戸国のグルメ:ギョーザ(の羽)
大阪行きまであと三日。今の私は古舘に招集を掛けられて、再度バーへと赴いているところだ。
しかし今回は少しいつもとは状況が違う。
「……暑い。」
バーテンダーさんから営業時間外の店への入店許可が出たので、こうしてまだ日の出ている内から集まろうという運びになったのだ。
ジィジィ騒がしい合唱をするセミの声を聴きながら、雲一つない空から照りつける太陽の光に鬱屈した気分になる。
しかしこうも明るいと、今歩いているこの商店街も違ったふうに見える。
「あ、あれって……」
店というのは朝昼に開き、夜には閉じているのが普通だ。バーなどの夜職などは例外にしても、それらの店が営業しているとき、日中の店は既に店仕舞いしている場所がほとんどである。そのためシャッター街の、夜にはシャッターが下ろされている店に気がつくのは無理に等しいことだ。
しかし今は昼間。森の中に隠されている木を探すのは難しいが、その逆もまた然りということ。このように昼間、それも昼食時ともなれば、その店が視界に入ることは当然のことで、静かなシャッター街の中で活気よく営業しているその店は、否応なしに私の視界へ入ってくる。
私は発見したそれに近づき、そして確信する。
「中華料理『桃源』……」
この商店街のほとんどはシャッターが閉ざされ、もぬけの殻となった店ばかりだ。そのためか、その分この店が元気そうに見える。
「ちょいと、そこのアンタ!」
「えぁっ!?は、はい!」
なんとなしに眺めていたところに突然声をかけられ、私はどもった返事を返してしまった。
慌てて声がした方へと振り向くと、そこには銀髪を後ろで括った見覚えのある人物が目に入った。
「えーっと、尋ちゃん……だったかい?この間振りだねぇ。」
記憶に新しいメイドカフェでの単発アルバイト。そこで私たちと撮影チェキの枚数で争うことになった強豪ペア。そのうちの一人であったアカネさんはエプロン姿で快活に笑ってみせた。
「戸国でいいですよ。もしかして、ここが以前仰っていた……」
「そうそう、アタイがやってる中華飯店だよ。そこまで大層な大きさでもないけどね。」
「味わい深くていいと思いますけど。」
「そう言ってくれると有難いね。……そうだ、せっかくだし寄ってかないかい?初回来店サービスで何か奢ったげるよ。」
「遠慮しとき……お、奢りですか!?」
「あははっ、食いつきがいいねぇ。」
指摘されて始めて我に返り、私は顔に熱を帯びるのを感じながら目を逸らす。
知り合いとはいえ人と関わるという忌避感を感じつつ、外食代が浮くという打算が誘惑してくる。以前の収入がまだあるとはいえ、大阪行きのこともあるので貯めておきたい。
「……えーっと、助かります。」
「気にしないでいいよ。そんじゃあこっちおいで!」
そう言って店内に戻っていくアカネさんに私は着いていくのだった。
店内はまさに『下町にある穴場の店』といった感じで、石のタイルにゴテゴテと飾られている置物など、昭和風情を感じる『知られざる名店』を形にしたような見た目だった。
「む?お前は戸国ではないか。久しいのう!」
「ラテさん?今の時間はお仕事じゃ……」
店内で肉饅頭をはふはふしていたラテの存在を私が訝しむと、先を行っていたアカネさんが笑みを零して私に教えてくれた。
「この子、昼休憩に毎日来てくれるんだよ。わざわざアタイのためにね。」
「うむ!店の仲間と食う飯は美味いがここの飯も捨て難いからな!そして何よりアカネと会えるっ!」
「仲良いですね。」
胸焼けしそうな親密さに「ご馳走様です」とだけ心の内で言っておき、私はラテさんから少し離れたテーブル席へと腰掛けた。
「何食べるか決まったら言っとくれ。メニューはそこにあるだろう?」
「はい、分かりました。」
どれどれ……餃子、炒飯、唐揚げ、青椒肉絲、回鍋肉、肉饅頭、小籠包、かに玉、坦々麺、麻婆豆腐、酢豚、麻婆茄子、八宝菜、ワンタン麺か。バリエーション豊富だなぁ。
「それじゃあ餃子ください。」
「あいよ、餃子一人前だね!ちょいとだけ待ってな!」
とりあえずオーソドックスなものを食べておくことにする。ちなみに私は食べても食べてもあまり太らない体質らしく、カロリーだの糖質だのは気にせず食べられるため古舘なら避けそうな食事もなんのそのだ。
「のう戸国ぃー!なんでそんなとこにおるんじゃー?もっと近う寄れー!」
「結構です。」
「ええじゃろええじゃ――」
「結構です。」
あの手のタイプはピシャリと断りを入れなければ観念してくれない。出来るだけ冷淡に見えるような態度で断り相手の気分を萎えさせる。
ここまで突き放せばさすがに――
「じゃあ我から行くもんねー。」
来た。こっち来たよこの人。稀に見る距離感バグってるタイプだ……薄々そうだとは思ってたけど。
「肉まん美味いぞ。食うか?」
「いや良いです別に。」
「この店の我のオススメはホイコーロー弁当であるな!お前もどうだ?」
「遠慮しときます。そもそももう餃子頼みましたし。」
「お前、友達おらぬであろう。」
「そういう意味ではないんでしょ。」
「今回に限ってはそういう意味であるぞ。」
なんだと。
「それなら言わせていただきますけど、ラテさんの方は友達アカネさん以外にいるんですか?ここに来てるのだって、実は職場で孤立してるからで――」
「ほれ、我が孤立してる職場での写真。」
ラテが見せつけてきたスマホの画面にはハナノサキ珈琲店のメイドたちと厨房の男性たち、そして中心で破顔しているラテ自身の姿が映っていた。どう見ても孤立しているようには見えやしない。
確かに無謀な賭けと分かってはいたが……うーん、悔しい。
「友人は何人いても困らんからな。とはいえ逆にいなくても困ることはない。そこまで落ち込まずとも良いのだぞ、ヨシヨシ。」
「屈辱的ではありますけど落ち込んではないです。あと頭触らないでください。」
「またまたぁ〜。」
ダメだ、言うだけこちらが墓穴を掘る落とし所にまで持っていかれた。こうなってしまったらもう黙るしかない。
引きつる口角に反骨心を露わにしながら、頭の手だけ払って私はスマホを開いた。
「ふふ、引き際は心得ておるようであるな?」
「はいはい強い強い。」
「ぬがぁー!ガキ扱いするなー!」
たった一言で勝者の威厳が崩れ去ったラテのことは放置し、私は古舘に昼食を摂ってから向かう旨を伝えておいた。
「あ、そういえば戸国、お前の知恵を少し貸して欲しいことがあるのだが、良いか?」
「唐突なタイミングですね……まぁ可能な範囲でしたら。」
また鬱陶しい雑談かとラテの方を見ると、どうやら本当に何かを頼みたいらしい雰囲気だった。私は消極的ながらも承諾する。
ラテは「うむ」と頷くと私に話し始めた。
「実は今、我はハナノサキ珈琲店と中華料理 桃源のタイアップ……つまり業務提携のために色々奔走しておってな。やっと実になるところまでこじつけたのだ。」
「へぇー、業務提携ですか。どういった内容なんです?」
「うむ、具体的にはウチから三人ほど人気のメイドをこの店に送る。そこでチャイナ服なりなんなりを着て接客したり、限定メニューなんかも作れば収益も見込めるであろうという寸法よ。」
つまり……この店に何人かの店員を派遣して、オリジナル商品なんかも提供することで、メイド側のファン層を呼び込んで利益をあげよう、という魂胆らしい。
と、ここまでは雄弁に語っていたラテの口調が、そこから少し陰りを見せた。
「であるが……その肝心の『限定メニュー』が思いつかぬのだ。と言うのも、我は料理がサッパリでな。」
「それで私にもその商品を考えて欲しい、ですか……」
「何か良き案はないだろうか……?」
こういう経営戦略的なことは古舘に聞くのが一番だと思うが、生憎ここにいるのは門外漢の私のみだ。私は頭を回してみるも、これと言った正解を浮かべることが出来なかった。
「申し訳ありません。そもそも私も料理はからっきしなので……」
「おぉ!同志がおった!」
「なんか嫌ですね。」
「むがーっ!」
見た目相応に子供らしい反応を返すラテを鼻で笑っていると、アカネさんが大皿を持ってやって来た。
「はいよ、餃子一人前!」
「おぉ……!」
机に置かれたその皿の上には、まるで一つの大きな食べ物であるかのように繋がった餃子の羽が広がっていた。天井の照明をほのかに乱反射し、シュワシュワと出来たての音がする。油で焦がした香ばしい香りと、ヨダレがたまらなくなる肉の匂いが私の欲動を掻き立てる。
「冷めない内にたんと召し上がれ!」
「いただきます。」
机の上に置いてあった箱から割り箸を取り出し、不器用に割って餃子の羽を挟む。
羽はパリッと小気味良い音をたてて欠ける。私はさっそくそれを口に運んだ。
「……」
美味しい物は静かに味わう。これが私の食への流儀だ。
羽だけで大袈裟だと思うかもしれないが侮るべからず。軽やかな食感のこれに餃子から漏れた肉汁の旨みが凝縮されているのだ。もう一枚、更にもう一枚と私の舌が渇望している。
「こいつ、めちゃくちゃ美味そうに食うな……」
「こっちも作り甲斐があるってもんだよ。ささっ、餃子の方も食べてくれ?」
「あ、はい……!」
いかんいかん、羽に気を取られ過ぎてしまった。
羽はあくまで前菜だ。本体の方も冷めないうちにいただかなくては……
私は餃子を一個箸で掴む。するとそこからギラギラとした肉汁が染み出し、如何ともし難い感覚を更に暴走させてくる。
たまらず私はその餃子にタレをつけると、そのまま口へと運んで一口だけかじった。
「んぉ、美味ひ……」
普段の私は口に物を入れながら喋ることはない。それはマナー的な意味でもそうだが、喋り方が間の抜けたものになってしまうからという周囲の目を気にしているのが大きい。
しかしこれに関しては、そんなこともくだらなく感じてしまうほどに美味であった。
「そんなふうに食べてくれるなら、もう毎日奢ってやっても良いかもしれないねぇ。」
「なっ!?我も受けてないような優遇なのだ!ズルい!」
「あははっ、冗談だよ。」
口の中が幸せで充足していくのを感じながら、私は二人の表情を見る。
アカネさんは心底嬉しそうに、会話の後にも笑みを残している。ラテはそんなアカネさんへ不満そうな視線を送っている。
……ご馳走様です。
「そういえばラテ、戸国ちゃんと何話してたんだい?」
「んぁ?ああ、この前言ってた限定メニューのことについてな。」
「ん……はい、相談を貰いまして。」
「あぁアレかい。別に、アタイはラテがこっちに来てくれるってだけで充分だと思うけどねぇ。」
「いいや。確かに我の目的はアカネのためにここへ客を呼び込むことであるが、これは一企業としての商売の話でもある。利益を得るために余念を欠かしてはならぬのだ。」
「この前もそんなこと言われたけど、なんか申し訳なくなっちまうねぇ。」
「であるからして、限定メニューは必須だと考えておるのだが……アカネの方は何か思いつかんか?」
ラテはアカネに考えを窺った。
「ああ、実は今朝考えて作ってみたもんがあるんだよ。ちょっと見てくれるかい?」
「なに!?それは誠か!!」
ガバッと立ち上がり身を乗り出すラテを「どうどう」と諌めながら、アカネさんは胸を張ってドヤ顔を決める。
「自分で言うのもなんだけど、かなり良いもんが作れたと思うんだよ。」
「へぇー、ちょっと私も見てみたいですね。」
「であるな!アカネ、それを持って来てくれ!」
「了解だ、すぐ持ってくるよ!」
そうしてアカネさんは厨房の方へと早足で戻って行った。
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