第1話 私、あの幕末の志士の血縁なんですよ
プロローグ部です
「地鶏ですか?」
坂本氏は、小さくうなずいた。
ここは、南丹波の美川村。
山に囲まれた自然の美しい村だ。
「丹波地鶏って言うんですよ。」
ニコニコと笑う彼の目の前にある建物は、私が思っていたよりも規模が小さいものであった。
まるでビニールハウスのような建付け・・・入口には仰々しく桔梗の紋が掲げられており、なんだろう?この風景にはそぐわない場違いな印象を受ける。
彼は、この建物を鶏舎だと言う。
「あっ、静かに足音にも気を付けてくださいね。大声を出さない。ゆっくり歩くを守って。驚いてストレスを感じると、すぐダメになっちゃうんですよ。」
中に入ると、色違いの鶏が、私たちから離れて逃げるように奥へと向かっていく。どうやらかなり警戒されているようだ。
「白黒のマダラ模様がオスです。あちらの黒のちょっと大きい方がメスですね。」
なるほど・・・色違いは、種が違うのではなく雌雄の違いであったようだ。
入って来た時と同じように足音を忍ばせながら、鶏舎の外へとでる。
「はぁっ。」
思わず大きく息を吐いた私を見て、坂本氏は、クスリと笑い、なにやらもみ殻を砕いた感じの粉を米袋の中からその大きな手ですくい取った。
「鶏は、歯が無いのでこれを丸のみにするんですよ。」
「これ、もみ殻ですか?」
「はい。もみ殻と、あと隠し味に竹粉が入っています。」
「竹粉って、あの竹をつぶして粉にしてるんですか?」
「そうなんです。普通のエサは、とうもろこしの粉だけなんですけど、もみ殻と竹粉の方が吸収が良くて、肉質が上がるんです。ウチのこだわりですね。」
この種のこだわりは、ブランド地鶏に非常に多い。
「肉質は、軍鶏に似ているとか?」
「そうですね。軍鶏と土佐高知地鶏を掛け合わせた鶏ですので、軍鶏の濃厚な味と土佐高知地鶏のジューシー感があって、一つ上のランクの地鶏になっていると思います。」
「高知地鶏・・・なぜ、軍鶏と土佐高知地鶏を掛け合わせたのですか?」
その質問を待っていましたとばかりに坂本氏が口を開く。
「いやぁ、私の曾祖父が高知出身でして・・・幕末のあの志士の血縁なんですよ。ほら、私の名前で分かるでしょ?」
あぁ、そういえば、鶏舎の入口に桔梗の紋がついていた。
「あの志士が、最後に口にしたと言われている軍鶏と、出身地の土佐高知地鶏の組み合わせです。どうです?なかなかいいセンスでしょう。」
なめらかになって回り始めた坂本氏の口は止まらない。
「そういえば、有名な『いろはに丸』の事件をご存知ですか?あれは、実に面白い事件でして・・・」
うーん・・・どうやら長い話になりそうだ。
私は、腕時計に目をやり、小さくため息をついた。
次話は、9月22日9時を予定しております