深夜テンションと酔っ払いは大差ない
「……行きましょ。」
青色吐息で母が言った。
一日の経過観察を済ませた私は今から退院するところで、ベッドのしわを伸ばした私は母の肩を支える。
「母さんさぁ……」
「は、話しかけないで……うぷっ……」
昨晩、母は宣言通り夜通し飲み明かしたらしい。今朝ここに私を迎えに来る頃には二日酔いで、私よりも入院した方がいいぐらいの顔色になっていた。
「別に、無理して迎えに来なくても良かったのに。その様子じゃ寝れてすらないでしょ?」
「それはダメ……計画がおじゃんになっちゃう……」
「計画?」
違和感を覚えて聞き返し、病室の扉を開けた。
そしてその先の景色を見て、私は絶句する。
「せーの!」
「「「退院おめでとぉぉぉぉぉ!!」」」
そこにいたのは「戸国 尋 退院おめでとう」と書かれた横断幕を掲げ、紙吹雪をハラハラと散らせている、目の下にクマを作った私の知人たちだった。
◇◇◇
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「……」
病院受付を済ませて出口へと向かうまで、花道が作られている。ロビーにいる人々はチラチラとこちらを見て、ヒソヒソと何かしら話しているのが見えた。
私は死人のような目でうつむき加減に歩いていく。
「賞状授与。戸国 尋。貴方は入院の後、健やかに療養に励みました。よってその功績をここに称え、賞状を送ります。20xx年まる月ばつ日さんかく曜日、千晃 暁霞。」
「……」
「おめでとう。」
うつむき加減で賞状を受け取る。パチパチパチと拍手され、私はもはや殺意さえ覚えてしまった。
「……あのさ」
「うん?」
「帰ってくれない?」
「……え?」
「当たり前でしょ。なんでそんなありえないみたいな顔出来んの?」
周りの人はみんな、苦笑か見て見ぬふりかの二択である。当たり前だ。こんな大袈裟なお迎え、やってるこっちだって恥ずかしくなる。
「そんな……ウチらは戸国のためを思って!!」
演劇めいた口調の古舘に、私はギロリと睨みをきかせると、「……目、合っちゃったね」とはにかみながらほざく。思わぬイライラカウンターを喰らい、もう一度古舘を無視することにした。
「ん……すぅ……」
浮に関してはもう立ちながら眠っている。
よくもまぁそんな器用な真似が出来るものだ。
「すみませんねぇ戸国さん……」
「バーテンダーさん、これはいったいどういう……」
母、古舘、浮、千晃などの他にも、昨日の電話にいた面々は全員ここでキャッキャウフフと姦しく騒いでいる。
「……みなさん徹夜で参られましたので、少々お疲れのようです。」
「なるほど、つまり深夜テンションということですか……」
確かによく見ると全員が全員、目の下にクマをつけているようだ。
バカめ……いくら今日が土曜日だからと言って……
「はぁ……みなさん、迎えに来てくれてありがとうございました。ここまでで結構ですのでみなさんお帰りになってください。」
「まだまだだよ!退院祝いの景気づけにウチに寄ってきな!人数も揃ってるしロシアンギョーザでもしようじゃないか!」
「それならボクらのライブ練見てって。次は中華風衣装での公演を考えてる。」
「おお!ええやんチャイナドレス!」
おいおい今からまだなんかする気か?勘弁してくれ?
「ふむ……私と浮はこれで失礼させてもらいましょう。」
「ふにゃあ……」
スヤスヤと眠っている浮を抱き上げ、バーテンダーさんはそう言って歩き出した。
「了解したー!ではまたなー!」
「また尋のこと教えてねー!」
「母さん?」
また、とは?
「……私も帰っていい?」
「ダメよー今日の主役なんだからー……うぷっ」
「今は自覚ないかもだけど、だいぶヤバいから一旦家帰って寝た方がいいよ。」
とにかく家に帰りたい。こんな恐ろしい集団の一角にいると思われたくないのだ。
「そうねぇ……あ、じゃあ皆をお家に呼んじゃえばいいんじゃないかしらー?」
「は?」
「戸国のお家!?!?めっっちゃ行きたい!!」
私が反論する暇もなく、古舘が食い下がって私を押し退けた。たった一日で古舘と母の距離はものすごく縮んでいるらしい。
「いやお前帰れ――」
「良いでは無いか。ちょうど我らも休息を取らねばならぬと思っておったところだ。」
「右に同じく。」
「嘘つけ、遊び倒すつもり満々だったろ。」
「あー……俺はさすがにそりゃマズイな……」
「じゃあゆるおぢだけ帰ればええんちゃう?」
古舘の鶴の一声で中出先生は強制的に追い出され、もはや私の家に行くのはほぼ確定事項のような雰囲気になる。
冗談じゃない。我が唯一にして孤高の牙城に侵入を許してなるものか。
「あ!いい事思いついたで!見といてな!」
「?」
「……マトリックス!」
そう言って古舘は何の脈絡もなく身体を仰け反らせるパフォーマンスを院内でやり始めた。
「……」
「あははははは!」
「がははははは!」
「ぶふぅっっ!!」
ゲラゲラ笑い転げる知人たちを前に、私は辟易する思いだった。
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