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謝罪と約束


「ごめん、古舘。」


 私は誠心誠意の謝罪を目の前に立ち尽くしている少女、古舘 粧奈に送っていた。

 朝礼前、授業が始まるまであと数十分といったところ。古舘が教室に入って早々のことだ。


「……あ、え?」


「突然手のひら返して何言ってんだ、ってのは分かってる。それでもちゃんと謝りたい。古舘のこと避けたり、理不尽に当たったりしたこと……」


「いやいや別にそんなことは思ってへんねんけどな!?」


 ワタワタと忙しなくそう言う古舘。頭を上げた私は困惑を浮かべる彼女と目を合わせた。

 この謝意を包み隠さず、まっすぐに届けるように。


「……いやまぁ、全然許せるけど。」


「ありがと……」


「にしても急すぎんか?いきなりやったからクソほどビビってもうたんやけど。」


「あぁ、それはなんというかまぁ……」


 首の裏に手を回して掻く。いったいどこから話せば良いのか。私ですら、未だに信じられないような気持ちだというのに。


「許してくれたから……かな。」


「どういうこと?」


「うん、昨日のことなんだけどね。」


 とりあえずまずは昨日のことを話そう。これまでの私のことについても説明がいるかもしれないし、長くなるかもしれないけれど。


「――來摩ちゃんに、会ったんだよ。」


 ◇◇◇


「アタシ、ずっと尋に謝りたかったの。」


 開口一番、來摩ちゃんはそう言ってうつむいた。


「事情があったとはいえ、急にあなたの前からいなくなってしまった。あなたを、護れなかった。本当に、ごめんなさい。」


「來摩ちゃん……」


 スーパーのフードコートで私と來摩ちゃんが水を、田中さんはハンバーガーを不味そうな顔で食べていた。


「あまり彼女を……横道さんを責めないであげてください。彼女にも色々事情があったんですよ。」


「責めるだなんてそんな。でも、事情っていうのは……?」


 田中さんが言う『事情』。それを來摩ちゃんは服の袖をまくって教えてくれた。


「親と上手くいってなかったのよ。児相に連れて行かれて外出禁止。学校側は私のことを見て見ぬふりをしてた手前、情報統制を敷いて沈黙せざるを得なかったみたいね。」


 痛々しい傷痕や火傷の痕が、その問題の深刻さを痛いほどよく伝えてくれた。來摩ちゃんは人目を気にするようにすぐさま袖を戻した。


「見られたくないの?」


「あんまりね。」


 当然のことだろう。これだけの物を見て何も思わない人がいるはずもない。いちいち奇異や同情の目で見られるとなれば、想像しただけで嫌気が差してくる。


「……にしても、本当に奇遇ですね。横道さんが珍しく買い出しに着いてきたかと思ったら、戸国さんとバッタリ出会うんですから。」


 お互いに掛ける言葉に迷っていたのを察したのか、田中さんは紙ナプキンで口元を拭いて言った。


「そうね。でもそのお陰で手間が省けたし万々歳じゃない。」


「手間?」


「えぇ。その内あなたのお家にでも行って言っておこうと思っていたのだけれど。」


 紙コップの中の水をこくんと一口、飲み込んで唇を濡らした來摩ちゃんはイタズラが成功したときのような笑みをした。


「……アタシ、尋のいる学校に転校することになってるの。」


「……」


 私は特に何を言うでもなく、沈黙していた。

 來摩ちゃんにとってはそれが予想外だったらしく、「ん?」と小さく口の中でつぶやいた。


「知ってたよ?」


「え?」


「田中さんの言伝のときから、多分そうなんだろうなとは薄々……」


「……」


 「知っていた」と言うよりも「そうであって欲しい」という願望に近いのだが、それでもそんな予感があったのは事実だ。

 現に中出に転校生のことを言っても否定されることはなかった。転校生の存在は半ば確信していたのだ。


「……ふっ。あっはっは!」


「笑わないで!」


「すみません横道さん……ふふっ」


「ちょっと!恥ずかしいんだけど!」


「……ふふっ」


「ちょっと尋まで!」


「ごめん。ごめんだけど……ふふっ。あんまり可愛いもんだから、つい。」


「もう!」


 赤面しながら不満げにする彼女に、なんだか私も安心して更に笑いが込み上げてくる。

 來摩ちゃんは変わっていない。私の知っている、見栄っ張りでおしゃまな、頼れる私の友人だ。


「……私からも一つ、謝らなくちゃいけないことがあるんだ。」


 私は胸の内から湧き出る可笑しさを飲み込んで來摩ちゃんを見る。


「友達になりたい人がいるの。それも一人じゃなくてたくさん……約束、護れなくなっちゃった。」


 來摩ちゃんと交わした約束の内のひとつ。――『彼女』以外を友達とは思わない。

 それは確かに今まで私の心を縛る鎖であり続け、私の心を護る鎧であり続け、そして私の心が縋る呪いでもあり続けた。

 そして、そんな私の自縛をぶち壊してくる、容赦のない奴らがみんな私に手を差し伸べてくれている。


 誤魔化しようがない。私はみんなと、友達になりたい。


「……」


 來摩ちゃんの視線が一気に冷え込んだのが分かった。私の体は氷点下の吹雪に吹かれたかのように固まり動かなくなる。

 ……やはり、ダメだったか?


「ご、ごめん來摩ちゃん。やっぱり――」


「良いわよ。」


 恐怖の寒気はそこに無く、目は先程までと同じような優しげな目になっていた。

 雪を溶かすような笑顔が私の凍った体を解してくれる。


「そうね、失念していたわ。『アタシ以外の友達を作らない』なんて、我ながら無茶なことよね。」


「く、來摩ちゃんは悪くないよ。」


「いいえ、さすがにこれはアタシが幼稚だった。今ここで、撤回するわ。」


 來摩ちゃんは煽るように紙コップの中の水を飲み干して、その猫のようにつり上がった目を向けて私に言い放った。


「尋。これからは自由に、お友達を作ってちょうだい。」


「――」


 私の中にがんじがらめになっていた鎖が、一気に弾け飛んだかのような心持ちがした。

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