昼と夜
「いい曲が出来た。これで今回は皆からリンチされずに済みそう。」
パソコンを閉じながらそう言う千晃さんの表情は、相変わらず人形のように微塵も動くことはなかった。
「まるでいつもリンチされてるかのような言い方ですね……」
「酷いよね。麻雀にハマって手が付けられなかっただけなのに。」
「全面的に千晃さんが悪いと思います。」
仕事を放棄して享楽に身を委ねる。
やってることパチカスとかと変わんなくないかそれ。
「千晃さん?……別に、さんとか付けなくていい。同い年だし、タメ口でも気にしない。」
千晃さんは私の呼び方が気になったのか、仏頂面のまま私の方を見る。
「親しくもない人にタメ口は失礼じゃないですか?」
「人に『親しくない』って言う方が失礼な気がする。」
「それは……えへ。」
「……」
なんでそんな目で見てんだよ。やめろこっち見んな。
「なんか尋ちゃんが可愛いことしてる!!」
「浮は浮で何言ってんの?」
「中出が見てたら大層喜んでたでしょうねぇ。」
「先生キッ……」
「ゆるおぢ、謂れもない罪でキモがられてるの面白い。」
の割には眉一つ動かしてないのはなんなんだ……
面白がって口々にからかってくる三人に白旗をあげて降参すると、私は苦々しい思いでまたチョコレートをかじった。
「……前々から気になってたんだけど、なんでクラスで誰とも話さないの。」
「友達がいないからですよ。ボッチですボッチ。」
「古舘さんがいるじゃん。気さくで話しやすい人なのに、あんまり話そうとしてなさそうに見えるけど。」
「そりゃあ向こうがしつこく話しかけて来るからで……」
「実際、みんな戸国さんのこと怖がってる。『目が合ったとき睨んでくる』とか『粧奈ちゃんを殴ってるところを見た』とか、あることないこと言われてるし。」
「あ、殴ったのは本当です。」
「……」
だってあいつが『体育のときだけ髪くくる戸国の、チラリズムするうなじがいっっっちゃんエロい。』とか意味不明なことをぬかすから、それでつい……
というか、そのときのも見られてたのか。どこで何を見られているのか、わかったもんじゃないな。
「睨んでるっていうのも、この目付きのせいだと思いますよ。夜遅くまで本とか読んでる日なんてザラにありますし、そうなると自然と瞼が重くなっちゃうんですよね。……まぁそういうわけですから、心配には及びません。」
「そういう問題でもないと思うけど。」
訝しむ千晃さんの視線には気づかないフリをしておく。
やはり自分のことを根掘り葉掘り聞かれるのは好きじゃないし、親しくない人に話すようなことでもないし。
「バーテンダーさん、この人に何か一杯。」
「おお!映画とかでよくみるヤツ!」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
話題を逸らすための注文に、浮が案の定食い付いてきて、バーテンダーさんは口も挟まず了解する。
私の注文の目的を知ってか知らずか、千晃さんは何かを言いかけて、しかし言葉にすることはなくそのまま口を閉じた。
「……奢りだよね。」
「もちろんです。」
奢ってやるから、このことについては深く聞かないで欲しい。
言外に伝えた意思に、おそらく彼女は勘づいたのだろう。何も言わずに閉じたパソコンをギターケースへとしまいだした。
「浮、チャームを。」
「はーい!」
バーテンダーさんに指示された浮は裏手へと向かうと、それから一皿のドライオレンジを持って戻ってきた。
「そういえばこのお店の名前も『Orange blossom』だった。オレンジに特別なこだわりでもあったり?」
「あぁ、言われてみると確かに。」
そういえば、この店の名前の由来について聞いたことはない。直訳すると『オレンジの花』となるわけだが……
「あーそれ、私も何回か聞いたことあるんだけどね?おじいちゃんあんまりそのことについて教えてくれないんだよ……」
「すみませんね。あまり面白い話でもありませんから。」
「ふーん、面白くないならいい。」
「ズバッと言いますね……」
「好奇心で聞いただけだから。」
そう言ってドライオレンジを一つ手に取り口の中に放ると、味気なさそうにモグモグ口を動かした。
「美味しい。」
「本当ですか……?」
「ボク嘘つかない。」
「うさんくさいなぁ……」
橙色の髪を耳にかけ、千晃さんはキメ顔(無表情)でそう腕を組んで見せた。
「お待たせ致しました……あちらのお客様からです。」
「すぐ隣にいるんですけど。」
「映画でよくあるヤツだ!!」
カクテルが完成し、バーテンダーさんは千晃さんの前へとグラスを差し出した。
「美味しそう。なんてカクテル?」
「さてね、当ててみてください。」
挑戦的に人差し指を口に当ててみせて、バーテンダーさんは少し楽しそうに笑う。
それに釣られてか、千晃さんの頬も少しだけ笑みに歪んだのが見えた。
「いいね、面白い。」
「こちらのマドラーをお使いください。底にシロップが溜まっていますのでね。」
千晃さんはマドラーを受け取ると、グラデーションのような色合いの中身を攪拌した。
朱色のシロップが全体に広がっていき、食用花もグルグルと回転する。無色に近かった上方部もどんどん色に染められていった。
「……いただきます。」
完全に色が統一され、千晃さんはグラスに口をつける。
ジャズすら流れていない真の静寂が部屋を包み込み、その口がグラスから離れるまでの少しの瞬間を異様に引き伸ばしていた。
「どうですか?」
「美味しいね。ボクこれ好きかも。」
そう言ってまた一口含んで飲み込んだ千晃さんに、バーテンダーさんは軽く礼をし、浮は満足げにニンマリしていた。
「でもやっぱり、味だけじゃ名前はわからない。」
「まぁそれはそうでしょうね。」
「『日没』を表す名前です。お酒は使っていないので『テキーラ』は当然名前に入りません。」
頭を悩ます千晃さんにバーテンダーさんがヒントをあたえると、彼女はハッとしたように顔を上げた。
「日没……サンセット?」
「お見事です。このカクテルの名前は『サンセット』。日没を意味するグレープフルーツジュースを使ったカクテルとなっております。」
おぉ、当てやがった。
あの一単語だけ聞いてパッと思い浮かぶなんて……知識の引き出しの多さに感服だ。
「グレープフルーツはわかるんだけど、この色の材料は……」
「グレナデンシロップです。これを底に沈めることで色の層を作り、日暮れを表現しているんですよ。」
確かに、思い返すと混ぜる前のあのグラデーションは、まるで夕陽に染まる空のように見ることもできた。
今にして思うと、あれはグラスの中で一つの世界を表現していた素晴らしいアイデアだ。
「サンセット、それに……サンライズ。」
「えぇ。日出に日没で、意味としては真反対です。」
「え、そうなの?」
「浮はもう少し英語勉強しろ……」
千晃さんは再度グラスを傾ける。
「どうしてこれを出してくれたの?サンセットとは真逆の、このカクテルをさ。」
「はっはっは、大した意味はありませんよ。無論、名前がテキーラサンライズと縁あるものだったからっていうのはありますがね。」
「サンセットとは別に、『テキーラサンセット』っていうカクテルもあるんだよ。縁ってのはたぶん『テキーラサンライズ』、『テキーラサンセット』、そして『サンセット』って感じの繋がりのことじゃないかな?」
「なるほど、そういう意味か。」
「……それに。」
浮の解説にうなづく千晃さんに、バーテンダーさんはスピーカーのリモコンを手にしながら目を細めた。
シワのある手が弱々しさを感じさせる中、柔和なその表情が私たちの目を引く。
「負けてはいられない、と思ったんですよ。日の出のようなあなたたちと、日が暮れてからが本番の私。方向性は違いますが、それぞれの道を歩む者同士ですからね。」
「おじいちゃん……」
バーテンダーとしての矜恃、だろうか。
寂しげにも見える微笑が何に向けられたものなのか、それを悟らせないままに、バーテンダーさんはリモコンのボタンを押して再び店内音楽を流し始めた。
過ぎ去った思い出への悔恨……熱烈な執着……諦観……憧憬……?
彼の気持ちを読み取ろうとしても、いまいち要領を得ない情報しか得られず、先の言葉にどのような意図があったのかは分からずじまいだった。
「戸国さん、お時間大丈夫ですか?」
「ん……あ、もうこんな時間。」
時計を見ると、針はもう十時をまわっていた。
早いところ帰らなければ補導されてしまう時間になってしまう。
「ボクもこれ飲み終わったら帰る。コンビニ行くって言って家出たから、たぶんお母さん心配してる。」
「連絡入れてあげればいいじゃないですか。」
「めんどくさい。」
「えぇ……」
最後までよくわからない人だ。
千晃 暁霧……良い曲だったし、名前くらいは覚えておくか。
私は席を立って出口の方へと向かい、そして千晃さんの方を見て言った。
「それでは千晃さん、また明日。」
「ん、またね。」
私は浮に代金を支払って、そのまま店を出て扉を閉めた。
吹き渡る風が、夜の色をした私の髪をふわりとなでた。
「……また明日、か。」
明日に備えて今日は早く寝ることにするか、と一人あくびをしながらそう思った。
◇◇◇
「詳しく聞かせてもらっていいよなァ~?」
ミノムシ状に縄を巻かれ、教室に逆さ吊りにされている千晃さんを後目に、私は本を読んでいた。
「新曲のデータ入ったパソコン、昨日行ったお店に置いてきちゃった。」
「どォォォすんだよォ!?あァん!?」
「しかもバンドの経費明らかに減ってるよね。ちぃちゃんまた着服したよね。」
「なぜそれを。」
「ドゥゥゥゥルルルァッシャァァァア!!!」
「ゴフゥッ!」
見た目が凄くイカついパンクロック風の見た目をした女子と、丸メガネをしたおさげの女子がこぞってリンチしているところである。
ここ教室だぞおい……静かにしてくれ……
「ハリセンやめて……耳死ぬ……」
「甘ったれてんじゃねェぞ?」
「ちぃちゃん一回耳死んだ方が良いんじゃない?」
「そんなご無体な。」
まぁ話を聞くに全面的に千晃さんが悪いし、ご無体とかどの口が言ってんだって感じだし……
うん、その程度なら自業自得だ。反省しろ。
「うぅ……ん?あ、そうだ。おーい戸国さん。」
げっ
「え?ちぃちゃん戸国さんと知り合いだったの?」
「マジでか?」
まずいまずい!こんなやつと関係があると思われたら、私まで変な目で見られかねないぞ……!?
「そうだよ、昨日一緒にバーで――」
「――話しかけないでもらえますか?」
余計なことを喋るな馬鹿!
私はその意を伝えようと、視線に力を込めて千晃さんを見つめる。
「「「ひっ……」」」
こうして私はその場を凌ぐことに成功し、その日は誰にも話しかけてくることはなかった。
後に古舘が帰ってきたあと、『なんか一学期よりも戸国怖がられてへんこれ?』と私に聞いてくるのはまた別の話である。
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