スマホをなくしただけだから
「それって、結構マズいんじゃない……?」
「だ、大丈夫だよっ!スマホを無くしただけだから!」
「大丈夫じゃねぇだろ。」
「なんでもっとはよ言わんかったん?急いで探さなあかんやんか。」
「それは、そうなんだけどさぁ……」
遠慮がちな目がこちらに向く。
私は古舘に同意するつもりで浮の目を見つめ返した。
「だ、だって……私のことなんかでこの後の予定を崩すわけにもいかないし。それにこの後、尋ちゃんが楽しみにしてたところに行くんでしょ?邪魔しちゃ、悪いよ。」
「はぁ。」
空になったグラスに、浮は何度も口をつける。
それは気まずさを紛らわすためだと容易に推察できた。
「そんなことでウダウダ悩む暇があるなら、探しに行くよ。」
「え、いやでも……」
「いやも何も、そうするしかないでしょ。それか何?スマホ放置して観光するつもり?」
浮もらしくないことを考えるものだ。
いつものずば抜けた行動力が、今回は私のことを気遣ったがために発揮できなかったらしい。
「ご、ごめんなさい……」
「別に、謝って欲しいなんて思ってない。」
「戸国、言い方良くないで。」
「私はただ、伝えるべきことを単純に伝えてるだけだけど?」
「ここで浮ちゃんを責めたるのも可哀想やろ。それでスマホ無くなってもうた事実は変わらんわけやしさ。」
俯き落ち込む浮を、古舘が私から庇うようにして反論する。
何を言っているのか分からなかった私は首をかしげた。
「?……いや、責めて無いけど。」
「だからそういう……」
「浮は悪くないよ。まぁもう少し早く教えて欲しかったっていうのはあるけど……失敗なんて、誰にでもあることだし。」
「……んんん?」
いったいどういうふうに伝わっていたというのか。失敬な。
「法善寺横丁もお笑いも、確かに楽しみにしてたよ?でも、目の前にいる人が困ってるんだから、放ってはおけない。それは嫌々とかじゃなくて、私がそうしたいから。」
助け合いの気持ち。
幼稚で愚かで、弱い気持ちだと私は思っていた。
なぜ自分が助ける必要があるのか?私に関係のないことなのに、なぜ首を突っ込む必要があるのか?
そう思って、目の前で頭を抱えている人がいても、見て見ぬふりを続けていた。
以前までの私なら、きっと……
……それなのに、なんで今更私はこんなことをしているのだろう。
「……」
自分でもよく分かってはいない。
でも、こうしたいと思ったのだ。
彼女のことを助けてやりたいと思ったのだ。
ならば、わざわざその気持ちに嘘をつく理由もあるまい。
「手伝うよ。だって浮は私の――」
差し伸べられた手を払った。
それは確かに拒絶だったのかもしれない。
それでも断言出来るのは、私は嬉しかったのだということ。
きっと私たちは、同じ気持ちでいるはずなのだ。
「私の、友だ――」
「あのぉ……ご注文……」
「……」
今しがた到着したらしい店の人は苦々しく笑い、私と目を合わせないようにしながらたこ焼きを置いた。
たこ焼きから飛び出すタコ足、いそいそと退散する店員。
なんだか一気に、現実に引き戻されたかのような気持ちになった。
「……これ食べてから、探しに行こっか。」
「あ、うん……」
私は内心悶えながら席につき、気恥しさからたこ焼きを一つ丸ごと頬張ってやった。
口の中をやけどした。
◇◇◇
たこ焼き屋から出たあと、私たちは近くの交番で、遺失届出書を受理してもらっていた。
「ありがとうございました。」
そう言って外に出ると、真夏の蒸し暑さが一気に体を包み込む。
しかし、そんなことに文句を言っている暇は無い。
「それっぽいもんは無さそうやったなぁ……」
「どこで無くしたとか、さすがに覚えてないよね?」
「気付いたのがついさっき、グリコの看板を写真に撮ろうと思ったときだったから……」
まぁここで覚えていたら、無くしたとは言わないだろう。
となれば残る道は、私たちが行った場所に戻って調べに行くしかない。
「私はまずホテルに戻って確認してくる。二人は大阪城の方に。」
「電話対応じゃあかんの?」
「実際それっぽいのがあったらどのみち見に行かないといけない。なら最初から行っといた方が早いでしょ。」
「それもそやな。分かった、ほな一旦駅まで戻ろか。」
私たちは行きがけに通った道を辿りながらそう取り決め、別行動する運びとなった。
スマホを紛失したとなると、恐ろしいのはそれを拾った人が悪用する可能性だ。
遠隔ロックや位置情報を共有できれば楽だったが、浮のスマホは私たちとは機種が違うようで、そのようなサービスを使うことは難しい。
だからそうならない内に、出来るだけ早くスマホを見つける必要があるというわけだ。
川に浮かぶ祭りの船も無視し、群衆から抜け出すように隙間を進んでいく。
駅に着く頃には既に昼近くになっていた。
「それじゃあここからは別行動。二人は何かあったら私に連絡を、古舘はスマホ持ってるよね?」
「うん、充電少ないけどな……」
「もう寝落ちすんなよ?」
「はい……」
自分も風呂のお湯を出しっぱなしにしていたことは棚に上げておき、私たちはお互いに目的地へと向かった。
私は新大阪駅近くのホテルへ。二人は昨日行ってきた大阪城へ。
「二人とも……ごめんね。」
別れ際に、浮が再度謝罪してきた。
確かに浮からしてみれば、今日の楽しい予定を自分の過失でぶち壊してしまったのだから、申し訳なく思っていないわけもない。
「大丈夫だよ、すぐ見つかる。法善寺横丁とかは諦めなきゃいけないかもしれないけど、花火までには間に合うんじゃない?」
「せやせや、打ち上がるのが大体十八時か十九時かくらいやし、余裕やで。」
「でしょ?だからそんなに気にする必要ないよ。仮に最後まで見つからなくても、古舘が弁償するって言ってるし。」
「せやせや、ウチが弁償……ウチが弁償!?」
なにか言いたげな様子だが、あえて無視しておくこととする。
「……ありがと、尋ちゃん。」
「うん。」
「……ありがと、粧奈ちゃん。」
「え?いや、まぁ……はい。」
「絶対……絶対みんなで花火見よ!それまでに絶対スマホ見つけるから!だから……」
浮のこぶしがギュッと握られる。
上げた顔に見える瞳には強い意志が宿っており、心のかせが外れたかのような清々しい顔で前を向いた。
「……手伝ってもらって、いいかな?」
失敗をなかったことには出来ないし、その補填をすることも浮にはできない。
でも、全てが台無しになったわけじゃない。
「良いよ。手伝ってあげる。」
「任しとき。ちゃちゃっと見つけて弁償回避したるわ。」
「古舘が新しく買ってくれるなら、このまま法善寺横丁も行けちゃうんだけどね。」
「いやそれは……勘弁してください。」
「……あははっ」
普段はツッコミ側だから慣れない感じだが、浮が安心して笑ってくれたことを見る限り、私の冗談は役に立ったようだ。
私と古舘も、ふっと軽く息を吐くように笑みを零し、それを会話の区切りとして、私たちはそれぞれ違う方へと向き直った。
「じゃあ、また後でね!」
「迷子にならんようにな。」
「うん、また後で。」
二人と別れ、私はホテルへと戻った。
◇◇◇
電車に揺られながら、一人昼下がりの街並みを車窓越しに眺めている。行きとは違ってガラガラの電車には、スーツ姿の外回りの会社員くらいしか乗っている人もいなかった。
そんな中、明らかにこちらを見ている人がいる。
「……」
「……」
いつから乗り込んでいたのか、はたまたずっとつけていたのか、古舘母が私のことをじっと見つめ続けている。
……せめて何か話しかけに来てくれないかな。
「戸国さん。」
「え、あっはい。」
うわ、急に話しかけてくんな。
「加萩さんがスマートフォンを無くしたとお聞きしましたが本当ですか?」
「なんでそれを……?」
「秘書を監視に回していたので。何か動きがあれば逐一伝達するよう指示しています。」
マジか、余計に悪質だったよ。もはや警察沙汰では?
「にしてもなるほど、失くし物ですか……さすがにビデオまでは撮っていないので、どこで紛失したかの特定は難しいですね。」
「当たり前のように恐ろしい可能性提示しないでいただけますか?」
「二手に分かれるとのことでしたが、やはりお一人では危険でしょう。ですから秘書をあちらに、私はこちらに付き添います。」
「要らないです……」
人の親と二人きりって、とんだ拷問だからな?
例外があるとすればバーテンダーさんくらいのものだ。
「まぁそう言わず。それにもしものことがあるでしょう。」
「もしものことって、娘さんに?」
「えぇ、それにもちろんあなたも。娘のお友達を危険に晒す訳にはいきませんから。」
「そのお心遣いはありがたいですけど……お仕事大丈夫なんですか?」
「こんな一大事の前には些細なことです。」
「……」
なんか、えぇ……
私はこの時点で古舘母を引き離そうとする意志は削がれ、脱力して座席にもたれかかった。
古舘母はそれを同行の承認と受け取ったらしい。私の隣に座ると、今度は何やらソワソワし始める。
「……なんですか。」
「え、いや……気にしないでください。」
気にするわ。めんどくせぇな。
「トイレですか?」
「ち、違います!……粧奈は、学校でも元気にやってますか?」
「はぁ。」
あー……これは、娘のプライベートが気になる母親か。
まぁそうだな……いつも古舘にベタベタと絡まれている私だ。
被害の埋め合わせに、多少の腹いせをしても許されることだろう。
「娘さんはいつもことあるごとに『彼氏欲しいぃー』って、知り合いに嘆いてますよ。」
「おや、でしたらすぐに手配しなくては。」
「なにするつもりなんですか。」
思わず素でツッコミをいれてしまった。
手配?彼氏を?なんだか企業のドロドロを見てしまったぞ。
「そこまで過干渉だと、娘さんにも嫌われちゃいますよ。」
腹いせに失敗し、私は悪態をついて捨て台詞を吐いた。
……あ、ヤバい。これは超えちゃいけないラインだ。
古舘の親子仲については何度か耳にしたことがあり、バツの悪さから口をついて出た言葉に、私は言い切ったあとに後悔した。
「過干渉、ですか……」
「あ、いえ……すみません。撤回させてください。」
「良いんですよ。実際そうなんだと思いますから。」
自覚あったんだ……
「あの子、見れば見るほど若い頃の私にそっくりで……親子なんだから当然なんでしょうけど。そんな粧奈が心配で心配で、つい……」
言葉尻が萎んでいき、眼鏡越しに見える瞳も泳ぐように逸らされていく。
言い換えてしまえば要するに、よくある親バカの過保護エピソードだ。
「……娘さん、そこまで心配いらないと思いますよ。」
彼女は鬱陶しいが、よく人に好かれる。
学校で私が本を読んでいる間も、結構な人数に囲まれて話しているのをよく見かけるくらいだ。
そしてその中で、私を引っ張りだそうとしてくれたことを、私は――
「知り合いが、あの子と友達なんです。その子は意外と娘さんに感謝してるみたいでした。」
その知り合い、というのが誰のことを指すのか。そんな野暮なことは言いたくないけれど。直接本人に伝えるようなことはしたくないけれど。
そいつは素直じゃない自分を気にかけてくれて、本当にありがたく思っていることは伝えておく。
「だから一度、娘さんと話し合ってみることをおすすめします。彼女ももう子供ではありませんから、この機会にお互いの気持ちを再確認するべきだと。」
「……」
古舘母は黙って、窓の外に目をやった。
外は以前晴れやかで、車窓から陽の光がさんさんと降り注いでくる。
「……ありがとうございます。」
ガタンゴトンと列車が揺れる。
アナウンスで駅の名前が読み上げられ、減速していった。
彼女はそれ以上何も語ろうとしなかった。
「行きましょうか」と席を立ち、扉の前に立つ。
私はそれに続いて立ち上がった。
空はよく晴れており、今晩は雲ひとつない花火日和となるだろう。
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