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首都高夜話 1 ホトケのZ 1

作者: 坂上小千谷麻呂

たぶん、空想家として世に復帰するが、今回は書きなさいと言われているという「妄想」に取りつかれて書く。まあ、異常体調なのですぐ死ぬんじゃないですか?よってアンチの方はご安心ください。

 首都高に「湾岸線」というものがなかった時代にも、出力の大きい自動車のスピードに取りつかれる手合いはいた。日本の高度成長、並びに自動車産業の発達に比例して、警察や一般人のいうところの「暴走車」の世界もどんどん広がっていたのだ。

 だが、そんな世界について、例えば東名レースとか、語るのはよそう。

 身も蓋もないことを言うが、筆者はそんな世界の人間ではないから、めったなことは言えないのだ。正当な伝説を語る人間は他にいくらでもいるだろう。

 しかし、本流の人間が関知しない「こっそり走り屋」は存在するのである。そのなかでも、極めつけの何台何人かのホラ話は、「面白おかしい半端な伝説」として方々に流してもよいような気はする。

 そのトップバッターが「ホトケのZ」と呼ばれる初代のフェアレディZである。

 事の発端は、あるあくどい金満僧侶が、さる財閥の会長より相談を受けたことに始まる。昔の用語でいう「カーキチ」になってしまったばかりでなく、多少アクセルを踏みすぎる癖があるので、いつ死ぬやらわからんという、親たる会長の満身の期待のかかった「馬鹿」息子のことである。

 愛する息子、というばかりでなく、仕事も抜群に出来るので、死なれたらそういう意味での損失もはかり知れない、ということなのだが。はたして。

 相談料をつりあげる、という悪僧のセオリー通り、この梵脳寺観心という坊さんは大変難しい顔をした。大変むつかしい相談なので、ずいぶん高いもんにつきますよ、という、顔による予告である。ちなみになんと剣呑なことに、この会長は、ライバル会社の社長を呪い殺してくれ、という依頼をこの僧侶にしていた。

 もちろん偶然だが、このライバル会社の社長は心臓疾患で急死したため、観心は、ずいぶんお布施をもらったのである。いわば、リピーターの客、である。そういう意味でも財閥会長は足元を見られていた。

 「男の若者は馬鹿者、とか言いましてな。むろん、その馬鹿が良いのですがな。速度と暴力と女などといいまして、なかなか断ちがたきものでしてな。拙僧もそんな煩悩を持つ者として自分の未熟を日々恥じておりましてな」と言葉でもくどくどと高額の報酬を匂わせておいて、さっ、とあざとくもあざやかな救済の道を示すのであった。

 にがりきった会長が提供した一枚の写真、全損した愛車の高級外車の前でVサインをする息子の写真を、レントゲン写真を診る名外科医のようにすが目で眺めつつ、

「このような全損事故という仏罰に懲りないようになってしまっていては死ぬどころか地獄行きは必定でありましょうから拙僧が微力を尽くしましょう。と、いうことで拙僧のスポーツカーをお貸しいたす」

「お坊さんがスポーツカーに乗っていらっしゃる?」

もちろん、坊主丸儲けなどという税務関係の話など一切せず、いわんや、煩悩にまみれた欲得僧侶だなどとは言うはずがなく、

「これも若者と同じ煩悩の苦しみを分かち合い、ともに涅槃に行こうという菩薩行の一種でしてな、若者の心に近づける法楽の一種でしてな」

と、どんな仏教関係者が聞いても絶対に眉をひそめるような詭弁を展開した。

 会長としては不満である。

「しかし御坊、またスポーツカーなどに乗せてしまっては」

「100パーセントではないが、まあ大丈夫でしょうな。それにこのままでは事故死は確実ですぞ」

 で、この若者は免許を取って初めて「国産のスポーツカー、初代フェアレディZ」に乗ることになった。愛車は全損なので丁度良かったということもある。

 若者も不満である。

え、国産の?という態度をわずかに示したが、お坊さんの車という興味も手伝って乗ることになったのだった。

 三か月がたった。件の会長は、多少の不満と不審を持って生臭坊主と会ったのである。クレーム半分だったが。観心はなぜか余裕たっぷりだった。

「で、期待の息子はどうなりましたかな」

「どうなりましたかな。じゃあないですよ。あなたが貸した車にのめりこんでますます自動車狂です。どうしてくれるんです」

「いえいえ、それは想定内でしてな。説明申し上げるので、例の写真はご持参いただけましたかな」

「まあ、それは、もってい来ましたが。しかしこんなものが」

「まあ、そういわずに。拝見しましょう」

 それは二枚の写真だった。三か月前のその息子の写真と一週間前の息子の写真であった。

「どうですかな、二つ並べてみて、何か感じませんかな」

 さすがに会長をやるだけの男だった。いつも見慣れている息子の顔だが、三か月を隔てたその顔つきをあらためて比べてあっ、と思わず声を上げたのだ。

「御坊、これは」

「顔からぎらつきが取れておりましょう? 拙僧の格別の法力の現われでしてな。まあ、多少機械にも細工しましたがな」

「しかし御坊。ずいぶんあちこちで飛ばしてるようで、一つも安心できんのですが」

「まあ、さらにしばらく待つことですな」

なんとも要領を得ず、会長はその日は引き下がった。

そして事故は起きたのである。

会長はインチキ僧侶への抗議は当然後回しとして、病院に駆け付けた。が。

息子はぴんぴんしていた。無事だったのだ。

一通りの陳腐なやり取りの後、生還を果たしたその息子が妙なことを言い始めたのだった。

「ところで、親父、あの変な坊主は親父の差し金か?」

観心だった。息子の語るところによるとこうだった。

そのフェアレディZに乗り始めてからすぐに観心が現れ、整備のし忘れがあるから寺に来い、というのだった。寺で自動車の整備ができるのかと不審に思いながらも、そのZでボロボロの寺に共に行くと、多少時間がかかるので待て、という。退屈だろうから、これでも覚えておれ、と、渡されたのが「般若心経」だった。お経なんて、と思いはしたが、さらに速くなるまじないだから騙されたと思って覚えよという。

で、短いお経なので覚えてしまったということだった。

さらに観心が言うには、毎日乗れ、ノルマだ。そして乗った後走り出す前に「般若心経」を十回唱えろ。と言われ、なんだか抹香臭くて嫌だったが、これもお坊さんの車を借り受ける代金と、渋々ながらやったというのであった。

 インチキ観心への怒りは少し和らいだが、さらに和らいだのは、警察の説明を受けてからだった。と、いうのは、息子にとっては完全なもらい事故で、とんだ暴走のとばっちりでしたね、と同情されてしまったのだった。後ろからすごい勢いで追突されスピンし、クラッシュしたとのことだった。会長が息をのんだのは、御坊のZのすさまじい壊れ方だった。どうしてこれで息子が無事だったんだろうと思うくらい、ぐちゃぐちゃに壊れていた。警察や救急隊の不審とするところだった。

 ひとくさり語り終わって、息子はこう締めくくった。

「お経ってやつは不思議だなあと思ったよ。漢字で書かれているし。ホラ、高校の時やった漢文てやつだ。意味ある文章なんだろうけどな。お経を唱えている間は何というかな、頭の中は空っぽなのよ。最近はいつも車を走らせるときは俺は頭の中は空っぽだよ。今日も危ねえと思って夢中で操作したけどやっぱり頭の中は空っぽだったよ」

 病院からの帰り、あのZはもうなくなってしまったので、会長の社用車に息子は同乗した。ゆったりと走る、その高級車の横をすごい勢いでスポーツカーが追い抜いて行ったが、息子は独り言のように言うのだった。

「変なことを言うけどよ、車ってのは自分で速く走らせよう、と思っちまったらダメなのかもしれないなかえって遅くなるかも知らん」

会長はいたくその言葉を気に入ったが、変人坊主への車の弁償が多少気になり始めていた。

で、その息子は味をしめたのかしめないのか、そのフェアレディZを購入したが、すっかり飛ばすのをやめてしまったのだった。

 それから少したって会長室に仕事の報告書を持ってきた息子が思い出したように切り出したのだった。

「俺はやっぱりあの変な坊さんを恨むよ。確かにね、無のドライブ、なんて一見いいように思うけど、なんかね、違う。ギラギラしたものが無くなっちまってね。俺は今でも車は好きで、いつも乗ってるけど、俺っていったい何が楽しみで車乗ってんのかなって時々バカバカしくなってくるよ」

会長は苦笑いしていた。

「その変な坊さんのおかげでお前は死なずに済んでるんだ。忘れなさんな」

で、会長は自称大僧正梵能寺観心のもとにとんでもない額のお布施を持ってお礼に参上したとのことだった。

「御坊、この度はどうもありがとうございました。で、全損した車の件ですが」

観心はそこは僧侶らしくこだわりがなかったといいたいが。

「いえいえ、諸費用込みですのでお気遣いなく」

と言って当然なほどの高額お布施だった。


これまでの登場人物が全く知らないことではあるが。

急に速くなったフェアレディZは有名になっていた。

僧侶が所有、ということがどこかから漏れたらしく、ホトケのZ、と呼ばれるようになっていたとのことである。色々な怪情報が飛び交っているらしいが、それらの一々は、ひょっとしたら、一人もいないかもしれないこの稿の読者のほうがよく知っているかもしれない。

 前述のようにホトケのZは、この世から消えてしまっているのだが、ひょっとしたら、この二つ名を冠するにふさわしい変な初代フェアレディZが、あの妖僧によって造られ、どうしようもないメンヘラドライバーの「治療」に供されてどこかでこっそりと、あるいは邪魔なほどに堂々と走っているかもしれないということである。





 





今回はとりあえず。無事に終わり。携帯用の血圧計を忘れたので、今いくらあるのかわからず、残念です。最近交通事故の余波で上が210を記録したのでさらに上を狙っていきます。というのはもちろん冗談です。

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