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とある国の針子の話

作者: 大西洋子

ジュリアは、豪華絢爛を絵に描いたような衣装を裏返し、脇、それから肩の縫い合わせの糸を切り、その裏布を丁寧に外す。たちまち継ぎ足しだらけの布の端と、緻密な針子の仕事が露わになった。

「さすが質素倹約の先王の儀礼服。後でこの仕事の業を学ばなくては」

ジュリアは息をつく間もなく、次の衣装を手に取る。それはそのまま正装として着用しても良さげな代物。しかしそれも衣装を裏返し、縫い目の糸にハサミを入れるが、裏布に触れたその指に鋭い痛みが走った。

毒かそれとも針か。裏布を慎重にはがし、銀の指貫を押し付けるように指を走らせる。

「ユビノアさま」

侍女長を呼び、一瞬にして荒れた指と黒ずんだ銀の指貫を見せた。

「お手柄です。すぐ手当てをなさいまし」

「はい」

ユビノアの声で駆けつけた衛兵達は、その衣装を回収した。数日も待たないうちに、それを献上した者を捕らえ、国王の暗殺を企てた首謀者を特定するであろう。

だが侍女達は、その献上者と首謀者が誰なのか推測しあうことはない。縫い目を解き、裏布で隠された部分を確かめ、仕立て直す衣装が山のように待ち構えているのだから。

「ヴァイス国王は困った御方です」

質素倹約の先王と違い、ヴァイス新国王は、ことある毎に新しいお召し物を望む。彼が即位してから、国内外問わず衣装を献上する者が増え、城仕えの侍女が倍以上になり、若い衛兵達と恋の鞘当てが繰り広げられているのも、ユビノアの頭痛の種の一つ。

「ユビノアさま、我が師、カラバ侯爵夫人が中庭でお待ちです」

手当てを終え、仕事場に戻ってきたジュリアが囁く。

「ありがとう、ジュリア」

カラバ侯爵夫人とは、先王の父君の異母妹にあたり、長く王位継承者の教育者として、陰でこの国を支えてきた重鎮の一人。その御方をジュリアは師と称し来客を告げるには、毒殺未遂の不祥事が、すでに耳に入っていることを表す。

ユビノアは夫人が待つ中庭へ急ぐ。夫人は二人の若者を伴い、庭中央のガゼボの下で待ち構えていた。

「怖れていた事が起きたようですね」

挨拶もそこそこに、夫人は言葉を続ける。

「ユビノア、まず艶やかな布を扱う仕立て屋が、この城下に移り住んだという話を王の耳に入れてください」

二人の若者が軽く会釈をし、夫人は自分の孫だと紹介した。

「ヴァイスの事ですから、その噂に食いつくでしょう。後はジュリアに幾つかの策を与えています。この国を頼みましたよ」

そうして、半月を過ぎる頃、王は仕立て屋の噂を耳にし、夫人の予測通りに彼らを城に招き入れた。

「手持ちの布は、これだけしかありません」

滑らかな生地に躍る艶やかな色合いに魅了された王に、その布で作られた衣装を望むのなら、糸を作るところから始めないといけないと述べ、王は、彼らの言うままに城下に家を与え、畑を与え道具を与え、ユビノアは侍女達に、麻、綿、それから桑の葉を育てさせ、蚕、羊を飼育を手伝わせた。

そうして毒殺未遂の首謀者が割り出された頃、王は己の暗殺を怖れ、次第に献上品を断りだした。

仕立屋の工房から、麻糸を皮切りに、綿、絹、羊毛の糸が出来上がる頃、ジュリアは王に懇願した。

「ヴァイス国王、衛兵と恋仲になっている侍女達に、夫婦の祝福を与えて下さいまし。国王自ら認めた仲となれば、彼らの両親も認めざるを得ないでしょうから」

こうして様々な糸の作り方を覚えた若者達は、王の祝福を受け、それぞれの新天地に居を移し、そこでその土地に適した糸を作るようになった。そうして、

「王よ、お望みの布が織りあがりました」

王は喜び、己の仕事を放りだし、仕立屋の工房のへと自ら訪ねた。が、

「これが布だと!?」

「はい、今はこれが精一杯です」

「民に新春の祭りで、そなたらの布で作った衣装を纏うと、宣言したばかりだぞ?」

「ええ、もちろん存じております」

その布は、局部を覆える程しかなく、

「王に二言があるとなれば、民はどう反応するでしょうね……」

そうして彼らは、祖母カラバ侯爵夫人の、王へ最後の授業だと耳打ちした。

――かくして『はだかの王様』の結末へと相成るのだが、その裏での顛末は、先王の儀礼服の緻密な針子の業のように隠された。



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