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危惧すべき奇遇


 冬がやってきた。

 私はこの昼間、近所のスーパーでおつかいをしていた。


「母さんもいい加減なんだから……」


 以前も同じようなことがあった気がするが、なんでも今日の夕食に必要な材料をいくつか切らしていたらしい。既に夕食を作り始めていた母に代わり、私が出動するしかなかったわけだ。


「……っと、これでよし。さっさと帰ろ。」


 ナイロン袋に購入品を詰めた私は、できるだけ足早にそこを去ろうとする。

 それは出来るだけ引きこもっていたかったから、という陰気な理由でもあるが、それだけでもない。


『――すみませぇーんっ!』


「……」


 脳内再生されるその声は、しかし現実のものではない。

 数ヶ月前の出会いの場となったこの場所は、今の私にとって少々居心地が悪かったのだ。


「おや?こんなところで会うなんて奇遇ですね。戸国さん。」


 ……私が今、一番会いたかった相手だ。

 私は振り返って、古着のコートに身を包んでこちらを見ている田中さんに向き直った。


「お買い物ですか?ここしばらくは学校も休みがちだと聞いていたのですが。」


「母に言われておつかいに。あなたこそ何を?」


「ここに来るのに買い物以外有り得ませんよ。」


 冗談めかして笑う仕草から、相手の警戒心を解こうという狙いが透けて見える。やはり油断ならない相手だな……


「にしても、本当に奇遇ですね。」


「……?」


 ふっ、と息を吐くような、先とは違って真実味を帯びた乾いた笑いに切り替わり、田中さんは手に持っていたナイロン袋を持ち直した。

 奇遇……?いったい何を――


「――ぁ」


 その姿を見つけて、私は意図せず小さな声をあげた。

 全身に波打つような拍動の音が肺を圧迫し、強ばる筋肉が指先を振るえさせる。


「――久しぶりね、尋。」

 

 それは水に溶けた夜のせせらぎ。美しい黒髪を携え、底知れない冷たさの愛おしい微笑みを向ける、思い出の中にしかいなかった『彼女』の姿が、目の前にあった。


「來摩、ちゃん……」


 無音の空間の中、一瞬とも悠久とも思える時間が、二人の間を流れていった。


 ◇◇◇


 寒空の下、古舘は一人で商店街を歩いていた。

 昼間にこの場所に来ることはほぼ無く、曇った空模様が陽光を遮っているせいで余計に淋しく見える。


「えーっと……お、ここやな。」


 目的地である中華料理店『桃源』に到着した古舘は、硝子窓の着いたスライド式のドアを開けて中に入る。

 客のいない部屋の中、一人の女性がパッと顔を上げたかと思うと、目を丸くして言った。


「粧奈ちゃんかい?一人だなんて珍しいじゃないか。」


「そやろか?まぁたまには良いやろ。」


 古舘は茜の座っていた席の向かいに座ると、スマホを取り出してアプリを開いた。


「注文は?」


「炒飯、餃子、それぞれ一人前頼むわ。」


「あいよ!」


 腕の袖をまくりながら気合いを入れる茜。礼の代わりに微笑んだ古舘は、それからまたスマホ画面に視線を落とした。


「それ、何見てんだい?」


「ん?これはなー……」


 古舘は不思議そうに聞いてくる茜に画面を見せた。

 そこに映っているのは古舘が今まで作ってきた服やコーデの数々だ。

 それらを着ているのは古舘の仲の良い友達だったり、悪ふざけで着さされて照れているクラスの男子だったりと様々である。


「へぇー、みんなオシャレだねぇ。」


「これ全部ウチが作ってん。」


「え?」


 二度見。古舘を見て、画面を見て、また古舘を見る。

 大袈裟な反応が少しこそばゆいものの、少し誇らしい気持ちにもなれた。


「いや確かに、この前アンタが連れてきてくれた友達も同じようなこと言ってたけどさぁ……」


「妙子のこと?アレが一番ウチの趣味に付き合うてくれてたからなぁ。」


 天真爛漫な性格の妙子は古舘のクラスメイトだ。古舘が作った服のほとんどに袖を通した彼女とは、決して悪くない交友関係と言っても差支えは無い。


「おや、尋ちゃんじゃないんだね。」


「戸国は全く逆やて。どんだけ頼んでも全っ然着てくれへん。」


 やはり手始めの逆バニーでよほど警戒されてしまったらしい。その影響が現在にまで尾を引いているのだから笑えない。


「でもアンタら仲良いじゃないか。傍から見てもそう思うよ?」


「そりゃあ……」


 嬉しいことだ、と言おうとした口の奥で、その言葉が詰まって出てこない。


「……向こうはそう思っとらんけどな。」


 古舘には分かる。戸国と親しいのは、親しくあるべきなのは誰なのか。

 太陽のような明るさと月のような優しさを振りまくあの少女こそ、きっと戸国に相応しい。

 必死にしがみつくようにしてどうにか今まで距離を保っていた古舘では、彼女の隣に立つために足りないものが多すぎる。


「……あはは、柄にもないこと言うてもうたな。今の無し。聞かんかったことにして。」


「アンタ……」


「そろそろお腹すいてきてんけどー?炒飯と餃子はー?」


 見るに堪えないほど下手な話題の切り替えに、茜は少し押し黙ったあとに席を立ち、厨房の方へと向かって行った。

 古舘は体の中にある息を全て吐き出すようにして脱力した。


「……いっそ、アンタならまた上手いことやってたんやろなぁ。」


 頭に浮かんだ『彼女』のことを思い浮かべる。

 記憶の中の『彼女』はこちらを睨み、敵愾心を隠すことなく冷笑していた。

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