心の澱(古舘視点)
古舘と浮は、昨日訪れた大坂城の天守を見上げていた。
「またここに来る羽目になるとはなぁ。」
「えへへ……」
未だに記憶に新しい道を辿りながら、二人が向かうのはミライザ大阪。
三人で休憩をとった、粉もんのバルがあった建物である。
もちろん道中にスマホを落としている可能性も考慮して、極力前回と同じ道をなぞりながら進み、しかしやがて何も見つからないままに到着してしまう。
「まぁ屋内で置いてってる分にはいくらかマシやからな。」
「う、うん……!」
ここに来たのは無駄足だったか。
一瞬そんな思考がよぎるが、まだそうと決まったわけではない。
気を強く持て、と自分を奮い立たせた。
「さて、まずはあそこやんな。」
「うん、初本場たこ焼きの場所だね!」
「認識の仕方それなんや……」
というわけで一直線にバルへと行ったわけだが……
「申し訳ありません。昨日の拾得物の中にスマートフォンは見つかりませんでした。」
「あー……そうですか。ありがとうございます。」
というわけで、大きな希望であったこの場所の可能性も潰れたわけだ。これは本格的にどこにあるのか分からなくなってきた。
「見つからんかったなぁ……」
「うぅ、どうしよう……」
「買うてもろてばっかやもんな。」
そう考えると浮の立場に同情もしよう。
きっとマスターさんに対して、立つ瀬がないような気持ちでいるに違いない。
「うん……」
「……」
「……」
「……話変えよか!!」
あからさまに気まずい雰囲気が出ていたので、これではいけないと古舘は無理矢理話題をすげ替えることにした。
相当堪えていたらしい。浮も少し安心したかのような表情で頷く。
「あー……そういえば浮ちゃん、ここで戸国と色々トラブったんやんな?上手いこと仲直り出来たん?」
「仲直り……っていうのか分かんないけど。うん、間にあった溝みたいなのは無くなったかも。」
「おっほぉぉ……やっぱそういう才能なんかなぁ。戸国ってそう易々と心開いてくれるような相手とちゃうんやけど……」
彼女には人の心の隙間に入り込む何かがあるのかもしれない。それは天から与えられた『才能』の域に該当するものなのだろう。
そうとでも考えない限り、戸国から古舘への嫌われっぷりがあまりにも悲しくなってしまう。
「喧嘩するほど仲が良い……なんて、嘘っぱちやて。」
「粧奈ちゃん?」
「なんでもあらへん。とりま仲直り出来たんなら良かったやん。」
暗い話題は少ない方がいい。
胸の内から吐き出しそうになった澱は一旦飲み込んで、古舘はとりあえずの笑顔を作って見せた。
「……ねぇ粧奈ちゃん。前に粧奈ちゃん、尋ちゃんに『面倒臭い事情が絡んでる』って言ってたよね。」
「んん?……あー、はいはい。言うた言うた。」
ちょうど今しがた話していた浮と戸国の仲違いのことを、ホテルの温泉に入っているときに、浮から相談されたときのことだ。
「その面倒臭い事情っていうのは、いったいなんなの?」
「……」
「あ、話しにくいことだったら良いんだよ?ただ私、もっと尋ちゃんのことを知らないといけないなって、そう思ったから……」
遠慮がちに、されど真剣に頼まれた古舘は、心底唸るほど悩まされていた。
浮ならきっと、戸国の心を解放させることができるだろう。
しかし、それは本当に古舘が望むことなのか……?
古舘は悩みに悩み抜き、やっとのことで口を開くのに三十秒ほども考え込んでしまった。
「……ここだけの秘密やで?」
「それ言ってる人誰にでも言ってるって本で見たよ。」
「これはガチ。」
咳払いをし、できるだけ暗いトーンにならないように気をつけながら、古舘は可能な限り短く、説明する言葉を選び始めた。
「……戸国、たった一人やけど、昔は仲良い友達おってん。」
「友達……?」
「せや。戸国もそいつも、周りから見て異常なくらい仲良かったわ。今思えばゾッとする話やけどなぁ。」
出来ればあんな光景、胸糞悪くて二度と見たくない。
そしてそんな胸糞悪さの被害者である戸国に、古舘は心から同情する。
「そいつな、裏で戸国が誰かの悪口言うてたとか、戸国が自分に酷いことしてくるとか、あることないことベラベラ言うとってん。」
「え?なんで?」
「知らん。でもそういうことするやつに、意味なんて求めるだけ無駄やろ。」
あの手のクズの行動に意味なんてない。
『そんな酷い性格の女に付き合ってあげている私、可哀想だし健気でしょ?』
大方こういうふうに周りから見られたかったのだろう。
「でも戸国にとっては唯一の友達やったからな。そのあと急にそいつが何も言わんと転校して、それからはずっとあの調子や。」
友達はクソとか、仲間意識は馬鹿とか、そういう思考を持つようになってしまった。
まぁ要するに、たった一人の親友がいなくなってしまってスレてしまったのだ。
「まぁこういうことがあったからか、戸国の中で友達ってのがある種のトラウマみたいなってんねやろなぁ。自分から拒絶するようになったし、また失うのが怖くてなかなか踏み出せへん……みたいな?浮ちゃんに謝っとったのも、そんな自分を情けなく思ったからなんちゃうかな。」
そこまで話し、古舘は区切りをつけて浮の方を見た。
「これがウチから見た、戸国の面倒臭い事情や。下手に関わるのも逆効果やろうし、経過観察をおすすめするで。」
「それって……何もしないでそっとしておくってこと?」
浮は明らかに不満そうな表情をする。
なんともまぁお人好しというか、恐れ知らずというか。
「せや。誰にだって、ヘタに首突っ込まれたくないことはあるやろ?戸国にも、ウチにも、浮ちゃんにもさ。それに多分、戸国は今のまんまで十分救われとるよ。」
戸国の心を温め、この大阪の地に連れて来たのは浮の功績だ。
傍から見れば分かる。
二年間押し付けがましく距離を詰めていた自分よりも、浮の方が、戸国からの印象は良い。
――それが何だか、身を引き裂かれるほどに、悔しい。
「救われてる?それってどういう――」
「よぉぉしっ!無駄話もここまでや。早くスマホ探し出さんと、花火も見れんくなってまうで!」
「えっえっ、それはダメだよ!」
「やな。ほな行こか、次の場所へ。」
これ以上の詮索は誰も得しないことだろう、と話題を打ち切り、古舘は少々意地悪なやり方で浮に発破をかけた。
効果はバツグンで、単純思考な浮はすぐさまその気になって歩き始める。
この次に行く場所となればやはり大阪天満宮か?
そこで見つからず警察からも連絡が無ければ、今度こそ本当にお手上げである。
「でもまぁ、なるようになるわな。」
きっと浮は、自分よりももっと不安がっているはずだ。
ならば自分はせめて余裕を持っていなければ、余計に彼女を怯えさせてしまうかもしれない。
そうしてまた諦めずにその場を立ち去る浮と古舘は、次の目的地点、大阪天満宮へと足を進めたのだった。
二人がミライザ大阪を出る姿を、忍者の人形は見送るように鎮座していた。
◇◇◇
「……ヤバいかもなぁ。」
つい先程固めた決意が、こんなにも早く打ち砕かれるはめになるとは、思いもよらなかった。
「人身事故……復旧に一時間くらいかかるって……」
「最悪のタイミングやんけ。」
無論、理由は違えどそれを不満に思っているのは古舘たちだけではない。
各々が電話で事情を説明していたり、カップルで愚痴を言っていたり、癇癪を起こす子供を宥めていたりしている。
そんな周りの様子に古舘も、一報戸国に入れておかなくてはならないと、スマホを取り出して電話をかけようとした。
「うぉ、ちょうど戸国から掛かってきたわ。」
「尋ちゃんから?」
古舘は緑色の応答ボタンをタップして、スマホを耳に当てた。
『もしもし古舘?』
「なんや戸国、スマホ見つかったんか?」
『ううん、部屋の中には無いと思う。従業員の人に聞いても知らないって言ってたし……』
「オッケー了解。大阪城の方も無い言うとって、やからウチら天満宮の方に向かおう思っとってんけど……」
『そうそう、電車止まってるらしいね。』
「え?なんで知ってんの?」
『古舘のお母さんが教えてくれたんだよ。』
「はっ!?そっちにオカンおんの!?」
『まぁそれは一旦置いといて……天満宮には私たちが行くから、二人は来れるようになってから追いかけて来てよ。』
「お、おう。色々言いたいことはあるけど、とりあえずは分かった。浮ちゃんにも言っとくわ。あとオカンに余計なことは言わんといてなって釘刺しといて。」
『はいはい。それじゃあまた後でね。』
その言葉の後、通話が切れたことを示す電子音が鳴って、古舘は画面を閉じた。
「なんて言ってたの?」
「ん、天満宮には戸国が代わりに行ってくれるらしい。あとなんかウチのオカンも一緒におるんやって。」
「え、なんで?」
「ウチも分からへん。」
とはいえいくらなんでも、こんなに広い街で戸国を一人にするのは心細かったため、母には感謝せざるを得ないのが本音だ。
悔しいが、役に立ってくれたと言うほかない。
「とにかく、今ウチらに出来ることはなさそうや。一時間も時間あるならコンビニとか言っとく?ウチもう喉カラッカラで……」
「そうだね。昼からずっと付き合わせちゃってたし。」
「ふひひ、ええ運動になったわ。何キロ痩せたかなぁ。」
「ポジティブに捉えてくれてありがとう……?」
思わぬ足止めを食らってしまったが、張り詰めっぱなしというわけにもいかないだろう。
この一時間はお互い、肩の力を抜いて休憩する時間としよう。
二人はそこから踵を返すと、付近で見かけたコンビニへと一時的に戻っていったのだった。
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