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 紗良だけでなく、奈々まで殺された。

 もうこれは悪い夢だ。そうに違いない。こんな理不尽な事が起こるはずがない。そのうち目が覚めて、俺は旅館の一室にいるんだ。すぐそばの部屋に、紗良も奈々も穏やかに眠っていて、元気に目を覚ますはずなんだ。

 だが、俺のそんな願望とは真逆に、どんなに精神が昂っても夢から醒めるような感覚は少しもなかった。

 決まりだ。

 第三者がいる。

 誰かが影から俺たちを殺そうとしている。

 御崎さんと神宮さんより先に食堂から出た俺が辿り着いた時には、既に奈々は殺されていた。二人に奈々を殺すのは不可能だ。

 奈々は何か重要な事を知っているようだったが、紗良と同じように殺されてしまった。何を知っていたのか、もはや知る事は叶わない。


 ひとまず旅館に戻った俺は、神宮さんを見つけて思わずぎょっとした。

 神宮さんはその小さな身の丈よりも大きい薙刀を持っていた。

 

「柏木様! ……姫川様はいらっしゃいましたか……?」

「あの、神宮さん。その薙刀は……」

「……非常事態ですからね。いつ襲われるか分からないので、蔵から持ち出してきました。今でも稽古はつけてもらっていますから、お力になれるはずです」


 その薙刀で奈々を攻撃するつもりだろうことを想像すると、とても頼る気にはなれなかった。御崎さんも見つけてから、俺は二人に奈々が殺されていた事を伝えた。神宮さんは完全に奈々が犯人だと考えていたようで、驚きのあまりしばらく固まっていた。一方の御崎さんは多少驚いた様子は見せたものの、冷静な態度のまま「ふむ、そうなると……」とつぶやいた。

 ひとまず二人にも自分の目で事実を確かめてもらうため、俺たち三人は御神木の前へ向かった。そしてそこには、先ほどと変わらない苦悶の表情のまま、奈々が倒れていた。


「……確かに亡くなられてますね」


 御崎さんは奈々の脈を取り、それから開きっぱなしになっていた彼女の瞼を閉じさせた。


「……許せない」


 そう言ったのは、俺ではなく神宮さんだった。俺も御崎さんも神宮さんの方を振り向く。


「神聖なアシバリ様の領域で、殺人を犯すなんて……! 犯人には裁きが必要です!!」


 一瞬だけ紗良と奈々を悼んでくれたのかと思った俺は、その言葉を聞いて神宮さんに失望した。彼女はどこまでもアシバリ様への信仰心が全てらしい。

 その時、御崎さんが二回手を叩き、音を鳴らした。


「……犯人、というと、お二人とも。状況は理解できていますか?」

「……紗良と奈々が、俺の友達が二人も殺された。この近くに潜んでいる、誰かに……!!」


 怒りで歯を食いしばりながら、御崎さんの言葉に答える。しかし御崎さんは首を横に振った。


「上野さんと姫川さんが何者かに殺された。事実はここまでです。まだ第三者がいると決まったわけではありません」

「……は?」

「私と神宮さんに、姫川さんを殺すのは不可能でしょう。真っ先に彼女を追いかけた柏木さんが、姫川さんの遺体の第一発見者なんですから。でも、柏木さん。……あなたが彼女を見つけた時、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……お、俺が、奈々を殺したと……?」

「少なくとも、私と神宮さんからすると、柏木さんには彼女を殺せた――」

「ふざけんなっ!!!」


 御崎の言葉を遮り、俺は怒鳴り声を上げた。


「お前、さっきからなんなんだよっ!!! 紗良が、奈々が、殺されて一番悲しんで一番怒っているのは俺なのに……!!」

「私は事実を並べて可能性の話をしているだけですよ?」


 相変わらずの飄々とした雰囲気が俺の神経を逆撫でする。俺は無意識のうちに御崎に近づいて胸倉を掴んでいた。


「事実なんて見りゃ分かるだろ!!! この近くに潜んでいた第三者が、奈々を殺したんだ!!! ご丁寧に儀式みたいな殺し方で!!! まるでアシバリ様の信奉者みたいじゃないか、この殺人鬼は!! なあ、神宮さん!!」


 俺が御崎の胸倉を投げるように放して神宮さんを睨むと、彼女もまたこちらを睨み返した。


「……柏木様。私の誤解でなければ、貴方はアシバリ様とその信者に疑いをかけているようですが?」

「ああそうだよ!!! もしかしてあんたが第三者を匿ってるんじゃないか!? あんたと第三者は共犯で、アシバリ様に捧げる生贄として二人を殺したんだ……!!!」

「いい加減に、しろぉっ!!!」


 俺に負けないほどの声量で神宮さんは怒鳴り返し、手に持っていた薙刀を構えた。その表情には青筋が立っている。

 刃を向けられて、急速に俺の頭は冷えた。その刃は薄暗い夜でも光をよく集めるほどに磨かれていた。


「……犯人探しの前に、不届き者の処罰から始めねばならないようですね」

「……神宮さん」

「今謝れば、指一本で済ませましょう。抵抗すればその腕を」


 刃を突きつけられたまま、俺は固まっていた。

 神宮さんは犯人じゃないかもしれないし、共犯でもないかもしれないが、この場で最も危険なのは、人里離れた山奥で煮詰められたアシバリ様狂信者の彼女だ。

 ふと視線だけを御崎の方に向ける。

 あいつは驚くでもなく、笑うでもなく、ただ無表情にこの状況を眺めていた。助けてくれる気など毛頭ないらしい。

 俺は意を決して、手に持っていた懐中電灯代わりのスマホを神宮さんの顔に思い切り投げつけた。


「あ痛っ!!」

 

 スマホは狙い通り彼女の顔面に命中し、一瞬だけ彼女が怯む。その隙に俺は暗闇の中に逃げ出した。

 

 視界も覚束ない暗闇の山林を駆けながら、俺はこの場所に来た事を深く後悔した。何故よりにもよってこんな場所に来てしまったのか。ここでなければ、謎の殺人鬼に紗良と奈々が殺される事も、今みたいに狂信者に襲われる事もなかっただろう。どうしてこんなことになってしまったのか。

 夏の夜の山林を走るのはとても過酷で、やがて俺は息切れして足を止めて座り込んだ。汗まみれになった手や足に土がべっとりと付く。

 ふと後ろを振り向くと、遠くの木々の隙間から、白い光が見え隠れしていた。きっと神宮さんが灯りを持って俺を探しているんだ。

 このまま無事に逃げ切る事なんて出来るのか……?

 本来の逃げ道だった橋は夕方の落雷で崩落し、もはやまともな道は通っていない。地図としての役割がかろうじて期待できるスマホは投げ捨ててしまった。山の素人が夜の獣道を手探りで進んだところで、ロクな結果にはならないだろう。

 それなら、このまま山林の中で警察が来るのを待つのか……?

 警察は明日の朝には来ると神宮さんは言っていたが、本当に朝に警察は来るのか? 橋が落ちてしまっていては、警察だってまともな道は使えない。もしかしたら救助のためにヘリコプターが先行して来るのかもしれないが、ヘリコプターでは大した人数は来れないだろう。謎の殺人鬼と神宮さん、危険人物が二人もいるという事を、警察は知らないはずだ。

 それに、朝まで神宮さんから隠れ切る事なんて出来るのか……?

 神宮さんは今も灯りを付け、薙刀を持って俺を探している……。


 薙刀を持って襲い掛かってくる相手への攻撃は、正当防衛だろう。

 見上げた木の葉の隙間から覗き込む月光が、俺に攻撃的な発想をもたらした。

 人が二人も死んでいる異常事態で、薙刀を振り回して危害を加えてくるような奴だぞ。そんな奴、どんな目に遭わされたって文句は言えないはずだ。たとえ、正当防衛の末に殺してしまったとしても……、先に殺しに来たのはあっちじゃないか。殺さなければ殺されていたんだ。社会だって俺に同情するに決まっている。

 そうだ。殺さなきゃ、殺されるんだ。

 神宮さんを、アシバリ様への狂信で薙刀を振り回す狂人を、殺さなきゃ。そうじゃなきゃ、俺たちと同じような被害者がまた出てしまう……!!


 神宮さんが薙刀を持っているのに対して、こちらは素手だ。正面から出て行っても一方的に殺されるだけだ。だが、今に限っては俺に絶対的なアドバンテージがひとつある。俺は探される側だという事だ。

 神宮さんは俺を探すために懐中電灯か何かで灯りを点けている。あの灯りに照らされた瞬間、俺の居場所はバレ、追いかけられ薙刀に斬り伏せられるだろう。しかしあの灯りは、俺の居場所を明らかにする以上に神宮さんの居場所を明らかにしている。神宮さんの背後を取り、忍び寄って制圧出来れば、後は締め殺すも殴り殺すも思いのままだ。

 当然、余計な音を立てて気付かれるなんてヘマはするわけにいかない。幸いにも今は風が強く吹き、葉擦れの音に周囲が包まれている。俺はその音に紛れて神宮さんに接近した。大自然も俺の行動を肯定してくれているようで、ますます神宮さんを殺す決意が固くなった。

 だいぶ距離を詰めた事で、神宮さんの様子を仔細に観察できた。彼女は両手で薙刀を振り回すために、懐中電灯ではなくヘッドライトを灯りに選んだようだ。そのため、灯りが向いている方向イコール彼女が見ている方向だ。彼女の後ろには光はない。

 しかし、油断していると神宮さんは突然顔の向きを変えてきた。俺は身をかがめ、出来るだけ草木の陰に隠れた。そして風が強くなったタイミングで、彼女の後ろへ回り込む。さあ、もう十分近づいた。

 あとは、後ろから彼女を羽交い締めに――。


 突如、視界が傾いた。

 傾いたのは視界だけではなかった。身体全体が傾いた。次に視界に広がったのは、星空だった。先ほどまで木々に覆われほとんど見えていなかった、星空。

 俺は落ちていた。

 神宮さんの後ろを取ることに夢中で、進む先が断崖絶壁である事に気付かず、そのまま落ちてしまったのだ。

 状況を理解していくほどにじわじわと恐怖が身体を侵食していく。


「あ、あぅああ、あああああああぁぁぁあああああ!!!!!」


 やがて恐怖は身体全体を支配し、俺はもはや悲鳴を上げる事しか出来なかった。

 どうしてこんなこ――。

 

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