強い意志(別視点あり)
田中さんの一言に、私は傍から見ても相当動揺していたらしい。浮が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「尋ちゃん大丈夫……?」
「……」
返事は返せなかった。
田中さんは悠々と音楽に耳を傾けている。
「色々と複雑なんでしょう。戸国さんには戸国さんの事情がありますから。」
「事情って――」
「あなたは……あなたは、誰?」
間違いなく田中さんは『彼女』の関係者だ。少なくとも今は、私よりも『彼女』と近しい位置にいる。
「誰?あの子とどういう関係?あの子はどこ?今はなにしてるの?」
「まぁまぁそう慌てず。一旦落ち着いて。」
「落ち着いてって……そんなこと出来るわけないでしょ!?」
力いっぱい拳を机に叩きつける。しかし相手はそれに何の感慨もなさそうにチラリと目をやるだけで、それが余計に腹ただしい。
「あなたは何を、どこまで知ってるんですか!?なんでもいい!なんでも、いいから……なんでも……」
「……戸国さん。」
田中さんは私の席の隣へとにじり寄ると、机の上で震えていた私の手を握る。
そしてそれをゆっくりと胸の方へと持っていくと、目を閉じ、こう言った。
「……あなたの心中は痛いほどよく分かります。だって、私も同じ被害者ですから。」
「被害者……?」
「えぇ。私たちはどちらもある一人の人物によって生み出された被害者。この痛みを共有できるのはきっと、私と、あなたと……そして、彼女だけです。」
茫然自失になる私を、田中さんは手をゆっくりと首元に回し、優しく抱きしめてくれた。
熱い、心臓の音が聴こえる。
「彼女はまだ諦めていません。じきにまた会えることでしょう。あなたを取り戻すために。」
「それって……」
「いずれあなたも知ることになるでしょう。あなたの受けた心の傷は、いったい誰によって付けられたのかということに。……私たちは、あなたの味方です。」
腕を解いて抱擁が終わる。
言葉も出ない私の肩に、田中さんは微笑みながら両手を乗せた。
「あなたが本当に共にいたいと思うのは誰なのか。それはもう既に、心に決めているのでしょう?」
「……!」
『尋は……変わらないでいてね。』
『ずっと、一緒にいてね。』
ぼやけていた『彼女』の表情が一気に鮮明になったような、ずっと昔に落としてきてしまったようなものを思い出したかのような、そんな気持ちだった。
「……浮。私もう帰るね。」
「え?」
目が覚める思いだ。なんで今までこんな場所にいたんだろう。私に友達なんていてはならない。『彼女』にさえ見限られた私に、友達なんて。
「はい、これお金。」
「ま、待ってよ!せめて何か一杯だけでも……」
「……」
後ろ髪引かれるように足を止めそうになる。
私に友達はいてはいけない……でも、浮と過ごした時間だって嘘じゃない。
「……ごめん。」
だからせめて、こうして謝ることしか出来ない。
浮と今まで過ごしてきた時間を裏切ってしまったことへの謝罪。それでも私は足を止めるわけにはいかなかった。
私は未練を押し退けるように扉を開くと店から出て行き、足早に夜の商店街を歩いて帰って行った。
◇◇◇
このバーテンはまだまだ腕がない。作り方も味も、全てが模倣で劣化品。飲めなくは無いが、それだけだ。
美味しく飲んでいる表情で、私はそう評価する。
「……えーっと。」
そんなこのカクテルを作った目の前の少女、加萩 浮は頭の中で思考をまとめようとするように瞬きの回数を増やし、目をあちこちに向ける。
「戸国さんのことが心配ですか。」
「な、なんで分かったの!?」
「顔に書いていましたよ。」
職業柄、人の表情や仕草には一層の注意をして過ごしている。カウンターの裏に仕掛けた盗聴器も、戸国 尋をかどわかして乱心させたのも、これらは全て仕事だ。
「……ねぇ田中さん。さっき言ってた人って、誰のこと?」
「ははは、個人のプライバシーにも関わることですので、さすがにお答え出来ませんね。」
「そう……そっか……」
どうやら未だに胸の内に躊躇があるらしい。他人の内面に踏み込む勇気が彼女にはないのだろう。
優しい、といえば聞こえはいいけれど。
「ですがまぁ、敢えて一つ言うとすれば。」
それならそれで良い。私もその優しさとやらを利用するだけだ。彼女の仕事に差し障りのないよう少しだけ遠ざけておくべきであろう。
「――戸国さんのために出来ることなんて、少なくともあなたには何もありません。これは私たちの問題ですから。」
「……」
「ですが、あなたとの関係を完全に断ち切ろうというのもまた、戸国さんの望むところではなさそうに見えます。」
カクテルを最後の一滴まで飲み干して、私は押し黙る彼女につきつけた。
「戸国さんとの関係は、表面上は保っていてください。いずれ戸国さんは選択を迫られることでしょう。そこときあなたはそれを見届け、受け入れてあげるだけでいい。」
「選択……?」
「えぇ、選択です。前進か、停滞か……どちらを選ぶかのね。」
私は財布から適当に札を数枚出して席を立つと、そのまま出口へと向かった。戸国 尋がいない以上、ここにはもう用事は無い。
「あ、おつり……」
「結構です。チップだと思っていただければ。」
私は扉を開いて店を出た。
ガチャン、と重々しい音は、静かな街には大きすぎるほどの音量だ。
「……」
これでまた、私の復讐は一歩前へと近づいた。
錆び付いた汚らしい夜の商店街を秋風に吹かれながら、私はそう確信する。
私には意志がある。例えどんな苦境に立たされようと、どんな絶望に苛まれようと、絶対に諦めない強い……強い意志が。
「もうすぐ、始まる……」
歓喜を叫びたくなる衝動を抑え、私は夜闇をまた歩き始めた。
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