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風を紡ぐ   作者: 甲斐 雫
第2章 ギムレット王国

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2-8 赤の側室 手料理と相談 そして急展開

 逃げた猫の事件から数日後、漸く立太子式を挙行する連絡がきた。

 これで漸く帰国の目途が立ったと安堵するブライアンたちだが、明後日は式当日になると言う昼前に、赤の側室フレアから昼食のお誘いを受けた。

 側室戦隊最後の1人と思った訳では無いが、ここまで来たら全員と会っておきたくもなる。ブライアンとオロールは、その誘いを受けてフレアの部屋へと赴いた。


「お出でいただいて本当にありがとうございます。急で申し訳ありませんでしたが、実は料理を作りすぎてしまって・・・」

 そう言って穏やかに微笑む赤の側室フレアは、色やその名とは違い、家庭的で温和な人柄に見えた。ドレスの色は赤だが、その上から大きな白いエプロンを付けたその姿は、気のいい食堂の女将さんのようでもある。

「料理が趣味なんですの。ですから陛下にお願いしてキッチンを作っていただいていて、お茶会のお菓子なども作ったりしております」


 そうして出てきたのは、大鍋いっぱいの真っ赤なシチューだった。

「私の故郷の料理なんです。ビーツと言う野菜を使うのですが、これは陛下も気に入ってくださってますのよ」

 そう言ってフレアは、用意した皿にシチューを盛り付けてゆく。そして最初によそった皿を自分用にして、2つ目と3つ目の皿をブライアンとオロールの前に置いた。

 そして徐に3つのスプーンを丁寧に拭い、2人の前に3本とも差し出す。

「失礼はお許しくださいませね。お恥ずかしい事ではございますが、この宮殿で毒殺の噂が多いことはもうご存じかと思いまして」


 フレアは、それを考えた上で、そんな心配は無いとさり気なく示してくれたのだった。

 スープをすくうレードルに毒が塗ってある場合は、最初の皿にそれが混入される恐れがある。スプーンに塗ってある場合もあるし、拭うふりをして塗り付けることも出来るだろう。

 奇妙な配膳はそういう意図だったと解るブライアンとオロールは、このフレアと言う側室が相手を思いやる思慮深い性格なのだと判断した。


 そして真っ赤なシチューは、その見た目の意外さ以上に素晴らしい味わいだった。

「これは・・・凄い料理だ」

「はい、とても美味しいです」

 素直に感嘆の声を上げた2人に、フレアは嬉しそうに微笑んだ。

「作った料理を褒めていただけることが、私にとっては一番の幸せですわ。特に、故郷の料理だと最高に嬉しくなります」

 そしてフレアは、一緒に食事をしながら身の上話を始めた。


 出身地は王都から遥かに北の森林地帯で、山林を所有する土豪の出だと言う。男爵の地位を金で買った祖父が亡くなったあと、後を継いだ父親が末娘のフレアを国王に紹介したそうだ。

「私は美人でもないし、垢抜けない田舎娘だったのですが、たまたま陛下は側室の交代を考えていた時だったようで、お義理で側室になったようなものですの。後宮に入った時は、他の側室たちに木こりの娘が側室になったって言われましたわ。確かに実家は林業が主な収益でしたから」

 父親の男爵にも何か思惑があったのだろうが、それを思い煩っても仕方がないと吹っ切って、運命を受け入れたフレアだった。

「当時は、側室の代替わりも頻繁でしたから、長くても1年くらいだと思っていたのですが、何故かそれから10年も経ってしまって・・・未だにここにいて、一番の古株になってしまってますわ」


 これだけ美味しい料理、おそらく宮殿のお抱え料理人も裸足で逃げ出すような、そんな料理を作れる側室と言うのもそうはいないだろう。ギムレット王は、胃袋を掴まれてしまって彼女を手放せないのかもしれない。

 それに彼女の性格は、個性豊かな側室たちを取りまとめるのにも大いに役立っているのだろう。


 食事が終わって、フレアは同じようにしてブライアンたちの前でお茶を淹れると、もう少しお話をさせていただきたいと頼んできた。

「ご相談させていただきたい事がございまして・・・先ずは、数年前に亡くなった王太子さまの事でございます」


 赤の側室は、ゆっくりと語り始めた。

 当時は毒殺だとか、殺されたのだという噂も多かったが、事故死であると公式発表はされている。けれどフレアは、不審な点があるのだと言う。

「詳しい事は解りませんが、高い場所から落ちられたという事でした。けれど滑るような場所でもなく、侍女の噂話ではありますが、王太子殿下の前髪の辺りが濡れていたということなのです」

 フレアはそこで一息つくと、再び口を開く。

「そしてその直後から、王太子妃の不義の噂が広まったのです。ええもう、お葬式のすぐ後から。けれど王太子様ご夫婦は、とても仲がよろしかったのです。王太子妃のロジータ様も、真面目で品行方正な方でした」

 おかしいでしょう?とフレアは2人の顔を窺う。

「誰かが意図的に、そんな噂を流したとしか思えなくて、それで側室でありながら侍女でもあるラモーヌ様に聞いてみたんです」

 けれどラモーヌは、王妃様と元王太子妃様は噂に過ぎないと言って特に何もするつもりも無いようだと答えた。放っておけばそのうち収まる、という考えなのだろう。

「ラモーヌ様ご自身も、左程気にしてはおられないようでした。でも噂は未だに消える気配も無くて、これはもう誰かが意図的にやっていることだろうと思うのです。そうなると、噂で得をする人物には、心当たりが1人しかありません」


 フレアの話に、ブライアンとオロールは小さく頷いた。

「確かにその通りだとは思うが、その人物の名前をここで言う訳にはいかないな。そもそも我々は部外者で、他所の国の内部事情について口を挟むことは出来ん」

 一応ここではっきりと、自分たちの立場を伝えておくブライアンだが、それはフレアも良く解っているようだ。

「ええ、ですからここではその人物を『彼』としておきますわ」


『彼』、つまりレーベン・テソーロ侯爵は自分の正当性を主張して王位を狙っているのだろう、とフレアは言う。けれどそんな噂を流されて、ロジータ妃とシュクル王子はお気の毒だ、と。

 そこで、それまで何かを考えていたオロールが、口を開いた。

「けれどそんな噂も、シュルク王子には多少なりともメリットがありましたね。噂が定着することによって、『彼』は王子に対して直接的な危害を加える必要は無くなったわけですから」


 血筋に正当性が無い幼い王子など、相手にもならないと思えば、『彼』は自分の野心を遂げるための他の様々な謀略に集中できるだろう。

 実際、シュクル王子の周辺では不穏な事件などは起こっていなかった。


「ああ、確かにその通りですわね。でも立太子式を目前にして『彼』がどう動くかは心配になります。何か事件が起こるような可能性は、ありますでしょうか?」

 フレアはまだ、不安を抱えているようだ。

「そうですね、でもその可能性は低いと思います」

 まだ国王は存命で、シュクル王子が王太子として立てられても、それは『彼』の想定内ではないかと思う。オロールは差しさわりのない範囲で、フレアに説明した。

「そうですわね。王太子さまが亡くなってから、もう数年経ちますから、今更それを蒸し返しても証拠になるような物は出てこないでしょうしね。そうなると、これからはまだ『彼』の動向に気を付けることくらいしか出来ませんわね。でも今回、お二方が私と同じようにお考え下さっていることが解りましたから、気が楽になりましたわ」


 これからは今まで通り、周囲の情報に気を付けて、出来ることがあれば実行するというフレアの言葉に、ブライアンとオロールはしっかり頷いて答えた。



「オロール、さっきの話だが・・・王太子は殺害されたのだと思うか?」

 誰もいない廊下を歩きながら、それでもブライアンは小声でオロールに囁く。

「推測の域は出ませんが、その可能性もあると思います。王太子の遺体の前髪が濡れていたと言うのが本当なら、何かの液体を掛けられたのかもしれませんし」

「それで驚いて足を踏み外し、高いところから落ちたという事か?」

「顔や服が濡れていなければ、液体が掛かったのは落ちる少し前でしょう。ただ掛けられた液体が・・・ベラドンナなら・・・」

 ベラドンナが目に入れば、瞳孔が開いて普通の光でさえかなり眩しく感じる。掛けられた後、顔を拭いてそのまま高いところへ誘導しておけば、その辺りで瞳孔が開いて眩しくなり、足を踏み外す可能性もあるだろう。

「でもそれは、そういう事故になる可能性があるだろうと言う程度です。でも『彼』が疑われる状況で無いなら、やってみるくらいの事はしそうです」


 ベラドンナはピンクの側室マルセリーナの部屋にもあったが、彼女が側室になったのは王太子が亡くなった後だ。彼女が関わっていることは無いだろうが、『彼』がベラドンナを容易に入手できる人間だという事は解る。


「そうか・・・そうだな。いや全く、あの男はこちらもしっかりと監視しておく必要があるな」

「そうですね、私たちにはこれ以上出来ることはありませんが、可能性として『彼』が王位を簒奪した場合の事も、考えておかないといけないと思います」

 最悪の場合も、常に考えて対処法を用意しておく。今回の来訪で得た情報で、帰国後も仕事が増えそうだとオロールは思う。けれど、それは全く苦にならない。

 考えながら歩を進めるオロールに、ふと足を止めたブライアンがその袖を軽く引いた。


「おや、あっちに侍女が3人いるな」

 いつの間にか来ていた小さな広間の片隅に、こっそり雑談している侍女たちの姿があった。

「オロール、たまにはそっちからキスしてくれ」

 仲が良い婚約者同士なら、片方からの一方的なキスだけよりも、相互で交し合う方が自然だろう。そう言いながら、ブライアンは自分の頬を人差し指でつつく。

「頬でいいから・・・さぁ、早く」


 驚くか、たじろぐかはするだろうと予想していたブライアンだったが、意外にもオロールは素直に従った。手で彼に少し屈むよう指示をし、自分は少し背伸びをしてその頬に唇を寄せる。

 チュッと可愛い音を立てたキスに、ブライアンは有頂天になった。

(は、初めて・・・初めてキスして貰った!)


 知る限りでは、オロールは家族間でもキスする習慣は無かったはずだ。そうなると、たとえ頬でも彼女が親愛のキスをしたのは初めてになる。

 ・・・はず?

 そこでブライアンは、オロールがキスをした場面を見たことがあると思い出した。

 愛馬シャカールに。


(ちょっと待て・・・と、いう事は・・・俺はやっと馬と同格になったという事か?)

 ここにシャカールがいたら、ドヤ顔を披露したかもしれない。

 何だか先ほどの有頂天気分に、泥跳ねが引っ掛けられたような気がしたブライアンだった。



 立太子式は、荘厳でありながらも華やかに行われた。予想した通り特に事件も起こらず、ブライアンたちは帰国の準備に入る。

 そして明日は出発するという日の朝、突然メリアンが部屋に飛び込んできた。


「で、殿下っ!王様が亡くなった・・・ええと、御崩御されたらしいですっ」



 こちらに来て仲良くなった侍女たちが、急に忙しそうになった。何かあったらしいと直感したメリアンは、こっそりと様子を窺ったのだ。

 それを聞いたオロールは、パッと椅子から立ち上がった。


「直ぐに王妃様のところへ行きます。メリアン、グラシュー先生の所に行ってこっそりとそれを伝えてください。その後大急ぎで、王妃様に会えるよう手配して下さい」

 グラシュー女医ならば、それだけで自分がすべきことを判断して実行するはずだ。

「それでは私は、情報を集めてきます」

 傍にいたフォリア夫人も、そう言い残して部屋を出てゆく。

 オロールは廊下に出ながら、一緒にいるブライアンに言った。

「殿下、後宮への出入り口に陣取って、誰も中に入れないように時間稼ぎをしてください。誰かが証拠隠滅に入るかもしれません」

 王妃に会って正式な命令を貰うまで、何があってもどんな手を使っても良いからその扉を死守するようブライアンに頼んだオロールは、急いで王妃の部屋に向かった。


 国王の突然の崩御であったにも関わらず、王妃ディアドラの部屋は静かな空気に満たされていた。王妃の横には青の側室ラモーヌの姿があり、2人ともオロールの来訪を歓迎しているように見える。

「良く来てくださったわ。ちょうど今、ラモーヌに呼びに行かせるところでした」

 以前とは打って変わり、はっきりとした口調で口を切ったディアドラは、背筋を伸ばして真っ直ぐにオロールを見る。

「畏れ入ります、先ずは後宮入り口の扉を封鎖してくださいませ」

 挨拶もそこそこに告げるオロールに、ディアドラは微かに笑って答えた。

「ついさっき、その指示を出したところです。それ以外にも、今しなければならないことは全て終わっています。オロール・スキルヴィング嬢、そなたの事はラモーヌから聞いていますよ。ですから、今後の事について話をしておきたかったのです」

 王妃、いや国王が崩御したのだから元王妃と言うべきか。

 ディアドラは、堂々とした佇まいで話した。


 先ずはラモーヌから、国王の崩御について詳細な説明が語られる。

 それによると、国王ゼファーが亡くなった場所は、側室マルセリーナの部屋だったそうだ。昨晩、いつものようにピンクの側室の部屋に行き、真夜中に息を引き取ったらしい。

「先ほど王室医官長が来て、報告していきました。一言でいえば、腹上死のようです。マルセリーナはその事実に驚いて気を失い、朝になってから半狂乱で侍女に医者を呼ばせたとか。今は別室でこちらの監視下におりますが」


 淡々と話すラモーヌだが、既に服を着替えて喪の装束になっている。青の側室だったかつての姿とは別人のようだった。


 そこに元王妃ディアドラが口を挟んだ。

「ラモーヌは側室となる前からずっと、腹心の部下でしたからね」

 思慮深く忠義に厚い彼女は、国王が自分に興味を持ったと知ると、王妃と話し合った末に側室となることを決めた。それは王妃の願いでもあったからだ。

 その時にはもう、ディアドラは王に対して、夫であることを期待する部分は全く無かったのだ。それよりも寧ろ、後宮内の全ての情報を得ておきたかったのだろう。


「ですからオロール嬢、貴女がそれぞれの側室たちに与えた助言などは全て、私の耳に入っているのですよ」

 黄色の側室ロウトホルの琥珀事件と、緑の側室リンドの誤解を解いた件は、その場にラモーヌもいたから報告はされていただろう。けれどピンクの側室マルセリーナの猫事件と赤の側室フレアの相談事は、どうやって知ったのだろう。

 オロールの顔にふと浮かんだ疑問に、それを見て取ったラモーヌが答えた。

「マルセリーナの件は、侍女から聞き出しました。フレアとは、実は結構仲が良いのです」

 成程、と内心頷くオロールだが、それを知った元王妃が自分と会いたがったのは何故だろうと思う。


 そして元王妃ディアドラは、きっぱりと告げた。

「オロール・スキルヴィング嬢、貴女は全てを知っていますね」


 オロールは目を見張った。

(・・・全て、という事は・・・いえ、ラモーヌ様と王妃様の関係は知りませんでしたが)

 けれど今、彼女たちの関係が解ってしまえば、色々と新しいことに気付く。


 マルセリーナの部屋に怪しげな精力剤や媚薬があって、それを使っていたことも彼女たちは知っていたはずだ。けれどこの2人は、知っていながらそれを止めなかったのでは無いだろうか。

 ギムレット王は高齢で、それでも子作りを諦められずにいた。そんな王が、身体を壊すのは当然だろう。まさかとは思うが、それを期待していたのかもしれない。いきなり心臓が止まるとまでは思わなかったかもしれないが。


 そこまで考えた時、ふとオロールはディアドラの視線を感じた。

 ひたと眼を据えて、こちらを見ている元王妃の目にある感情は何だろう。


 けれどオロールは、静かに答えた。

「はい、今は亡き王太子さまの事件についても、今回の陛下の御崩御についても、おそらく正しいだろうと考えていることはございます」

 けれどそれらを証明する手立てはない。元王妃の思惑やラモーヌの行動についても、証拠がある訳では無い。

(口封じ、される可能性もアリでしょうか・・・)

 国王が死ぬことを期待して、敢えてその行状を諫めることもせず、見ていただけだったと言う事が事実だとしても罪には問えないだろう。けれど人の口に戸は立てられない。悪い噂が立つ前に、それを知る者を排除したいと考えてもおかしくないだろうと思う。


 穏やかな気配のまま、そんな事を考えていたオロールだったが、沈黙の時間は僅かだった。

 部屋の扉の向こうで、何やら言い争っている声が聞こえた。


「おや、いらしたようですね。ラモーヌ」

 元王妃の言葉に、ラモーヌはハイと返事をして扉に向かった。開いた扉から入ってきたのは、ブライアンだった。


(殿下・・・早かったですね・・・ああ、そう言えば私と入れ違いに指示を出したと言われてたのでしたっけ)

 口封じをされる可能性は、全くの杞憂だったと解ったオロールだが、早とちりだったと恥ずかしくもなる。彼が来てくれたことに、明らかにホッとした自分がいることにも気づいてしまった。


「では、お二人が揃ったところで、ゆっくりと話をしましょう」

 ディアドラ元王妃は、2人を隣室へと誘った。


 それほど沢山時間がある訳では無いと前置きして、けれどディアドラは友人を迎えて話すように、ソファーに腰かけた。

「私はお二人に信頼を置いています。寧ろこの宮廷とは縁も無い方々である故、お話できるのだとお含みおきください」

 そう前置きして、ディアドラは真っ直ぐにブライアンとオロールを見た。

 その雰囲気を初めて目にしたブライアンは、いささか戸惑うような様子を見せたが、傍らのオロールの落ち着きぶりを目にして居住まいを正す。


「今回の突然な陛下のご崩御、医師たちの報告だと側室マルセリーナの部屋で起きたことです」

 そこでラモーヌが、初めて聞くブライアンのためにもう一度説明をした。

「それに関しまして、現在彼女の部屋を詳しく調べさせております。精力剤などの薬なども、証拠品として押さえることができましょう。以前お二人があの部屋を訪問された時も、それらの薬品はございましたか?」

 確認をするラモーヌに、何だか事情徴収を受けているようだと思いながらもブライアンは鷹揚に頷いて見せる。

「ではそれらの薬が、レーベン・テソーロ侯爵が用意したものだと言う話は、マルセリーナから聞いていますか?」

「ああ、確かにそう言っていたな」

 ラモーヌは礼を言って頭を下げ、王妃に向かって頷いた。


「では確かなことですね。早速、レーベン・テソーロとマルセリーナに処分を下すことにしましょう」

 国王がいない今、実質的に支配者である元王妃ディアドラは、きっぱりと告げた。

「どのような?」

 ブライアンの問いかけに、気を悪くした風もなくディアドラは答える。

「流石に側室のところで腹上死というのは外聞が悪い。公的には病死という事にするが、陛下を死に至らしめた罪を償って貰おうと思う。とりあえずレーベン・テソーロには蟄居謹慎、マルセリーナは追放とするつもりです」


 上手く話を持っていけば、それだけで済んでありがたいと思わせることが出来るだろう。

 おそらく『彼』ことレーベン・テソーロ侯爵は、元王妃であるディアドラのことを、ただ大人しいだけの取るに足らない相手だと思っているはずだ。


「私は、ずっとこうなった時のために準備をしていたと言えるのですから」

 そしてディアドラは、静かに自分の事を語りだした。


 ギムレット王国第2王子ゼファーとは、政略結婚だった。けれどそれなりに結婚生活を送り、やがてディアドラは母になる。そこまでは良かった。

 当時の王太子であったゼファーの兄が病死し、彼が王位を継ぐことになった。やがてギムレット王となったゼファーは、元々女好きでもあったが、公然と側室を集めることが出来るようになる。それからというもの、ディアドラは夫に見向きもされなくなった。

 側室たちに溺れてゆく王に、せめて、とディアドラは懇願した。

『政務をこなされるときだけは、私が傍にいることをお許しください』と。

 邪魔をするわけでは無い。ただそこにいるだけで良いから、と。

『自分が王妃であり、王太子の生母であるということを自覚させてください』と。

 それを認めてくれさえすれば、側室たちの事に関しては何も言わない、と。


 政務については元々それほど関心は無く、さっさと短時間で終わらせたい傾向にあったゼファー王は、王妃が一切口を開かないことを条件に、その要求を認めた。


「息子を育てる傍ら、陛下の傍でその政務をずっと見ていました。息子が育って教師から学ぶようになると、その傍らで私も一緒に学びました」

 王と言う支配者として必須な帝王学、周辺諸国の地理やそれらとの交易について。基本的な学問と、実際に行われる政務での実践的な応用を、ディアドラは必死に学んだ。

「陛下にもしもの事があったら、私が息子を守るのだからと、それだけを思いながら」


 そうやって育て上げた息子は、立派な王太子となって結婚もし、息子を設けることが出来た。

 これでもう、何も心配することは無いと思っていた矢先、その息子が亡くなってしまったのだ。

 けれど長年沁みついた勉強の習慣は、そう簡単には消えなかった。寂しさを紛らわすように書物を読み漁ってた時、新しく入った侍女のラモーヌを知った。

 彼女と話すうちに、ディアドラはあることに気付く。息子の忘れ形見であるシュクル王子を守ることが、自分の新たな使命なのだと。


 そして彼女は、レーベン・テソーロ侯爵の存在と野心にも気づく。彼の能力や資産なども、大きな脅威になるという事も解った。

 そこからが正念場だった。



 ディアドラはそこで一旦口を閉じると、ラモーヌに目くばせする。彼女は部屋を出て、やがて元王太子妃ロジータを伴って戻って来た。

 軽く挨拶をしたロジータは、ディアドラに促されて隣に座る。どこかホッとしたように見える彼女は、立太子式を終えて王太子となった息子シュクル王子を置いて来ていた。

 2人は顔を見合わせて微笑みあうと、ディアドラの方が口を開く。

「シュクル王子が不義の子だと言う噂を流したのは、私です」

 ロジータとラモーヌの3人で、相談した結果だと言う。実際に動いたのは、ラモーヌだったが。


 目的はオロールが考えていた通りだった。噂が広まり、それを否定するような様子を見せず沈黙する王妃と元王太子妃に、テソーロ候はすっかり油断して幼い王子を標的にするようなことは無かった。


「お陰さまで、シュクルは安全に育っております。あの子に危害が加えられないなら、不義密通の疑いなど私には苦にもなりません」

 ロジータは、穏やかに微笑んで言った。大人しい印象はあるが、彼女も芯の強い女性なのだろう。

「でももう、そんな演技もしなくて良いのですよね」

「ええ、ロジータ妃、そなたにも大層苦労をさせました。ラモーヌも、本当によくやってくれました」


 オロールとブライアンは、やはりそうだったかと納得した気分だった。

 それにしても、この青の側室だったラモーヌと言う女性は、忠義心だけではなく才能にもあふれた臣下なのだと思う。

 そんな視線を感じ取ったようで、ラモーヌは少し恥ずかしそうに主君に向かって答えた。

「過分なお褒めのお言葉、大変ありがたく思います。・・・が、正直に言わせていただけるなら、相当に大変な仕事でございました」

 噂の出所が解らないよう細心の注意を払い、噂が広まったらそれが消えないよう、新たにさり気なく話を追加する。

「けれど途中からは、テソーロ候がそれを引き継いでくれたような形になったので、それからは楽でしたが」

 フフッと笑ったラモーヌに、ディアドラとロジータも口元を綻ばせた。


「さて、そろそろ次の仕事を始めなければ。レーベン・テソーロと対面するという、大仕事が待っています。その後も、葬儀やシュルク王太子の戴冠式のこともありますからね。お2人や他の招待客の皆様には、滞在を延長してもらった方が良いでしょう」


 ディアドラの言葉を最後に、ブライアンとオロールは自室に戻った。


 やがてグラシュー女医やフォリア夫人、オーギュストとメリアンも揃って、情報交換の時間になる。

「ディアドラ王妃様とロジータ妃が・・・驚きましたわ。侍女たちもきっと、驚くことでしょうね。私も完全に騙されておりましたわ」

 フォリア夫人の発言に、一同は自分たちも同じだと頷く。

「噂を広めたこと以外は何もせず、ただ忍耐の時間を過ごして、時を待っていた彼女たちには舌を巻く思いです。王の崩御が立太子式の直後、という事だけが引っ掛かりますが」

 オーギュストの意見は、誰もが感じていた事だった。


 長い時間をかけて、6人の話し合いは続いた。


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