言葉に込める思い
「ぜっっっっっったいに無理。」
門外漢の私が?作詞?冗談じゃない。
歌の歌詞を作るなんて、今までやったこともないのにできるわけがない。
「いけるいける。ぱーって浮かんだ言葉をだーって書いて、あとは並べてぴーんってくればいいから。」
「擬音が多すぎてわかりませんけど。」
「つまりはパー!でダー!でピーン!だよ!」
「わかるか。」
残念だが力にはなれそうもない。
ただ本を読んでいるのと、実際に歌詞を書くのとは全く違う。それに第一、文化祭という大きな場所に出す曲の歌詞を私が作るだなんて、荷が重すぎる……!
「そんなに固く考える必要ない。私国語の点数毎回三十点以下だけど作詞はできる。」
「赤点をそんな堂々と宣言できる人なかなかいませんよ。」
「アンドルーより馬がタクシー。」
「案ずるより産むが易し、ですか?」
「それ。」
アンドルーと馬を、どう解釈すればタクシーだと思えるんだ。
「とりあえずこのノートに心に浮かんだ言葉を書き殴って欲しい。別に何も考えなくていいから、衝動に身を任せて。」
「えぇ……」
ささっと筆記具を渡されて、私は戸惑いながらも渋々思考した。
心に浮かぶ言葉か……
「……学校行きたくない……家にいたい……現実逃避……本の中こそ私の世界……」
「負のオーラがすごい……!」
書いてる内だんだん興が乗ってきて、手の中のペンが狂ったように踊り続ける。
やがて私が一息つく頃には、ノートはビッシリと書かれた言葉で埋め尽くされていた。
「「「うわぁ……」」」
「三人揃ってなんですかその反応。」
なんだか日頃溜まっていた何かがをすっかり吐ききってしまったかのように、気持ちは晴れやかになっていた。
「うーん……さすがにこれは使えない。」
「はい?なんで?」
「聴いてるだけで気が滅入りそう。」
確かにまぁこんな『進学費用』『貧困格差』『学歴社会』『親の健康』『老後の介護』『確定申告』なんて歌詞のある歌、私だって聴きたくないな……
「もっと若々しい思春期特有の躍動感が欲しい。」
「何目線?」
「そっちのお孫さんの方、やってみてよ。」
「私?わかった!」
選手交代ということで、私は浮に筆記具一式を渡す。
浮は私の心の躍動のページを容赦なくめくり、新しいページにどんどんと書き始めた。
「うーん……やってみるとなかなか難しいかも……」
「なんでもいい。活力的な感じだと助かる。」
子犬みたいな唸り声をあげながら、浮はそうしてしばらくの間はノートと睨み合いをしていた。
「バーテンダーの人。生ひとつで。」
「未成年飲酒になるのでお出しできませんね。」
へっ、イキんなガキんちょ。
「バーテンダーさん。チャームのチョコレート追加でお願いします。ミルクチョコで。」
「はい、少しお待ちください。」
◇◇◇
甘いものは美味しい。これは世の理であり、絶対的な真理である。
そんな感想を噛み締めていると、浮がノートを完成させたらしい。
「できた!」
ノートを持ってこちらへと見せてくるので、私たちはそれを覗いて見た。
『テキーラ45ml』『オレンジジュース90ml』『グレナデンシロップ2tsp.』
「おい待て。明らかにカクテルのレシピだなこれ。」
「テキーラサンライズだ……」
「失敬な!それだけじゃないよ!これはマンハッタンで、これはホノルル、シカゴがこれだからニューヨークがこれ!」
「聞いてねぇよ。」
「浮……全問正解だ。」
「やったぁ!」
「歌詞を考えて?」
頭の中カクテルのことしかないのか?……うん、普通にそうなんだろうな。
浮のカクテル好きは、私の本好きと似通っているところがある。気持ちはわかるかもしれない。
「……テキーラサンライズ、か。」
「ん?どうかしたの?」
なにやら千晃さんが思案げに呟き始める。それに反応した浮に千晃さんは顔を上げた。
「ねぇ、テキーラサンライズについて詳しく教えて。」
「え?急にどうして……」
「いいから。」
「え?う、うん……?」
顔色一つ変えることなく詰め寄られた浮はたじろいで、しかし彼女の言う通りその説明を始める。
出たなウキペディア。語呂がいいから私の心の中でだけジャンジャンこの言葉使っていくぞ。
「テキーラサンライズの発祥地はメキシコ。名前にもあるテキーラの生産地としても有名な国だよ。サンライズの方は……」
「『日の出』でしょ?私のバンドの名前にもなってる。」
直訳すれば『テキーラの日の出』ってこと?名前だけだといまいち、どういうカクテルなのかわからないな……
「元々は誰も知らない、いわゆるマイナーなレシピだったんだけど……ある人物がこのカクテルを痛く気に入って、その知名度上昇に一役買ってくれたんだ。」
「ある人物?」
「うん。一九七○年代初頭に活躍した世界的ロックバンド、『ローリング・ストーンズ』のボーカリスト。名前はミック・ジャガー。」
「ミック!?」
「うわ!?急にどうしたの!?」
正直私からすれば全然知らない名前だ。しかし彼女、千晃さんにとってはそうではないらしく、先まで全然変化を見せなかった表情に、僅かながら興奮の色が見られた。
とはいえ彼女もすぐに我に返ったらしく、気恥しそうに頬をかきまた席に着いた。
「あはは……続けていいかな?」
「……ごめん、続けて。」
「こほん……一九七二年、ミック・ジャガーはメキシコに訪れた際にこのカクテルに出会ったと言われている。その味にすっかり魅了されたミックはそのレシピを持ち帰って、アメリカのバーに広く知らしめたことで世界的に認知されるカクテルになった、っていう歴史があるんだよ。」
「へぇ……なんかエピソード濃いね。」
「まぁ諸説あるから、若干脚色されてるんだと思うよ。」
「なるほどね。そりゃそうか。」
「カクテル言葉は『情熱的な愛』。朝焼けに染めていく鮮やかな日の出のイメージからつけられたのかな。昇る太陽を見ながら二人は……みたいな?」
「いや私に聞かれても困るけど。」
「戸国さんそういう経験なさそう。」
「どういう意味です??」
「人好きになったことなさそう。」
「そっ……んなことないです。」
「ふっ」
コイツ……
「とにかく、ざっと説明はこんな感じかな。どう?なにか役に立てた?」
「うん、バッチリ。たぶん今ので一曲書き上げられる。」
「そんなアッサリと……!?」
彼女はギターケースの中を漁り、その中からノートパソコンを取り出した。
なんでギターケースの中にノートパソコン……?
「カバン失くした。だから代わりに使ってる。」
「てっきり楽器でも入ってるのかと……」
私の視線を読んだ千晃さんは手短に答えると、パソコンを開いてカタカタと操作し始めた。
うわー、こうして見ると結構プロっぽいなぁ……
「デモ音源できた。歌詞はボクのAIボイスに歌ってもらう。」
「はっや。」
もはや速いとか早いとかそれ以前の問題だろ。
そんな簡単そうに曲って作れるものなのか?
「それを流すのでしたら、一旦こちらで流している音楽は止めますね。」
そう言ってバーテンダーさんはリモコンを取り出し操作すると、スピーカーから鳴っていたジャズの音色がプツリと途切れた。
千晃さんは会釈をしてマウスを動かした。
「感想聞かせてね。」
パソコンの画面のマウスカーソルが再生スイッチをクリックした。ノートパソコンのスピーカーから音が流れ出してくる。
「……おぉ。」
「良いねぇ。」
その曲は、いつもここで聴いているジャスよりも激しく熱烈で、しかし繊細なメロディから感じられる儚さが物悲しさを印象づけるような……言葉にするならばそのような感覚だった。
『~♪』
そこに更に乗ってきたのは透き通るような美声だ。
セイレーンという海の魔物は、その美しい歌声によって船乗りを誘うという話がある。この声はそれを彷彿とさせる妖艶さを放っているように私は感じる。
『~♪♪』
コードで曲全体の雰囲気、緩急を操作するギター。心臓の鼓動のように優しくビートを刻むドラム。聴く人の体を芯から震わせるような安定感のあるベース。心を撫でるような魔性の歌声。
それらが一つの情景を構成し、私の目の前には夜明け前の空が広がっていた。
残月は白々と天高くから見下ろし、星々の輝きは点々と消え去っていく。
そして広がる地平の向こうから、情熱的な光が昇ってきた。
暖かな朝の光が赤々と、夜の青に染み込んでいく――
「……どうかな?」
最後に音の収束を迎え、私たちが見ていた景色は幻想のように消え去ってしまった。
……否、今までの景色が幻想だったのである。
「正直……ここまでだとは思ってなかった。」
掛け値なしの本心から、私は彼女の才能に驚かされていた。
これがさっき、瞬きの内に作られた試作だというのか?
「私も音楽とかあんまりわかんないけど、これはすごいと思ったよ!いつも聴いてるのと違って新鮮だった!」
「そうだね。うちの店で流す曲もお願いしたいくらいだ。」
「三万円くらいでどう?」
商魂たくましいことだ……
とはいえこのクオリティならば納得してしまうのも事実。彼女の提案も妥当だと思える。
「あ、でもちょっと一ついいですか?」
「なにか不備?」
小さく私が手を挙げて、千晃さんに一つ確認をとる。
これは不備とか短所とかではなく、少し疑わしいから聞いておきたい。
「この声、本当にあなたの声なんですか?AIボイス……とか言ってましたけど。」
先ほどの歌声は確かに綺麗で聞き惚れてしまうほどのものだったが、もはやまるで現実味がないような域に達している。
さては嘘をついて他人の声を使っているのではないか、と疑念を抱いてしまうほどに。
「うん、ボクの声。歌になると声変わるってよく言われる。」
「へぇー!ちょっと軽く歌ってみてよ!」
興味深そうにワクワクしている浮を見て、千晃さんは「……こほん」と一つ、咳払いをした。
「~♪」
「……おぉ、さっき聴いた声だ。」
水のように透き通った声が、より人間味を増して旋律を奏でる。
こうして実際に聞かされると、とうとう私も信じざるを得なくなってしまった。
「これでも期待の新星だから。家でもアイチューブ見てボイトレしてる。」
「ボイストレーニング……本当にプロみたいですね。」
「私も私も!最近アイチューブでカクテルの勉強とかしてるよ!」
そう言って浮はスマホを取りだし自慢げな顔を見せた。
「浮はなんか、あんまりプロには見えない……」
「なんで!?」
「威厳がないから?」
「そんなぁ……」
バーのカウンターに顎を乗せて、浮は不貞腐れるかのようにうなだれた。
幼げなその態度に、やはり威厳は存在していなかった。
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