10 始まりの終わりに、夕風が吹く
王都に向かう馬車の中で、ブライアンの腕の中のオロールは、さらに熱を高くしていた。
休みも無く無理やり走らせた馬車だったが、それと並走して駆けたオーギュストとデュース、そしてプリンスボンドとシャカールも相当の強行軍になった。
屋敷に着いた時その足で立っていたのは、監禁されていたはずのブライアンと、プボだけだった。流石はスタミナお化けと異名を取る馬と、陰でタフネス王子と言われている彼だけの事はあった。
オロールを寝室のベッドに運ぶと、ローレル女医とフォリア夫人が大急ぎでやって来た。ブライアンはただオロオロと、ベッドサイドで彼女の顔を覗き込むことしか出来ずにいる。
もう取り繕うこともせず、身に付いた威厳もかなぐり捨てた様な彼の様子に、フォリア夫人は苦笑を漏らすしかない。
「殿下、オロール様のお着換えを致しますので、外に出てくださいな」
乳母であった頃のように、少年を優しく窘める様な口調で、それでも強引に彼を外に連れ出した。
「とりあえず、湯浴みをなさって来てくださいませ。汗臭いですよ。病人の傍に不衛生な人物がいては、ただの迷惑ですからね」
そこまで言われて、ブライアンは大人しく引き下がるしかない。すごすごと廊下を歩いてゆくと、厨房から湯を持って来たメリアンが声を掛けた。
「殿下、オーギュスト様とデュース様を厨房の隣の部屋にご案内いたしました。お食事をお出ししておりますので、殿下もそちらへどうぞ」
ブライアンが小部屋に入ると、2人は用意してもらった簡単な食事を頬張っているところだった。
急に現れた空腹の客人のために大急ぎで用意したらしい、焼いた肉と野菜を挟んだパンとワインの瓶が並んでいる。
「殿下、オロール様のご様子は?」
大急ぎで口の中のものを吞み込んで、立ち上がりかけたオーギュストを、彼は手で制した。
「食べていてくれ。オロールは手当を受けているから、任せておけば大丈夫だと思う。俺は湯浴みをして来いと追い出された」
憮然と答えたブライアンだったが、その時彼の腹の虫が盛大に鳴いた。
そう言えば、最後に食べたのは監禁中に与えられたパンと水だけだった。
「・・・俺も食う」
漸く現実に戻ったような気分で、ブライアンは運ばれてきた分厚いサンドイッチに齧り付いた。
3人の食事が終わりかけた頃、フォリア夫人が姿を見せた。
「オロールの具合は、どうなんだ?」
不安そうに問いかけるブライアンに、夫人は少し眉を顰めた。
「熱を出されるのは久しぶりですが、今回はかなりの高熱で、疲労も激しいので・・・グラシュー先生と私で、今晩は傍についていることに致します。それで、今まで何があったのか出来るだけ詳しく聞いて来てほしいと、先生に頼まれたのでございますよ」
結局、最初から全て、ブライアンが知らなかったことも含めて、説明することになったオーギュストとデュースだった。
湯浴みを済ませてベッドに入ったブライアンだったが、疲れているはずなのに寝付くことが出来なかった。頭の中に様々なことが浮かび、目が冴えてくる。
王宮から拉致されてから、自分が知らずにいたことを、全て聞いたからかもしれない。
腹心の部下でもあり親友でもあるオーギュストとデュースが、直ぐに異変に気付き、軍規違反の可能性も無視して行動してくれたこと。
「私なんぞは、上官の愛馬を無断で連れ出しましたからね」
デュースなどは笑いながら言い放ってくれたが、厳密にいえば他にも違反事項は色々あるだろう。
規則違反なら、オロールも同様だ。女性の身で兵営に入り、オーギュストの名を借りて勝手に伝書鳩を飛ばした。
ブライアンは寝返りを打った。
3人の行動は、友好国との関係を考慮したと言っていたが、自分のプライドを守ってくれたのだと思う。陸軍の責任者が女に種馬として拉致されたなどと言う噂が広まって、尾ひれがついて他国に流れ、王国を侮られる可能性もあるだろうが。
ブライアンは天井を見つめ、頭の後ろで手を組んだ。
騎馬隊を出し、使節団に追いすがって馬車を改めるとか、サンビストに急行して奪還するという方法もあっただろう。有無を言わさず実行すれば、拉致された証拠である自分自身を見つけられただろうから。
それをせず、オロールは最少人数での計画を選んで実行した。
(・・・俺のプライドを、守ろうとしてくれたのだ)
身体が弱く体力が無い自分の限界ギリギリまで、彼女は頑張って成し遂げてくれたのだ。
おそらく生まれて初めてだろう野宿までして。・・・彼らと一緒に・・・
そこまで考えて、ブライアンは胸の中にチリッとした痛みのようなものを覚えた。
これは嫉妬か、独占欲か。
(いや!何を考えてるんだ、俺はっ)
彼らが妙なことなどしないことは解っているが、もしかしたら彼女の寝顔くらいは見たかもしれない。そう思うだけで、落ち着かない気分になる。
ブライアンは俯せになり、枕に顔を押し付けた。
伝達や情報の行き違いがあったとはいえ、オロールが1人で帰路に就いたのは、疲労で思考が働かなくなっていたのだろうと思う。そして運悪く、ゴロツキどもに囲まれてしまった。シャルのお陰で大事には至らなかったが、怖い思いをさせてしまったと思う。
森の中で落馬し、意識が無いオロールを発見した時の事を思い出した。王都へ向かう馬車の中で、熱がどんどん上がってくる彼女を抱きしめていた時の事も。
(・・・唇を・・・合わせたな)
口移しで、何度も水を飲ませた。緊急事態であったし、不安と心配でどんな感触だったかも覚えてはいないが。
ブライアンは、更に何度も寝返りを打ち、最後にむくりと起き上がる。
しばらくそのまま考えていたが、意を決したようにベッドから出て上着を羽織った。
コツコツと小さなノックの音を響かせると、暫くしてローレル女医がドアを開けてくれた。
「こんな時間にすまん。オロールの具合はどうだ?」
「今ちょうど気が付かれたので、お薬を差し上げるところです。殿下は、お休みになられないのですか?」
ブライアンの目は、赤くなりかけていた。
「寝付けなくてな。入っても良いか?」
「・・・少しの時間でしたら、よろしいかと」
許可を得て、ブライアンは中に入り、女医が彼女に薬を飲ませる様子を見守る。
上体を起こしてもらって薬を口にしたオロールは、慣れてはいても苦いようで微かに眉を顰めた。ブライアンは水差しからグラスに水を注ぎ、女医に手渡す。
「ありがとうございます、殿下」
ローレルは穏やかに微笑んで受け取った。
水をグラス半分ほど飲むことが出来たオロールは、ほぅっと息を吐いた。
「少しだけ、話をしても良いか?」
彼女の様子に少し安堵して、ブライアンは女医に許可を求める。
「そうですね、そろそろフォリア夫人と交代する時間なので彼女の部屋へ行ってきます。何かありましたら、メリアンに申し付けてください」
ローレルは隣室のソファーで転寝をしていた侍女のメリアンを起こしてから、廊下へと出て行った。
「オロール・・・苦しいか?」
大丈夫か、と言いそうになって、大丈夫なわけは無いだろうと思い直す。彼女の目は熱で潤み、普段透き通るように白い頬は、桜色に染まっているのだから。
(・・・え?)
何だ?とブライアンは驚いた。
ドキンと心臓が大きく鳴って、そのまま馬が駆ける蹄の音のように、鼓動が響く。
普段は感情を表に出さず、静かでビスクドールのような雰囲気の彼女が、生身の女性に見えた。
熱のせいであることは解っているが、『目病み女と風邪引き男』という言葉もある。熱で潤んだ瞳は色っぽく見えるわけだが、恋も病のうちと思えばそう感じるのも何となく頷ける。
鼓笛隊の小太鼓のように激しく高鳴る鼓動が、彼女に聞こえはしまいかと急に不安になった。
「・・・大丈夫・・・です。殿下・・・ご迷惑をおかけして・・・」
切れ切れに、何とか言葉を紡ぐ彼女だが、それを遮るようにブライアンは話しかけた。
「何がご迷惑なのだ。そもそも全ては、俺の為にしてくれたことなのだから。顔を見て、礼を言いたくて来てしまった。本当に助かった、ありがとう」
ブライアンは、自分の心臓の音を無視して、表面上はいつも通りに答えた。
オロールは顰めていた眉を開いて、穏やかな顔になる。
「・・・私は・・・お役に立てましたでしょうか?」
ブライアンは大きく頷いて、そっと彼女の髪を撫でた。
(・・・役に立つ、とかそういうレベルの事ではないのだが)
けれど、そんな気持ちを上手く言い表すことが出来ない。
「ああ・・でも、最後はご迷惑を・・・ここまで運んでくださったり・・・していただいたから・・・差し引きゼロでしょうか」
呟くような声に、ブライアンは眉を顰めた。
「そんな、収支決算のような事は言うな。俺は本当に、助けられて感謝しているんだ。・・・それより、覚えているのか?その・・・森の中から馬車で運ばれてきた来た時の事を」
何度も口移しで水を飲ませたことを、覚えているのかと内心慌てる。
「すみません・・・薄っすらとしか・・・」
抱き上げられて運ばれ、馬車の揺れと抱えられていた事だけは、ぼんやりと覚えていると言う。
ブライアンはホッとすると同時に、少しだけ残念な気がしていた。
実際は、水を飲ませて貰ったことも解っていたオロールだが、それを言えば例え緊急事態だったとしても、彼が不快な思いをするのではないかと慮って、敢えて覚えていないと言ったのだ。それについて話すのが、億劫だというのもある。
ブライアンは、とりあえず伝えておいた方が良いと思う事を口にした。
「今後の事は、全て内々で済ませようと思う。オーギュストとデュースの方も、心配はいらない。軍規違反にならないよう、上手くやるからな。ただ、今回の一件は、陛下だけには全て報告するつもりだ」
今後のホノブル王国との関係もある。知っておいて貰わなねばならないだろう。
オロールは小さく頷いて、同意を示した。
それで良い。それが良い。
表舞台に立たず、縁の下の力持ちで良い。
殿下のお役に立てることが、少しでもあればそれで良い。
オロールは、常にそう思っている。
短い会話でも、かなり疲れたのだろう。
オロールはぐったりと瞼を閉じた。
ブライアンはそんな彼女の手を取ると、その手の甲にキスを落とした。
姫君に贈る、騎士の口づけ。
敬意と忠誠と、精神的な愛を誓うそれに、大きな感謝を込めて。
そしてもう眠り始めた彼女の手を戻すと、彼はその額にもキスを落とした。
「ゆっくりお休み。早く具合が良くなるように」
静かに部屋を出ようとしたブライアンだが、ドアを開けた途端、鈍い手ごたえを感じる。
(・・・?)
そこには、鼻を抑えたフォリア夫人とローレル女医が、恥ずかしそうに立っていた。
失礼しました、と取り繕って中に入った中年女性たちは、中にいたメリアンに、何があったのかと話を聞く気満々だった。
自室に戻ったブライアンは、机に向かって手紙を書き始める。
長い書簡を作り上げた後、彼は漸く満足したように伸びをして、ベッドに入り深い眠りについた。
それから数日後、ブライアンは父親でもある国王に謁見し、ジェン・ティルナ王女に関する事件の全てを報告した。
長い話を真摯に聞き続けた王は、最後に息子である彼に告げる。
「解った。今の話は、胸の中に収めておこう」
そして暖かい笑みを浮かべると、父親の顔で言葉を続けた。
「それにしても、良い家臣と友人を同時に得ているのだな」
「はい、何か報わねばと思ったのですが、彼らは良い酒を奢ってくれればそれでいいと言いまして」
国王は磊落に笑った。
「それで、更にご報告とお願いがあります」
ブライアンは軍人の顔に戻り、姿勢を正す。
「今回功労があったホルン大佐にも、昇進をと思いましたが・・・」
ただホルン大佐は、高名な軍学者ではあるが身分的には子爵家の出で、貴族の中では位が低い。大佐から上となると、現在は少将になるが、それだとビスタ少将が良い顔をしないだろう。
「今回は、参謀局に入っていただき、局長の肩書を与えたいと思います。職務は事務系とし、公文書の作成や機密文書の保管責任者として、少将の下くらいの位置づけにしておけば問題は起きないかと」
国王は何度も軽く頷く。
「ふむ、それで良いだろう。・・・おや、確かもう1人、功労者がいたはずだが。オロール・アイアモンドと言ったか?」
ブライアンは、待ってましたとばかりに彼女の事を説明した。
本当はスキルヴィング公爵の令嬢で、女性であること。身体が弱いので尼僧院にゆくはずだったが、才能を見出したので自宅に置いていること。
北の農民の襲撃事件のことから、通信網の整備の件、参謀局設立のアイデアのことまで詳しく話し、今回の拉致事件も、彼女の迅速な行動と計算された計画で成功したことを説明した。
「自分としては、今後も彼女の才能を役立てたいと思っております。つきましては、オロール・スキルヴィング嬢を兵営に入れる王命をいただきたいのです」
オロールを正式に参謀局へ入れたい、と言うブライアンに、けれど国王は直ぐには首を縦に振らなかった。
「理由はどうするのだ?今回の一件を内々で済ますなら、襲撃事件や通信網のアイデアだけでは弱いと思うが」
「その点は、考慮しております」
ブライアンは、胸に暖めていた計画を話す。やがて国王は、納得したように頷いた。
「それなら良いだろう。オロール・スキルヴィング嬢に、兵営で活動する許可を与える」
ひと月後、ブライアンは自室にオロールを招き入れた。
「オロール・スキルヴィング、王命が下された」
装飾が施された羊皮紙の巻紙をスルスルと解き、彼女の目の前に広げて示す。
「正式に、参謀局での活動が認められたぞ」
ひと月掛かって漸く、以前と同じ程度に回復したオロールだったが、思いも寄らない話に思わずよろめきそうになる。
「これは・・・何故?」
ブライアンは、褒めて欲しそうな大型犬のように胸を張って話し出した。
「・・・と言う訳で、ホルン大佐には手紙で話をつけている。オロール・スキルヴィング嬢は、王国随一の軍学者が弟子として認め、後継者として考えている人物で、女性であることは問題にならない、とね。大佐も例の事件の時に君を知って、その才能を認めていたようだ。大喜びで、弟子を持つことを引き受けてくれた」
参謀局への推薦枠は、まだ3つ余っているブライアンだ。それを使って、オロールをホルン大佐の弟子として参謀局へ入れる。
これなら、誰もが納得せざるを得ないだろう。
ジェン・ティルナ王女が兵営に来る前に、『王命に従う場合以外は、女性の入営を禁ずる』という軍規を追加したのは、これを見越しての事だった。
ホルン大佐の弟子、と言うのも、機会を見てオロールに会って貰い、そうして貰おうと考えていた。拉致事件で、それも同時に一気に計画が進んだというところだろう。
どうだ?と言うようにオロールの顔を窺うブライアンだが、一抹の不安はあった。
今のところ、彼女の望みは『役に立つこと』なのだという事は解っている。恋愛感情どころか、恋愛そのものに興味が無さそうにも思える。だから、先ずは彼女が喜びそうなことを、懸命に考えて実行したブライアンなのだ。
けれどそれは、彼女自身に確かめたことではない。兵営に行きたいと言ったのも、そこでずっと働きたいと言った訳では無いのだから。
固まって羊皮紙を見つめたままのオロールに、ブライアンは不安になった。
「ああ、その・・・もし、その・・・嫌なら、陛下にお願いして取り下げてもらう事も出来るが?」
おずおずと上目遣いになってしまって、彼女の顔を覗き込む彼は、良かれと思ってしたことが失敗してしまった大型犬そのものだ。
「正式に、とは言っても毎日通う必要は無いし、今まで通りに体調が良い時に行けば良いのだが・・・」
項垂れて王命の羊皮紙を寂しそうに巻き直し始めたブライアンに、そこで漸く我に返ったオロールは、珍しく焦ったように口を開いた。。
「あっ、そういうことでは無くて・・・驚いてしまいました」
ここまで用意周到に準備して、態勢を整えてくれたことが素直に嬉しい。
「この方が、今までよりももっと、お役に立てそうな気がします」
そう言って、オロールは居住まいを正した。
「王命、謹んでお受けいたします」
小腰を屈め深く頭を下げ、公爵家令嬢に相応しい所作で、オロールははっきりと答えた。
俯いたその顔には、薄っすらと嬉しそうな笑みが浮かんでいたが、ブライアンはそれを見ることは出来なかった。
「まぁまぁ、それはおめでとうございます、オロール様」
部屋の隅に控えていたフォリア夫人は、小躍りするような足取りで2人に近づいた。
今や娘のように大切に世話をしているオロールの健康は心配だが、彼女が望むことの手助けをすることに生き甲斐を感じている夫人なのだ。
「そうなると・・・お衣装はどう致しましょう?今までの、見習小姓の服ではおかしいですわよね。やはり軍服になるのでしょうか?」
ブライアンは、虚を突かれた。
無骨な男の身では、オロールの服のことまで考えが至らなかったのだ。
「・・・参謀局に入るのはホルン大佐も同じだが、彼には大佐という肩書が既にあるから、その軍服で来ると思うが・・・オロールの場合は・・・」
王命で入営が許可されたとは言え、女性の場合の服装規定はまだ無い。そもそもそんな状況が、これから先、何度も起こるとも思えない。制服を規定する必要は、無いような気がする。
「仕事しやすい服なら、何でも良いと思うが?」
事務的な答えだが、オロールもそれに同意する。動きやすければ、何でも良いと。
けれどフォリア夫人は、それを聞いて張り切った。
「では、それを考慮してご用意させていただきますわ。軍の内部で働かれるのですから、やはりデザインは軍服をベースにして、でもやはり女性らしさは出して・・・色は、どう致しましょう。黒では少し仰々しいかしら?濃い目の色で、オロール様に似合っていて・・・」
娘の成人式の衣装を選ぶ母親のような感じで、夫人はウキウキと独りで喋り捲る。
「あの・・・裾の長いドレスではなく、ズボンでお願いします。馬に乗ることもあるかと思いますので」
目立たず地味な方向で、とオロールは懇願するように夫人に訴えた。
その数日後、延び延びになっていた第6王子ブライアン・オルフェ・デュランダル殿下の、陸軍大将就任式が行われた。
兄である第5王子が希望通り退任し、予定通り彼が陸軍を統括することになったのだ。ちなみに第5王子は、自分に合った学究生活に入るらしい。
王宮で行われた就任式は、周辺諸国の外交官も列席したもので、友好国からは王族も来訪したが、流石にホノブル王国からは外交官と高額な祝いの品が大量に贈られた。ジェン・ティルナ王女は、兄であるホノブル国王に、正直に全てを話したものと思われる。
ブライアンが正式に陸軍を統べることになったので、あの王女ももう一度リベンジしようなどとは思わないだろう。それに関しては、ブライアンもオロールも少し安心していた。
オロール自身は、資格が無いので就任式に列席することは叶わなかったが、式が終わって屋敷に戻ったブライアンと彼の親友たちから、詳しい話を聞くことが出来た。
(・・・見てみたかった・・・かしら?)
『式』と名が付くようなものには、あまり興味は無かったのだが、オロールは珍しく、そんな事を思った。
半月後、サンビスト砦長官の引継ぎを終えて、ホルン大佐が王都に戻った。
ブライアンは、彼とオロールを伴って参謀会議に臨む。
ホルン大佐とオロールが室内に入ると、席に付いていた参謀たちはザワザワと小声で囁き始めた。
「女か?軍規違反だろう?」
「どんな資格で・・・いや、どんな手を使って兵営に入ったんだ?」
以前、短期間だが兵営にいた見習士官と同一人物だという事に気付く者はいない。
髪が伸び、後ろで纏めることが出来るようになった銀糸の髪と、フォリア夫人が用意した服のお陰で、見た目は全くの別人のように見えた。
上着は体形に合ったシルエットだが、丈は膝辺りまでで、裾の短いドレスのようだ。下は彼女の希望通り、動きやすく乗馬も出来るようなズボンで、靴はブーツである。装飾の無い深緑色の服は、地味だが良く似合っていた。
ちなみにフォリア夫人は、同じデザインで色違いのものを他にも数着用意していた。
女性が入室してきたことにザワザワしていた室内を、ブライアンは咳払いで静かにさせる。
「先ず、こちらはホルン大佐だ。本日付で、参謀局長に就任する」
ローランド・ホルンの名は、軍人ならば誰もが知っていた。王国随一の軍学者で、その著書を読まない軍人はいないほどなのだから。
大佐と言う肩書は持っているが、それは便宜上のもので、ひと通りの軍事訓練は受けてはいるが、ほぼ学者と言って良い生活だった。ブライアンや他の王子たちの軍事教育が終わった後は、大佐と言う肩書でサンビストの長官を務めていたが、比較的平和な港町で執筆活動などをしていたのだ。
なので列席する参謀たちは、彼を歓迎する。
職務は公文書作成や機密文書の取り扱いなど、武官にとっては苦手な仕事を引き受けてくれるのもありがたい。
唯一不安だったビスタ元少将も、社交上の笑顔で頷いている。
彼は、ブライアンが大将になったことで、自動的に昇進して中将の地位を与えらえていたのだ。
「階級は参謀局長で、少将という事になる。手続きは終わっているので、今後はそのように対処してくれ」
言い渡された内容に、異を唱える者はいなかった。
そうすると、あの女性は何者だ?
一同が首を傾げた時、ホルン少将が挨拶の言葉を述べ、最後に彼女を紹介した。
「オロール・スキルヴィング公爵令嬢で、私の軍学の弟子です」
は?と、一同は口を開ける。
軍学?弟子?
「諸君はオロール嬢が女性であることを不審に思うかもしれないが、その才能は私が保証する。後継者として考えているほどだ。国王陛下にもご説明申し上げて、王命を頂いているので、軍規違反には当たらない」
一同は頷くより他は無い。
「ホルン少将と相談して、オロール嬢の参謀局への参加は、俺の推薦枠を使う。まだ3つ残っていたからな」
軍学者ローランド・ホルンの弟子で、陸軍大将である彼が推薦枠を使うなら、何も言う事は出来ない。
そしてオロールは、正式に兵営で活動することを認められ、ブライアンの傍でその才覚を発揮できるようになった。
与えられた個室は、陸軍大将の執務室の隣。これはブライアンの職権濫用かもしれないが、女性であることを鑑みて、治安維持のためと兵営内には伝えている。まさか陸軍大将の部屋の隣で、不届きなことに及ぶような輩はいないだろう。また兵営の敷地内のパトロールは、王女が去ってからも続けているので、安全度はかなり上がっているはずだった。
オロールの存在を知った下級士官や兵士たちは、ジェン・ティルナ王女の件もあってか、意外にもあっさりと受け入れていた。
ジェンとオロールの見た目の違いに、驚きはしたけれども。
「オロール、これからもよろしく頼む。勿論、無理はしない程度にだがな」
帰路に就く馬上で、ブライアンはふいに声を掛けた。
「はい、こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」
シャカールの馬上で彼に顔を向け、オロールは丁寧に頭を下げた。
夕方の風が、心地よく頬を撫でてゆく。
「これからもずっと、俺の傍にいて欲しい」
ブライアンとしては、精一杯の気持ちを込めた言葉で、含みがあったのだが・・・
「非才の身ではございますが、精一杯励むつもりでおります」
けれどやはり彼女には、そんな含みは届かなかった。
ブライアンは、やっぱりな、とこっそりため息をつく。
自分自身も恋愛には不器用だと自覚していたが、もしかして彼女は、自分よりも更に不器用なのではないのだろうか。
いや、そもそも恋愛には無関心なのか?
おそらく経験値はゼロであると、容易に想像は出来るが。
(・・・前途多難、かもしれない)
けれど多難でも、前途があるなら進むだけだ。
茨の道でも、道があるなら歩く。
ブライアンは静かな面持ちで馬上にある彼女をこっそり見つめ、決意を新たにした。
そして、無骨な軍人王子と、恋愛に無関心な参謀令嬢の日々が始まる。
しかし、今は平和なデュランダル王国だが、幾つかの不穏な出来事が、周辺諸国に浮かび上がって来ていた。
2人はどんな恋愛模様と、王国を守る使命を果たす日々を描くのだろうか。
それはまた、先の話である。
『風を紡ぐ』第一章は、ここで完結いたします。
陸軍大将となったブライアンと、その傍らで参謀として働くオロール。
今後、デュランダル王国に次々と降りかかる事件を解決しながら、少しずつ進展する2人の関係は、第2章から。
ご評価、ご感想、よろしければどうぞよろしくお願い申し上げます。




