4-4 傍にいさせてくれ、と
王都の郊外にあるアルマ・ヴェロ尼僧院は、長閑な農村地帯にある。
愛馬シャカールの背に身を委ねて、静かに歩を進めるオロールは、傷の痛みと失血で朦朧としそうになる頭を叱咤しながら考えていた。
(尼僧院の門を入れば・・・それで・・・)
父親であるスキルヴィング公爵は、オロールの身柄を預けるつもりで寄付金を納めていた。それがそのままになっていることは、既に確認してある。尼僧院の敷地内に入って名乗れば、受け入れてくれるはずだ。
例えそのまま倒れこんで物言わぬ身体になってとしても、尼僧院内の墓地に埋葬されるだろう。それでも良い、と思っていた。
(殿下の・・・彼の手を煩わせずに済みます)
抉られるような脇腹の痛みも、彼の貴重な時間を無駄にしてしまった罰だと思えば、甘んじて受け取らなければならないのだと思う。
(狡くて卑怯で・・・自分勝手な私には、当然の報いです)
縫合されていた傷は、シャカールに乗った時にはもう完全に開いていた。流れる血は白く薄い寝間着を赤く染め、足を伝ってポタポタと地面に落ちている。
シャカールもフィザルも、そんな主の状態はよく解っていた。出来れば直ぐにでも屋敷に戻りたいと思っていたが、それを許さないオロールの雰囲気なのだ。
栗色の馬はその鞍と背を赤く染めながら、せめて彼女の傷に響かないように、精一杯の足取りで振動が無いように歩く。
薄茶の犬は周囲を警戒しながらも、地に落ちる血の臭いを嗅いでは、心配そうに鞍上を見上げて鼻を鳴らした。
やがて刈り入れが終わった畑の向こうに、尼僧院の門と塀が見えてきた。質素だが強固な塀と頑丈そうな門の脇に、小さな扉がある。潜り戸のようなあの門を入れば、そこはもう尼僧院の敷地内だ。
オロールは門の前でシャカールを停めると、半ばずり落ちるように鞍から降りた。
「・・・やっと・・・着きました」
気力と体力がもって良かったと安堵しながら、オロールは尼僧院の扉を見つめた。
あの遠い夏の日、暑さを避けて静養に行っていたウィルソン村の別荘。そこから帰れば、この尼僧院に来るはずだった。それが何故か第6王子のお屋敷に迎え入れられ、何年もの間そこで暮らした。
回り道だったのかもしれない。
けれどその道のりは、なんて幸せな時間だったのだろうか。
そう言えば、最後に彼の傍にいたのはサンビスタの渚だった。2人で波打ち際に佇んでいた時の、彼の笑顔を思い出す。優しく暖かい笑顔と、慈しみに満ちた声。
けれど別れ際の顔と声は、あれが最後だったと思い出すと泣きそうな気持になる。
そして今、オロールは自分の意思で扉を潜ろうとしている。
それだけが、今は心の支えになっていた。
(自分で・・・終止符を打ちます)
オロールは、ゆっくりと愛馬と愛犬に告げた。
「ありがとう、シャル、フィザル。ここで大丈夫だから、お屋敷に帰りなさい」
けれどシャカールとフィザルは、その場を動かない。
失血のためだろう。足元がふらついていた。
気力を振り絞ってオロールは扉に向かう。
けれどその時、オロールの目の前に栗色の壁が出来た。
シャカールが、彼女と扉の間に馬体を割り込ませたのだ。
「・・・シャル・・・お願い、どいて」
扉を塞ぐように動かないシャカールに同調するように、フィザルが彼女の寝間着の裾を咥えて引いた。
主の命令に背いても、行かせてはならないと感じたのだろう。
詳しい事情など知りはしないが、本能的に彼女を中に入らせてはいけないと思ったのだ。
「・・・行かせて・・・でないと・・・お願い、言う事を聞いて」
オロールは耐えきれずに、ズルズルと座り込んだ。いっそ這って、シャカールの脚の間を潜ろうかとも思ったが、フィザルが裾を咥えて踏ん張っているから動くことも出来ない。
その時。
微かな振動が地面から伝わり、それは直ぐに大きくなってゆく。
よく知っているリズムと力強さは、プリンスボンドの全速力の蹄の響きだ。
オロールがそれと気づく前に、ブライアンは彼女の近くで急停止し、愛馬から飛び降りた。
「馬鹿野郎っ!」
怒鳴りながらオロールの腕を掴む彼の顔は、怒りに満ちていた。
(怒鳴られても・・・嬉しいと感じるなんて、私もどうかしてます・・・それにしても、自分自身に関する計画は、どうして何時も完遂できないのか・・・)
オロールはそんな事を思いながら、引っ張られるままに彼の胸に頭を預けると、そのまま意識を手放した。
「おいっ!クソッ、やっぱり・・・」
抱きとめた彼女の腹部から足に掛けて、そして少しずつ地面に広がる赤い色。
ブライアンはオロールの身体を抱き上げ、プリンスボンドに跳び乗った。主人の意を察して、再び走り出した漆黒の馬を追って、シャカールとフィザルも後を追った。
屋敷に連れ戻されたオロールは、直ぐに手当てを受けた。
完全に開いてしまった傷を再度縫合するグラシュー女医は、生真面目な顔を更に曇らせていたが、見事な腕は変わらない。短時間で処置を終えるが、その間もオロールは僅かに身体を震わせるだけで意識を取り戻すことは無かった。
ベッドに寝かされたオロールの傍で、怒りが収まらないように仁王立ちになっているブライアンの腕を、フォリア夫人がグイグイと引っ張って廊下に出す。
「殿下、お伝えしておきたいことがございます。ずっと宮殿にいらっしゃったので、お伝え出来なかったのでございますよ」
何故オロールが屋敷を出たのか、彼女がそう決断した理由を、夫人は彼に言って置かなければならないと思っていた。
「・・・何だ?」
不機嫌そうに答えたブライアンに、フォリア夫人は諭すように話し始めた。
「・・・つまりオロール様は、例え仕事上の関係だとしても、お屋敷内で暮らすのは王女様に対して良くないだろうと思われたに違いありません。不和の芽になることは、無くしておいた方が殿下のためだと思われたんです」
フォリア夫人は、話の最後をそう言って締めくくった。
「そうか・・・だが、仕事も全て辞めて尼僧院に行かなくても良いだろうが」
まだ釈然としないブライアンに、夫人は宥めるように付け加える。
「お怪我をなさってしまったので、そうするより他に無かったのだと思いますわ。公爵家に戻ることは無いとお決めになっていらしたようですし、どこかに部屋を借りるにはお時間も無かったのでしょう」
そこに、看護をメリアンに任せたグラシュー女医が出て来た。
「はっきり申し上げて、良くない状態です。失血量が多すぎて、心臓が弱っております。今メリアンが、強心・造血・鎮痛効果がある薬を調合しています。薬が効いて乗り越えられれば良いのですが・・・」
それを聞いてギュッと拳を握り締め、部屋に戻ろうとするブライアンの腕を、今度は女医が掴んで引き留めた。
「殿下、私からもお話があります」
そしてグラシュー女医は、以前オロールの執務室を訪ねて話したことなどを彼に伝える。
「オロール様が『妻は務まらない』と仰ったのは、そういう理由です。子供の頃に心に深く刻まれた傷が、癒されること無く今でも血を流しているような状態なのです。医師としてはっきり申し上げるならば、生殖行為に繋がるような事は全て、オロール様にとっては禁忌に近い事なのです。ただキスだけは何とか乗り越えたようでいらしゃいますので、今後は改善される可能性もあります。けれど確実ではありませんし、時間も掛かるでしょう。オロール様は、ご自分でもそれを解っていらっしゃいます。ですから、殿下の求婚を遮ったことは、間違いでは無かったと仰っていました」
恋愛の手練手管も知らない彼女は、ただ唯一理解できる合理性を選んだのだろう。
当てのない事を待たせるのは、時間を無駄にするだけなのだ、と。
それよりも、別の誰かと結婚する方が、彼の為にも王国の為にもなるだろう、と。
ブライアンが縁談を受け入れた事を知り、自分の気持ちから目を逸らして、出来るだけの事をして役に立ちたいと思ったのだ。
フォリア夫人とグラシュー女医の話を全て理解したブライアンは、ここで漸く自分が縁談を受けたことが、この現況を導いたのだと気づいた。
(つまり俺が・・・一番の馬鹿野郎じゃないか)
何故、オロールときちんと向き合って話をしなかったのか。顔も合わせず逃げ出した自分は、臆病で卑怯で情けない男じゃないか、と。
「殿下、過ちを糺すのに憚ることなかれ、と申します。何時だって、道を糺すことは出来るのでございますよ。今から、思う通りになさいませ。後悔などは、後でも出来ますわ。そしてその結果、大変な事が起きるかもしれませんけど、それを乗り越える覚悟をお持ちなさい。私がお育てしたブライアン坊ちゃまは、それが出来る方だと信じております。そして、オロール様もですわ」
フォリア夫人の言葉に深く頷いたブライアンは、部屋の中に戻った。
「先ほど意識を取り戻されたのですが、薬を飲んで下さらないのです」
オロールの枕元で、酷く困ったように告げるメリアンに、グラシュー女医も駆け寄る。
ぼんやりと薄く目を開いているオロールだが、青白い顔には生気が無い。落ち着いた声で問いかける女医の言葉にも反応が無かった。
何もかも諦めたような、そんなオロールの様子に、ベッドの反対側に回ったブライアンが両手を伸ばした。
オロールの冷たい頬を両手の掌で暖めるように添え、優しくその顔を覗き込む。
一瞬目を見開いた彼女だったが、酷く視界が揺れているのだろう。ツラそうな表情になり、キュッと目を閉じてしまう。
「オロール、伝えておかなければならないことがある」
ブライアンは静かに、けれどはっきりと言葉を口にした。
「縁談は、破談になった。王女たちは、既に帰国した」
(・・・はだん?・・・破談?・・・えっ!)
ぼんやりとした頭でも、その単語は拾えた。オロールは驚いたように再び目を開けたが、酷い貧血で視界がグルグルと回っている。
「目を閉じていていいから、そのまま聞いてくれ。王女を狙ってお前を傷つけたあの男、ジーク・シャマル大佐と言うのだが、王女の情人だったんだ。それが解って、国王夫妻も不快の意を表明し、正式に破談を申し入れた」
(は?・・・ええと・・・情人?)
一瞬理解が追いつかず、また目を開けようとしたオロールの瞼は、暖かい掌で塞がれた。
「詳しい話は、身体が回復してから説明する。だから今は、とりあえず薬をちゃんと飲め。もうどこかに出てゆく必要はない。俺は・・・傍にいる」
詳しく知りたい気持ちが沸き上がって、オロールは微かに頷いた。
その時からずっと、ブライアンは片時もオロールの傍から離れず、献身的な看病に没頭した。
少しずつ薬や微温湯を与え、身体が冷えていないか何度も確かめる。ツラそうな息遣いと血の気の無い顔色から目を離さず、一睡もせずに見守った。
そして夜が明け、漸く安定した呼吸になったオロールに、喜んだのは彼だけでは無かった。
それからもブライアンは、常に彼女の傍らにいた。
「少し頭を上げるぞ。その方が、食べやすいからな。ああ、身体に力を入れるな。傷に障る」
オロールの頭の下に畳んだ布を入れて、顔を横に向ける。
「うん、適温だ。流石は夫人だな」
フォリア夫人が用意したお粥の椀を持ってスプーンで掬い、味と温度を確認する。
逞しく体格の良い男が、背中を丸めて世話をする様子は、微笑ましい事限りない。
(あらあら、これなら・・・)
こっそりと様子を窺っていたフォリア夫人は、このところ続いていた鬱々とした気分が晴れてゆくのを感じていた。
そして数日後、ある程度食事も取れる様になり顔色も多少良くなったオロールに、漸くブライアンは説明を聞く許可を与えた。それまで何度も、もう大丈夫だからと言う彼女に、まだまだと却下していた彼である。オロールはホッとしたように頷いた。
「俺は、こういった話はあまり得意では無いからな。とりあえず、流れに沿って話すことにする」
ブライアンはオロールの背中にクッションを置き、傷に障らない姿勢を取らせてから、ゆっくりと話し出した。
「あの時、俺が殴り飛ばしたあの男、ジーク・シャマルだが、身分は男爵だそうだ。デュースが身柄を確保して尋問したのだが、明らかに様子がおかしかったそうだ」
デュースはデュランダル側の医師を呼び、カナロア側からも証人として立ち会う人間を呼んだ。来たのは、随行の責任者でもあるカーミン公爵だった。
医師はシャマルを診察し、偏執病に近い状態だが尋問には問題ないと言う。そこでデュースは、カーミン公爵の前で取り調べを行った。
「シャマルが言うには、王女との関係は1年くらいだったらしい。ずっと想い焦がれていたが機会が無く、漸く話しかけることが出来たのが1年前だったそうだ」
王女は素直に彼を受け入れ、誰にも気づかれずにそのまま関係を続けていた。けれどデュランダル王国との縁談が決まると、王女は常に侍女たちに囲まれるようになり、会う事が出来なくなった。
悩んだシャマルは、何とか王女と話す機会を窺ったが、彼女が彼を気に掛けるような様子さえ無いことに気付く。冷淡な視線でさえなく、まるで調度品を眺めるような視線に、シャマルは妄想を膨らませるしかなかったようだ。
「随行員に志願してそれが通ると、こちらに向かう旅の途中、何度も王女を攫って逃げることを計画していたらしい。だがそんなチャンスも無く、とうとう顔合わせの儀になってしまった。それで、こうなったらいっそ、あの世で結ばれようと決意したと言っていた」
「・・・つまり、無理心中?」
「まぁ、そうだな。妄想を膨らませて固執した挙句の凶行、という事だ。元々そういった傾向の性格だったのだろう。だが自供する間、カーミン公爵の態度が凄かった」
ジーク・シャマルの供述を何度も遮っては邪魔をし、大汗を掻いて否定しまくるカーミン公爵だが、それでは寧ろ供述が真実だと思わせるほどだった。
そして丁度その時、オーギュストとデュースが待っていた、カナロア王国に関する報告書が届いた。
「その報告書の一部なんだが、王女の性格やカナロア王宮での生活などが書かれていたんだ」
それによると、ユーセニア王女は確かに『素直で従順』ではあるが、自分の意志や意見を持たず、常に流されるような生活態度だったらしい。つまり、言い寄られればそれだけで相手の言うままに行動し関係を持つ傾向があって、それを悪い事だと考えることも無かったようだ。
「報告書の中には、それまでに王女の情人だったらしい人物の名前が5名ほど記されていた。だが彼らは全て、処分を下されたと言う」
関係が国王の耳に届くと、不行状が明るみ出るのを恐れて、何らかの理由を付けて相手になった男たちを流刑にしたり処刑したりしたらしい。末娘が可愛い国王は、ユーセニアに対しては注意程度で済ませていたようだ。けれど噂が、完全に消されるわけもなかった。
それもあって、国王は末娘の縁談をさっさと決めてしまいたかったのだろう。そしてそれは、後になって解るが、政治的謀略の初手でもあったのだが。
「それで、デュースは言葉巧みにその内容を織り交ぜて、尋問を続けたそうだ。シャマルは、王女の過去も全て知っていたようだ。その時のカーミン公爵の様子は、俺にも見せたかったとデュースが言っていたがな」
つまりは、それらが真実だと言う事だ。
そしてそれらの報告が届けられると、国王夫妻は即座に破談を申し入れた。勿論、ブライアンを呼んで了承を得てからではあるが。
デュランダル国王は愛妾や側室の1人も持たず、王妃1人を愛する人物だ。王妃も品行方正で、不義やふしだらな行為を嫌っている。
ユーセニア王女を、デュランダルの王宮に加えたくはないと嫌悪したのだろう。
「人形みたいな女性だと感じたが、自分の意志や考えがないとあんな雰囲気になるんだな」
ブライアンは、ポツリと言葉を漏らした。
そしてもう一度、確信する。
オロールに惹かれるのは、彼女が自分の意志のもとに、凛として生きているからなのだと。
「そうでしたか・・・では、報告書には他にどのような事が書かれていたのでしょうか?」
オロールの頭の中は、既に参謀モードに入っているようだ。
「ああ、色々と重要な事があった。この縁談自体が、デュランダルを支配下に置くための布石だったらしい」
地理的に東列強諸国と隔てられているデュランダル王国は、小国ながらも平和で栄えている。政情も安定し、大きな飢饉や反乱なども無いので、さぞかし裕福で色々と貯め込んでいるのだろうと思われていたようだ。
東列強諸国と婚姻関係を結ばず、平和ボケしているような小国を利用しようと考えたカナロア国王だった。先ずは末娘を嫁入りさせ、親戚面をして介入し、東列強諸国との婚姻で培った政治力に物を言わせる。そして最終的に、属国か植民地のような扱いにしてしまえば万々歳だった。
「もし婚姻関係を受け入れてしまっていたらと思うと、ゾッとする。王女の為とか言って、どれだけの兵や手練手管に長けた高官がやってきたやら。・・・だが今はそれよりも、もっと大事なことを話さないといけないな」
「・・・?」
オロールは、軽く首を傾げた。
「俺は、今後二度と縁談を受け入れないと決めた」
「・・・あの・・・今回はお相手が、たまたま・・・」
「いや、縁談が決まるたびに、お前に家出されて尼僧院に入られては困る」
ブライアンは、こっちの話の方が大事だとばかりに言い募った。
「尼僧院は・・・こんな怪我をしてしまったせいで、時間に余裕が無かったからで、予定ではどこかに部屋を借りて、そこから兵営に通うつもりでした」
申し訳なさそうに言うオロールだが、屋敷を出ることに変わりはないという事だ。
「それに、あの辞任届はなんだ?」
あの時を怒りを思い出したように、ブライアンが鼻白む。
「あれは・・・最悪の場合を想定して、ずっと以前から用意していた物です。何かあった時に、使えるかもしれないと・・・」
「あのなぁ・・・」
渋い顔になるブライアンだが、少し上目遣いになって身を縮めたオロールを、つい可愛いと思ってしまった。
コホンと小さく咳払いし、ブライアンは居住まいを糺した。
「もう一度はっきりと言って置く。俺は、もう縁談は受けない。だから、これからもずっと・・・俺をオロールの傍に居させて欲しい」
(え?・・・それって、逆では?)
最初にオロールの頭に浮かんだのは、それだった。
傍に居させてください、と言うのは寧ろ女性の台詞ではないかと思う。男性だったら『俺の傍にいてくれ』とか何とか言うものでは無いだろうか。
「結婚とか、妻とか・・・そういう事ではなく、生涯の伴侶として俺が傍に居たいんだ。俺は俺の意志で、傍に居たいと願っているんだ」
『伴侶』・・・一緒に連れ添っていく者。人生を共に歩むパートナー。
そういう相手として、この先もずっと傍に居たい。ブライアンがそう言いたいのだという事を、オロールは理解した。
「あの・・・でも、殿下は王族として・・・」
「ああ、もう!」
面倒くさい相手だ、とつい思ってしまったブライアンを責めることは出来ないかもしれない。普通ならここで、頬を染めて頷くのが普通の女性だろう。
だが、これがオロールなのだ。そして彼は、そんな女性を愛してしまっている。
ブライアンは、仕切り直すように息を継いだ。
「俺は第6王子で、兄が5人いるんだぞ。今は僧籍にある兄たちも、いずれは還俗するさ。そうなったら、王室はどれだけ孫沢山になると思う?下手をすれば、国庫が圧迫されるぞ」
「はぁ・・・」
確かに彼が言う事も、一理ある。
縁談にしても後継者にしても、候補者は多くなるのだ。ブライアン1人がそれを放棄しても、何とかなるだろう。実際、放棄して自由に暮らす兄も1人いることだし。
「妻の務めなど、俺には必要ない。・・・グラシュー女医やフォリア夫人から、お前の事情については全て教えて貰った。それを理解した上で、伴侶として俺と人生を歩んで欲しいと言っているんだ」
顔を真っ赤にして言うブライアンだが、それでも相手は手強かった。
「男性には『種蒔き本能』がある、と聞いた事があります。それを抑えるのがツライとも聞きましたが、その場合は・・・」
流石に、性欲はどうするのか、とあからさまには聞けない。
「・・・・見くびるなよ」
ブライアンは、地を這うような声音で答えた。
「そもそも、そう言うのには個人差もあるんだ。それに捌け口はいくらでもある。相手が女性で無くてもな」
(・・・男性なら?)
そう思ってしまったオロールの胸中を見透かしたのか、ブライアンは更に言葉を続けた。
「他人を必要としない方法はあるし、俺の場合は軍事訓練や鍛錬、乗馬などでそれを昇華できるぞ」
それを聞いて、真面目な顔で納得したオロールだが、ある意味プロポーズのような雰囲気がどこかにいってしまった室内だ。
これはもう、脈なしかと思うブライアンだが、それで諦めたら今までと変わらない。
(オロールが動けない今が、粘り時だ)
ある意味、戦略に通じるものがある。
「何度でも言うぞ・・・オロール・・・」
そこまで言いかけた時、フッと顔を伏せたオロールが呟くように口を開いた。
「これからも、ブライアンとお呼びしても?」
俯いた顔は、銀の髪で隠れている。それでも隙間から覗く頬は、薄桃色に染まっていた。
(やった!)
ブライアンは、彼女の細い肩に両手を置いて、その顔を覗き込んだ。
「当然だ。俺を、傍にいさせてくれ」
三度目の台詞に、オロールはゆっくりと顔を上げた。
「・・・お望みになる間は、幾らでも」
「それなら、一生だな」
戸惑うような彼女の視線は、暖かく力強い彼の視線に絡め取られた。
オロールは、ふわっと笑みを浮かべる。それは自然な純粋な、蕾が綻ぶような笑顔だった。
ブライアンがずっと待ち望んでいたそれが、やっと彼の元へ訪れた。
見つめ合う2人を、窓からそっと入り込んだそよ風が包む。
やがて彼は、静かに唇を寄せた。
「愛している、オロール」
染み込むような言葉と共に、2人の唇が重なった。
(いつか・・・私も、その言葉を・・・)
今はまだ、愛とはどういうものかよく解らない。けれど今、心の中にある暖かいものがそれならば、その言葉を彼に告げるのはそう遠くないだろう。
風が、守るように柔らかく、ブライアンとオロールを包み込んだ。




