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じゃれ合い


「んふぁぁぁ……」


 後ろから声が聞こえて、私は振り向いた。


「一番は古舘か。」


「あ?戸国?なんでここに……あれ?ここどこ?」


「覚えてないのか……」


 退院祝いのつもりで押しかけ、そしてそのまま我が家へ押しかけ、挙句私の部屋に押しかけそのまま眠っていた古舘。常識というものはないのか。


「戸国ん部屋で寝た記憶しか……」


「バッチリそれじゃねーか。」


「あは、なんかごめんなー」


 全くである。こちらとしても大変迷惑な限りだ。


「そういや他の皆は客間やったっけ?」


「うん。静かだからまだ寝てると思うけど。」


「まるで起きたら騒ぎ出すみたいな言い方やな……」


「実際そうでしょ。」


 私がそう言った途端、客間のある方から爆発音が聴こえる。


「ほらね。」


「いや爆発は意味わからんやろ。」


 深く考えたら負けである。


「とにかく、起きたならさっさと客間へどーぞ。」


「爆心地に送り込むつもりなん?」


「私は勉強してんの。邪魔されたくないだけ。」


「勉強ー?」


 現在私は机に向かってテスト勉強中だ。眠った古舘を強く追い返さなかったのも、勉強に集中したくて構うのも億劫になったというのが主な理由だった。


「ああ、そういやもうすぐ中間テストか。」


「そうだよ。そっちは大丈夫なわけ?」


「大丈夫って……提出物?」


「もそうだけど……点数。」


 出せて当たり前の提出物ですら古舘はまともにやってこない。それでいて中の下くらいの成績を保っているのが古舘という人間なのだが、やはりこう呑気な姿を見ていると心配にもなってこようものだ。


「安心せぇって!パッと見やけど今回の範囲チョロそうやし。」


「ならもっと勉強して高得点狙えって言ってんの。」


「えぇ……めんどない?」


「学生の口から出る言葉とは思えない……」


 毎度毎度この調子なのだ。世の中舐め腐っている。


「どれどれ……あ、ここ間違えてんで。」


「え、マジか。」


「マジマジ。」


 指し示された問題を見直してみると、確かに模範解答と違う間違いが見つかった。


「きっしょ、なんでわかんだよ。」


「ウチ最強やから。」


「きっしょ。」


「なんで二回言ったん??」


 消しゴムで訂正し、咳払い一つして再度新たな問題を解き始める。


「あ、ここの考え方はそっちじゃないねん。」


「待って待ってどこからそれ出てきたん?」


「これ授業でやっとったやつやん。休んどったっけ?」


 ……うるせー!!!

 思わずちゃぶ台返しの容量で机を投げ飛ばすところだった。重くて持ち上げられやしないだろうが。


「あのさ……教えてくれるのはありがたいけど、起きたならそろそろ帰って欲しいかなー……」


「嫌やけど?」


「ふふふふふ……」


 帰れや。


「母さぁぁぁぁん!ぶぶ漬け出してあげてぇぇぇ!!」


「お茶漬けならもう昨晩バーで食ってきたからええわ。」


「既に追い出された後だったか……」


 バーテンダーさんも昨日は苦労しただろう。こんなやつらの相手を一人で……

 ……接客業というのは、いつだってこういう迷惑客に頭を抱えさせられるものなのだろう。


「あ、そこの答えはデオキシリボ酢酸な。」


「ここは知ってる。」


「ちっ!」


「なんだお前。」


「ま、酢酸じゃなくて核酸なんやけどな。」


「……」


 私は静かに生物のワークを閉じた。


「お、なんや?やっと構ってくれる気になったん――」


 私は古舘をそこにおいてキッチンへと向かう。

 冷蔵庫の中にあったはずだ。どれどれ……


「ちょ待ってや。なになにウチのこと置いていって――」


「戸国、口開けて。」


「えなんで急に――」


「お願い……粧奈ちゃん。」


「任せろ。んぁ――」


「ていっ」


 私は大きく開かれた口の中に酢酸――つまり料理酢を注ぎ込んだ。


「ごぼっ!?がっ……おぼへボブしゃァッ!!?」


「……ふっ」


 鼻から口から、料理酢を吹き出す古舘の姿は滑稽だった。ざまぁみやがれ。


「んっ……はぶっ……なにすんねや戸国ぃ……」


「あんまりしつこいから、つい。」


「はぶっ……ん……鼻ん方にも、入ったやんけぇ……」


「うわぁ……顔面もうグッチャグチャじゃん……」


「誰のせいや思てんねん!?」


 鼻水だのヨダレだの涙だのお酢だので、古舘の顔は見るに堪えないほど液体まみれになっている。汚ねぇな……


「汚ぇな……」


「心の声、そんまま出てんぞ……」


「とりあえず顔拭きなよ。ほら布巾。」


 私は湿らせた布巾を古舘に手渡す。


「あんがと……」


「うん、重曹水を染み込ませた布巾だけど。」


 ぽふっ、と古舘が顔に布巾を当てると、途端に顔面が音をたてて泡立ち始めた。


「ぼぼほぼぶふぁっ!?」


「ふっ……」


 すぐさま布巾を投げ捨てた古舘はその部分を手で払う。

 いやはや愉快愉快。これでまぁ今までの分はチャラにしてやろう。


「これに懲りたら反省しなよ。それじゃ――」


「うがぁぁぁぁ!」


 え、と声をあげる前に、私の顔面にパシンと何かがぶちまけられた。

 ……くっさ!?!?


「な、なにこれ……納豆!?」


「やられっぱなしは嫌や!貴様も道ずれじゃぁぁぁ!」


 そう言って疾風のように私と距離を詰めた古舘に頬を掴まれ口をこじ開けられると、私も口の中に何かを放り込まれた。


「……ぶふぉっ!?!?」


「納豆のからしや!あははははは!」


 あぎぃぁぃぁぁぁあぁくぁwせdrftgyふじこlp


「ふ……ふるだぢぃ……!!」


「なんや?やるんか?言っとくけどウチはもう顔面ぐっしょりで失うもんないからなぁぁぁぁ!!」


 仰向けに倒れた私に古舘が馬乗りになる。

 そして勝ち誇ったかのようにその手に握っているもの……練りわさびチューブを見せつけて笑っていた。


「や、やめ……ごめ、私が悪かったから……!」


「今更遅いわ……その気にさせたんは戸国やからな……!」


「だ、ダメ……頭おかしくなるからぁ……っ!」


「その生意気な口塞いだるわぁぁぁぁぁぁ!」


 チューブわさびを私の口へとつっこもうとする古舘。暴れる私。くんずほぐれつの争いの中、ついに振り回していた腕にチューブがぶつかり、チューブは宙を舞って飛んでいった。


「なっ!」


 やった!これで勝っ――


「――いったい何事か!?」


「なんか叫び声聴こえたけ……ど……」


「「……」」


 開け放たれた扉の向こうから、客間組の面々がこちらを覗いていた。

 その全員が呆気に取られたような顔をしていて、シンと辺りが静まり返った。


「……えーっと、どういう状況だい?」


「あ、これは――」


「アカネ、深入りせぬ方が良いと思うぞ。」


「そうねぇー、ちょっとマズイところ見ちゃったかもねぇー。」


「?」


 なにやら様子がおかしい。いやまぁこんな場面見たら戸惑うのも無理はないだろうが……それにしたってなんだこの感じ。


「でも尋……あなた、ソッチだったのね……」


「え何が……?」


「なにって……ねぇ?」


「答えになってないけど。」


「……」


 いつもはのほほんとした母が、今に限っては目を逸らしてポリポリと頬を掻いている。その様子に私は余計に首を傾けざるを得ない。


「……とりあえず、盛るならボクたちが帰ってからの方がいい。」


「ちょ、千晃貴様……」


「盛る……?」


 盛る?なにが?なにに?

 ……あ、待て。これ客観的に見たらどうなる?


 部屋に撒き散らされている液体(料理酢)、お互い顔がべちょべちょ、古館馬乗り、暴れて息切れ、はだけた服……


「……えこれもしかしてなんか誤解されてない?」


「ウチもそれ今思ったところ。」


……


「……我らは、帰るか。」


「だね。」


「お母さんも買い物行ってくるわぁ……」


「邪魔してごめん。」


 ……


「……ちがうからね!?!?」


 私はいそいそと部屋を出ていこうとする四人を引き止め、なんとか誤解を解こうと数時間ほど説明をしたが、結局最後まで懐疑的な目つきを向けられるばかりだった。

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