表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風を紡ぐ   作者: 甲斐 雫
第2章 ギムレット王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/43

2ー10 北の風を背に受けて帰国 そして新たな計画も

 全ての役目を終えて、ブライアンたちはギムレットの王都を発った。

 思いも寄らず長逗留になったせいで、季節はもうすっかり冬だ。街道は雪道となっていたが、来た時とは打って変わって上天気が続き、寒いながらも眩しく明るい帰路になった。

 旅は順調に続き、やがて一行はデュランダルとの国境である峠までやって来る。

 ここでギムレット王国の案内役、今回は太王太后の命でカナロ公爵と言う人物が責任をもって経験豊かな士官を付けてくれていたが、彼とはここでお別れになる。

 峠の頂上で、馬ソリは普通の馬車へと戻されて、後は山道を下って帰り道だ。下りは雪も少ないので、安全な旅になるだろう。


 馬車が元に戻されるまでの時間、一行は小休止を取っていた。

「オロール、少しその辺りを歩いてみないか?」

 そんな時間を使って、身体を解しがてら景色を見に行こうと誘うブライアンだ。オロールも異論はなく、素直にそれに従った。


 もうすっかり元の姿、来る時に着ていた服に着替え、化粧も落としているオロールは、雰囲気も公爵令嬢と言うよりは参謀のそれになっている。

 そんな彼女に、ブライアンは寂しくもあるが、何故か奇妙な安心も覚えていた。

(化粧とドレスというのも綺麗だが、こういう姿だと、帰るのだという気分が高まるな)


 見通しの良いところまで出ると、眼下には銀世界の向こう、遥か遠くにギムレットの王都が微かに見える。

 冷たい北からの風が頬を打つが、それすらも心地よく感じた。

 2人は暫く何も言葉を交わさず、静かに景色を眺めていたが、暫くしてブライアンは改まったように労いの言葉を口にした。


「長い期間、本当に良くやってくれた。お陰で色々と助かった。側室たちとの様々な事件もあったが、それを解決してくれたので、太王太后との縁も結べた訳だしな」

 ディアドラ太王太后が好意を持ってくれたのは、オロールの才能のお陰だと思っているブライアンだ。

「いいえ、大したことはしておりません。それに、私自身、今回の随行させていただいて本当に良かったと思っています」

 それでかなり疲れたのでは無いだろうかと危ぶむブライアンだが、良かったと言われれば素直に嬉しくなる。

「そうか、それなら良かったが・・・どんな点を良かったと思っているのだ?」

 興味深げに問いかける彼に、オロールは参謀の顔になって答えた。


「情報は、集めて役立てるだけではなく、操作して有利に事を進めることが出来るとのだと解りました」


 ディアドラとロジータ、そしてラモーヌが計画して実行した不義の子の噂。

 ゼファー国王崩御の後、迅速に行動して、テソーロ候と側室マルセリーナに関する噂を自然発生の様に仕向けたこと。

 それらの噂を、自分たちに有利なように利用したことを言っているオロールだ。


「情報操作について、学ぶべきことが沢山あると知りました。王都に帰ったら、色々と研究したいと思っています。先ずは、歴史や残っている文献などを調べようかと。それに、ラモーヌさんと文通も出来そうですし、コツなどを教えて貰いたいとも思っています」

 太王太后との縁も出来た。身分上、直接関わりあう事は出来ないと思うが、ラモーヌを通じてなら色々と得られることもあると思う。


「そうか・・・うん、頑張ってくれ」

 そう答えて置いて、ブライアンは気づいた。


(彼女はいつも、こうやって前に進もうとしているんだな・・・)


 自分に足りない部分を見つけては、それを補おうと努力する。自然に、当たり前のように、そう考えられるのが才能の1つなのだろう。

 そしてそんな精神が、オロールを内側からも輝かせているのだ。

 見かけの魅力は、それもあっての事なのだろう。周囲を惹きつけるものがあるのだ。

 そんな事を考えたが、それを上手く言葉で表現して伝えることが出来ないブライアンだ。

「はい・・・あの・・・殿下?」

 自分をじっと見たままの彼に、オロールは小首をかしげて尋ねた。

「ああ、いや・・・何でもない。ただ、自分も頑張らねばと思っていただけだ」

 参謀として成長を続ける彼女に見合うよう、自分も努力しなければと改めて考える。


「殿下は、何を頑張られるのですか?」

 オロールの無邪気にも聞こえる突っ込みに、ブライアンは咄嗟に頭に浮かんだことを答えた。

「とりあえずは、日々の鍛錬だろうか・・・発熱体質をもっと鍛えても良いかと思う」

 峠に突っ立っていると、確かに相当寒い。それでそんな事を言ってみたわけだ。抱き寄せる口実になるかとも思っていた。

「・・・はぁ・・・でも暑い場所や地域では、傍に居たくなくなるかもしれませんので、ほどほどでよろしいのではないかと思いますが」

 彼女の指摘に出鼻を挫かれて、差し出そうとした手をグーパーするしかなくなったブライアンだった。


 それにしても、偽とは言え、婚約者として過ごした時間はなかなかに楽しいものだった。

 それに、今後の約束も取り付けてある。

 ブライアンは、もう一度気を取り直して、徐に口を開く。

「オロール、キスするぞ」

「はぁ?」

 思わず半歩下がったオロールだが、彼はそれを逃がさぬように手を伸ばして腰を引き寄せた。

「兵営でなければ良いと言ったではないか?」

(え?そうでしたっけ・・・そう言えばそんな事を言ったような気もしますが・・・)

「気絶しないように配慮する。時間も深さも、な」


 あれほど頬を打っていた風の冷たさは、もう感じられなかった。

 雪の上を照り返す陽光が、眩しいばかりに辺りを輝かせる。


 それほど長い時間では無かったが、オロールの身体からフッと力が抜ける寸前で、ブライアンは少し残念そうに彼女の唇を開放した。

「・・・今回は、ここまでかな。立っていられるか?何なら馬車まで抱いてゆくが?」

「・・・とりあえず、腕を貸して下さいませ」

 オロールはいつもの無表情で答えたが、紅潮した頬と濡れた唇、そしてどこか覚束ない足取りが、全てを物語っていた。



 一行は王都に戻り、ブライアンとオロールは宮殿に挨拶に赴いた。

 国王に、任務完了の報告と無事帰還した姿を見せなければならない。オロールは、ギムレット王の謁見用に王妃が送ってくれたドレスを着ていた。

 王妃アレグリアはそんな姿をとても喜び、2人が辞した後、夫である国王に話しかける。

「陛下、オロール・スキルヴィング嬢には初めてお会いしましたが、素敵なお嬢様ですわね。女性の参謀で兵営に通われているというから、もっとこう、厳しそうで凛々しいような逞しい方かと勝手にイメージしておりましたわ」

「ああ、そうだな。儂も少し驚いたよ」

「嫋やかで美しい方ですわ。私が送ったドレスも、とてもよくお似合いでしたしね。偽ではなく、本当の婚約者になって下さってもよろしいのに。ブライアンの方も、そう思っているのではないかしら?」

「うむ、そんな感じはするが・・・あの無骨で不器用で軍人バカなアイツに、この先上手くやれるのかと心配にはなるがな」

 ごく普通の父親らしい心配をする国王だが、幾らなんでも息子に対しては辛辣すぎる言葉だ。確かに本当の事ではあるのだが。

「そうですわねぇ・・・でも口出しして、野暮な父母にはなりたくはございませんわ。暖かく見守るしか無さそうですわね」

 夫婦そろって苦笑しながら頷きあう、大層家庭的な国王夫妻だった。


 帰りの馬車の中でブライアンは、これでオロールの盛装を見ることは、当分は無いのだろうと思っていた。そう思うと、いささか、いやかなり残念な気にもなる。

「オロール、帰ったらもう化粧はせずに過ごすのか?」

 服は仕方が無いとしても、普段から少しくらいは化粧しても良いのではと思ってしまう。素顔も充分すぎるくらい愛しいが、つい欲が出てしまったというところだろうか。

「はい、そのつもりですが・・・必要性を感じませんし」

 予想した通りの答えが返って来た。

「確かにそうだが・・・少しくらいはしても良いのではないか?その・・・そうだ、フォリア夫人もオロールに化粧する時は本当に嬉しそうだしな。たまには彼女を喜ばせても良いのではないか?」

 夫人よりもっと喜ぶだろう自分は、ちゃっかり棚に上げるブライアンだ。こういう時に素直になれないのが、まだまだだと言うことなのだろう。

「・・・そうですか。解りました。健康と気分に影響が出ない範囲で、努力いたします」

 純粋にフォリア夫人のために、承諾したオロールだった。


 屋敷に戻ったブライアンとオロールは、先に帰って直ぐに日常業務に戻っていたフォリア夫人に出迎えられる。

 そして旅の垢を落とし、久しぶりに自分の寝室でぐっすりと眠ったのだった。



 翌朝、ブライアンは早速兵営に出かけた。留守中に溜まっただろう仕事を片付けなければならないし、不在の間の士官や兵たちの様子も気に掛かる。

 けれどオロールは、グラシュー女医とフォリア夫人から、数日は旅の疲れを癒すようにと禁足令を出される。確かに少し疲れているような気もしたので大人しく家で過ごしていたオロールだったが、数日後漸く許しを貰って彼と一緒に兵営に赴くと、何故か門のところから妙な空気を感じてしまった。


 先ず、今日の当番兵として門を警護する数名の視線がいつもと違う。

 更に建物に入れば、部屋に向かうまでにすれ違った相手との挨拶も、何やら雰囲気が違っているように思えた。それには流石にブライアンも気づき、とりあえずオーギュストを呼んで聞いてみることにした。


「あ~~、もうそんなになっちゃってるんですねぇ」

 大して困っているような口調でも無いが、オーギュストは頭を搔きながら説明した。


 ブライアンは帰営したその日、早速参謀会議を開いて、ギムレット王国での滞在報告とそこで得た情報を伝えた。そしてホルン参謀局長からは、留守中の報告が為された。

 兵営内で特に問題は無かったが、留守を任されていた筈のビスタ中将はリウマチを発症してしまって歩けなくなり、現在は治療と療養に専念しているとのことだ。高齢であることもあり、今までの様に兵営に通って仕事を続けることは難しいだろうと懸念されている。

 彼の年若い跡取り息子は、中将の希望通り参謀局に入りビスタ大佐となってはいるが、借りてきた猫よりも大人しく、ただそこにいると言うだけの存在となっている。


 参謀会議は恙なく終わり、ブライアンは陸軍大将としての仕事に取り掛かった。

 オーギュストも同じように、留守中に溜まった仕事をこなしていたが、昼時になると親友でもあるデュース大佐を誘って兵営の食堂に行った。

 今回は留守番となって兵営で通常業務をこなしながら、ギムレット王国に向かった一行との連絡役もしていたデュースに、その礼と向こうでの話をするつもりだった。


 親友同士のランチタイムは楽しく和やかに話が進んだが、オーギュストはその時に、旅の中でのオロールの話もしていた。

 人工雪崩の事から始まって、側室たちのトラブル解決、ギムレットの太王太后や王太合から信頼を得たことなどを、かなり主観を交えて、スキルヴィング参謀を褒め称えたのだ。当然、公爵令嬢としての彼女の気品と美しさも。


 それを小耳に挟んだ同じく食事中の士官たちが聞き、あっと言う間に兵たちの間にまで噂が広まってしまった。

 それまで女性の参謀として受け入れられてはいたオロールだったが、寧ろ遠慮もあり、敬して遠ざけられるような空気もあった。

 それが、今回の噂が更に尾ひれがついて、偶像的な存在、つまりアイドルのような人気が出てしまったらしい。当然それには、美しいとか綺麗とかの言葉も付随される。

そしてとうとう『陸軍のシンボル』とか、『我らの女性参謀』などのように、敬いつつも憧れる対象になっていると言う。


 そこに持ってきて、今朝オロールは薄っすらとではあるが化粧をしてきていた。

 尾ひれがついていた噂を後押ししたような形となり、門を入った瞬間から、兵も士官もオロールに出会う度に、そのテンションが上がってしまったのだろう。


「いや、でもほら、悪い事ではないでしょう?兵営全体のそういった存在なら、抜け駆けしようと思う輩もいないでしょうし、そもそも殿下が大事にされているということは、周知の事実ですし」

 推しのために頑張る、という気持ちが普段の訓練にも良い影響があるかもしれない。何しろ兵営には女っ気が無いのだから、意欲が高まる可能性は高そうだ。


 けれどブライアンは、眉を顰めて不快の意思を示した。

 それはきっと、独占欲のなせる業だったに違いない。

(不特定多数の男たちが、オロールに憧れて、うっとりと眺める・・・だと?)

 そして当のオロールも、仕事に差し障るなら困ると言う顔つきでいる。


「オロール、部屋に戻って化粧を落としてきてくれ。前言は撤回する」

 結局ブライアンは、彼女にそう頼むしかなかった。

 オロールは寧ろ嬉々として化粧を落とし、これで前と同じように仕事が出来るとホッとしたが、そうは問屋が卸さなかったようだ。


 素顔に戻ったオロールと出会った士官や兵は、色味が少なくなった彼女の顔に気付くと、お疲れなのではないかと気遣うようになる。そして彼女への注目度が、更に上がるだけのことになった。

 まぁそれでも、参謀としての仕事に大きな支障が出るわけでも無かったので、オロール自身は諦めるより他はない。そもそも、そう言うことに興味などは全く無かったのだから。

 けれどブライアンは、兵営内でも度々、妙な独占欲からくるイライラに悩まされるようになってしまった。


 そんな状況でも、陸軍は日々鍛錬を続ける。

 そしてオロールも、ホルン参謀局長と協議を続け、新たな2つの提案を陸軍大将に上申した。それは、軍用犬の配備と医局の改革である。参謀局長として、本来ならホルン大佐が言うべきことではあったが、彼はその役をオロールに任せた。

 原案は彼女が立てたものだし、軍学の弟子であるオロールなのだから、その方が自然だし自分も鼻が高いと言う彼らしい考えによるものだ。



 軍用犬の話は、ギムレットに向かう途中の吹雪で助けてもらったラキシス・リンデン兵長から聞いていた。それを陸軍でも採用したいと考えたオロールだ。

「軍用犬の有用性は、その書類に纏めた通りです。もしご採用いただけるなら、先ずはラキシス・リンデン兵長を呼び戻して昇格し、彼を責任者とするのが妥当だと存じます」

 何しろ初めての事なのだから、専門的知識を持つ者を登用するところから始めなければならない。

 ブライアンは、丁寧にまとめられた書類に目を通すと、はっきりと頷いて同意を示す。

「うむ、俺もそれは良い計画だと思う。早速参謀会議を通して、リンデン兵長を呼び戻そう」



 2つ目の医局の改革について、オロールは軍用犬の時よりも分厚い資料をブライアンに渡して説明をした。

「2つの事を同時に、と言うのはどうかとも思ったのですが、軍用犬の事とも関係があるので、同時進行のメリットを優先しました」


 現在陸軍の医局は、兵営内にある。訓練で怪我をした時や、病気になった兵たちへの対応が主な仕事だ。けれどそれはそうそう頻繁にあるものではないので、軍医2人と衛生兵数名で運営されている。平和なデュランダルだから、それで済んでいるのだが、実際小規模な襲撃や災害などで出兵した時などは、病室は足りなくなり医局内も手が足りない事態になっている。


「先ずは、現在の医局はそのままにして、兵営の外に建物が1つ欲しいところです」


 有事の際の病棟として使う事を念頭に入れ、普段はそこで医師や衛生兵を増やせるような学校にしておきたい。それには実技訓練も必要になるから、無料の病院としておけば患者も来るだろう。経験の少ない医師や看護士が医療を行うと周知させておけば、それでも良いからと来る貧しい者たちはいるだろう。

 真摯に対応すれば、高額な医療費をふんだくって適当な処置しかしない悪徳医師よりはマシなはずだ。実際王都にも、そんな医者は結構いるのだから。

 そして治療の際に出た、血に汚れた布なども、衛生犬の訓練に役立てることが出来るだろう。


「ただいきなりそれに着手するには、高額な資金が必要になります」

 陸軍の予算だけでは到底足りないし、国庫から援助してもらうのも難しいだろう。少なくとも、ある程度の利益を計上できるようになってからでないと、運用は難しそうだ。


「そこで、最初は建物を『薬学研究所』として、薬の開発を進めたいと考えます」

 ギムレット王国で、毒殺や薬の過剰摂取での話を幾つか聞いた。それについて、色々と対応したいと思うが、怪我が多い兵営で使う傷薬なども、さらに良いものを開発して量産もしたい。

 デュランダルでは、薬屋を営む者もそれなりにいるが、どれも小規模で、更に原料の一部は他国から来る商人に頼っている。

 国営の『薬学研究所』として始めれば、原料の安定供給もある程度見込めるだろう。そして出来た薬は、薬屋に卸せば良い。安価に卸す見返りとして、多少の時間を製薬の技術員として研究所で働いて貰おうとも考えている。


「同時に薬の使い方を学ぶための、小規模な学問所を作ります」

 医師を目指すものとしても薬の知識は必要だし、看護士となりたい人間もいるだろう。基礎的なことだけを教えると絞れば、一般人も知識として持っていても邪魔にはならない。

 応急手当の知識があれば、家庭の主婦でも役に立つ場面はあるのだし。

 学費を最低限に抑えるか、いっそ無料にできれば、学びたいと思う人間はそれなりに集まりそうだ。


「私は、そんな『薬学研究所』の責任者に、ローレル・グラシュー医師を推薦いたします」

 最後にオロールは、きっぱりと告げた。


 グラシュー女医は、父親から受け継いだ知識と医療技術を持っている。現在はオロールの主治医としてブライアンの屋敷に居るが、基本は彼女の日常のケアと体調を崩した時に対処することが仕事だ。

 近頃だいぶ健康になってきているオロールに割く時間は、日々少なって来ていて、余暇は父親が残した膨大な資料やカルテの整理などを行っていた。けれどそれも、そろそろ終わりが見えてきているらしい。

 そんな彼女の知識や才能を、このまま埋もれさせてしまうのは惜しいとオロールは考えていた。


「そしてゆくゆくは、医学と薬学の両方を学べる学院として『薬学研究所』を『王立医師・薬師養成学院』と進化させ、その学院長になってもらいたいと考えます」


 最初は小さな建物で良いが、いずれは増築したり改築したりして規模を大きくしてゆく。体制が整えば、国庫からの融資も受けられるだろう。病院を併設すれば、有事の時のベッド数も確保できる。

 兵営の外に作ろうと言うのは、グラシュー医師が女性だという事もあるが、薬屋を営む店主にも女性がいるからだ。学問所に通いたいと言う女性も、きっと数多くいるだろう。

 兵営と多少の距離を置いて隣接という方に形にすれば、便利だし問題も無くなると言う訳だ。


「グラシュー女医の同意は得ているのか?」

 ブライアンの質問に、オロールはしっかりと頷いて答えた。

「はい、実は随分と前から、そのような話はしていました。計画とまではいかないような内容でしたが、もっと才能を生かして欲しいと。先生も、実現するなら協力したいと仰って下さいました」


 ブライアンは彼女の説明を聞きながら、ただただ感心していた。

 ここまで用意周到に計画されているなら、自分としては実行するだけだ。多少の問題ごとが起きても、自分とオロール、そしてホルン参謀局長とリンデン大佐、更にグラシュー女医がいれば何とでもなるだろう。

「では、直ぐにでも参謀会議を開くとするか」

 陸軍大将は、執務室の椅子からすっくと立ち上がった。



 参謀会議は問題なく通り、先ずは軍用犬計画がスタートした。

 ラキシス・リンデンは一気に大佐となり、ホルン参謀局長が持つ残り1つの推薦枠を使って参謀局入りが認められる。

 それだけでも陸軍が本腰を入れて軍用犬の運用に本腰を入れていることが解り、新任のリンデン大佐は仕事がやり易くなった。


「先ずは犬舎を作ることです。そしてそれと並行して、素質がある犬たちを集めなければなりません。それに付随する規則なども、しっかりと決めておかねばならないと考えます」

 リンデン大佐は真っ先に、相棒であるボルゾイのベガと一緒に行動する許可を取りつけていた。

「どんな地域でも運用できるようにするには、気候に合った犬種を選ぶことも必要かと」


 犬種は多様で、暑さが苦手だったり、寒いのを嫌がるものもいる。デュランダルの北はギムレット王国だが、東には東諸国と総称される列強が存在し、西は砂漠と荒野が広がるサンリット首長国がある。寒さや暑さに対応できるようにしておきたい。


「出来れば、南に面した海岸で、泳ぐことが得意な犬種も集めたいところです」

 海難救助犬も、養成したいリンデン大佐だ。

 真面目で意欲的、更に対応力も高そうな彼に、ブライアンとオロールは信頼を置いて、彼の後押しをすると決めた。


 そして、医局改革の方も、同時進行で進められることとなった。

 こちらは兵営外に立てるという事なので、先ずはブライアンが国王の許可を取りに行く。ゆくゆくの計画までを説明すると、傍にいた母親である王妃アレグリアの方が手を打って喜んだ。


「私もその学問所に通いたいくらいですわ。応急手当の知識は、誰が持っていても良いものです。何時どんな状況になるかは、解らないものですしね。それに女性はもっと、学ぶ機会を与えられるべきだと思うのですよ」

 戦の折に、従軍看護婦として女性が戦場近くに行く場合もある。王都が戦場になる場合も、考えたくはないが、無いとは言い切れない世の中なのだ。

 だから女性は、医療に関係すること以外にも、もっと活躍の場を与えられて良いと王妃は言う。

「でもこういった女性の地位向上などは、一朝一夕には出来ないことでしょうね。でもその為に出来ることがあるなら、少しでも実行してゆかないといけないのだと思うのですよ。陛下は、どう思われます?」

 王妃は、少し呆気にとられたような顔になっている国王に、笑顔で問いかけた。

「そうだな・・・王妃のような女性が増えるのは、良い事だと思うぞ」

 アレグリアも女性の身でありながら、夫である国王の補佐を立派に成し遂げているのだ。そんな彼女を妻としても愛している王は、穏やかに答えた。

 少しずつでも、ゆっくりとでも、民のためになることならば実行してきたこの国王夫妻のお陰で、現在のデュランダル王国は平和を維持しているのだ。


 ブライアンは、帰る間際にこっそりと王妃から耳打ちされた。

「少しなら、私のへそくりを出資しますからね」と。

 肝っ玉母さん的な王妃は、どうやらそう言ったことにも抜かりはないようだ。王妃のへそくりなら、かなり纏まった金額になるのだろう。

 当初の資金はそれで何とかなりそうだと、ありがたく思ったブライアンの耳に、王妃は再度囁いた。

「オロール参謀にも、よろしくね」



『薬学研究所』と併設の学問所の話が公になると、屋敷でも先ずはメリアンが願い出てきた。学問所で学びたいと言うのだ。

 グラシュー女医から文字を習い、今では本を読むことも出来るようになっていたメリアンだ。それに気づいたオロールは、ブライアンから許可を貰い、彼女に様々な本を選んで貸し与えていた。

 そんなメリアンは、どうやら看護婦としての仕事を覚えたいと思うようになったらしい。グラシュー女医のような医者にも憧れるし、オロールの知識の豊かさも尊敬している。

「侍女の仕事は今まで通りしっかりと致しますので、空いた時間に学問所で学びたいのです」

 フォリア夫人の仕込みで、既に侍女として一人前になっているメリアンだ。日中空いた時間を作ることも出来るだろう。

 ブライアンはあっさりと許可を与えたが、それに続いてフォリア夫人までもが同じことを言いだしたのイは驚いた。

「私も同じ時間に、通わせて下さいまし。ローレルもメリアンもいないのでは、お茶の時間の話し相手がいなくなってしまって寂しいではございませんか」


 結局ブライアンは、フォリア夫人にも学びの時間を与えたのであった。



 忙しくなってきたブライアンとオロールだったが、それでも、どんな時でも、彼らは馬を並べて一緒に帰宅する。

「疲れただろう?大大丈夫か?」

 と、彼は彼女を労わることを忘れない。


 そしてたまに、人気の無いところに来ると、ブライアンは愛馬プリンスボンドを彼女の馬シャカールに寄せて、馬上でオロールにキスをする。

 少しずつ育ってゆく互いの想いを確かめるような、そんな優しいキス。

 もしかしたら、育っているのはブライアンの想いだけかもしれないが。

 それでも、キスは甘い。


 そんなキスの間、シャカールだけが我慢して、不服そうな溜息を小さく漏らしているのだった。



第2章 ギムレット王国編、これにて完結となります。


第3章は、オロールの過去とスキルヴィング公爵家の話から始まり、舞台が西の『サンリット首長国」へと移ります。身分を隠しての、2人旅。


今後とも「風を紡ぐ」をどうぞよろしくお願いいたします。

ご感想、ご評価、いただければ励みになります。ご都合がよろしい時は、こちらもどうぞよろしくです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ