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【ハロウィーン番外編】トリックオアトリート


 ドアベルがチリンと、鳴った。


 

「トリックオアトリート!!」


「お菓子くれんとイタズラや!!」


 はしゃいだ様子で突入する二人の後ろから、私もひょっこり室内に入り込む。

 今日は十月三十一日。そう、ハロウィーンである。


「おやおや、可愛らしいお化けさんたちだ。」

 

「いやーん褒めてもなんも出ませんよぉー!」


 ニッコリとバーテンダーさんが口にした言葉を古舘が真に受け、クネクネと嬉しそうに恥ずかしがっている。


「少しお待ちを、用意していたお菓子を持って参りますので。」


「ありがとうございます。」


 バーテンダーさんは会釈をした後、裏手に立ち去った。

 そして私たちはそれぞれカウンターの客席に座ったのだが……


「……あぁ……今日も、今日も飲んじまった……もう家帰れねぇなぁ……明日も仕事なんだけど……俺、何のために働いてんだろ……はは……わっかんねぇや……」


「酒臭……」


 目の下にクマを作って机に頭をつけている中出先生は、まるで浮かれた世間とは対照的に、この世の終わりみたいな顔でうわ言をつぶやきながら空のグラスを眺めている。


「生徒の前で見せる姿とちゃうやろこれ。」


「うっせぇなぁ……どうせてめぇらも今晩あたり、彼氏とよろしくする予定なんだろぉ……?」


「絶賛彼氏募集中やねんけど。」


「私もカレシいないよ!!」


「何の報告だよ……」


 とはいえまぁ、大人は大人で大変なのだろう。ここはそっとしておいてあげるに越したことはない。

 私たちはこうして誰かと話すためにここへ来ているが、そうでない人たちもいるのは理解しておかなければいけないのだ。


「ま、先生の分もウチが楽しんだげるから心配せんといて!マスターさんテキーラ追加ァ!そこの男にツケといてェ!」


「中出さん元気出して!ふれー!ふれー!ぴっぴっぴ!ぴっぴっぴ!」


 うん、お前らはやめて差し上げろ。


 

「――お待たせ致しました。」


 ハイテンションで先生を励ましている二人に閉口しているところにバーテンダーさんが帰って来た。

 その手には三人分の、手のひらサイズのお菓子袋を持っており、中には市販のお菓子が詰め合わせてある。


「わぁぁぁ!ありがとおじいちゃん!」


「おおきに!」


「すみません。」


「いえいえ。浮も皆さんも、美味しく食べてくださいね。」


 私は有難くお菓子を頂戴すると、そのアソート袋を服のポケットに落とすように滑り込ませた。

 というのも私の手は分厚い毛皮に肉球のついた、特製のグローブを着用しているからだ。


「尋お前……やっぱ一匹狼じゃねぇかよぉ。」


「ちがいます。人狼の仮装です。」


「ウチが作りました。」


 狼の耳と尻尾を生やし、赤白黒といった色調の服の上から薄手のコートを羽織っている。

 私がこれを着さされたとき周りからの反応は悪くなさそうだったし、おそらくはよく出来た代物なのだろう。


「私は?私は?」


「浮ちゃんは……キョンシーか。中国の妖怪だな。」


「中国にも妖怪っているんだー!」


「ちなみにこれもウチが作りました。」


 よく出来た中華風の意匠を凝らされた翡翠色のその服と、額につけられた『勅令随身保命』と書かれている御札、更には陶器を思わせるような土色の化粧まで。古舘の力の入れ具合がよく分かる。

 随分と本格的で可愛らしいキョンシーを作り出したものだ。


「私のも尋ちゃんのも、全部粧奈ちゃんが作ってくれたんだよ!」


「そう!ウチが作りました!」


「ほぉーう……んで?その粧奈ちゃんの仮装は?なんだ、それ。」


「……」


 山姥である。山の中で迷い込んだ人を取って食うでお馴染みの山姥である。

 古舘は瞳を閉じ、すぅと大きく深呼吸をした。そしてカッと目を開くと、


「だって仕方ないやん!」


 と八つ当たり気味に先生に怒った。


「まだなんも言ってねぇよ……」


「皆に似合う仮装考えて譲っとったら、いつの間にかこれくらいしか残ってるやつ無かってんもん!」


「はぁ?お前何人にそんなもん作ったんだよ。」


「クラス全員分やけど!?」


「……お前すげぇな!?」


 そうこの古舘、ハロウィーンになると毎年クラスの人に似合う仮装をそれぞれに作っては渡しているのだ。


「だって皆可愛いし……」


「そんだけでそんな重労働よく出来るな……」


「それには同感です。」


 一クラスの人数は大体四十人程度。それぞれに被らないように仮装を考え、作るなんて人間のやることじゃない。

 だというのにラテやアカネさん、別クラスのサンライズの面々や浮にまで衣装を作っているのだから、もはや狂気と呼べる製作力である。


「マジかぁ……なんか、残業程度でぐったりしてる俺の方が馬鹿みたいじゃんかよ……」


「中出さん、ここ最近ずっと遅くまで働いてない?」


「そうだな。閉店間近に来られるから堪ったものじゃない。」


「ひでぇな!?」


 私視点でも先生の表情をよく読み取ってみると、その疲労困憊具合がよく伝わってくる。

 目の下の濃くなったクマ、掠れ気味の声、不格好に生え散らかした口元の髭……


「……バーテンダーさん。この人に暖かい飲み物を。」


「お、なんだ?奢りか?」


「そうですよ。」


「……お、おぅ?」


 肩透かしを喰らったかのように戸惑いを隠せない先生に、私はため息でそれに応じてみせる。

 バーテンダーは「かしこまりました」と一礼し、先生のための何かを手早く作り始めた。


「お疲れのようですし、私からの労いの気持ちです。」


「労いってお前……他人に毛程も興味なさそうなお前が?」


「私のことなんだと思ってるんですか。」


 勘繰っているところ悪いが別に、深い意味があるわけではない。

 今日はハロウィーン。こんな日にそんな疲れきったような、つまらなさそうな顔をされてはこちらの気分も滅入ってしまうというものだ。

 私も去年までは同じような顔をして過ごしていたからか、同じような顔をして酒に溺れている先生に少し同情したのかもしれない。


「いつも先生にはイタズラばっかりされてますから。トリックオアトリート……お菓子ではありませんが、これの代わりに私への悪ふざけは収めていただきたいものです。」


「……へっ。イタズラなんてそんな、身に覚えがねぇなぁ。」


「女の子に意地悪する男の人はモテませんよ。」


「うっせ。少なくともお前よりかはモテてるよ。……多分。」


 軽口の応酬に、先生の顔には仕方なさそうに笑う楽しげな表情が戻っていた。


「……せやで戸国!ゆるおぢはクラスの女子からモテモテやねんから!」


「それ、マスコット的な立ち位置ででしょ。」


「私も中出さん好きだよー!」


「なに?……中出、少し話をしないか。」


「言さん真に受けんなって……」


 ここにいる五人で楽しい会話が始まる。

 各自で持ち寄った話題を肴に、日常からはぐれたこの場所で、私たちは夜を過ごす。


「尋ちゃん。」


 不意に隣に座っていた浮が私の名前を呼び、私は声の方へ振り向いた。

 御札越しでも分かるとびきりの笑顔で、浮は楽しげに言った。


「ハッピーハロウィーン!」


「……うん、ハッピーハロウィーン。」


 楽しい時間はあと少し、続いた。

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