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無関心


「おや、大阪城方面の路線で人身事故ですって。」


 一通り部屋の捜索が終わったところで、古舘母は忌々しげに呟いた。


「それって本当ですか?」


「秘書からの報告なので確実です。今から粧奈たちと合流するのは難しそうですね。」


「参ったな……」


 今の時間は……十七時か。花火が上がるのは……十九時。電車の運転再開は……十八時。

 ギリギリだけどまぁ間に合わないことはない、か?


「それよりも、スマホがありそうな場所、他に心当たりは?」


 古舘母が押し入れから出した布団を畳み、元の場所へと片付けながらそう問いかける。

 彼女は電車で出会ったあと、私たちのことを案じて一緒にスマホの捜索に乗り出してくれた。

 とはいえ、それでスマホの場所が分かるのかと言われればそうでもなく……


「……いえ、思いついたところはこれで全部ですかね。」


 捜し物の邪魔だったのでベッドの上にあげていた私たちの荷物を下ろしつつ、そう返答した。

 ホテルの室内に浮のスマホがあると踏んで、ベッドの下や押し入れの中も確認したのだが、それでもどこにもない。

 部屋の外で落としたのか、と思ってエントランスにいたホテルマンの人に聞いても「すみません」と返ってくるばかりだった。


「本当にここで無くされたんですか?別の場所では?」


「かもですね。もしかしたら古舘と浮が見つけてるかも。」


 自分にも言い聞かせるようにそう思い直した私は、その場で古舘に電話をかける。

 ワンコールもしない内に古舘は応答した。うわ早。


「もしもし古舘?」


『なんや戸国、スマホ見つかったんか?』


「ううん、部屋の中には無いと思う。従業員の人に聞いても知らないって言ってたし……」


『オッケー了解。大阪城の方も無い言うとって、やからウチら天満宮の方に向かおう思っとってんけど……』


「そうそう、電車止まってるらしいね。」


『え?なんで知ってんの?』


「古舘のお母さんが教えてくれたんだよ。」


『はっ!?そっちにオカンおんの!?』


「まぁそれは一旦置いといて……天満宮には私たちが行くから、二人は来れるようになってから追いかけて来てよ。」


『お、おう。色々言いたいことはあるけど、とりあえずは分かった。浮ちゃんにも言っとくわ。あとオカンに余計なことは言わんといてなって釘刺しといて。』


「はいはい。それじゃあまた後でね。」


 通話を終了し画面を閉じる。

 古舘母は大人しく会話が終わるまで待っており、私がスマホをしまったタイミングを見計らって口を開いた。


「どうでしたか?」


「見つからなかったそうです。そこにも無いとなれば、残すところは天満宮以外に他はないですね……」


 でもここから天満宮へ向かってスマホを探して、それから合流して……間に合うか?

 しかも今は天神祭本宮真っ最中だ。人混みも昨日の比ではないことだろう。

 まずいな、さすがに無茶な気がしてきたぞ……


「とにかく、二人が動けるようになるのが一時間後なら、速やかにスマホを見つけて合流しないと間に合いません。急ぎましょう。」


「は、はい……!」


 古舘母の言う通りだ。

 出来る出来ないではなく、やらなければならないことだ。

 今できることを力いっぱいやるしかない。


「行きましょう。ここから天満宮までは約三十分。そこから二人の待つ大阪城付近の駅までも三十分近くです。」


 素早く踵を返して歩く姿。それはまさしく頼れる大人の姿だ。

 私も気合いを入れ直さなければならない。

 両手で軽く頬を叩き、私もその後に続いていった。


 ◇◇◇


「にしても、ここまで見つからないものなんですかね。」


 新大阪駅から大阪メトロに乗り込んだところで、私はなんとなしにそんな疑問を古舘母に投げかけた。


「……と言うのは?」


「普通に置き忘れていただけなら、その場所を管理している人たちが回収しているはずですよね?そこまで見つかりにくい場所に、隠しているわけじゃないんですから。」


「でも実際にはそうなっていません。であれば見つかっていないと考えるのが……」


「……」


 本当にそうなのだろうか?

 浮のスマホはどこかに置き忘れていて、それが来訪者の誰の目も止まらないところに今なお放置されている?

 まさか盗まれた?……いや、交番に届け出た際に携帯会社へと連絡してセキュリティロックは掛けてもらった。悪用するのは難しいだろうし、持ち去る理由も薄い。

 しかし、そうでないと理由が……


「……失礼ですが、加萩さんがそのスマホを無くしたのがどこか、などは?」


「分かりません。本人は今日の昼、えびす橋で気がついたとのことですので、道頓堀に無いことは分かっているんですけど……」


「なるほど。では、彼女が最後にそれを使用していた場面は、思い出せますか?」


「そんなこと……」


 思い出せるはずもない。他人の行動に、興味関心など持っていなかった。

 浮がどこでどうスマホを使っていても、気を使ってなんかいなかったのだ。


「……二人に聞いてみます。」


 自分の無力に打ちのめされつつ、二人ならば覚えているかもしれないと考えてレインを開く。そして古舘のトーク画面から通話に入ろうとした。


「あ。」


 そうだ。そうだった。これがあったじゃないか。


「……どうかしましたか?」


「いえ……でも、思い出しましたよ。」

 

 指を止めた私は、最後に浮と交わしたメッセージを確認しようと、彼女とのトークルームを開いた。


「これは?」


「浮が大阪城で撮った写真です。」


 そこに映るのは二人の忍者。

 一人は人形で、もう片方が加工で出来たエセ忍者だ。

 撮ったあとに一方的に送り付けてきたらしいそれを、私は既読スルーして、特に記憶にも留めていなかった。

 しかし今、これこそが今回の解決の糸口になるかもしれない。


「昨日の私たちの予定は把握されてますよね?」


「はい。最初に天満宮、次に大阪城で一日目は……」


 そう。天満宮は大阪城に来る前に訪れた場所。


「――即ち、天満宮には浮のスマホは無い。」


 なんでこんなことを失念していたのだ。少し考えれば分かる話だっただろうに。

 そんな後悔も湧いてくるが、今そんなことを思っていても仕方がない。手がかりを掴めたのだ。それに越したことはないだろう。


「……あの、水を差すようで申し訳ないのですが。」


「はい?どうしました?」


「もう大阪天満宮駅に着きますよ。」


「……」


 私が閉口したと同時に、車内に到着を知らせるアナウンスが流れる。

 ――まもなく、大阪天満宮駅。大阪天満宮。


「……すみません。ホテルにまで引き返します。」


「……もう少し早く思い至って欲しかったかもしれませんね。」


 全く、返す言葉も出ない。



 ◇◇◇


 必ず今すぐ共有しなければならない情報以外、私はレインで、文面で伝えるようにしている。

 相手が移動中であったり、静かにしなければならない場所にいる場合に迷惑がかかるかもしれない、と思うと軽々しく電話なんてかけられないのだ。


「向こうの二人にも一応伝えておきました。三十分後に電車が動いたとき、ホテルで合流出来るよう言っておいています。」


「それが一番でしょうね。ですがどうします?ここも私たちが探したでしょう。」


 確かに、部屋をひっくり返すようなら勢いで探していたというのに、失くしたスマホは見つからなかった。

 でも、あるとすればここしか有り得ないのは論理的に考えて当然だ。


「二日目の道頓堀の時点で既にスマホはありませんでした。であれば失くしたと思われる範囲は大阪城からこのホテル、または道頓堀に行くまでの道、というふうにしか考えられません。」


 正直なところ、道端に落として未だ見つからないのであればそれはもうお手上げである。

 私たちは一度、失くした後に引き返して確認しているし、警察にも届けられていないのなら探しようがない。

 だから、見つけられるとすればもうここしかないのだ。


「残った時間もそう多くはありません。急いで探しましょう。」


 私は時計を見ながら再度ホテルに入り、私たちが泊まった部屋へと向かって行った。


 先ほども訪れた自室に到着した私たちは、しかしどこに手をつければ良いのか、皆目見当もつかない。


「部屋の中にはない……となれば部屋の外、か?」


「ですが、ホテル側は見つかっていないと仰っていました。」


「一応確認してみます。そちらは見落としがなかったか、再度確認をお願いします。」


「そうですか、分かりました。」


 私は古舘母を部屋に残し、部屋の外へと目を向けてみることにした。

 廊下に出てまず向かうのはレストランだ。

 昨日浴場からあがってから部屋に戻り夕食を摂ったのが一回。今朝に朝ご飯に向かったのが一回。合計二回もここに来ていることになる。当然スマホが置かれている確率も高い。


 夕食には早い時間のレストランはほとんど人がおらず、僅かな客人が軽食を摂っているのみだった。


「いらっしゃいませ。一名様でよろしいでしょうか?」


「あ、いえ。ちょっと失くし物を探したくて。」


 私は声を掛けてきた店員に事情を説明すると、その人は「少々お待ちください」と厨房へ向かった。

 そしてまたしばらくして戻ってくると、申し訳なさそうな表情で「申し訳ありません。」と謝ってきた。


「いえいえ、こちらこそすみません。お邪魔しちゃって。」


 こちらからも頭を下げておき、私はレストランを出た。

 ホテルの人が「無い」と言っていた時点で、おそらく無いとは思ってはいたが……


 

 次に私は浴場へと向かった。

 このホテルの大浴場には結局、昨日一回行ったっきりだが、かと言って何も無いとは断言できない。


「ここもやっぱり、この時間だと全然人いないな……」


 人のいない脱衣所を見渡し、私は昨日浮がいた場所を探る。


「確かこのロッカー……だったよね。」


 この中になければ、私のあては外れたことになる。

 部屋にないレストランにない浴場にもない、となれば、最悪浮には諦めてもらうというのも考えなくてはならないのだが……


「……頼むぞ。」


 藁にもすがる思いで祈り、私は重々しく感じる脱衣所のロッカーに手をかける。

 これで終わりにして、浮を安心させてやりたい。


 一重にその一心で、私は扉を開いた。


「……っ!」



 

 私はロッカーの中身を見た。


 ……否、正確には中身などない。


 私が開いたロッカーの中は、空っぽだった。

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