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風を紡ぐ   作者: 甲斐 雫
第2章 ギムレット王国

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2-6 ギムレット王の周囲と、黄色のトラブル

 ギムレット王国の宮殿に到着した日の翌朝、ブライアンは謁見準備を整えて、オロールが来るのを部屋で待っていた。

 昨日彼女の了承を取り付けたので、今日から婚約者として振舞って貰うのだ。当然そのような姿になって貰う訳だが、やはり準備には時間が掛かるのだろう。

 ジリジリと待っていた彼の耳に、漸くノックの音が響く。


「お待たせ致しました。オロール様のお支度が済みましてございます」

 如何にも嬉しそうな声と共に、フォリア夫人がドアを開け、ドレス姿の女性を招き入れた。


「・・・え?」

 ブライアンは、驚いて立ち上がる。

(まさか、この期に及んで逃げ出したのか?)

 身代わりを立てたのかと思うほど、その姿が別人に見える。


「・・・誰だ?」

 眉を寄せて剣呑な表情になったブライアンの前に、スタスタと近づいた女性は低い声で告げた。

「オロール・スキルヴィングでございますが、何か?」

 彼の目の前に、懐かしいとも思えるほどの、不愛想で仏頂面の顔があった。

(・・・あ、オロールだ)


 着なれないドレスは、首から肩がほぼむき出しで寒い。普段襟が詰まった長袖のドレスしか着ないので、妙に心許無い気分にもなる。

 結い上げられた髪も、髪飾りが重い気がするし、何より施された化粧が不快だった。


「いかがでございますか?こちらのドレスは、前もって王都からこちらに届いていたものでございますよ。王妃様からの心づくしでございます」

 ブライアンの母である王妃アレグリアが、夫である国王から聞いていたのだろう。息子が婚約者という名目でオロール・スキルヴィング参謀という公爵令嬢を連れてゆくと。

 それならばその労をねぎらう意味でも、謁見時のドレスは贈りたいと思い、到着先のギムレット宮殿へ届けて置いてくれたのだ。


 当のオロールの様子とは裏腹に、最高にご機嫌なフォリア夫人は、誇らしげに説明する。

「お化粧も、色を添えるくらいにして最小限に抑えましたの。香水も、ほんの少しだけにいたしましたわ。やはりご気分が悪くなるようなことは、避けないといけませんでしょう?」

 ニッコニコの笑顔で話し続ける夫人の言葉は、ブライアンの頭の中を素通りしていった。


「・・・オロール・・・なんだな?」

「ですから、そう申し上げております」

 はっきり不機嫌そうな声で答えるオロールに、ブライアンはホッと安心するが、これほど変わるものかと驚きもする。

(化けるものだな)

 と、口にしなかったのは褒めてやるべきだろう。


 けれど近くにいたオーギュストは、1人でやきもきしていた。

(・・・こういう時は、下手でもいいから褒めなければいけないと言うのに)

 恋愛不器用な軍人王子に、美辞麗句を求める方が間違っているとは思うが、下手は下手なりに言うべきことがあるじゃないかと言いたくなる。

(美しいとか、綺麗とか、単語くらいは知ってるだろうに・・・)

 オーギュストは仕方なく、助け舟を出すような気持で口を開いた。


「素晴らしい!殿下の婚約者としてこの上ない・・・」

 美しさです、と言いかけて止めた。

(『美しい』は殿下自身に言わせないと)

 オーギュストはブライアンの靴を踏みながら、目くばせをする。

「えっ・・・あっ、ああ・・・うん、素晴らしい出来栄えだ」


(『出来栄え』だとぉぉ~~~)

 オーギュストはいっそ声に出して怒鳴りたかった。

 それではまるで、ドレスの仕立てや化粧を施した侍女たちの手腕を褒めているようではないか。


 けれど、その言葉を聞いた途端、オロールの表情が変わった。

 不機嫌な様子が消えてゆき、不愛想な仏頂面がいつもの無表情に戻る。

「ありがとうございます。お役に立てそうなら、安心いたしました」


 着付けや化粧の間中、ずっと考えていた。

(役目・・・仕事・・・我慢)

 婚約者という仕事上の役目をこなすためのことなのだから、我慢しなければならないと自分に言い聞かせていた。

 とにかく、見た目だけでもそれらしく見えないといけないのだ、と。

 けれどこの我慢が、役目にどれほどの効果をもたらすかは、全く自信が無い。いや寧ろ、ドン引きされたらどうしようとまで思う。滑稽だから元に戻せと言われた方がマシかもしれない。


 どうやら一定の効果は出せたようだと安心して肩の力を抜いたオロールだが、一応言っておきたいこともあった。

「殿下、ご存じだと思いますが、私は公爵令嬢として社交の場に出た経験は、ほぼありません。出来るだけ粗相がないよう心がけますが、その辺りをお含みおきいただけると助かります」


 スキルヴィング公爵家の次女として産まれながら、身体が弱いという理由でずっと外へ出ず、自室で暮らしていたオロールだ。

 年に1度の新年祝賀舞踏会の時だけ、家族全員参加が原則だからと連れていかれたが、その回数も片手で数えるほどだ。しかもその場にいる時間は壁の花よりも存在が希薄で、直ぐに気分が悪くなって1人で帰宅するのが常だった。

 誰かとダンスをしたことも無いし、会話を楽しんだことも無い。社交マナーや適切な振る舞いは、知識としてはあるが実践したことは無い。


 今回の『偽婚約者』の役割を果たすうえで、一番の懸念がそのことだった。


「ああ、解っている。身体が弱いという事を伝えておくし、俺も社交の場は苦手だが、出来る限りフォローする」

 けれどブライアンは、百も承知だという雰囲気で、優しく答えた。

 いきなり彼女に振り当てた大役に、心苦しさも感じていた。実際は、偽でもいいから婚約者になって欲しかった、というのが正直な気持ちだったのだが、それは隠しておこうと思ってもいる。

「よろしくお願いいたします」


 そうして、2人は一緒にギムレット王の謁見の間に案内される。

 前を歩くギムレット王の側近の耳に入らないよう、ブライアンはそっとオロールに囁いた。

(笑顔も愛想も不要だ・・・)

(・・・え?)

(平静を保っていれば良い)

 理由は解らないが、笑顔も愛想もいらないというのはありがたい。オロールが小さく頷いた時、謁見の間の扉が開かれた。



 そこは別世界のように、煌びやかな空間だった。

 豪勢な調度品がこれ見よがしに並んでいるが、異国の神話をモチーフにした彫像や絵画が多い。要は女神の裸婦像や絵があちこちにある、という事だ。

「この度は、お招きいただき誠にありがとうございます。デュランダル王国第6王子ブライアン・オルフェ、国王ルドルフ・デュランダルⅣ世の代理として参りました」

 ブライアンは堂々と挨拶をし、続けて礼に適った立太子式への祝いの言葉を述べる。

 そんな彼の姿に、オロールは少し驚いていた。公式の場での彼の振る舞いを見たのは、実は初めてだったのだ。

(王子様、なんですね・・・兵営の訓練所では、無頼漢のようなのに)

 かなり失礼な感想ではあったが、たしかに普段の彼は無骨で粗野な行動も多々あるのだ。それでもこうやって、代理とは言えデュランダル王国を代表して訪問する彼は、出るところに出れば立派な王子になるのだろう。


 ひと通りの挨拶が終わると、ギムレット王も型通りの挨拶を返す。

 それだけなら、ごく普通の謁見風景なのだが、この場合はかなり異様な光景だった。

 髪も髭も白いギムレット王の周りには、5人の美女が様々な姿勢で侍っていたからだ。


「さて、ブライアン殿。ここからは遠来の客を招いた主、という立場で話させてもらおうかの」

 ギムレット王ゼファーは、妙に楽しそうになって近くにいた美女の1人を抱き寄せた。

「どうだな、美女ぞろいだろう。儂の側室たちじゃ」


 王は側室たちを、それぞれ紹介していった。

 抱き寄せている女性は、ピンクの服を着ていて名はマルセリーナ。

 すぐ横に立っているのは、真っ赤な服のフレア。

 更に、青い服のラモーヌ、緑色の服のリンド、黄色の服のロウトホルと続く。

「間違うといけないのでな、解り易いようにそれぞれドレスの色を決めているんじゃよ」


 赤・青・黄・緑・ピンク

 テーマカラーが決まっている5人が並ぶと

 ・・・・側室戦隊?

 互いの仲は悪そうだ。

 戦いは常に個別で、戦場はベッドの中?


「・・・・はぁ・・・」

 ブライアンは、何と言えば良いやら解らずにいる。けれどゼファー国王は、意にも介さず、次はオロールの方へ視線を移した。

「そちらの女性は、婚約者だと聞いておるが?確か、公爵令嬢だそうだな」

「・・・オロール・スキルヴィングと申します」

 上から下まで、舐める様な視線を感じながら、オロールは優雅に腰を屈めて頭を下げた。

(・・・何だか、嫌な視線ですね)

 顔を伏せているのが幸いし、何とか平静を保つように努力する。


「ふむ・・・白も良いな」

(はぁ?)

 ブライアンとオロールは、同時に思った。

 側室たちのカラーバリエーションに、まさか彼女を加えようと思っているのだろうか。

 確かに今日のオロールのドレスは、薄い水色のサテンの上に白いオーガンジーを被せていて、全体的に白っぽい。花や宝石などの過度な装飾は無く、清楚で知的な印象だ。


「氷雪の姫、という感じだな」

 王は上唇を舐めながら、好色そうな笑いに口元を歪ませた。


(来やがったな、悪癖持ち・・・)

 ブライアンは、必死で平静を保ちながら、無理やり穏やかな笑みを浮かべて答えた。

「ギムレット王、彼女は私の婚約者です。身体が丈夫ではないので、大切にしております。第6王子としての立場や、彼女の実家との関係もありますし・・・その辺りの事情などは、王にもご理解いただけると思います」


 現在のギムレット王ゼファーは、最初から王太子であったわけでない。王子時代に政略結婚で娶った妻が、今の王妃になっている。


「・・・ふむ、そうだな。いや、今までに見たことが無いタイプの女性だったので、つい、な。では、それならば・・・必要であれば、どんな用途の女性でも、何時でも用意するから遠慮なく言うが良い。ただし、使用した際の感想や報告は必須だがな」

(これが悪癖の全てだな)

 ブライアンは憮然とした面持ちを見事に隠して、当たり障りのない返事でその場を収めた。


 一方、オロールと言えば、最初のギムレット王の言葉をうっかり聞き間違えていた。

(・・・『ひょうさつの姫君』?・・・表札?)

 自分のドレスのどこかに、名前が刺繡でもされているのかと、こっそりと裾の辺りを目で探していたのだった。

 名前を刺繍で縫い取ったドレスの御令嬢、ある意味自分を売り込むのなら、有効な手段かもしれないと思いながら。



 謁見を済ませ部屋に戻った2人に、昨日出迎えたモーリス・アスコット男爵がやって来て告げた。

「立太子式は、都合により少々延期になっております。先日の悪天候で、セレモニーの1つである祝福の儀の会場である教会が、一部破損してしまいまして、現在代わりの場所を選定しておりますので。王子殿下におかせられましては、それまでの間、宮殿でごゆっくりお寛ぎいただきたい、との陛下のお言葉でございます」


 一番大事なことを伝えず、側室談議に入ってしまうようなギムレット王に呆れながらも、ブライアンはオーギュスト達を呼んで、謁見の報告をした。

「成程、噂通りの御仁ですねぇ」

 オーギュストが、苦笑交じりに感想を述べた。

「ああ、全くだ。俺がもし1人で来ていたら、24時間女性を斡旋させられていたかもしれん。今回は婚約者が傍にいるという事もあって、あの程度の表現で済んだんだ」

 オロールがいなかったら、もっと露骨な物言いで誘われていただろう。

「後で話を聞かせろ、というのもなかなかですよね。噂通り、色ごとに関しては、実践するのも見たり聞いたりするのも全て、大好物っていうところでしょうか」


 オーギュストの意見を聞きながら、オロールはミツキの町で聞いた話を思い出していた。

 マルクト広場で店を出していた商人が、ギムレット王の噂を聞かせてくれたのだ。

『ギムレット王の側室は、1000人だとさ』

(・・・5人でしたけど?・・・ああ、でも頻繁に入れ替えがあるなら、延べ人数で・・・)

 飽きたり懐妊の可能性が無いと解ったりすれば、その都度新しく入れ替えて、1年で25人を側室とすれば単純計算で40年で1000人になる。

(ギムレット王の年齢を考えても、40年前から続けていたなら可能ですね。それに、定員5人で入れ替え制の方が、経費も安く上がりますからね)

 そんなことを考えていたオロールは、何とか終わった謁見に安堵していたのかもしれない。


「ところで、こちらの王様は、まだお世継ぎを欲しておられと聞きますが、可能性はあるのでございましょうかねぇ」

 フォリア夫人は、お節介な親戚のおばさんのような口調で口を挟む。

 それに対して、グラシュー女医は医師として真面目に答えた。

「さて、それは医者の立場だとかなり低いだろうと思います。そもそも王妃様との間に、先年亡くなった王太子様お一人しか、お子を為しておられませんし」

 あれだけ側室を侍らせながら、私生児の1人も作っていないギムレット王だ。医師としては、彼の男性機能の方に問題がある可能性が高いという。

「それでも諦めきれない、というのは男性のサガなのですか?」

 ついその場の男性二人に、聞いてしまったグラシュー女医である。


「俺たちに、聞くなっ!」

「私どもに、聞かないで下さいっ!」

 まだそんな年でもないし、今のところ子作りをする目的の相手もいないブライアンとオーギュストだった。けれど答えが無いのを、ちょっと残念に思ったオロールである。

(自分では絶対に解らないことを、聞くチャンスでしたのに・・・)



 そんな話をしていた彼らの元に、連絡が入る。

「王妃様と元王太子妃様が、お目にかかりたいと仰せでございます」

 ブライアンとオロールは、着替えをしないで良かったと思いながら、王妃の部屋へと向かった。


 王宮の奥まった場所にあるギムレット王国現王妃の部屋に入ると、そこは思った通りひっそりとした空間だった。調度品は豪勢だが、落ち着いた感じに整えられている。そこで待っていた王妃も、部屋の雰囲気と同じように、地味で目立たない雰囲気を纏っていた。


 型通りの挨拶を終えた後、デイァドラ王妃は聞き取りにくい声でボソボソと話した。

「本来ならば、謁見の場に同席するべきなのですが、体調を崩しまして失礼致しました」

 例え体調が良くても、あの場にいるのはツラいだろうと、ブライアンでさえも思う。華やかな側室たちを侍らす王に、王妃としては忍耐を試されるようなものでは無いだろうか。それならいっそ、仮病でも使って欠席する方が、精神安定上良いと思う。


 続いて元王太子妃が挨拶を述べ、一緒に連れて来ていた息子を紹介した。

 立太子式で王太子となる予定の、シュクル王子5歳だ。母親のロジータ元王太子妃と同じ栗色の髪で、祖母である王妃と同じ黒い目をしている。顔だちは、亡くなった王太子に似ているのかもしれない。不義の子であるという噂があるが、それを真っ向から否定できないくらい母や祖母とは微妙に似ていないようにも見える。

 健康そうだが大人しい性質らしい王子は、型通りピョコンとお辞儀をした。


 挨拶が済むと、ロジータ妃とシュクル王子はそそくさと退席していった。やはり姑との同席は気まずい何かがあるのだろうか。そう思えもするが、どことなくぎこちないその様子に、オロールは違和感を感じていた。


「何となく予想していた通りだったが、王妃と元王太子妃の仲は悪そうだな」

 部屋に戻って来たブライアンは、待っていたオーギュスト達に報告する。

「そうすると、例の不義の子という噂は信憑性があるという事ですか」

 2人の話を聞いていたオロールは、そこで口を挟んだ。

「ちょっと気になることがあります」

「ん?なんだ?」

「王妃様の視線です。一度だけ目が合いましたが、穏やかに王子様を見ていらっしゃいました。目が合った後、私を値踏みするような視線も感じました。それがどういう意味なのかは、まだ解りませんが」

 自分たちがまだ知らない、何かがあるのかもしれない。

 とりあえずそちらの話は置くことにして、オーギュストはブライアンに告げておくことにした。


「殿下、デュランダルからの贈答品は、明日にでもこちらの王や王妃にお届けしておきます。余分に持ってきている分は、側室の方々にお渡ししようと思っておりますので、後程後宮に入る手続きをします」

 側室たちは決まったエリアから出ることは出来ないが、客を迎え入れることは出来る。そのためには、手続きを踏む必要はあるが。

 こういった社交術に関して疎いブライアンは、彼の気配りに感謝するしかない。オーギュストを連れて来て本当に良かったと思いながら、彼はよろしく頼むと答えた。



 そして翌日、昼食後の時間をのんびり過ごしていたブライアンとオロールの部屋に、1人の侍女が酷く困ったような顔つきで訪ねてきた。

「失礼いたします。あの・・・ロウトホル様が、部屋にいらして欲しいと仰っておられまして。その、侍従武官のオーギュスト様もご一緒に、と。手続きはこちらで済ませておきました」

 不審な顔も隠さず、ブライアンは腰を上げた。それは誰だ?と言いたげだ。

(ロウトホル様?・・・ああ、黄色の側室の方でしたね)

 オロールは、当然自分も一緒に行くつもりで、読んでいた本を閉じた。


 黄色い側室のロウトホルは、遠い西方の異国出身だと聞いている。デュランダルやギムレットとはかなり異なる文化があり、ロウトホルの部屋も異国情緒に溢れた空気に満たされていた。

 室内に入ると、挨拶もそこそこに側室ロウトホルが口を開く。

「お呼びだてして申し訳ありませんが、困っておりますのよ」

 ロウトホルは色こそ黄色いが、前を合わせて帯で締めるという異国風のドレスを着ていた。髪も結い上げて、細い棒の先に宝石を付けた髪飾りを何本も刺している。爪も長く伸ばし、マニュキュアでしっかりと飾られていた。

 しかも、フレア、ラモーヌ、リンド、マルセリーナといった彼女以外の側室たちもそこに集まっていた。お陰で部屋は、色とりどりだ。


「実は私たち、集まってお茶会を楽しんでおりましたの。時々こうして、お話しするんですのよ」

 側室同士とは言え、いつもバチバチ火花を散らしているわけでは無い様だ。それなりに表面上でも仲良く付き合った方が、情報交換なども出来るのだろう。

「その時に、私の宝物を皆さんにお見せしましたの」

 そう言ってロウトホルは、黄金色の布に包まれた拳大の宝石を差し出した。


「これは、琥珀かな?」

 透き通った黄色い石の中には、何やら昆虫のような物が封じ込まれているようだ。

「ええ、私の故国では割とよく見つかるのですが、これだけの大きさと透明度があるものは稀で、しかも内部に蜂が封じられているのですから、とても珍しいものなのですわ」

 オロールもブライアンの横から、こっそりと顔を出して琥珀を眺める。


 ブライアンは、ふと思った。

(蜂、か・・・そういえばこの黄色の側室は、そんなイメージがあるな)

 肉感的な女性には、二通りのタイプがあるという。しなやかな獣、つまり肉食獣のような雰囲気を纏うタイプと、蜂や蟷螂のように細すぎるウエストを持つ昆虫を思わせる様なタイプだ。

 ロウトホルはとてもセクシーな女性だが、どちらかといえば後者のタイプに見える。


 黄色の側室は琥珀を返してもらうと、掌の上でそれを裏返した。

「皆様にお渡しして、順に見ていただいて、私の手元に戻ってきた時に・・・ほら、ここに傷がありますでしょう?」

 ロウトホルが言うとおり、琥珀の底面に引っ搔いたような傷があった。

「ちょっと不穏な空気になってしまって、でも皆様にお回しする前に、もう傷がついていた可能性もあるという話になったのです」

 琥珀はお茶会の時に見せるつもりで、朝からテーブルの上に出したままだった。箱から出した時には、傷など無かったという。

「それで、今日の午前中に、部屋にいらしたのはオーギュスト様だけなのですよ」


(えっ!)

 そういう事か、とブライアンは気づいた。オーギュストも一緒に、というのはこれが理由なのだ。

「はい、確かにお届け物をお渡しに参りました。そちらの琥珀がテーブルの上にあったのは見ていますが、触ってはおりません」

 オーギュストは内心の焦りを隠して、穏やかに微笑んで見せる。

「ええ、でも・・・私もずっと、琥珀を見張っていたわけでもありませんし」

 ロウトホルは、眉を顰めてブライアンとオーギュストを交互に見た。


「私にも、見せていただけませんか?」

 その時、オロールが穏やかに尋ねた。

 横から急に口を出してきた王子の婚約者だという女性に、いささか鼻白んだロウトホルだったが、それでもどうぞと琥珀を差し出す。

「ありがとうございます・・・確認させていただきます」

 オロールはひと通り見ると、そっと琥珀を彼女に返し、言葉を続けた。


「琥珀という宝石は、硬度がとても低く、爪でも傷をつけることが出来ます。固い爪、例えば成人男性でしたら容易でしょう」

「ああ、やっぱり・・・それでしたら・・・」

 ロウトホルが、我が意を得たりというように身を乗り出すが、オロールは淡々と続けた。

「けれどオーギュストは、デュランダル王室からの品を届けに来たわけです。その場合、白手袋を着用するのが我が国の作法です」

 あ、そうだった、とオーギュストは今更ながらに思い出した。


 更にオロールは、穏やかな口調のまま、ゆっくりと諭すように言葉を紡いだ。

「そして女性でしたら、マニュキュアをした爪も、コーティングしているのと同じですから、固さは充分です」


 側室たち全員が、ハッと自分の爪を見た。

 皆それぞれ、綺麗に磨き上げて形を整えているが、ロウトホル以外は誰もマニュキュアをしていない。続いて彼女たちは、窺うように視線を黄色の側室に投げる。


 そう、マニュキュアをしているのは、琥珀の持ち主黄色の側室だけだ。

 彼女は、気づかぬうちに、自分自身で琥珀を傷つけてしまったのだと気づいた。

「・・・あ、あの・・・・私・・・皆様に失礼を・・・」

 真っ赤になって狼狽するロウトホルだが、自分が悪いことをしたと思えるのだから、根は素直な女性なのだろう。


「ロウトホル様、うっかりは誰にでもあることですわ。私たちは、気にしません。そうですわね、皆さま。それから、デュランダルの皆様には、ご足労をお掛けしたお詫びに、お茶を差し上げてはいかがでしょう」

 その時、青の側室ラモーヌが、一同を見渡して優しい提案をする。

「それは素敵なご提案ですね。先ほどいただいた、ジャスミンの香りがするお茶はいかがかしら?ロウトホル様のお国から送られてきた珍しい茶葉で、とても美味しかったですし」

 赤の側室フレアも、にこやかに助け舟を出した。

 青と緑、そしてピンクは少し驚きながらも、頷いて見せる。


 結局ブライアン、オロール、オーギュストは、側室たちのお茶会に加わることになってしまった。5人の側室たちの人となりを知るには、良いチャンスだったかもしれない。

 最年長のフレアは、側室たちの取りまとめのような立場らしいが、奢るような様子は見えない。

 ラモーヌは口数は少ないが、落ち着いた口調で礼儀正しい。

 リンドは慎ましやかで、大人しいタイプの女性らしかった。

 一番若いマルセリーナは、陽気だが少々我儘で気難しい部分があるように見えた。

 けれど5人の側室たちは、それなりに上手くやっているように思えた。


 やがてお茶会はお開きになり、ブライアンたちは謝辞を述べて退席した。


「丸く収まって良かったな。ありがとう、オロール」

 黄色の側室の部屋から廊下に出て、ブライアンは微笑みながら話しかけた。

「いえ、たまたま先日読んだ本が鉱物図鑑でしたから。いつどんな知識が役に立つか、解らないものですね」

 少し目を細めたオロールは、これで少しはお役に立てたかと思って嬉しいのだろう。

 そんな彼女の顔の前に自分の顔を近づけると、ブライアンはチュッと可愛い音を立てて、その唇にキスをした。

「・・・えっ」

 流石に驚いて声を上げたオロールに、ブライアンはしれっとした顔で囁く。

「シッ・・・侍女が見ている」

 ロウトホル付きの侍女が、ブライアンたちを送り出してドアを閉めるところだった。


 誰もいない所でこっそりキスを仕掛けるのなら解らないでもないが、何故わざわざ見せるように行うのか。オロールは一瞬、意味が解らず軽く眉を顰めた。

 するとブライアンは、ひそひそと耳元でまた囁いた。

「仲の良い婚約者同士、という話が広がった方が、色々と都合が良いだろう?」


(ああ、そういう・・・・)

 偽の婚約者という事がばれないような演技なのだ、とオロールは理解した。けれどこの場合、自分はどんな反応をすればよいのだろう。

 俯いてしまった彼女の肩をそっと抱いて、ブライアンは心中で呟いていた。

(これは、良い手だ・・・またやろう)


 ロウトホルが分けてくれた茉莉花茶の包みを手に持って、後からドアを出てきたオーギュストが、いかにも嬉しそうに笑みを浮かべて眺めていたのを、2人は知らなかった。


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