが、それでも書かずにはいられなかった。
そして、彼が望む仕事に関することを書き加えた。
『兵営に書簡を送って、オーギュスト様とデュース様に指示を出して下さい』
少なくとも軍事に関することは、彼にとってはストレスにならないだろうと考えた。
その内容は、デュランダル王国を物理的に隣国から遮断するというものだった。
王宮での状況が解って直ぐ、オロールは早馬で私的な手紙を出していた。
ホノブル王国のジェン・ティルナ王女とギムレット王国のラモーヌ、そしてサンリット首長に宛てて、疫病発生を知らせたのだ。
オロールはそのことを書き、更に今後やらなければならないこととその理由を書き綴った。
『各国へ通じる街道を、近くの砦から兵を出して封鎖する命令書をお書きください。疫病を他国に流すことは、友好国として避けたいということが理由の1つですが、他にももう1つ理由があります』
それは、疫病流行の再発を防ぎたいという考えからだ。
デュランダル王国の疫病が落ち着いて来た時に、隣国で流行が収まらない状態だったらば、逆輸入のように再びデュランダルでも疫病が再発する可能性がある。
過去の資料を思い起こし、そのようにして何十年も疫病の脅威が続くことを、オロールは理解していた。
丁寧に説明する文章を書き終え、最後にオロールはいつものように想いを綴った。
『愛するブライアン。傍にいられなくても、私の心はいつも貴方の傍にいます。どうかそれを忘れないで下さい。貴方の顔を、姿を、その温もりを思い出して日々を過ごしている私を、知っていて下さい。 ブライアンの伴侶 オロールより』
オロールからの手紙を受け取って、ブライアンはしみじみとその想いをありがたいと思った。
傍にいられないのは辛いが、彼女がどれだけ自分の事を考えてくれるのかがよく解る。
(それにしても、オロールの思考は、軍事だけには留まらないのだな)
デュランダルの現状を考えて、先読みをして対応策を考える。政治や外交に関することにまで対応するその才能に、ブライアンは感心するばかりだ。
(俺も、出来ることからやってゆこう)
ブライアンは、机に向かい兵営に宛てて手紙を書き始めた。
けれど、暫くして喉の違和感に気付き、やがて咳が出始める。急いで命令書を書き上げると、彼はグラシュー女医を呼んだ。
「やはり俺は、疫病に罹ったのか?」
ひと通り診察を受けた後、薬を処方してもらったブライアンは、自分の両手を睨みつけながら言う。そもそも風邪さえ引かない丈夫な彼は、咳や発熱さえ殆ど経験していない。だからこの状態は、今更聞くまでもないことなのだ。
「はい、そうとしか考えられません。おそらくこれから、熱が高くなり咳も酷くなるでしょう。それらに効果がある薬を服用して、体力を温存するのが今のところ最善の方法です」
ブライアンは、ギュッと拳を握り締めた。
(クソっ・・・だが、負けてなぞいられない)
「昨日お伝えしましたが、罹患した中で1人だけ、快方に向かっている者がいます。若い厩番の男ですが、陛下の闘病中の汚れ物を始末する仕事をしていて、その際に感染したのだと思います。そして他の患者と同じように発症して闘病していたのですが、下痢を起こさず、その後熱が下がりました。今はまだベッドの中ですが、疫病からの勝利者第1号ですね」
女医の言葉を聞いて、ブライアンの胸に闘志の様なものが沸き上がる。
「致死率は、100%ではないのだな。第1号のその厩番に続いて、俺も勝利を掴まなければならん」
負けてたまるかという思いは、信頼して待っているオロールのためでもある。
「はい、殿下。おそらくですが、体力があれば乗り越えられる可能性が高いのだろうと思います。私と看護士が数名、24時間体制で診療と看護にあたります。疫病との戦いはお辛いとは思いますが、頑張って下さい」
「心強い援護がある戦いだな・・・ああ、そうだ。俺が発症したことは、屋敷には内緒にしておいてくれ。知ったからと言って、どうすることも出来ないのなら、不安にさせたくはない」
ブライアンは、時折小さな咳を交えながら告げた。1日に1回程度、短い手紙を書いて送れば良いだろう。そのくらいなら、寝ながらでも出来るだろうと考えていた。
その頃オロールは、考え得る全ての対応策をやり終え、机に向かってペンを走らせる時間も減ってきていた。
街中の状況は、扉越しに伝えてくれるフォリア夫人からの情報で、ほぼ把握している。
国王が発病した時期に宮殿内にいた大臣などの貴族たちは、王宮が封鎖される前に自宅に戻った者も多く、そこで発病して死に至っていた。主に、老人が多かった。
オロールの実家、スキルヴィング公爵家でも、父親と母親が罹患し、手当ての甲斐無くこの世を去ってしまった。疫病の事が解ると同時に、オロールは弟サリアスにそのことを伝え、防疫に関する指示も伝えていたので、サリアスは今のところ元気でいるらしい。
王立病院の状況も、時折メリアンが忙しい合間を割いて報告を届けてくれていた。
以前、医学薬学研究所として、市民に応急手当などの講習を行っていたグラシュー女医とメリアンだったが、彼らは戦の折にも臨時の看護士として働いてくれた。そして『魔風』の情報が伝わると直ぐに、メリアンは彼らに再び招集をかけたのだ。
「患者が出たら隔離し、汚れ物は焼却すること」
「看護する者は、手袋やマスク、頭巾を着用すること」
「看護人が使った衣類は、病室から出たら必ず丁寧に洗うこと」
「子供や老人、体力が低い者は外に出ないようにすること」
「外出が必要な時は、必ず手袋とマスクを着用し、帰宅したら手洗いとうがいをすること」
事細かに説明され、『魔風』の恐ろしさを理解した市民たちは、可能な限りその指示に従っている。
メリアンの行動は、かなりの効果があったようで、『魔風』の広がりは過去の疫病と比べると、それなりに抑えられているらしい。
オロールは窓を開け、外の景色を眺めた。
広がる青空と、穏やかな日差し。その下に広がる町並みは、『魔風』の影響下にあるとは思えないほど静かで穏やかにも見える。
(・・・何時まで・・・)
この状況が、続くのだろうか。何年?何十年?
それまでずっと、自分は彼に会えないのだろう。ブライアンが王都を出られるようになったとしても、『魔風』が完全に終息したと判断されるまでは、自分はこの部屋から出られないのだ。
その時、ノックの音がした。
「オロール様、お食事をお持ちしました」
フォリア夫人の声に、オロールはドアの方を振り向いた。食事が乗ったワゴンが室内に入れられ、ドアが閉まったら取りに行くのがいつもの事だ。
けれど、今回は違った。ワゴンを押しながら、フォリア夫人も中に入ってきたのだ。
「私はもう、中に入れるようになりましたのよ」
夫人は、懐かしさを覚える暖かい笑みと共にそう言った。
メリアンからの手紙を持って、帰宅してから1週間。
それからずっと、フォリア夫人は3階の別室で自らを隔離していた。そして1週間待ち、発症しないということを確認してから、こうしてオロールの部屋に来たという事だ。
夫人は、メリアンの手紙を読んだ直後、屋敷内の体制をしっかりと整えた。『魔風』についての説明をし、屋敷を離れたいと思う使用人はその意思に任せる。そして残った使用人たちを、グループに分けて仕事を指示した。門を閉ざし、出入りの商人たちとは門扉ごしに受け渡しすることを厳命した。
更に夫人は、3階の1室に調理道具を持ち込み、オロールと自分の食事はそこで作る。階下とのやり取りは階段で行い、その相手も厳選した。
そして今、考え得る全ての方法を実践しているので、オロールは安全に守られている。
「私は安全だと自信をもって言えますので、もしオロール様さえよろしければ、これからここでご一緒に過ごさせて下さいな」
オロールは、涙ぐみながら夫人に抱きついた。
それから2人は、母と娘のように、年の離れた親友のように、和やかな時間を過ごす。
現在の不安と未来への恐怖を、無理やり押さえつけていたオロールにとって、フォリア夫人の存在は、間一髪で差し伸べられた救いの手だった。
夜中に何度も夢を見て起きるらしいオロールに気付いた夫人は、隣室から寝具を運び込んで、一緒に寝るようになる。昔話や他愛もない少し前の世間話をしてくれる夫人は、疲弊したオロールの心に染みる清涼剤のようだった。
「お時間があるようなので、図書室から本を運んでもらいましたの。お読みになったことが無さそうなジャンルにしたのですが、たまにはよろしいかと思いますわ」
ある時、フォリア夫人は様々な書物を腕一杯に抱えて来た。
「同じ部屋で、別々に読書するというのも、それなりに味わいがある時間になりそうだと思いません?」
オロールは少しばかり戸惑うような表情で、それでも嬉しそうに答えた。
「そうですね。私にとっては、初めての事かもしれません」
「あら?殿下とは、なさらなかったのですか?・・・確かに殿下が、仕事以外の書物を読んでいるところを見たことはございませんでしたが」
「私が本を読むとき、ブライアンは私を見るばかりでしたので・・・」
オロールは懐かしむように、宙に視線を投げる。
「オロール様・・・」
彼に会えない辛さを思い出させてしまった、と夫人は口ごもる。
けれどオロールは、フォリア夫人も自分と同じようにブライアンを心配しているのだと知っていた。
「祈ることしか出来ませんけれど、せめてブライアンに安心して貰えるように、今の状況を手紙に書こうかと思います」
オロールは穏やかに微笑んで、本の表紙を開いた。
(ああ・・・ここにいたのか)
図書室の本棚の前に、椅子に腰かけたオロールがいる。
膝の上に本を広げ、視線を落とす彼女の横顔。
(何を読んでいるんだ?)
歩み寄ろうとして足を踏み出すと、オロールは本を閉じて立ち上がる。そして本棚の前で、並んでいる書物を眺めた。
(俺に、気づかないのか?)
更にもう1歩足を進めると、彼女の背景だった本棚がスゥっと消えた。けれどそれに違和感を覚えることも無く、こちらに一瞥も与えないオロールに不安が沸き上がる。
「オ・・・オロー・・・ル・・・」
呼びかけた声は、かすれていた。
(言葉が・・・出ない・・・)
背を向けたオロールは、暗闇に向かって歩き出した。
(ま、待て・・・おい!)
必死に足を動かすが、進んでいる気配は無かった。
やがて、暗闇の向こうに、見覚えのある光景が広がってゆく。
禍々しいほどに照り付ける陽光と、騒々しい騒めきを発する人々の姿。
(あれは・・・闘技場!・・・ダメだ!行くなっ!)
気が付けばオロールは、あの時生贄にされかけた時の姿になっていた。
遠ざかる白い裸身。
その背中と、流れ落ちる銀の髪。
(そっちに行くなっ!ダメだ、オロール!)
「ぅ・・・っ・・・オ・・・オロールっ!」
漸く絞り出した声が、自分の耳を打つ。ハッと目を開けると、そこにはグラシュー女医の顔があった。
「夢・・・か・・・」
女医は、彼の額に浮かんだ油汗を拭いながら、静かな声で答えた。
「殿下、熱のせいで悪夢を見られたのでしょう。けれど熱も咳も、他の患者に比べればかなり抑えられています。もう暫くの辛抱です」
「・・・これで、マシな方なのか」
薬を飲まされたブライアンは、熱のこもった息を吐きながら、ぼんやりと考える。
(平熱が高いほうが、発熱には強いと聞いたが、それでもこれだけ辛いのか・・・オロールも、よく熱を出していたが・・・)
熱を出すたびに、慣れているから大丈夫だと言っていた彼女。だが、慣れていてもツラさを感じないわけでは無いのだ。それに、慣れるという事は、それだけ多くの苦しさを味わったという事でもある。
(オロールは・・・凄いな・・・)
ブライアンは、またオロールの顔を脳裏に浮かべた。
(俺も、負けてはいられん・・・必ず・・・生き延びて見せる)
その為には、とにかく体力を温存するしかない。彼は瞼を閉じると、意識して身体の力を抜き、呼吸を安定させようと努力する。朦朧としてきた頭の中で、オロールの名と愛を告げる言葉を繰り返していた。
そして数日後、ブライアンの熱は下がり始めた。
「下痢症状に移行せず、熱が下がり始めたのは回復の兆しです。宮殿内の護衛兵の何名かは、殿下と同じように回復に向かっている者も出てきています」
グラシュー女医の言葉に、流石のブライアンも安堵した。感じる脱力感は、消耗した体力のせいもあるだろうが、ホッとしたからでもあるだろう。
「今日の病人食が全部食べられたら、明日は多少身体を起こしても結構です」
「・・・手紙が、書けるな」
ブライアンが、張り切って食事を完食したことは言うまでも無かった。
そして翌日、ブライアンはベッドの上でオロールに手紙を書く。
『愛するオロール。ここしばらく忙しすぎて、手紙を書けなくてすまなかった。フィザルはずっと退屈そうにしていて、悪い事をしてしまったと思っているよ。今朝は、きっと張り切って屋敷に駆けて行ってくれるだろう。
忙しい中でも、オロールの事を忘れることは無かった。何度も思い出しては、自分を慰めていた。だいぶ前に『忙しくなるから、暫く手紙が書けない』という短い手紙を送っただろう?その返事に、フォリア夫人が一緒にいてくれるようになったと書いてあったので、安心はしていたんだ。
だがやはり、会えないのはツラい。今はどんなふうに、過ごしているのだろう。 返事を心から待っているブライアンより』
女医の監視の目もあって、あまり長くは書けなかったが、それでもブライアンはウキウキと手紙をフィザルに託す。
そして、思ったよりもはるかに短時間で返事が来た。
『嘘つきっ!酷すぎますっ!』
それだけが記された短すぎる手紙には、オロールの怒りが滲むような文字だった。
「・・・・・・っ!・・・な、何だ・・・どういうことだ?嘘つきって・・・」
呆然と便箋を握り締めるブライアンに、それに気づいたグラシュー女医が近寄ってきた。
「殿下の罹患が、どこかから伝わったのでは?ずっと、隠しておられたでしょう?」
確かに、オロールには知らせるなと言ったブライアンだ。そしてついさっき届けさせた手紙には、ただ『忙しかった』と書いたのだ。
「殿下が疫病に罹患したことは、既に兵営と王立病院に伝えてありますが、そちらは極秘扱いになっています。そして昨日、峠を越えて回復に向かっていることを両方に連絡しました。朗報ですので、もしかしたら王都の中にも広まっているかもしれません。殿下のお屋敷にそれが伝わったのも、不思議ではありませんね」
唯一の王族、第6王子が『魔風』に襲われたが、その戦いに打ち勝った。
そんな朗報は、現在『魔風』と戦っている者や看護する者にとっては、大きな希望となる。
『魔風』に蹂躙されている今のデュランダル王国にも、明るい未来があるような気になるのだから、王都の中に、話が広まる勢いは凄かった。
屋敷では、おそらく昨日のうちにブライアンの『魔風』罹患と回復の話が伝わったのだろう。
罹患したことさえ知らなかったオロールの気持ちは、如何ばかりだったか。けれど、王宮に手紙を届けさせることは出来ない。フィザルは、彼の元にいるのだから。
そうして、翌朝、やっとブライアンから手紙が届く。
『忙しくて・・・』と言う嘘に、オロールは怒りの短文を書き送るしか無かったのだろう。
ブライアンは、大慌てで再び手紙を書き始める。
グラシュー女医は、大きなため息をついたが、それを辞めさせるほど無粋では無かった。




