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「いや、素晴らしい」若月が顎の前で、両手を二三度打ち鳴らした。
「そうか」ウェイターも閃いたらしかった。「警備員は新人だったから、銀行関係者のほとんどがまだ顔を覚えていなかった。『犯人』が逃走用の車を要求しに外に出ても、短時間では『人質』が偽物だと気づく人は現れなかった」
「そう」今度は若月が落ち着き払って言う。「それに経験の浅い警備員のことだ。刃物で脅迫されたとき、自分が犯人の振りをして車で逃亡する際、現場から少しでも離れれば、もはや要求通り動く必要などない、なんてことまで頭が回らなかった。
犯人から遠ざかればもう、命が危険にさらされるわけはないのにね。一から十まで言われた通りにする、いかにも新人らしい仕事の仕方だよ」
「犯人に化けた警備員が」とウェイター。「空の鞄を持って逃走する隙に」
これに仕上げのようにして、若月が言葉を継ぎ足す。「犯人は正面からか裏口からか、まんまと行方をくらました。『騒ぎに乗じて』とするなら、若干雑な気はするがね。まあ、田切くんにしてはそこそこの出来だろう」