身近な天才
結局他に気に入ったものもなさそうだったので、來摩ちゃんには月雫さんの本を見繕った。『ネオンと扉』という本で、私もかなりお気に入りである。気持ち的には大学の講堂を借りて講義したいほどの名作なのだが、來摩ちゃんが置いてけぼりになるのでここでは割愛する。
そうして用事を済ませた私たちは別行動していた残りの三人と合流するため、捜索を兼ねて私たちは店内をブラブラしていた。
「あ、この本は初めてここ来たときに見つけた本でさ。題名が身も蓋もないんだけど、浮は『タイトル長くてすごーい』って言って――」
「そう。」
素っ気ない態度の相槌に、しかし私はこうして堂々と他の知り合いの話を出来るようになったのが嬉しかった。
自分はもう、ただ護ってもらうだけの存在ではない。
「――そこのお二人、ちょっとよろしいかねぇ?」
ふと声をかけられ振り返ると、そこには杖をついた老婦人が立っていた。
うげっ……せっかく二人で話してたのに、邪魔すんなよなぁ。
「……どうかされました?」
「ちょっと場所聞きたいんだけどねぇ。場所がわからなくてねぇ。」
ちっ、面倒くさいな……
「尋、この人困ってるみたいよ。お話聞いてあげましょう?」
「はぁ……何をお探しですか?純文学ならあちら、雑誌類はそちら、マンガやライトノベルならこちらですけど。」
「お酒はどこに置いてあるかしらねぇ。」
……はい?
いや、今お酒って言った?なんで?本屋なのに?
「ユウヒウルトラウェット?みたいなやつなんだけどねぇ。」
「そんなのここには無いですけど。」
どうやら聞き間違いではないらしいことに頭を抱え、イライラどころか諦めが先行してしまった。
「あらぁ、そうだったのねぇ。それじゃあ別のお店で探してみるわねぇ。」
「ここら辺のお店、だいたいブティックじゃなかったかしら?」
「お肉屋さんかしらねぇ。」
「それはsteak。なんで無駄にネイティブなんだよ。」
來摩ちゃんの引き止めも上手く伝わらず、老婦人はヨボヨボと弱々しい足つきで歩き去っていった。なんだったんだ今の時間……
「……そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。さっきの尋は少し不親切だったと思うわよ?」
「だって、せっかく二人で一緒にいるのに……」
特に今までは物理的にも精神的にも距離を置いていたのだ。私の中のわだかまりがなくなり、そして今こうして二人で本を見てまわっているこの瞬間に邪魔が入るのなんて、到底耐えられることではない。
「別に二人の時間なんて、これからいくらでも作れるでしょう?そうカッカしないの。」
「……」
「あら、何か不満?」
とんでもない。來摩ちゃんの言うことに不満なんて無い。私は慌てて首を横に振った。
「ち、違うよ。わかってる。うん……」
親しくもない他人に時間をかけるなんて、いったいなんの利益や見返りがあってそんなことをするというのだろうか。
浮のような馬鹿正直さも、古舘の世話焼きな部分も、そして來摩ちゃんの優しさも、私には理解することが出来ない。
「……そういう才能、ってことなのかな。」
「才能?」
「ううん、なんでもない。」
私は何も持っていない割に、出会いには恵まれている方だと自負している。
それは來摩ちゃんもそうだし、今となっては浮や古舘もそれに当てはまると言える。出会う人全員が誰かしら、誰にも負けないような才能を持っているのだ。
そして天から与えられた才能は、努力どうこうで代替の効くようなものではない。だからこそ天才なのだ。
……こういうとき、古舘ならきっとこう言うだろう。
「――なにそんな暗い顔してるのよ。シャキッとしなさい。」
「……え?」
私は目を丸くして來摩ちゃんを見る。
まるで古舘が掛けてくれる励ましの言葉、私が想像した古舘そのままの言葉を、來摩ちゃんが言い放ったのだ。
「アタシをエスコートしてくれるんでしょう?そんな顔されちゃ、楽しいものも楽しめないわよ。」
「ご、ごめん……」
「まぁーたそんな湿っぽいこと言って……謝るより笑ってくれた方が、アタシは嬉しいのだけれど?」
「……」
私は笑顔を張り付けて來摩ちゃんに見せる。
そうだ。今日は來摩ちゃんに楽しんでもらうためのお出かけだ。確かにあの婆さんとの会話で幾分か時間を無駄にはしたが、その後のこうしたやり取りだって必要はなかったはず。さっさと切り替えていれば済んだ話だ。
「そうそう。その顔が見たかったのよ。」
來摩ちゃんは得意げに笑うと私の手を握った。
「え、わ、く、來摩ちゃん、手……」
「行きましょう。まだまだ時間はあるんだから、ね?」
私に反論など、ある訳がなかった。
こくりと首を縦に振ると、私たちは再度別行動の三人を探すために店の中をまわり始めた。
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