メイドさんっ!
「いらっしゃいませご主人様ぁー。」
甘ったるい声で接客に臨む従業員たちの声が聴こえ、私はなんだか泣きたくなってきた。
私も、今からあの中に入らなければならないのだ。
「まさかメイド喫茶だったなんてねー!名前の印象と全然違うからビックリしたよー!」
「何をそんな呑気に……」
浮たちのバーである『OrangeBlossom』と同じ商店街で新たにオープンしたここ、『ハナノサキ珈琲店』。
その正統派カフェのような名前とは裏腹に、その実情は秋葉原などに点在しているようなメイド喫茶そのものだった。
「正確にはコンセプトカフェ、だっけ?店長がここ力説してたよね。何でかは分かんないけど。」
「うん、どうでもよかった。」
「あはは、それにやっぱり店員さんは皆可愛い人たちばっかりだねぇ。私たちも負けないように頑張ろうね!」
「うん、どうでもいい。」
勝ち負けよりもさっさと給料貰って帰りたい……
今日一日のプレオープンさえ乗り切れば、単発バイトの私たちは今後この店に通わなくても済む。報酬も文句が言えないような値段だったし、これはもう腹を括るしかなかった。
とはいえこの格好は……キツ過ぎる。
「おうおう、なかなか似合っているじゃないか。」
「店長……さん。」
一瞬さんを付け忘れそうになったことは内緒だ。
私たちは悠々と歩いてきた店長へと目を向けた。
「今から君たちにはウェイトをやってもらうよ。要するにお客様の注文をとって、それを厨房のスタッフに伝える役割だね。」
「はい店長!萌え萌えきゅんはやらないんですか?」
いらんこと言うな。
「やりたかったらやってもいいよ?」
「だって尋ちゃん!」
「やらねーよ。」
なんでそんな乗り気なんだよ。こういうのって普通もっと恥じらうもんだろうが。少なくとも私は穴があったら掘削工事してでも入りたい気分だぞ。
「あ、あと説明した通り二人一組でね。これが最重要だから。」
「はい!分かりました!」
「はい……」
「うん!それじゃあ頑張ってね!」
店長さんはそう言うと、別の人のところへ歩いていってしまった。
二人一組、というのはこのカフェの定めるコンセプトに則ったルールだ。そう、このメイド喫茶はただのメイド喫茶ではない。
「確か『百合』だったっけ?あんまりよく分かんないんだけど……」
そう、この店『ハナノサキ珈琲店』は、従業員であるメイドたち二人組が百合営業することで客を満足させる、いわゆる百合営業メイド喫茶とでも言うべきクソ店なのだ。
「戸国さん加萩さん、三番テーブルの注文お願いしまーす。」
「あ、はーい!行こ!」
無情にも私たちに仕事が割り振られ、鉛のように思い足を何とか動かして三番テーブルへと向かう。
以外にも人でごった返している店内を移動し三番テーブルに着くと、早速浮が笑顔で話し掛けた。
「ご主人様っ!ご注文はいかがなさいますか?」
「本職じゃん……」
「一応『バーメイド』だからね!」
メイドとバーメイドはほとんど別物だと思うが……まぁ本人が乗り気な分、私は何も話さずに済むからいいんだけど。
「あ、デュフ、その……この、『メイドさんのミルク、チョコフォンデュセット』をください……」
「商品名アウトだろこれ。」
「メイドさんのミルクチョコフォンデュセットですね。かしこまりましたっ!」
いやお前は普通に読むんかい。
「あ、あと……その、スマイル……」
「スマイル……ってなに?」
「笑顔を見せてくださいってこと。」
小中学生がナクドマルドでナッククルーによくやるやつな。実際目にしてみるとなかなか痛々しい……
「そんなことでいいの?はいっ!」
ペカー、と浮のとびきりの笑顔が炸裂する。
無邪気さと素直さの塊のような浮の笑顔は、眼前の男の邪な思いを吹き飛ばしてしまうほどだった。
「……良きかな。」
「ご注文以上でよろしいですか?」
「あ、はい。」
早く終わらせたい私はそこで注文を切り上げさせ、またもや人混みを掻き分け厨房へと戻った。
「三番テーブルミルクチョコフォンデュのセット一つでーす。」
「「「承知ッ!!」」」
客がメイドと触れ合う表とは打って変わって、裏の厨房は蒸し蒸しとした熱気に包まれている。
それもそのはず、むさ苦しい男どもが寄り集まって料理を作っているのだから。
『貴重な美人を裏にまで回す余裕はないからね。そちらはプロの方を呼んでやってもらってるよ。』
とは店長の言葉である。ある種客の信頼を裏切っているわけだが、私たちが作るより美味しい物が提供できるのは確かなので致し方の無いことだ。
「戸国さん加萩さん、六番テーブルにこれ持ってってー。」
「はーいっ!」
次の仕事は料理をテーブルに持っていくことだ。先程みたいにスマイルを頼まれる心配はないが、それ以上に厄介なことがある。
「えーっと……『愛情こめこめ美味しくなーれ、正しく王道オッ♡ムライス』だって。」
「いよいよ大丈夫かこの店。」
こちとら仮にも花の女子高生だぞ。なんてこと言わせようとしてんだあの変質者。
「それじゃあ行ってみよー!」
オムライスを持って進んでいく浮に着いていき、私たちは四番テーブルに到着する。
「おぉ、やっと来たでござるなぁ。」
「某、食にも愛にも飢えてしまったでござる……」
何言ってんだこいつ。
「お待たせしました!えーっと……オムライスです!」
名前忘れてゴリ押ししたよ。確かに長くて覚えにくいけども。
「デュフフ……解釈一致。」
「馬鹿な……清楚な子がえっちなことを言う無知シチュこそ至高だと言うのに……」
「お互い地雷じゃねぇか。」
「えーっと、これは愛情こめこめした方がいいのかな?」
浮が困ったように聞いてくる。いや知らん。
「宜しければ是非ともやって欲しいでござる。」
「おっけー!んっんっ、コホン。」
浮は一度咳払いをすると、その手でハートを作って動かした。
「美味しくなーれっ!萌え萌えきゅんっ!」
「「た、たはーっ!」」
彼らには『尊さ』という言語化不能のエネルギーをぶつけられているのであろう。幸せそうに驚く彼らを見て、私は思った。なんの茶番に付き合わされているんだ私は。
「そ、そちらのメイドさんも!宜しければ――」
「え?」
「なんでもござらんです。」
目に凄みを持たせて相手を一睨み。それだけで大抵の相手は大人しくなってくれるから、自分の目つきの悪さには感謝しかない。
「ツンデレメイドも揃えているとは……この店、なかなかやりますなぁ。」
「やりますねぇ。」
「浮、行こ。」
「うん!どうぞごゆっくりー!」
また変な注文をされない内に裏へと戻ろう。できるだけここの厄介な客層と関わるのは避けなければ。
「あ、戸国さんと加萩さん戻った?客席案内お願い出来るー?」
「あー……はい。」
私たちが裏に戻った直後、今度はまた新たな仕事を任されてしまった。
「尋ちゃん、客席案内ってなんだっけ?」
「今空いてるテーブルに入ってきたお客さんを案内することだよ。会話は浮に任せるから、私は空いてる席把握と案内だけしとく。」
「あいあいさー!」
そして私と浮は入口へと歩いて行き、そこで順番待ちをしている人々の行列の前に立った。
そして手始めにまず、先頭に立っている相手を席に送り届けようと――
「……は?」
「……」
ガシャン、と鉄が擦れる重々しい音を発して、全身プレートアーマーに身を包んだ客は私を見て硬直する。
プレートアーマー。しかもそれは見覚えのある……というか一回私が先日試着したことのある物だった。
「……おかえりくださいませご主人様。」
「尋ちゃん!?」
「おいちょっとツラ貸せ。」
「じ、尋ちゃーん!」
私の力ではプレートアーマーを引っ張ることは出来ないため本人に歩いて来て貰い、店裏まで連れて行って問い詰めた。
「なんで古舘がここにいるわけ?」
「いやそれウチのセリフなんやけど!?」
プレートアーマーの頭部を外した少女、古舘は顔を真っ赤にして吠える。
「新しくオープンする言うメイドカフェ行ったら性格悪めの友達と性格天使の友達がおるとか予想できるわけないやん!」
「浮のこと悪く言うなよ。」
「お前だが!?」
なんてったってまたこんな面倒な……寄りにもよって一番来て欲しくないやつが来てしまうだなんて。
「っていうか、なんでプレートアーマー?オシャレっちゃオシャレだけど、こういうとこには向かないでしょ。」
「いやどこにも向かへんやろこれ。……なんというか、その……な?メイドカフェ一人で行くとか、なんか恥ずいやん?」
モジモジしながら古舘が呟く。恥ずかしいなら来んなよ。
「いやでも!どうしても行きたかってん!分かる?可愛い女の子たちがイチャイチャしてんねんで!?」
「なんでそんな百合に目が無いんだお前は。」
「異性同士のカップリングは邪道やクソッタレぇぇ!!」
「怖っ。」
どうやら古舘は俗に言う『百合豚』というものなのだろう。私には分からないが、まぁ多様性だろう。
「戸国さん加萩さーん、早く戻ってー。」
「あ、マズい……はい、すぐ行きます。」
そういえば今は仕事中なんだ。早く戻らないと迷惑を掛けてしまう。
「とにかく、今はただでさえ混んでるだからプレートアーマーは脱いで。ちゃんとしたら服で来て。」
「これがちゃんとしてない服って自覚あったんか……」
「揚げ足取りは嫌い。」
「あ、はい……」
射殺すような目つきで古舘を睨み、私は踵を返して店内へと戻った。
時刻は十時四十分。終わりはまだまだ先である。
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