私達のねむり姫
「ミラン、もうお前は用済みだ。城から出ていけ!」
ラフラン王子が私を指差して言う。
「どうしてですか?」
私は聞いた。
「お前のような庶民で美しくもない女が、私の妃になれると思っていたのか? 浅ましい。それにお前は生意気なのだ。事ある毎に贅沢をするなとか、税を上げ過ぎだとか。政治も解らない愚か者の癖に! 聖女の力で浄化や怪我が治せても、この国に住んでいるのだから、力を使うのは当たり前のことだろうが!」
私は王子と結婚したい訳じゃない。それなのに何度も正しい事を言って罵られるのは、辛い気分になる。近衛兵に止められる為に、国王に上申することも出来ないし、そもそも聞くような方ではないが。ラフラン王子にそっくりの性格だからだ。
それでも私は、言い続けた。
どうか正しいことを行うようにと。
でもそれは叶わず、床に私は引き倒された。
「私の妃になるのは、このマーガレット・ミルクス侯爵令嬢だ。聖女になった彼女がいれば、お前など用はない」
「ごめんなさいね、ミランさん。私の方が後から聖女になったのに、ラフラン様に選ばれてしまったわ」
銀糸の髪を手で巻き王子に隠れるように話す彼女は、私にしか見えないように微笑みを浮かべていた。
美しい紫紺の瞳が揺らめいて、とても綺麗な瞳からは涙が溢れた。
「ああ、マーガレット様はなんてお優しい。こんな庶民にまで慈悲を与えるとは」
「まるで女神だ」
「本当にお綺麗だわ」
優しげな彼女の姿に、王子も国王も民衆も大喜び。
そんな茶番に付き合うのも疲れてきた。
「それでは私は失礼いたします」
(また駄目だったのか。頑張ったのに………
どうすれば良かったのだろうか?
せめて王妃様が生きていてくれたら)
唯一私の言うことを聞いてくれた、優しい王妃は病でこの世を去っていた。いつも私と共に、市井に視察に降りて話を聞いていた人だったのに。
倒されて痛めた足を僅か引きずり、小声で呟きながらひっそりその場を後にする。頬には一筋の涙が溢れ落ちた。
「聖女様、どこ行くの?」
声をかけてきたのは、農民の親子。
いつも畑に祝福を願ってきた人達だ。
「私、城から追い出されたのよ。新しい王太子妃様は、紫紺の瞳だから気をつけてね。出来ればみんなに伝えて」
私は真剣な表情で、その親子に頼んだ。
「ああ、まさか……」
「どうしたの、母ちゃん?」
頷く私。
昔から紫紺は魔物の色と恐れられていた。
災いある所に紫紺ありと。最期の審判の時に現れる魔物は、いつも紫紺の瞳をしていたから。そもそもマーガレット様の瞳は水色であり、あんなに濃い色ではなかったのだ。
この国に、あんなに鮮やかな色は存在しない。
何故か昔から、薄い緑や薄い碧が大半なのだから。
ミランから直接話を聞いた母親は蒼白になり、もう駄目なのですか? と問いかけてくるが、王子に諫言しても無駄だったことを伝えると頭を垂れていた。
「私は出来るだけ伝えたいので、もう行くわね。あなた達もよく考えて」
「はい、ミラン様」
親子は頭を下げて去っていく。
会う人、会う人に、王太子妃の変更を伝えていく私。
その後もひたすら歩き、霊山を目指した。
今回の報告をする為に。
「残念ですね、今回も大アラクネの勝ちです」
「力及ばず申し訳ありません」
「良いのです、ミラン。そなたを遣わしたのは温情ですから」
私の前にいらっしゃるのは、女神サクラ様。
この世界を見守る神様です。
慈愛に満ちたその金色の眼差しは、全ての生き物を育むよう。その背にある羽は、白鳥のように優雅に翼を開かれていた。
そして大アラクネ様は、サクラ様の使徒なのだ。
「暫くは神の教えを守っていたのだけど、怖さを忘れた頃にはこのありさまになる」
「サクラ様、教えを覚えている民もおりました。その者はお助けください」
「良いわよ、ミラン。どうせ全て滅んでも困るからね。助けてあげるわ」
「ありがとうございます」
女神サクラは淡々と答えた。
300年に一度、サクラ様は民が傲慢になっていないか監査に入る。それを行うのが、大アラクネ様だ。そして同じ時期に私もこの地へ降りる。私はサクラ様の温情だ。神の教えを思い出す為の伝道師として。
「この樹海の森で生きていく為には、贅沢しないで協力する。民を纏める者も汗して働く」
この二点だけの教え。
「手を取り合って生きる道もあったのに。でも、もう良いわ」
数日中に大アラクネ様は、変化を解いて本来の姿に戻る。城程の大きな体は、禍々しいオーラを放つ紫色の毒蜘蛛に。そして見境いなく足や牙を振るって、人々を屠っていくのだ。
そして数日後。
「ギャー、助けてぇー !!!!」
「マーガレット様が、マーガレット様が蜘蛛に !!!!」
「いやー、死にたくない !!!!」」
「ぐあぁぁっー !!!!」
あちらこちらから、断末魔の悲鳴が聞こえる。
本来いたマーガレット嬢は、断罪のずっと前に大アラクネ様に吸収されていた。傲慢が過ぎとうとう人の殺傷に加わってしまったらしい。その姿を利用して大アラクネ様が成り代わったのだ。
そんな中、サフラン王子も混乱していた。
「何でマーガレットが、あんな化け物に! あぁ、止めろ、来るな、痛い痛いっ、ギャー !!!!!………」
阿鼻叫喚と大虐殺の最中、森の神殿に集っていた民はその命を救われた。
「ああ、あの伝承は本当だったんだ」
「私達は女神様の怒りに触れたのね」
懸命に許しを乞う民は、善良だった。
そこに顕現した女神サクラが、民に告げる。
「今度こそ、善良に生きるのよ」
「「「「はい、サクラ様。今度こそは必ず」」」」
そうして民は、屍を越えて動き出すのだ。
生きていく為に。
………惨状の後はいつも手に手を取り、協力できる民なのだが、次第に教えを忘れていくようだ。
「ミラン、お前ももう良いだろう? そろそろ輪廻の輪に加わったらどうなの?」
呆れた顔で、サクラも大アラクネも彼女を見る。
「もう、少しだけ……………」
そう話している間に、眠りに就くミラン。
エネルギーを使い過ぎて、気絶するように意識を手放した。
彼女は遥か昔に生まれた聖女。
彼女の力はサクラと同等な程だったと言う。
時の権力者を止められず、国の滅亡を許してしまった責任を感じ、今もここに留まっている。最初の滅亡時、善良な瀕死者を数人復活させる際に、大量の聖力を注いだミラン。その後もその時程ではないにしろ、力を使ってきたことで、膨大にあった聖力は尽きようとしていた。
「……この地を諦めて、幸せになったって良いのに。滅亡はミランだけのせいじゃない……」
ポツリと溢すのは大アラクネだ。
彼はずっと彼女を見守る蜘蛛の神。女神サクラの使徒。
ミランがいなければ、とっくに滅びを迎えたこの世界。
それが良いのか? 悪いのか?
「この狭い土地では、争いを避けるのは難しいよ。地球と言う星の半分もないのに。それでも幸福を目指すのだね。………傲慢な女だよ、君は」
「本当に、そうよね」
ミランが最初の国の滅亡を防げなかった未練に、長い間付き合う二人。
純粋で傲慢なミランは、二人のお気に入りなのだ。
そしてまた300年の眠りに就く彼女は、女神の懐に抱かれて眠る。きっと次で最後の覚醒になるだろう。女神の力により老化は止まっていても、肉体からはエネルギーは漏れだし、既に生体限界を迎えているのだから。
知らぬ間に他の世界の視察に行く二人に、同行しているミランなのだった。
「この諦めの悪さ、ミランは私達に似ているわね」
「………彼女には、いい加減幸せになって欲しいのですがね。この星が危険な物を作り出して、他の星と同じように自爆しないことを祈るばかりです。ミランが今度生まれるのは、そんな生き物のいない場所にしましょう」
「ここは、もう駄目なのね?」
「この民族は好戦的過ぎるので。可哀想ですよ、ミランが」
「ふふっ、そうかもね」
最初の戦争の時、最期まで身を呈して止めようとし、ミランの命が止まる瞬間を救命した大アラクネは彼女に甘い。偶然に合っただけなのに、運命を感じた。同じ瞬間、強い庇護欲を感じたサクラ。
彼女は知らない間に、二つの大きな愛に包まれていたのだ。
全ては女神の掌の上。
4/20 8時 童話ランキング(短編) 1位でした。
ありがとうございます(*^^*)
ある意味シ◯シティー♪
5/7の夕方と、5/8の16時も童話ランキング(短編) 1位でした。再び読んで貰えて嬉しいです。
ありがとうございます(*^^*)