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月に祈る


 Side F


 どんなに叶わないとわかっていても、月が綺麗に見える夜は願い事をする。




これは幼い頃亡くなったお母さんのお母さん、つまり私にとっての祖母が私に教えてくれたおまじない。


幼稚園に入る前ぐらいの年だったか、祖母の家に一人で泊まると駄々をこねたことがあった。明るいうちは祖母と祖父と一緒にいても平気だった。しかし、辺りが夜の闇に包まれると不思議なもので大丈夫と思っていたお泊りが怖くなってしまったのだ。布団の中でポロポロと溢れる涙を堪え切れず泣いていた私に祖母は布団を抜け、カーテンを少し開けて「ふうちゃんの雨が止まりますように」と言った。祖母のそのやりとりが不思議で、布団にもぐっていた私は布団を抜け、夜空を見ている祖母の元にピッタリとくっつく。


「ね、おばあちゃん、さっきのなーに」


「お月様にね、願い事をしたんだよ。ふうちゃんも何か不安なことがあったらお月様にいってごらん。お月様はふうちゃんにおまじないをかけてくれるから」


祖母は私の頬を流れている涙を親指で拭いながら優しく、まるでおとぎ話を話すように優しく言った。祖母の言葉を聞いて少し目線を上げた先にある月を眺める。窓の外にある月はとてもきれいな満月で、今なら私の思いを月の魔法で溶かしてくれると思った。


「夜が、怖く、なりませんよーに」


「大丈夫、大丈夫、お月様はふうちゃんの願いを聞いてくれるから。また怖かったら、お月様におまじないかけてもらおっか。もう寝られるかい?」


「うん。お月様に願い事言ったからだいじょーぶ!」




 今になって思えば、幼い私を落ち着かせるために祖母が作った作り話。でもそれは幼い私にとっては夜が怖くならないきっかけになった特別な記憶で、大切なもの。もうすぐ高校に入学する私にとっておばあちゃんが私に残した不安を取るための大切なおまじない。私とおばあちゃんの二人しか知らない、秘密のおまじない。だから成長した今でも月が綺麗に見える夜に、縋ってしまう。祈ってしまう。叶わない願い事でもおばあちゃんの「大丈夫、大丈夫」という優しい口調が安心させてくれる気がして……。


「フラジールが少しでも軽くなりますように」





同じ月の下で、月に本音を零した人がいる。






 Side A


「月が、綺麗……。今日だけなら縋ってもいいよね」




 僕しかいない家の中でぽつりとこぼれた僕の言葉。


 いつもは母さんが家にいるけれど今日は夜勤なのか、いない。父さんはいつも朝早く仕事に行って仕事で帰りも遅い。


 ポールハンガーにかけてある真新しい高校の制服に月の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。ぼんやりと光の元である月を見てこれからやってくる高校生活に不安を抱く。



 僕は誰かに頼ることが苦手。誰かに心配、迷惑をかけてしまうことが嫌。それも、僕の発言で話の雰囲気を壊してしまうのが怖かった。


 きっと周りからはそんな風には感じていない、僕だけが気にしすぎているのかもしれない。そんなことはわかっている、わかっているんだけれどこの不安は僕の心に住み着いた。周りクラスメイトみたいなごく普通の当たり前のやり取りができなくなっていった。


 思い返せば中学に上がってからは親、友達、先生周りの顔色を窺って本音を言わなくなっていた気がする。周りに心配をかけないように心を偽って、作り笑いを張り付けた息苦しい生活を送っていた気がする。


 僕、いつから本音で話したっけ。本音でぶつかり合うことが今はとても怖い。


 でも、これからやってくる高校生活はこんな僕の嫌なところを治したい。治したいけれど、怖い。


 僕の持つもので、誰かを悲しませてしまうのなら、一人でいたいと思ってしまう。こんな苦しみを持つのは僕だけでいいと思ってしまう。




 今、誰もいない一人の今だけは素直になりたい。


「僕のフラジールを受け入れてくれる人がいたら、いいな」


 わがままだって、叶わない願いだってわかってる。それでも、その日は僕がそこにいていい理由がほしかった。こんな僕でも「大丈夫だよ」と一言言ってくれる人がいてほしかった。


二人の縋るようにして出た心の叫びは月だけが知っている。


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