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普通旅行は友達とするもの

「天正十一年、豊臣秀吉は織田信長の安土城を越える城を築くことで、魔王亡き後の世が誰のものであるのかを示した……」


 過去に読んだことのある歴史小説から一文を抜粋して呟いた。目の前には遥かにそびえる巨城が私たちを見下ろしている。

 炎をあげたこの天守を眺める兵たちは、戦乱の果てに何を感じていたのだろう……


「なーに浸っとんねん。ささっと見て回るで。」

 

「分かってないね古舘。こういうのはじっくり観るのが楽しいんだよ。」

 

「尋ちゃんが本以外でちゃんと興味を示すのって珍しいね。どうしたの?」

 

「私のことなんだと思ってんの?……まぁ多少は読んだことある歴史小説の舞台だからっていうのはあるけど。」


 そう言われると確かに、私の本以外のことへの興味関心は極端に少ない気はする。強いて例外を挙げるとすれば、それこそ浮の店で飲むカクテルなんかが該当するだろうが。


「にしてもこの時間となると、結構小腹が空いてくる時間だよねぇ。」

 

「やんな!ウチもそれ言おう思っててん!」

 

「こんな猛暑でよく食欲湧くね二人とも……」

 

「何言うとんねや?日も落ちてきたし言うて暑くもないやろ。」

 

「私は歩き過ぎてもう汗すら出ないけど。」

 

「ドヤ顔で言うことちゃうねん。それ単なる運動不足の弊害やん。」

 

「ちゃんと水分摂らなきゃだよ?」

 

「分かってるよ。ほら、あそこが古舘の言ってたところでしょ?早く行こう。」


 まるで母親のように言い含めてくる浮から逃げて、私は目の前に見えていた石造りの建物の方へ指を指した。


 ◇◇◇


 大阪城公園はとても広く、重要文化財とされている物もたくさんここで見ることが出来た。

 コンクリートとガラスで埋め尽くされた他の場所とは違い、ここら辺は緑が多くて目に優しい。その上日陰もあるから万々歳だ。


「とはいえ、室内の涼しさには敵わない……」


 日陰が万々歳ならばエアコンは万々々歳である。万かける万かける万で一兆だ。馬鹿みたいな計算式だが、それほどまでに格が違うということである。


「インドアは相変わらず健在やな……」

 

「暑いより涼しい方が良いのは当然でしょ。」

 

「ならせめてもっと楽しそうにしてくれてもええねんで。浮ちゃんなんかほら、見てみ?」


 古舘が顎で指した先に私も目を向ける。そこには無駄にリアルな忍者のマネキンに目を輝かせながら、新しいスマホで写真を撮る浮の姿があった。

 なんでも大阪旅行の話をした際、バーテンダーさんが連絡用にと購入を決意してくれたらしい。

 とはいえ未だ使いこなせてはいないようで、昨晩もアラームを使わず就寝した結果が今朝の寝坊である。


「尋ちゃん見て見て!私も忍者になれるフィルター使ってみたよ!」

 

「顔ほとんど黒頭巾で見えてないじゃん……」

 

「えへへ、おじいちゃんにも送っちゃお!」

 

「せっかくやし三人で撮る?」

 

「いやなんでだよ。というか大阪城公園の売店で忍者?秀吉とかじゃないの?」

 

「歴史つながりやろ。それにほら、外国人観光客に対して日本の文化をアピールするには忍者と侍が一番適当やし。」


 ビジネス上の都合か……確かに理にかなってはいるし、私がとやかく言えることではないけれど。


「そんなことよりも、や。ウチちょっと気になってる店あるから付き合ってくれへんか?」

 

「私は別に良いけど。」

 

「私もオッケーだよ!どこに行きたいの?」

 

「ありがとうな!場所は調べて来とるから着いて来て!」


 用意周到なことで……まぁそもそもここに来たいと言っていたのも古舘だし、なんならここに来た目的がそれなのかもしれない。

 浮がポケットにスマホをしまうのを待ったあと、私たちは古舘に続いて店内の廊下を歩いていった。


「にしても立派だよねぇ。入口の階段のところなんか御屋敷みたいでビックリしちゃった!」

 

「元はここ、どっかの軍隊の司令部やったらしいで?欧米列強に追いつけ追い越せの時代やったし、欧風の内装はその影響やろうな。」

 

「それも調べてきたの?」

 

「うん、スマホでゴグッたら出てきた。」

 

「しれーぶ……?」

 

「大阪城の天守閣もそのとき再建されたらしいわ。詳しいことは店内の展示に書かれてあるらしいから、そこも後で見てみたいな。」

 

「そうなんだ。確かに立派な場所だとは思ってたけど、思ってたより歴史あるんだね。」

 

「せやせや。京都や奈良でかすみがちやけど、大阪にだって歴史的遺産はあるんやからな。」


 地元民としてのプライドからか、古舘は鼻高々と得意げに胸を張った。そんな本人もここに来るのは初めてらしいけど。


 そうして軽く会話を交わしながら少し歩き、やがて古舘はある店を見つけて立ち止まった。到着である。


「ここやここ。どう?めっちゃオシャレじゃない?」

 

「えーっと……え?粉もんバー?」


 バーってあのバー?カクテルとか作るあのバー?


「うーん……これ多分バーじゃなくて『バル』じゃない?」

 

「そうそう!英語表記で『B』『A』『R』やから、ウチも最初見たとき『え、バーなん?』って思ってん。浮ちゃんよぉ分かったな。」


 英語のバーの綴りも『B』『A』『R』でバルと同じだ。……というかそもそも『バル』が何なのかよく分かんないんだけど。


「バルは酒場としての役割はオマケで、レストランみたいに軽食とかコーヒーとか、色んな美味しいものでおもてなしするお店だからね。名前は似てるけど、バーとは結構別物なんだよ?」

 

「久しぶりの浮ペディア助かる。」

 

「へぇ、バーとは違うねんなぁ。確かにカクテル出してそうな様子も無いわ。」

 

「でもでも!なんか凄そうなたこ焼きあるよ!」

 

「いやいや、たこ焼きに凄いも何も――」


 浮の言葉で私も店の広告看板に目を通す。上から下までズラリと並べられたメニューの中に、確かに一際目を引くものがあった。


「き、金箔たこ焼きに金箔ソフトクリーム……?」

 

「そうそう、ウチそれのソフトの方食べてみたくてさ。」


 まさに金持ちの道楽みたいな組み合わせだ。メニュー名の隣の写真もギラギラと豪華な存在感を放っている。もちろん、言うまでもなく価格の方も他とは桁違いだ。


「二人もなんか欲しいもんあったら買ってあげんでー。オカンのカードで。」


 後半のセリフのせいで一気にクソダサくなった……


「良いの!?じゃあ私普通のたこ焼き!」

 

「あれ?浮ちゃん金箔の方じゃなくてええん?人の金なんやし高いの頼んだ方が得やろ。」

 

「ナチュラルにクズだな言ってること。」

 

「せっかくの大阪だからね。最初の一口は王道の味で食べてみたいなぁーって思ってさ!」

 

「あー分かる。本場の味は余計なもの無しで味わいたいよね。」

 

「ふーん……まぁええねんけどさ。払うのオカンやし。」


 人の金だと思ってコイツ……


「戸国は何にするん?ウチだけ金箔の仲間外れは寂しいねんけど。」

 

「抹茶ラテ。」

 

「話聞いてた?」

 

「飲み物だけでいいの?お腹空いてるんでしょ?」

 

「いやだって、この後ホテルのレストランでもちゃんとした晩御飯食べるでしょ?じゃあむしろここでお腹いっぱいになっちゃダメでしょ。」

 

「……確かに!!」


 いやそれくらいは考えておけよ……


 

 完全に失念していたらしい二人を納得させた後、私と浮は適当に空いている席を取りに行き、古舘は私たち三人の分を注文しに向かった。

 ちなみに二人は注文を変えることはなく、まぁ大丈夫だろう、と楽観的なご様子である。古舘なんかは特に、普段から甘いものを避けているためにスイーツへの執着が尋常ではなく、「一ヶ月に一日のチートデーや!」ととても嬉しそうにしていた。浮も大阪に訪れる前からたこ焼きについては楽しみにしていたし、引き止めるのも酷というものだ。


「――えへへ。」

 

「……どうしたの?急に笑って。」


 ちょうど向かい合う位置で座っている浮が、何の脈絡もなく突然顔を綻ばせた。表情や状況から帰納的にその思考を読み取ろうとするもいまいちよく分からなかったため直接聞いてみた。


「いや、別に大したことじゃないんだけどさ。……覚えてる?前に尋ちゃんが私との関係をどういうふうに言ってたか。」

 

「多分『店員と客』だったと思うけど。っていうか、いまもそうじゃない?」

 

「あはは、もうさすがに無理あると思うなー。」

 

「……う、薄々思ってたことを、コイツ……」


 浮や古舘と過ごしていた時間は私の中で色濃く記憶に残っている。それこそ出会ってまだ数ヶ月の関係だけど……バーで一緒にグラスを傾けながら話をしたり、ショッピングモールで色んな場所を練り歩いたり、メイドカフェへとアルバイトしに行ったりもした。

 今このときだって、店員と客ではありえないほど近い位置で互いに向き合っている。


「……そうだね。さすがに厳しいと思うよ。」


 最初はこんなアホそうなのと仲良くは出来ない、と心を閉ざして接するつもりだった。でもそれは間違いだったことを分かってしまった。


 私は浮と、古舘とも、一緒にいて『楽しい』と思ってしまっている。


「一緒に旅行に来る仲なんてさ……ほら、あれしかないよね!」

 

「……友達?」

 

「!」


 私が答えると、浮は大きく目を輝かせて満足そうに首を縦に振った。

 相変わらず素直な顔面だなぁ……


 ……友達、かぁ。

 私にも友達がいて良いのかな。こんな私が、こんなに無邪気でひたむきな子と友達なんて。


「ねぇ尋ちゃん。私たち友達になろうよ。友達になって、いっぱい遊ぼ!夜のバーでだけじゃなくて、いつでも一緒にいられるようにさ!」

 

「浮……」


 もしかすると、浮はずっと私のことを案じてくれていたのかもしれない。きっと孤独で人嫌いという幼稚な私を、無計画で無鉄砲な彼女は放っておく訳にはいかなかったのだ。

 机の向こうで浮の笑顔と差し出される手が、窓から差し込む夕日でオレンジ色に照らされる。

 私の手は、自然とその場所へと吸い寄せられていった。


「浮、私と……私と友達に――」

















 

『――アタシが、護ってあげる。』

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