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風を紡ぐ   作者: 甲斐 雫
第2章 ギムレット王国

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19/43

2-9 疑問は続くが とりあえず知恵熱?

 6人の話し合いは続いた。グラシュー女医の報告が続く。

「医師団の中で最年長の老医師から、話を聞くことが出来たのですが、それによるとギムレット王は数十年前に熱病を患っているという事でした。病名までは解りませんでしたが、熱病の中には男性機能を奪うものもあります」

 ギムレット王が王妃との間に王太子を設けた後、私生児の1人も残せなかったのはそれが原因だったのかもしれない。

「そしてその老医師は、陛下に子種を作る能力が無いという事を、先ず王妃に告げたそうです。その時の王妃の返事は・・・」

『事実をお伝えすれば、陛下の落胆は計り知れないでしょう。特にお知らせしなくても差しさわりは無いと思うので、このことはそなたの胸に秘めておくように』だったそうだ。


 その時も、ディアドラ王妃は『何も言わないこと』を選択したのだった。


 フォリア夫人は考える。

 王妃には既に、王太子がいる。自分に興味を失っている王に未練が無いのなら、どれだけ王が側室を愛そうと、子が出来ないのは好都合なのだ。変な跡目争いが起きる可能性は無くなる。

 そして、そうとは知らずせっせと励む王を、心の中で嘲笑っていたのかもしれない。どれだけ頑張っても、無駄なのだと、徒労なのだと。

 そうすることで自らを慰めていた王妃を、咎めることなど出来ようか。王妃と言うこの上ない位についていても、男に捨てられた女という事に変わりは無いのだ。


「今回の事は、王が服用した精力剤や媚薬などが大きく関わっているのですが、長期間の使用、或いは服用した分量によっては心停止もありうると言うのが医師団の結論です」

 グラシュー女医はそう言って纏めると、それまで黙って聞いていたオロールが口を開いた。


「テソーロ候にとっては、立太子式が終わってしまった時点で、次の行動を修正しつつ進めるという状況だったと思います。ここで王が崩御してしまうのは、想定していなかったでしょう。もう少し、自分が摂政となれるような地固めをするつもりだったろうと思います。出来れば王から、約定のようなものを貰えれば万々歳でしょうし」

「と、言うことは・・・テソーロ候やマルセリーナには、王を殺害するような意思は無かったという事か?」

 ブライアンが、軽く首を傾げながら問いかける。

「あくまで私の推測です。ただ彼らがそれらの薬品の扱いに慣れているなら、ピンクの側室の部屋で息を引き取ると言うような場面は避けるだろうと思ったので」

「という事は、今回の事はあくまで偶然の産物だったのですか?」

 オーギュストの問いに、オロールは暫く言いにくそうにしていたが、やがて話し出した。


「そうかもしれません。・・・ただ、それらの薬品の分量は増やさなくても、濃度を上げておくという方法はあるかと思います」


 いつもの分量だと思ったが、濃度が倍になっていて効き目が凄く高くなっていたとしたら。

 薬品の濃度を上げる方法は、幾通りもある。あらかじめ中身を高濃度のそれとすり替えておけば。


 あくまでこれは、推測だ。証拠がある訳でも無い。

 けれど、それらの事が出来た人物は絞られる。


 暗い雰囲気の中に沈み込んだ6人だったが、やがてブライアンがきっぱりと告げた。

「とりあえず、ここはギムレット王国だ。我々が介入できることではない。今の話は、全て胸に秘めておこう」

 確かにその通りだ。一同はどこかホッとした思いで、解散した。


 考え事をしていたらしいオロールは、席を立つのが遅れた。

 そんな彼女に、ブライアンが声を掛ける。

「疲れたのではないか?」

「あ、いいえ。大丈夫です」

 いつものように穏やかに返す彼女に、それならもう少し、と彼は話を続けた。

「いささか疑問に思っているのだが、何故王妃たちは俺たちにあんな話をしたんだ?」


 確かにブライアンたちは招待客で、他の国からも沢山の王族たちが来ている。その中から、何故自分たちが選ばれて、内部事情を告げられたのか分からない。


「そうですね、色々理由はあると思いますが、テソーロ候との事がその1つだと思います。おそらく王妃様たちは、近頃テソーロ候領からデュランダルに武装農民が略奪目的で入っていることをご存じなのではないでしょうか」

 彼女たちがレーベン・テソーロを最重要注意人物として、その周辺を常に窺っていたなら当然の事だろう。そうすると、デュランダル側としては彼に対する嫌悪感がある訳で、王妃としてはテソーロ候に話が流れる心配はない。味方と言うほどでもないが、敵にはならないだろうと考えたのではないか。

「ふむ、成程・・・だが、わざわざ内情まで、ましてや身の上話までする必要はないと思うがな」

「その辺りは・・・全ての儀式が終わってひと段落したら、教えていただけるかもしれませんね」


 オロールとしては、そう答えるより無い。何しろ自分自身でも、彼と同じように疑問を感じていたのだから。

「そうだな・・・そうすると、もうしばらくはここに滞在することになったのだが・・・もう慣れたか?」

「え?」

「婚約者という立場にだが・・・例えば、そのドレスとか化粧とか・・・」

 キスやハグにも慣れたか?と聞きたいところだったが、とりあえずそこまでは言わずにおいておく。

「そうですね・・・いくらかは慣れたと思います。ただこう言った首や肩が出ている服だと、室内は良いのですが廊下に出るとやはり少し寒いです。お化粧も、ついうっかり顔や口をこすってしまって困ることもありますが、匂いや違和感には慣れたようです」

 元々の素顔も好ましいが、今の御令嬢然とした姿も素敵だと思うブライアンだ。こちらの宮殿の侍女たちが、こっそりと憧れの溜息を漏らしていることに気づいた事もある。


(オロールは・・・美しい女性なのだな)

 ブライアンは、それこそ今更ながらにそう思う。いっそこれからも、そうやって美しく居て欲しいと思わないでもない。彼女自身は、御免被ると思っているかもしれないが。

(猶予は出来たとはいえ、帰国してしまえばオロールはきっと今まで通りの姿に戻るのだろうな)

 そう思うと、何やら勿体ない気になる。

 時間には限りがあるのだ。偽とは言え、婚約者でいられる時間はそう多くない。


 ブライアンは椅子から立って、さり気なくオロールの傍に立った。見下ろされたままなのも何なので、怪訝そうな目つきでオロールも立ち上がる。


「オロール・・・キスして良いか?」

 思わず視線を窓に向けるが、外のバルコニーに人の気配は無さそうだ。2人だけのこの部屋で、誰に見せるキスだと言うのだろう。

(あ、でも・・・この前も誰もいない場所でキスされましたっけ)

 たまにそういう気分になるのかもしれない、婚約者気分を持続させるためという場合もあるし。

「・・・あ、はい」

 オロールは、少し間をおいて答えた。

 けれど次にブライアンの口から出た言葉は、彼女を驚かせるのに十分だった。


「噛みつくなよ」


(え?・・・という事は・・・)

 オロールが理解する間も与えず、ブライアンは彼女の腰に手を回し、もう片方の手を首筋に当てた。

(ちょ・・・ちょっと・・・ま・・・)

「・・・んぅ」

 身動きすらも封じられ、オロールの口は彼の唇で塞がれる。

 そしてブライアンの熱い舌が、ゆっくりと中に入って来た。


 これはいわゆる、恋人同士の深いキス・・・

 婚約者同士なら、充分ありうるけれど・・・

 偽・・・なのに・・・なぜ・・・

 ・・・あの時みたいに、ゾッとするような感覚は無いけど・・・

 何?・・・どうすれば・・・


 オロールの頭の中に、断片的な思考がグルグルと渦を巻く。

 キスを味わうとか、心地よさに酔うとか、そんな余裕など全く無い。

 心の奥底に、小さな灯がともったような感覚があったが、それは直ぐに、恐怖にも似た黒いものに覆われた。

(・・・私には・・・無理・・・)

 頭の中に浮かんだのは、その言葉だけだった。



「あ、オロール様・・・どうされたのですか?殿下」

 フォリア夫人の部屋から出てグラシュー女医のところに行こうとしていたメリアンが、廊下に突っ立って驚きの声を上げた。

「ああ、その・・・倒れた・・・と言うか・・・」

 ブライアンの腕の中には、気を失ったオロールがくたりと抱かれていた。


「何があったのでございますか?正直に仰ってください」

 元乳母のフォリア夫人は、仁王立ちのようにブライアンの前に立って言った。

「いや、その・・・」

 そのブライアンは、訳が分からないとでも言いたげに椅子に座ってしょんぼりしている。

「俺にも、何が何だか・・・オロールの様子はどうなんだ?何か・・・悪い病気とか、まさか気づかないうちに毒を盛られていたとか」

 言葉を口に出した途端、そういう可能性もあるかと思い至って、急にオロオロしだすブライアンだ。ある意味、パニックなのかもしれない。


「グラシュー先生が診て下さいましたけど、風邪などの症状は無いと仰ってましたよ。熱が出てきたので、しばらく付き添うそうですが」

 病気や毒の心配はないと解ってホッとしたブライアンだが、フォリア夫人の方は彼が白状するまでは許さない気構えらしい。


「・・・キス・・・しただけだ」

 結局ブライアンは、ボソッと答えた。

「キス?・・・どのような?」

 夫人も容赦しない。

「だから・・・婚約者のように・・・その」

「恋人同士のような、深いキス・・・ですね?」

 解っているなら、聞くなと言いたくなるが、どうやらあのキスが原因らしいと解って来たブライアンは大人しく頷いた。


(恋人同士のキスで、倒れて熱を出されるという事は・・・ある意味、知恵熱かしら?)

 フォリア夫人は、大きなため息をついた。それはブライアンの行動に対するものでもあったが、熱を出したオロールに対するものでもあった。



 その頃オロールは、熱が出た額に手を当てながらぼんやりと考えていた。

(・・・キスだけで・・・熱まで出るなんて・・・)

 真っ最中に気が遠くなり、後の事は覚えていないが、ベッドにいるという事は、運んでもらったのだと解る。

(・・・やっぱり・・・言われた通り、私は・・・不完全な欠陥品・・・なんですね)

 何故かとても悲しくなった。

 オロールは、寧ろそれが不思議に思えた。



 熱は翌朝には下がったが、大事を取って数日室内で過ごしたオロールだった。その間にグラシュー女医は、ブライアンに報告をした。

「デュランダルを出てからのお疲れが、溜まっていたのが主な原因だと思います。以前に比べれば、オロール様は体力もついてこられていますが、まだお丈夫であるとは言えません。殿下にも、それをお含み頂ければ、と思います」

 その言葉に一応は安堵したブライアンだが、それでもやはり心配で、落ち着かない日々を過ごした。

 一方グラシュー女医の方は、彼には伝えなかったが、あることを決意していた。

(以前から少し疑問に思っていましたが、デュランダルに帰ったら個人的に調べてみましょう)と。



 そして数日後、ギムレット王ゼファーの葬儀が行われた。さらにその数日後には、シュクル王太子の戴冠式も予定されている。

 慣例を無視してでも急いで行われるのには、ギムレット王国と招待客たちにメリットがあった。

 王国側は亡き国王の不祥事を、最大限に利用したい。そのために、真っ先にテソーロ候と側室マルセリーナに対して処罰を下していた。表向きの理由は不敬罪だったが、彼らが国王の死に少なからず関わっているらしいということは野火の様に噂が広まっている。その渦中で葬儀をさっさと終わらせることは、ある意味噂を更に拡大させることとなるのだ。つまり消そうとして寧ろ勢いを強める下手な火消しを、元王妃たちが演じていると言うことなのだが。

 また急ぎの葬儀という事で色々と簡略化されても、周辺諸国は納得するだろうし、ギムレット王国も経済的に負担が小さくなる。

 経済的負担と言うなら、招待客やその母国も、準備を整えて再来訪しなくて済む。必要な物だけ母国から急いで取り寄せれば良いので、二度手間にならず旅費などの諸経費も浮くのだから。


 葬儀の会場は、先だって立太子式の儀式にも使われた教会で、当日ブライアンは先に会場入りし、必要な社交儀礼をこなした。

 オロールは病み上がりという事で、葬儀の時間のみの参列という事にしてある。

(・・・そろそろ来る頃かな)

 ブライアンは用意された席に座り、扉の方を見ていた。


 やがて開いたままの扉に、逆光になったシルエットが2つ現れた。

(ああ、来たか・・・)

 シルエットは扉から脇へ寄り、オロールと付き添ってきたフォリア夫人だと解る。ブライアンは彼女を迎えに行こうと立ち上がった。


(・・・おや?)

(あら?・・・)


 静まり返っていた教会に、微かな囁きが零れた。ブライアンの動きに促されて何気なく扉に目をやった数人が、入って来たオロールに気付いた。

 彼女は作法通り、被っていた黒のベールの前を下ろしているところだ。直ぐに隠された白い顔に薄桃色の唇が残像の様に見え、細い指とその手の白さが際立つ。


(あれは,どなた?)

(・・・確か、デュランダルの・・・)

(第6王子様の、御婚約者ではなかったかと)


 喪の装束に身を包み、ゆっくりとブライアンの方へ歩み出したオロールは、荘厳な空気と葬儀と言う場に相応しい雰囲気を纏っていた。

 一礼をして退いたフォリア夫人は、そんな彼女の姿を振り返って眺めながら思った。

(古典絵画のようですわね)

 そこだけ切り取れば、一幅の名画になるだろう。

 腕の良い画家が、王の葬儀というタイトルで描けば。


 ひっそりと静かに歩み寄るオロールに、ブライアンはそっと手を伸ばしてエスコートする。周囲のひそひそとした溜息交じりの空気に気付いてたオロールだったが、黒いレースのベールのお陰で、気にしないで着席することが出来た。

 そんな彼女を、先日彼女を寝込ませた罪悪感はどこへやらで、ただ誇らしげで嬉しそうなブライアンだった。


 葬儀が終わり、周囲への社交なども全て放り出して、ブライアンはオロールを連れて葬儀会場を出る。彼女の部屋へ送っていく途中で、彼はまだベールを被ったまま俯きがちに歩くオロールに声を掛けた。

「もう、ベールは上げて良いと思うが?」

「・・・ああ・・・はい」

(この方が、気が楽なのですが・・・)

 そうは思ったが、オロールは素直にベールの前を持ち上げて後ろに流した。


「うむ、ちゃんと顔を見て謝りたかったのだ。先日は、悪いことをした。疲れが溜まっていたせいだと夫人や女医から聞いたが、気遣えなくてすまなかった」

 いきなりのディープキスに対する、心からの謝罪だ。

「あっ、いいえっ・・・こちらこそ、醜態をさらしてしまいまして、失礼なうえにご迷惑も掛けてしまって、申し訳ございませんでした」


 どうやって謝罪を切り出そうかと思っていたオロールは、助かったと思いながら深々と頭を下げる。

「謝らないでくれ。そもそも、元凶は俺だ」

 彼女が疲労を蓄積させていた事にも気づかず、恋愛経験値がゼロだという事も考えず、偽だと言うのに愛情を育んだ婚約者がするようなキスをしてしまったのだから。

「その・・・つい、歯止めが利かなくなって・・・」

 貪るような長いキスは、拙かったと反省している。彼女の場合、いきなりではなく、もっと段階的に少しずつ慣らしてやるべきだったのだ、と。

「オロールとのキスは・・・楽しかったし、嬉しかったし・・・偽婚約者としての演技とかは、もう頭には無くて・・・だな。以前、好きだと言っただろう?家族のようなと言っても、実際は血の繋がった妹と言う訳じゃ無し、倫理的には悪い事ではないだろう?」

 饒舌になって説明するブライアンに、オロールは驚きながらも考えていた。


(一緒に暮らしている家族のようなものだけど、唇へのキスはありと言う関係なのでしょうか・・・)

 確かにデュランダルでも、ここギムレットに来てからも、彼の周囲にそういう行為が出来るような相手は見当たらない。年齢的には、可愛い侍女などは山ほどいるから、そちらで手軽に済ますことは出来そうだとは思うが。


「俺にとって、お前とのキスは特別なんだ。自分では解らないだろうが、柔らかさと言い香りと言い、この前などは甘いと感じて最高だった」

「・・・・はあ・・・」

 何やらよく解らなくなってきたオロールだ。

「だから、気持ちが良くて・・・だな」

 部屋の前の廊下で、足を止めて向き合って、せっせと説明するブライアンに、オロールは少し可笑しくなってきた。

「それで・・・その・・・出来れば、これからもキスさせて欲しいのだが。その・・・デュランダルに帰ってからも。疲れていない時に、少しずつ慣らしていけば大丈夫だろうし」


 自分とのキスにそこまで価値があるとは、とても思えないオロールだが、ここまで一所懸命言われると絆されてしまう。

「・・・解りました」

 キスまでなら、まぁ良いだろう。ちょっとした欲の捌け口になるだけのことかもしれない。

 そう考えたオロールは、そう返事をした後、一言だけ付け加えた。

「ただ、兵営ではなさらない方が良いと思うので、その辺りはご考慮下さいませ」


 ブライアンは、今後のキスの許可を得られたことに有頂天になったが、肝心なことはすっかり失念していた。

 まだ、愛していると言う告白はおろか、オロールを女性として好きだということは伝えていないのだという事を。



 そして、シュクル王太子の戴冠式当日となった。

 実は、国王の崩御が伝えられた直ぐ後に、戴冠式の予定も伝えられていたのだが、大慌てになったのは招待されていた貴婦人たちだったのだ。戴冠式用のドレスが無い!というわけである。

 立太子式に列席した時と同じものを着る訳にはいかない、と言うのはレディーにとっては常識だ。大急ぎで本国に連絡してギムレットに届けさせた方々が殆どだが、オロールの場合も、主にフォリア夫人が半ばパニックの様になってなってしまった。


 結局大急ぎで伝書鳩を飛ばし、デュランダル王妃であるアレグリアに連絡をしたのだが、王都の後宮も同じように半ばパニックになった。

 何しろ時間が無い。かと言って、王の代理である息子の婚約者(仮)なのだから、それ相応のドレスを用意しなければ威信にかかわる。今から新しく仕立てるのは不可能だが、今までに作っていてまだ袖を通していないような自分のドレスでは、あまりにもサイズが異なる。はっきり言ってアレグリアの体形は、肝っ玉母さんなのだ。

 結局王太子ファビラスの身重の妻エリティエールの申し出で、妊娠したために着られないままになっている彼女の新しいドレスを、時間が許す限り手を入れて、早馬を用意して送り届けたのだった。


 戴冠式は、事前準備の時間が取れなかったこともあって、どちらかと言えば簡素なものだったが、それでもそれなりに豪華でなかなかのものだった。用意してもらったドレスを着て列席したオロールが、周囲の注目を集めたのは言うまでもない。

 フォリア夫人は戴冠式が終わった後、自室に戻ってその場にへたり込むほど安堵したし、ブライアンは式の間中、にやけそうな顔を堪えるのに必死だったのだが。



 弱冠5歳のシュルク王太子は、ギムレット王となり、その小さな頭に重く大きな王冠を頂く。

 そしてその祖母に当たるディアドラ元王妃が、太王太合となり摂政の座に就いた。シュクル王の生母である元王太子妃ロジータは、以後王太合と称されることとなった。


 戴冠式と合わせてそんな発表も終わり、ギムレット王国は新しい治世に入る。

 招待客たちは皆、帰国の準備を始めるが、そんな折、ブライアンたちの元へディアドラ太王太后からお呼びが掛かった。

 そんな予感もしていたブライアンとオロールは、顔を見合わせて頷くと、揃って太王太合の元へ赴いた。


 ひと通りの挨拶を済ませると、太王太后は2人を以前と同じように隣室に誘う。王太合とラモーヌも一緒に、5人はソファーに座って話を始めた。


「先ずは、色々とお伝えしておいた方が良いと思われることがございますので、失礼いたしまして、私からご報告させていただきます」

 最初に口を切ったのは、ラモーヌだった。既に側室の任を解かれた彼女は、太王太后で摂政となったディアドラの最も信頼がおける側近として、それに相応しい出で立ちになっている。


 先代の王の側室たちは、相応の暇金を与えられて宮殿を出るという。

 赤の側室フレアは、一度故郷の実家に挨拶に行った後、王都に戻って店を開くそうだ。十分な暇金を元手にして、料理屋を開くらしい。繁盛することは間違いないだろう。

 黄色の側室ロウトホルは、幼いころに離れた生まれ故郷に行くという事だった。ギムレットの東南にある、サンリット首長国の中のアルガム領と言われる場所らしい。

 緑の側室リンドは、両親や実家はもう無いという事で、東諸国にある叔父の家に行くそうだ。


 ピンクの側室マルセリーナは、追放処分だったので暇金は無い。ただ彼女が飼っていた猫たちは、連れてゆくことが許され、猫たちの餌代だとしてそこそこの金額が与えられたと言う。

 それを告げられた時、マルセリーナは号泣して猫たちを抱きしめ、何度も礼を言ったそうだ。深い考えも無く行動したことの結果だと理解できれば、これからは平穏な生活を送ることもできるだろう。


 ラモーヌの説明の後、太王太后は穏やかだが自然な威厳を漂わせて、ブライアンたちに心からの礼を述べた。

「お二人には、色々とご迷惑をお掛けしましたね。ご招待しておきながら、そんなことまでさせてしまって、申し訳ないと思います」

 それに対してブライアンも、確かにそうだと思いながらも、いやいやそんな事はと答えておく。

「私は、ラモーヌ共々、自分たちが何をしたのかよく解っています。それを償うべきだとも考えますが、それよりも大事な役目があるのです」

 それは、幼い新国王を助け、彼が立派な王となるよう育てること。そしてそんな彼が治めるギムレット王国を、より良い国としてゆくこと。


 領土こそ広いが一年の半分以上を雪と氷に閉ざされるギムレット王国は、先々代の国王の周辺諸国への侵攻によって今がある。その時の捕虜を農奴としていることと農民たちへの厳しい搾取などで、経済を回していたが、昨今の浪費もあって宮殿の内情は破綻してもおかしくない状況だと言う。しかも東諸国からは、はっきりと田舎の国だという認識を受けている。


「やらねばならぬ事は、山積みです。先ずは節約かしらねぇ、ロジータ」

 ディアドラは優しい姑の顔になって、王太合に微笑んだ。何しろここ何十年も、国王であった夫の浪費が激しかったのだ。主に側室関係の出費だったわけだが、取りあえずその分は楽になるとしても、国庫が厳しい状況あるのは否めない。

「はい、とにかく無駄な出費は抑えないと、でございますわね。それ以外にも、私はとにかくもっと勉強しないとと思っています」

 気立ての良い嫁は、表情を引き締めてしっかりと答えた。


 太王太后に何かあった時は、自分が変わりを努めなければならないという事を理解している王太合だ。そのためには、学ばなければならないことは沢山ある。息子である幼い王を育てながら、自分自身も成長しなければならないのだ。

「ですので、太王太后さまには色々とお教えを乞わねばと思っております」


 どうやら太王太后兼摂政であるディアドラは、今後相当に忙しくなるようだ。けれど、今までとは打って変わり、殻を脱いだかのように生き生きとしているディアドラは、精力的に日々をこなすのだろう。


 そしてディアドラは、優雅な笑みでブライアンたちに告げる。

「最後に、私たちが何故お二方とこんな関係になったのかを、白状してしまいましょうね。いえ、それほど大した理由では無いのですよ。確かに小さな理由はいくつかありましたけど、つまりはお二人に好感を覚えたからなのです」


 小さな理由としては、ブライアンのデュランダルにおける立場もあった。内政には深いかかわりがある訳でも無く、第6王子で主に軍事を担っている。

 まだ政治的に未熟なギムレット王国としては、隣国であるデュランダルと友好関係を結びたいところだが、いきなり外交で相手の懐に飛び込むのは荷が重い。なので、そんなブライアンと、先ずは親しい関係を築いておこうという事だ。


「それはどうやらラモーヌも同じようで、彼女は特にオロール様と親しくなりたいようなのです」

 ディアドラは、ラモーヌを促すように視線を投げた。


「はい、私はオロール様の才知を尊敬しております。身分違いは百も承知でございますが、もし許されるなら、今後お手紙を差し上げたいと思っております」

 女性ながら特異な才能に恵まれているという点では、ラモーヌとオロールは似ているのかもしれない。そんな事を思ったブライアンは、隣でこちらを伺い見ているオロールに気付き、穏やかに微笑んで頷いて見せた。


「それは過分なお言葉ですが、私はそのお申し出をありがたくお受けしたいと思います」

 オロールはいつも通りの顔つきで、けれどどこか嬉しそうに答えた。


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