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どの酒


 老婦人の買い物かごが関係ないもので山積みになってしまっていたので、結局私が必要なもの以外を全て元の場所へと戻してきた。

 買い物かごの中には現在、小さなショートケーキとポテトチップスうす塩味、惣菜の唐揚げのみが入っている。


「さてと……ざっとこんなものでしたよね。」


「そうだねぇ。あとは……なんだったかねぇ。」


「あ、お酒じゃありませんでしたっけ?」


「そういう話だったなァ。」


 私たちはアルコール飲料の売り場に向かい、到着した。


 商品棚にずらりと並ぶ英字ラベルの瓶。ところどころに日本語で「お酒は二十歳になってから!」というポップが目に入り、なんだか少々野暮ったく感じてしまう。

 いやまぁ、別に未成年飲酒したいと思ってるわけじゃないんだけど。


「で、どれ買えば良いんですか?」


 ウイスキー、ジン、ラム、ウォッカにテキーラ。缶チューハイやワインなど、これだけ多種多様な酒が揃っていると老婦人の言う『お酒』がどれを指しているのか分からない。

 老婦人はそう言われると、目をシパシパと瞬かせた。


「知らないねぇ。」


「は?」


「まーくんにお酒買ってきてーって言われただけだからねぇ。そんなの分からないわねぇ。」


 こ、このクソボケ老人……!ここに来て分かりませんってお前、もっと早く言えや……!

 手がかりなしでどれ買うかなんて、それこそバーテンダーでさえ分かりはしない。無茶な話だ。


「どれ選んでも同じ。適当で良い。」


「それはさすがに無理だと思うぞ?酒ごとに特徴というものはかなり違ってくる。ま、お子ちゃまには早すぎたであるか?」


「身長は私の方が大きい。」


 千晃とラテが何か張り合い始めたが、これに至ってはラテの方が正しい気がする。

 どれでも同じなら、カクテルに使う酒なんて何でも良い。でも実際そうではなく、バーテンダーは色んなお酒、更には色んな銘柄でさえも揃えている。

 どれも酒だが、どれをとっても別物なのだ。


「なにか覚えてないんですか?その、なんとかくんさんがいつも何飲んでるかーとか。」


「さぁねぇ、私英語は苦手だからねぇ……」


 腕を組んだ頭を動かす老婦人は、まるで祈りを捧げるような力強さでギュッと瞼をつむり、乾いた肌から一筋の汗を流す。


「うぅん……うぅん……」


「思い出せそうですか?」


「あともう少し……ここまで来てるんだけどねぇ……」


 みなが期待を込めて老婦人を見つめる。もはや手繰れる糸はここしかないのだから、それが蜘蛛の糸であって手繰るしかない。


「――ハッ!!」

 

 突如、老婦人はガっと目を大きく見開いた。


「思い出しましたか!?」


「……」


 私の声を他所に、老婦人は遠くを見つめている。この世の真理を悟ったという風に、口を開けて佇んでいた。


「……何の話だったかしらねぇ。」


「はい?」


 プッツン、と音が聞こえた。それは糸が途切れる音か、はたまた堪忍袋の緒が切れた音か……まぁ両方だろう。

 つまり結果としては、完全に無駄な試みだったということだ。


「も、もういっそ、今回は適当なもので我慢してもらう……とかですかね?」


「でもねぇ、間違ったもの買ってくるとまーくん怒っちゃうからねぇ。」


「小学生かなんかかァ……?」


 私の中のまーくんさんのイメージが子供部屋おじさんで定着する。脂ぎった肥満気味の体型に、常に上裸でだらしなくパソコンに齧り付いて興奮している男。それが私の中のまーくんさんとなった。


「まぁそんなもん酔わせてしまえば関係ないのだ。これでも飲ませて早々に酔い潰れさせよ。であれば怒ることはおろか、しばらくはマトモに会話することもままならん。」


「あ、それ知ってる。スピリタスだ。」


 力押しの暴論と共にラテが持ってきた酒瓶。そこにはよく分からない外国語表記しかなく、いったい何の酒なのか分からなかったが、千晃がその正体を見破ってそう口にした。


「スピリタス……ですか?」


「うん、アルコール度数98%」


「それ控えめに考えても死ぬくないですか?」


 誤差2%で四捨五入したら純度100%じゃん。もう酒じゃないじゃん。アルコール飲んでんじゃん。


「アイチューバーがストレートで一気飲みしてたしいけるいける。」


「急性アルコール中毒っていうのがあってですね……」


 そんなことしたら冗談抜きで逝けてしまう。そのアイチューバーは特殊な訓練か何かを受けていたんだと信じたい。


「酔い潰すよりも薬盛った方が良いんじゃねェか?」


「へっ……アイスティーに睡眠薬……」


「アイスティー?」


「ライブで火吹き芸したら盛り上がりそう……」


 もはやチームとしてのまとまりは無く、みな各々で勝手な会話を始め出すと、私は完全に置いてけぼりにされてしまった。

 ……いや、ちゃんと真剣に考えろやお前ら!!


「はぁ、なんでこんなことに……」


「尋、どうかしたの?」


「あれ、來摩ちゃん?そういえば今までどこに……」


 後ろから声をかけられ振り向くと、そこには缶ビールを抱えて立っている來摩ちゃんの姿があった。

 私は強い衝撃に立ちくらみを覚えた。


「來摩ちゃんさすがに未成年での飲酒は良くないよそこのポップにも書いてあるけど脳に悪影響だしアルコールの分解には肝臓への負担が大きくなるしそもそも犯罪になっちゃうし來摩ちゃんがどうしてもって言うなら止めないしむしろ私も一緒に罪を背負う覚悟はあるけど出来れば人の道を踏み外すようなことはして欲しくないというか……」


「よく分からないけれど……これで最後でしょ?必要なもの。」


 そう言うと來摩ちゃんは私の横を通り過ぎ、缶ビールを老婦人の買い物かごの中に入れた。

 ポカンと口を開けていた老婦人は、するとそれを見て驚いたように目を開く。


「あらぁ……これじゃないかしらねぇ!」


「えっ!?」


「ふふっ、やっぱり。そうだと思ったのよね。」


 あまりに呆気なく問題を解決して見せた來摩ちゃんに、私は唖然とした気持ちと流石だという気持ちの両方を胸に、ただその場に立ち尽くすのだった。

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