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文化祭の話


 それは私がいつものように、浮たちのバーで夜を過ごしている日のことだった。


「明日からまた学校始まるんだねぇ。」


 最後の一杯として甘酒のカクテルを飲んでいると、浮がしみじみとそう言った。

 私はおもむろに顔をしかめる。


「嫌なこと言わないでよ……ここに来るついさっきにやっと課題も終わらせたところだし、今は全部忘れてたいんだから……」


「あはは、ごめんごめん。でもあれでしょ?粧奈ちゃんまだ大阪から帰ってきてないよね?」


「あいつはいつも夏休み明けは欠席扱いだよ。親の方針としては、学校での勉強よりも経営のノウハウの方がよっぽど重要らしいからね。」


「じゃあなんで学校通わせてるんだろ……」


「知らない。わざわざ聞くほどのことでもないでしょ。」


「そんなこと……まぁ、そうなのかなぁ。」


 他人への無関心については最近猛省する機会があったわけだが、それでも無遠慮が許される理由にはならない。

 過干渉されることへの鬱陶しさは、これでも誰より心得ているつもりだ。

 無論彼女らの存在が助けになったことが無い、と言えば嘘になるが……過干渉が基本、物事を良い方向には導かないことは確かだ。


「本人が話してきたら、そのときは聞いてあげればいいよ。バーメイドってそういう仕事でしょ。」


 甘酒のカクテルに浮かぶ氷がカラリと音をたてる。

 溶け出した水で薄くなる前に、私は更に一口グラスを傾けた。


 ドアベルがチリンと、鳴った。


「……」


 扉へと目を向けると、そこから私と同い歳ほどの女子の姿が見えた。

 表情こそ変わらないものの、遠慮がちに扉を開いて体を滑り込ませた彼女は、若干肩を強ばらせながら周囲を見渡している。


「いらっしゃいませ。当店へのご来店は初めてですか?」


「うん、初めて。」


「ありがとうございます。こちらの席へどうぞ。」


 私たちの会話を見守っていたバーテンダーさんがその客を案内し、彼女を端から二番目の席に座らせつつそこに氷水の入ったグラスを出す。

 背中に背負っていた、ギターなんかをしまうカバンを傍に降ろすと、また辺りを見回して私としっかり目が合ってしまった。


 あ、やばい。見て見ぬふりしておかないと……


「……戸国さん?」


「え!?知り合いなの尋ちゃん!」


「知り合い……ってほどでもないけど。」


 だぁぁぁ!気づかれた!もうだめだぁ……おしまいだぁ……


「ボク戸国さんと同級生。」


「同級生……えぇ!?そうなの!?」


「おやおや、それはまた偶然ですね。」


「とはいえ、そんなに仲がいいわけじゃないけど……戸国さんってこういう趣味あったんだ。」


 顔に何の感慨も示さずそういう彼女に、私は内心ムッとしながら軽く睨みつける。


「あなたには関係ないでしょ?放っといてください。」


「ごめん。でもこんなところで会うとは思ってなったから。」


「だいたい、そういうあなたはなんでここに?」


 夏休みも最終日。普通なら明日の登校に備えて眠りにつき始める時間帯である。

 こんなときに外出する人なんて、私くらいのものだと思っていたのだが……


「特別な理由はない。コンビニ行く道中なんとなく寄り道して、そしたらボロい商店街に入った。開いてる店探しながら歩いて、ここまで来た。」


 ボロい商店街とか言ってやんな。


「えへへ、来てくれてありがとね!」


「だれ?」


「加萩 浮です!そしてこちらが私のおじいちゃんだよ!」


「どうも。この店のオーナー加萩 言八です。」


「へぇ、おじいちゃんと孫の二人でお店やってるんだ。」


 丁寧に自己紹介した二人に対し、彼女も恭しく頭を下げると、自分の名前を二人に教えた。


「私は千晃 暁霞。世界に名を残す予定の天才ベーシスト、奇跡の歌声を持つことを夢見る救世の歌姫。」


「おぉ!なんか凄そう!」


「ベーシストに歌姫と言うと、やはり音楽をやっていらっしゃるんですか?」


「うん。『サンライズ』っていうロックバンドのリーダー。軽音楽部で活動してる。」


 軽音楽部……文化部でウェイ系が集まる、ある意味一番危ない輩の巣窟だ。私の中での警戒度が、また一つグンと上がる。


「今度の文化祭でもライブするから、見に来て欲しい。」


「文化祭?」


「……え、何?もしかして浮、文化祭知らないの?」


「知らないけど……動物?」


「文化サイ……ってやかましいわ。」


 ……こほん。

 そうか。浮は高校に通ってないから、文化祭のこと知らないのか。

 いや中学にも文化祭、あるところにはあるよな?


「学校全体でやるお祭り。クラスごとに縁日を開いたり売店を開いたりしてワイワイやる。」


「おぉぉぉ……楽しそう……!」


 目を星のように輝かせている浮を見て私は、「そんなことはないぞ」という言葉を飲み込まざるを得なかった。

 私は文化祭に、良い思い出はないからなぁ……


「うちの学校は外部の人も入場できる。私たちの演奏、是非見に来て欲しい。」


「え!?良いの?行きたい行きたい!」


「え、来んの?」


 私が悶々と過去の文化祭に思いを馳せている間、二人はすっかり打ち解けた様子で文化祭での約束を交わした。


「行くよー。っていうか、尋ちゃんもひどいよ!こんなに楽しそうなお祭りを秘密にしてるなんて!」


「私はそもそも参加する気ないし!……文化祭の日は休むって決めてるの。」


 文化祭の文化、というのは名前だけ。実際はカップルやくだらない集まりが、何か一つの労働に従事することで一体感を得た気になるという、輪の中に溶け込めない者にとってはただの苦痛でしかない愚かな風習なのだ。


「……でもさ尋ちゃん。」


「な、何その目……」


 妙に生暖かい目を向けて私の肩に手を載せる浮は、薄ら笑いを浮かべたまま言った。


「……多分だけど、どうせ粧奈ちゃんに無理にでも連れて行かれるんじゃないかな。」


「……」


 ……うん。なんかそんな予感はするなと、私だって思っていた。

 あいつこういうイベントには賛成派だし、むしろ要素だけ抜き出せば私の嫌いなタイプどんぴしゃだし……

 文化祭エンジョイガチ勢の古舘は、絶対に私を連れ出そうとしてくる……


「ナメクジにでもなって全部投げ出したい……」


「それじゃあ私カタツムリ!」


「じゃあボク塩撒く人。」


 <――You dead――>


◇◇◇

 

 バーメイドさんっ!~女子高生がバーに集まって夜を過ごす話~【完】

 

 長年のご愛読、ありがとうございました。

 長編を完結させたのは初めてでしたが、まさか自分でもこんな終わり方になるとは正直驚きです(笑)

 次回作以降も頑張りますので、どうぞご期待ください! 


 作者より







 







「――じゃないからね!?!?」


「なにが?」


「なにがじゃないですから!殺すな!」


「大丈夫。その土地に撒かれた塩は土を殺し、やがてそこは草一つ生えない不毛の地と化す。食べるものがない私たちは全員飢えて全員死亡。そして誰もいなくなった。これでずーっと一緒だね。」


「アガサ・クリスティに謝れ。」


 指ハートもしてんじゃねぇよ腹立つ。せめてやるならもっと表情も作れや。

 ……おい、浮も便乗すんな。私もやれ、みたいな視線を送ってくんな。


「……浮から頼んでくれたりしない?文化祭の日は休ませて、ってさ。」


「えー、私も尋ちゃんと文化祭で遊びたいよー。」


「私は行ったらクラスの仕事に参加しないといけなくなるの。」


「良いじゃん!じゃあ私そこ行くね!」


「死んでも嫌だね。」


「なんで!?」


 当たり前だ。今年の私のクラスが何をするか知れば、この気持ちもわかってくれるだろう。


「うちのクラス、カジノバーするんだよ。」


「カジノバー?」


 千晃さんが無表情で説明する。

 カジノバーというのはまぁ、説明するまでもない。店内にカジノが併設されていて、来店者はそこで遊戯に興じることができる。そういうバーである。


「何するか決めるときに、古舘さんが熱烈に推してきたから。」


「粧奈ちゃんが……!」


 目をキラキラさせて私の方を見る。

 うぅ……そんな目で見て来ても私は休むからな?


「ちなみに男子がバーテンダーかディーラー。女子がバニーガールってことになってる。」


「ふぉぉぉぉ!本格的だ!オーセンティックコンセプトバーだ!」


 混ざってる混ざってる。オーセンティックなのかコンセプト付きなのかハッキリしてくれ。


「私、今から楽しみ!」


「ライブの方も忘れずに来てね。物販もやってるよ。」


「抜け目ない……」


 というか、クラス以外でのそういう金銭のやり取りはしていいものなのか?許可とか取ってるんだろうか……


「……とはいえ、肝心のセトリがまだ決まってなくて。」


「セトリって?」


「セットリストのことさ。噛み砕いて言えば、演奏する曲の順番かな。」


 バーテンダーさんの注釈が入り、浮は「ほうほう」と訳知り顔で大仰にうなずく。

 文化祭まであと一ヶ月ほどだが、そんな感じで大丈夫なのか?結構余裕無さそうだけど……


「それというのも、その日に初公開予定の新曲がまだできてない。」


「本当にそんな感じで大丈夫なんですか?」


「いや結構ヤバい。私が作詞作曲担当だけど、完成遅すぎて今もうバンド内に居場所ない。」


「決裂してる……」


「良い詩が思いつかなくて。えへ。」


 まるで焦ってるようには見えないが、バンドメンバーからすればいい迷惑だろう。

 もう新曲は諦めて、既存の曲でセトリを組めばいいと思うのだが。

 そんなふうに提案しようと考え、私は口を挟もうとした。しかしその前に浮が口を開く。


「尋ちゃん本とかよく読むし、作詞とかもできないの?」


「――え?」


 私は耳を疑った。

 私に、白羽の矢がたった。

面白ければぜひ


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