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【番外編】戸国の誕生日

この話は本編との時間軸、世界線など全くの別物となっております

照らし合わせると辻褄が合わなくなることがありますのでご了承ください


「尋ちゃんのお誕生会がしたい!」


 

 静かなジャズが流れるバーの中、浮の大きな声が部屋の中に響き渡る

 カウンターに座っていたのは古舘を初めとした、戸国尋と面識のある面々だった


 

「ってか浮ちゃん、尋の誕生日知ってんの?」


「五月二一日でしょ?」


「なんで知ってんの」


「直接教えてもらったの」


「ウチいくら聞いても教えてもらえへんかってんけど」



 古舘は学校でも戸国とよく話をしていて、特に最近は態度の軟化した戸国と休み時間に軽い談笑まで出来るようになった

 古舘にとってはそれだけでも大きな一歩のつもりではあるらしいが、哀しいかな、浮は古舘の教えてもらえなかった情報を教えてもらっているのである



「あれであろう?いわゆる『ツンデレ』よ」


「おォ!それジャパニメーションで観たぜェ!」


「ご、ご本人がいらっしゃったらお、怒られそう、ですね……」



 ラテと与損、それから風香らもそれぞれ談議している。風香の言う通り、ここに戸国がいれば文句の一つも付けていたことだろう

 が、戸国は現在横道と自宅で寝落ちモチモチ通話中。本日は来店することはないとのことだった


 

「教えてくれたは教えてくれたんだけどさぁ……」


「ん、なんや?なんかあるんか?」


「……実は」



 浮は過去に、戸国の誕生日を戸国に聞いたときのことを皆に説明し始めた


◇ ◇ ◇

 

 

『尋ちゃんって、誕生日いつなの?』


『五月二一日』


『へぇ……昨日じゃん!?なんで言ってくれなかったの!?』


『聞かれてなかったし』


『もー!』

 


◇ ◇ ◇


 

「って、いうことがあったの」


「あいつマジでそういうとこあるからなー……」



 可愛げがないというか、自分のことを横道以外に無闇に明かそうとしない。謙虚というよりも排他的なのだ

 だがそんな戸国に、さも当然かのように誕生日を聞き出せた浮はよほど戸国に好かれているらしい



「……しゃーない。元からそのつもりではあったけど、そういうことならド派手に祝ったろやないか」


「祭りとあらば我も手を貸すぞ!タコパというのをやってみたかったところなのだ!」


「おォ!ジャパニメシのタコヤキ!俺も食うぞ!」


「た、誕生日にたこ焼きは焼かないと思うけど……わ、私も、それじゃあ……」


「話聞いてなかった。カプレーゼおかわり」


「みんな……ありがとっ!」



 ここにいるみんなの心は一つ。尋の誕生日を祝いまくってやりたい。その心意気に、浮も大層笑顔になって喜んだのだった



◇ ◇ ◇


 

「戸国のオカンから当日の尋の外出許可いただいといたで」


「ケーキはうちの店から調達する。手配は済ませておいたから安心せよ」


「カプレーゼおかわり」

 

「私たちは皆さんの仰っていたプレゼントを代行して購入しに行ってきます」


「私とフジコちゃんはお店の飾り付けだね!」


「ムジカ様、な?」


 

 各自の役割を決めたところで解散し、六月一日を決行日としてそれぞれが動き出す

 後日、浮は与損と共に店内の飾り付けを考える担当として店にもう一度集まった



「にしても、なんでこの組み合わせになったんだァ?」


「仲良しだからじゃないの?」


「そんな喋ってねェだろ俺たち……」



 アニメキャラのプリントされたケーキをネット通販で眺めながら与損は首をかしげる

 そんなふうに店のテーブル席で向かい合いながら話し合っている二人を、カウンターから眺めている視線があった



「誕生日、ねぇ」


「そういや中出は今月の初めくらいがそうだったか。家族には祝ってもらえたのか?」


「なぁーんも……」


「……一杯くらいなら付き合う」


「こういうときにだけ優しくされるんのすっごいキツい……」



 父母娘の三人家族。中出はずっと家では肩身の狭い思いをしているらしい。

 一日仕事で、夜は二人の気に触れないよう身を小さくするようにひっそりと眠り、そしてまた仕事へと向かっていく。


 

「俺ん娘も浮ちゃんみたいに素直だったらよかったのになぁ……」


「素直すぎるのも考えものだ。俺としてはもう少し、わがままを言ってもらってもいいと思うがな」


「そりゃまぁ羨ましいこって」


「……」



 言八の意味ありげな視線に中出は軽くため息をつく

 誕生日の準備と、その様子を見守る大人二人。準備は滞りなく進んでいた。そんな矢先のこと


 

 ドアベルがチリンと、鳴った



 

「与損さん?」


「えっ」



 たった今店にやってきた戸国は、この時間に自分以外の来訪者がいたことに目を丸くした

 それも少なくともあまりこことは馴染み深いとは言い難い与損が、である



「与損さんがなんでここに?」

 

「あっ、えと、尋ちゃん。これはその事情というかなんというか……」

 

「こいつが『尋ちゃんのじゃ全然満足できなくなっちゃった』って言ってきたからよォ」

 

「え」


「ちょ、おま……じょ、冗談だッての……」


 

 戸国の顔からありえないほどの速さで血の気が引いていき、瞳の中のハイライトが握りつぶされたかのように消えてなくなった

 浮は言葉の意味が理解できなかったようで「だ、大丈夫!尋ちゃんでも大満足だよ!」と戸国を励ました



「お前こそこんな時間に来るたぁ珍しいな。いったいなんだってんだ?」


「先生までいらっしゃったんですか。来るタイミング間違えたかな……」


「確かに休日に学校の先公と顔合わせたら萎えるよな。気持ちはよぉ〜く分かる」


「昼間ッから酒飲んでるおっさんと会いたくねェだけじゃァねェか?」


「畜生!年頃の女はいっつも俺のことをイジメてきやがる!言さんこの店で一番ドギツイの!」


「消毒用エタノールだ」


「態度は別にドギツくなくていいよ!」



 そう言いながら中出はポンプをプッシュして、手指消毒を完了させる

 戸国は呆れた様子で肩をすくめると、言八の方を見てぼそりとつぶやいた


 

「数日前、ここに本を置き忘れてしまったのですが」


「え、そうだったけ?そんなことあったかな……」


「あったあった。浮がいないときだったかも」


「でも私基本いつもここにいるよ?」


「じゃあただそっちが忘れただけでしょ。バーテンダーさんが預かってくれてると思ってここまで来たんだけど……ありますか

 ?」



 いつも細めている言八の目が開いて、戸国の目をじっと静かに見た。

 それからふっと、頬を緩めるように微笑んだ

 

 


「えぇ。バックヤードにおいておりますのでこちらからどうぞ」


「ありがとうございます」


「こちらこそ、わざわざいらしてくださって感謝しておりますよ」



 戸国はカウンターの中へと入ってそう言うと、言八にバックヤードの方へと連れて行かれていった

 カウンターの中の扉ががちゃりと音をたてて閉じると同時に、浮と与損はやっと緊張で詰まっていた息を吐き出す



「な、なんとか誤魔化したァ……」


「サプライズのつもりだったのに、計画段階でバレちゃったらどうしようもないもんね……」



 想定外の事態だったが、最悪は免れた。

 そのあとは戸国もすぐに退店して、二人はまた飾り付けに使うものを通販サイトで吟味するだけとなり、それも終わって夕方ごろに解散した

 パーティーのために作ったレイングループでも大きな問題はなく、必要なものを全て揃えて本番を迎えるのみとなった



「……」



 日も沈み夜になり、誰もいないバーのカウンターで浮は陰った表情で俯いていた



◇ ◇ ◇



 ドアベルがチリンと、鳴った

 


「はっぴ〜!ばぁ〜すでぇ〜〜〜!!!」



 クラッカーを盛大に鳴らして来客を迎え入れる。六月一日の今宵、無事にパーティーは進行した



「これって……」


「誕生日パーティーやで?あんたが無駄に秘密にするから、うちらも無駄に大袈裟に祝ってあげよ思った末のサプライズや」


「今日は無礼講であるからな!めいっぱいはしゃがせてもらうぞ!」


「え、えと……迷惑、だったなら、すみません……」



 いつもの落ち着いた雰囲気とはまた違い、万国旗やミラーボール、たこ焼き機にワカメスープなど、そこにあるもの全てに統一感がまるっきり存在しない。視界情報がごちゃごちゃで、もはや笑ってしまえるほど景色がうるさい

 そう、景色がうるさい。一言で言い表すならまさにそれである



「……ううん」


 

 戸国はふっと笑った。ギラギラと天井から吊り下げられたミラーボールの下、戸国は頬を掻いて皆を見渡した



「ありがとね」


「……えへへ!」



 浮としては大戦果をあげて、サプライズは成功した

 企画した甲斐があったと思わせるような、寂しさも吹き飛ばすほどの大成功を



「プレゼントはあそこにまとめてッから、帰りに持ッてッてくれ」


「ありがとうござ……なんか多くない?」


「十人分だからね」


「まぁあとで俺が車で送ってやっから気にすんな!ほら飲め飲め!」


「先生既に出来上がってるじゃないですか」


「酔ってねぇよぉ!」



 賑やかで、温かくて、居心地の良い時間だった

 みんな楽しそうにしている。悪ふざけの延長で、戸国のケーキに一人一人が美味しくなる魔法を順番にかけていったり。サンライズのバンドの三人組の余興の演奏が、千晃が楽器を忘れてきたことで急遽中止になって千晃が吊し上げられてたり。途中に少しだけ顔を出したアカネがお酒でぐでんぐでんになったラテを回収していったり

 パーティーは信じられないくらい忙しなく進行していき、信じられないくらいに早く時間が過ぎていった



「そろそろ帰りますね」


「ほんならウチも。いうてもう残ってるのゆるおぢだけやし」


「みんな忙しいなか集まってくれてたからねぇ」



 扉を開け、店の外にまで見送りに出た浮は改めて感謝の意を示す

 湿気をはらんだ風が錆びついたシャッターを揺らして、抜けていった



「今日、すごく楽しかったよ」


「ほんと!?ありがと!!」


「うん、今までは家族に祝ってもらうだけだったからあんまりわからなかったけど……いいね、サプライズ」



 黒い髪を耳にかけて、戸国はそう微笑んで見せた



「じゃあね。持って帰れなかったプレゼントはまた明日取りにくるから」


「ほなね浮ちゃん!」


「うん!ばいばぁーい!」



 ひらひらと手を振る二人を、浮は姿が見えなくなるまで見送った

 そして姿が見えなくなってからその手を降ろすと、唸るような風の声が商店街のシャッターをガタガタと揺らし、枯葉がカッサカッサと道のど真ん中を転がった



「……おかたづけしなきゃ」



 店の中へと戻り、浮はドアの前からがらんどうになった誕生日パーティーの会場を一望した

 戸国も見た景色であろうここからは、しかしクラッカーを持った友達の姿は見えなかった



「お誕生日おめでとう、浮」

 

「おじいちゃん。それに中出さんも」



 六月一日。今日は浮の誕生日だ

 浮は二人から差し出されたプレゼントを受け取って笑って見せた



「ありがとう、二人とも」


「誕生日、なんでみんなに言わなかったんだ?」


「……」



 浮はぎゅっと口を結んで視線を落とした。先刻の騒がしさが嘘のように、店内はとても静かだった

 そんな浮の頭に言八は手のひらを置く。そしてその頭を優しくなでて、勇気づけた



「……なんだか、言い出しにくくって」


「言い出しにくい?」


「もちろん、みんなは言ってくれた方がいいって言うんだろうけど……でも、私なんかが祝われちゃっていいのかなぁって……」


「……そーかい」


「?」



 中出はやれやれといった様子で、肩をすくめて微笑していた

 なにかおかしなことでもいってしまったのだろうか、と思い返してみるも、それらしいことを言った覚えはない

 すると言八が一つ、また新しい包装された箱を取り出して浮の手に握らせる



「なにこれ?」


「誕生日プレゼントさ」


「二つ目ってこと?でもそんなのっていいの……?」


「あぁ。なにせこれは私からの分ではないからね」



 リボンをとって箱を開けると、そこからは小さなメモ用紙と――



「しおり?……尋ちゃん?」


「直接渡すことができない止むに止まれぬ事情があったらしくてね。代わりに私から浮に渡しておいてほしいと言われたんだよ」


「……」



 浮はメモ用紙を見た



 ◇◇◇


「私の誕生日は六月一日!」


「へぇ、そうですか」



 戸国と浮が迷子のスズナリ少年を交番に送り届けている、その道中でのことだった

 本屋の袋を右手に、戸国は素っ気なくそう返す



「えへへ、あと一ヶ月くらい?お祝いして!」


「面倒臭いので嫌です」


「えぇ……」



 スズナリ少年は浮の手を握りながら、無関心そうにしている

 踏切が降りてくるのを見守りながら戸国は心底鬱陶しそうな顔で吐き捨てるように言った



「だいたい誕生日なんて言って、便乗してただはしゃぎたいだけじゃないですか。そういうの私、嫌いなんですよね」


「はしゃぎたいって……それってダメなことなのかな?」


「少なくとも私の誕生日を理由にされるのは腹が立ちますかね」


「じゃあ尋ちゃんのお誕生日はサプライズでバレないようにしなきゃだ」


「なんで私とあなたがこれからも一緒にいる前提で話進めてるんですか……?」



 この迷子の少年を交番に送り届けてそれっきり

 戸国はまた一人で彼女を待ちながら、深い孤独に沈んでいく日を過ごしていくつもりだった

 しかし、浮はそれでもなお食い下がって笑って見せた

 


「私は尋ちゃんからのプレゼントだったらなんでも嬉しいよ!」


「じゃあいらないゴミ送りつけますね」


「……う、嬉しいよ!」


「こんなところで意地張らなくてもいいですよ」


「う、うぅ、う〜……!」

 


 表情ひとつ変えない戸国に割と心が折れそうになりながらも、浮は戸国の背を追いながら交番へと着いていくのだった



◇ ◇ ◇



 『誕生日、おめでとう』



 メモ用紙は、粗雑なメッセージカードだった

 無愛想にたった一言だけ記された用紙。しかしそこには何度も何度も書き直されたあとが残っている



「……覚えててくれたんだ」



 あのとき、初めて同年代の相手と知り合えた喜びから変に距離を詰めて戸国に迫っていた、という自覚が浮にはあった

 本当は祝われる覚悟もなかったはずなのに、勢いだけで誕生日を教えてしまったのもそのせいだろう

 でも、どうだろうか。浮は今猛烈に、うちに抱えきれないくらいの喜びに満ち溢れている



「お誕生日おめでとう、浮」


「うん……うん!」



 クルクマの花の押し花のしおりを手に、浮は万感の思いで応えた



『……いいね、サプライズ』



 戸国の声が耳元に蘇る

 今日は浮にとって最高の誕生日だ。友達に祝われたのは、これが初めてだったから



「ありがとっ!」



 今度みんなに会ったときには、自分の誕生日を教えようと思った

 もしかしたらまた、今日みたいに遅れながらもパーティーでも開いてくれるかもしれない

 そう考えた浮は、どこか軽やかな気持ちでパーティーの後片付けに取り掛かった


 

 外では一層強い風が吹いて、宙に浮かんだ枯葉が月の光を浴びていた

Happybirthday!!!

戸国 尋 5/21

加萩 浮 6/1

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