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視点が柏木くんに移ります。

 自分で自分の心が分からなくなっていた。

 紗良が死んだ?

 そんなはずがあるわけがない。だってほんの数時間前まで、俺と紗良と奈々の三人で、一緒に話をしていたじゃないか。

 だがそれなら、彼女はなぜ、どれだけ名前を呼んでも、どれだけ身体を揺すっても、返事どころか息ひとつしないのか。紗良はもう死んでしまったのか。もうしゃべってくれないのか。

 俺は自分が悲しんでいるのか、そうでないのか、よく分からなくなっている。悲しんでいるのなら、もっと涙が溢れるはずだ。怒っているのなら、もっと感情を昂らせているはずだ。

 ……怒る?

 一体何に、怒ると言うんだ?


「柏木様」


 若女将の神宮さんに名前を呼ばれ、ふと我に帰る。


「警察への通報は済ませました。やはり、橋が壊れているせいで陽が登るまでは来れないそうです」


 紗良を見つけてすぐ、神宮さんは警察に通報してくれていたようだったが、正直俺はその事をよく覚えていない。変わり果てた紗良の姿を見つけてから、思考がまったくまとまらなくなっていた。

 ふと視線を落とし、また紗良の顔を見つめる。彼女が最後に残した苦悶の表情を見ていると、俺はようやく涙が溢れ出した。頭が目の前の現実を受け入れ始めてきたようだ。瞳孔が開いたままになっている紗良の瞼をそっと閉じさせる。口元はよくみると、泡のようなものが残っていた。そして、首には何かで締め付けられたような跡が残っていた。

 これは――


「……祟られたんだ。紗良は、アシバリ様に祟り殺されたんだ」

 

 紗良を見つけて悲鳴を上げたきり、それまでずっと固まっていた奈々が震える声で言った。


「だって、ありえないじゃない。私たちが紗良を探しに行く時、ここに紗良はいなかったのよ……? それが、なんで、こんなところで……!!」


 奈々の言う通りだ。紗良はどうして、この玄関で死んでいたんだ?

 俺はてっきり、紗良は誰かと一緒に外に出かけ、そこで何かが起こり、行方不明になったのだと思っていた。だから屋外を探していたんだ。それが玄関で、死んでいるなんて……あまりにおかしい。

 奈々の言う通り、アシバリ様の祟りでこんな訳の分からない事が起きているのか?

 いや、祟りなんて、あるわけがない。神や信仰なんてものは、その土地の権力者が自分に都合の良い思想を流布して従わせるために作ったシステムに過ぎない。超常的な力なんて存在しない……!


「祟りなんかじゃない。……誰かが、人間が、紗良を殺したんだ」

「でも! 紗良がここにいるなんて絶対おかしい!! こんなの、神や悪魔の仕業としか思えない!!」

「きっとそれが犯人の狙いなんだ! 自分の罪を誤魔化そうとして……!」

「じゃあ犯人は誰!? 誰が紗良をここに移したって言うの!?」

「っ、それは……」

「二人とも、そこまでです」


 俺と奈々の口論に割って入ったのは、俺たちとは別の宿泊者だった。確か、御崎さんと呼ばれていたはず。


「……ひとまず、旅館の中に入りませんか。素人がご遺体の周りを荒らすべきではありません。警察の捜査の邪魔になります。一度部屋の中で、落ち着いてから話し合いませんか」


 御崎さんのその提案に応じ、俺と奈々、御崎さん、そして女将の神宮さんは旅館内の食堂に移動した。紗良を、玄関に残して……。

 食堂で俺たちは、それぞれの持っている情報を交換する事にした。お互いの身の潔白を証明するために。ただ結論から言うと、自分のアリバイを証明できる者は誰もいなかった。紗良が姿をくらました時、他の誰かと一緒にいた人間は一人もいなかった。みんながみんな、当時単独で行動をしていたのだ。


「つまり、アリバイを持つ者は誰もいないという事ですね……」

「……違う。私と真にはアリバイがある……!!」

「奈々?」


 御崎さんの出したひとまずの結論に、奈々が声を震わせながら食ってかかった。


「私と真は女将さんと一緒に玄関から出て、そして外にいる間ずっと一緒にいたわ。その間、一度も玄関に戻ってないの。でしょ、真?」

「……ああ、そうだ。俺と奈々は皆さんと合流するまで、玄関には行ってません」


 そうだ、その通りだ。俺と奈々は相互にアリバイを証明できた。俺は奈々を疑わなくていいんだ……!

 だが、御崎さんは表情を変えないまま、超然とした雰囲気の声で俺の希望を打ち砕いた。


「では、お二人が一緒にいた事、そして玄関に行っていない事を証明できる方はいますか? 神宮さん、どうでしょう」

「私はずっと一人で屋外を探していて、お二人が何処にいらしたかは――」

「何言ってんのよ? あんた」


 神宮さんの言葉を奈々が遮った。

 御崎さんはため息をつき、相変わらずの口調で言葉の意図を説明する。

 

「お二人が共犯だった場合、口裏を合わせてアリバイを偽証している可能性があります」

「……は? ……御崎さん、ふざけないでくださいよ」


 俺は思わず席から立ち上がっていた。


「俺も奈々も、紗良の友達なんですよ……? それが、紗良を殺したって言いたいんですか……?」

「私は可能性を検討しているに過ぎません。というか、赤の他人の私や神宮さんより、元から交流のあったお二人の方が動機を持ちうるのではないですか?」


 御崎さんの言葉に、俺は怒りのあまり「バン」と両手で机を叩いた。その音に奈々と神宮さんがビクリと驚く。一方、御崎さんは少しも動じず言葉を続ける。


「私が言いたいのはただ一つ。誰にもアリバイなんてものはないんです。私もあなたも姫川さんも神宮さんも、みな平等に犯人の可能性があるという事です」


 人間味を感じさせない御崎さんに、俺は食ってかかった。

 

「平等……? ……違うな。俺からすれば、一番怪しいのはあんただ、御崎さん。あんたは部屋で寝ていたそうだが、実はあんたが紗良を外に連れ出したんじゃないか? そして恐らく最後に玄関を通ったのもあんただ。あんたなら俺たちや神宮さんが旅館に戻る前に、紗良を殺して玄関に置き去りにできる……!」

「だから私も犯人の可能性があると言っているでしょう。それに、何故私が上野さんを殺すんです? 何故私がわざわざ上野さんの死体を玄関になんか置くんです?」

「っ、それは……」


 感情的になり、御崎さんに思っていた疑念をぶちまけたが、御崎さんがそんな事をする理由を俺はまるで想像できなかった。だから俺はそれ以上御崎さんに反論できなかった。

 俺が黙っていると、御崎さんは目を伏せてため息をついた。


「……失礼、私も少々熱くなっていたかもしれません。……この事件は分からないことが多すぎます。今ある情報では容疑者を絞ることはできません。そもそも、犯人がこの中にいない可能性だってあります」

「御崎様、それはどういうことでしょう?」


 御崎さんの発言に、神宮さんから質問がこぼれた。


「ここにはいない誰かが上野さんを殺した、という事です」

「……まさかアシバリ様が祟り殺したとでも?」

「もしかしたらそうかも知れませんが、この中の誰でもない、第三者がこの近くに潜んでいるのではないか、私はそう考えています」

「やっぱり、アシバリ様の祟りなんだわ……! 悪い神に殺されてしまったのよ……!!」


 そう言った奈々を神宮さんが睨みつけた。それまで信心深くも柔らかい雰囲気の人だと思っていた神宮さんの怒りの籠った眼差しに、直接睨まれたわけでもないのに俺は慄いてしまった。


「……聞き捨てなりません。アシバリ様を侮辱するのですか? 姫川様、訂正してください」

「何よ、違うって言うの!?」

「アシバリ様は理由もなく命を奪うような神ではありません。悪神などという誹りは取り消してください。それに、アシバリ様ではなく第三者が犯人というのが御崎様の考えだったはずです」

「第三者なんて本当にいると思ってるの!? わざわざこんな山奥に隠れ潜んで、見ず知らずの紗良を殺して玄関に移動させるような殺人鬼が! そんなやつ、いるわけがない!! それに、紗良が玄関にいるはずがないのよ!! こんなの、悪霊か何かの仕業に決まってるでしょ!!」

「姫川様!!!」


 奈々と神宮さんの二人が、凄い剣幕で怒鳴りあう。その時俺は、二人を止めようとするより先に、奈々の言葉が頭に引っかかってしまった。その引っかかった言葉を自分の口で復唱する。


「玄関にいるはずがない……?」


 俺のつぶやきに反応して、部屋にいた他の三人全員が俺の方を振り向いた。俺は奈々の方に視線を向ける。


「奈々、どういうことだ? 玄関にいるはずがないって。それじゃ、まるで……」


 そこまで言ったところで、俺は言葉を止めた。続きは、奈々が自分で言うか、もしくは否定してほしかった。俺は、これ以上踏み込むことを恐れてしまった。奈々は俺から視線を逸らし、何も言おうとはしない。代わりに御崎さんが口を開いた。


「まるで、どこか別の場所にいるはずだったと言いたそうな口振りですね? 姫川さん」


 全員の視線が今度は奈々に注がれる。

 俺は今、頭の中で想像している仮説が真実であってほしくない。なのに、言葉にしてそれを確かめずにはいられなかった。


「なあ、奈々。紗良が行方不明になる前、確かお前が先に俺の部屋から出て行ったよな。その後に紗良も部屋から出て行ったんだ。部屋に戻ってきたお前は、紗良には会わなかったと言っていたけど……本当に、紗良とは会っていないのか?」


 奈々は何も答えようとしなかった。

 ただ彼女はその場でみるみる顔色を悪くし、脂汗を流すだけだった。

 突然、奈々は駆け出し、部屋から飛び出した。部屋の出入り口のすぐそばにあった一メートルほどの観葉植物が倒され、出入り口を塞ぐ。


「奈々!!」


 俺は倒された観葉植物を飛び越え、奈々の後を追おうとした。奈々は手当たり次第に近くの物を散らかしながら逃げていて、床には割れた花瓶の破片が散らばっていた。それに気付いた俺は、靴下越しにそれを踏む事を恐れ、咄嗟に足を止めてしまった。その間に奈々は別の部屋の縁側から外に逃げ出してしまった。

 状況からして、奈々が紗良を殺した――少なくとも、何か事情を知っているのは明らかだった。奈々から話を聞かないわけにはいかない。聞かずにはいられない。俺を呼び止める神宮さんの声が聞こえたが、それを無視して俺は外に奈々を探しに行った。

 探し始めてから奈々を見つけるまで、そう時間はかからなかった。奈々は旅館の建物の裏、大きな御神木の前にいた。

 いいや。横たわっていた。

 横たわる奈々の周りには、円を描くように花が置かれていた。それはまるで、神に生け贄を捧げる儀式のようだった。

 中心にいる奈々の首には紗良と同じく何かに絞められたような後があり、そしてまた口元に泡を残して苦悶の表情のまま動かなくなっていた。


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