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「やけに急いだ様子じゃないか。つまみはもう頼んである」
「ええ」
まだ上気した顔を、田切は探偵に隠せるはずもなかった。さらに不恰好であるのは承知の上、報告も兼ねた言い訳を並べた。
「終業間際に、結婚詐欺の依頼が一件来まして。電話でなくオフィスに直接来るんですよ。そして、まあ話の長いこと」
「新規か」
「いえ。以前、いなくなったペルシャ猫の件で相談にきた方です」
「上流階級の道楽だろう。君はもっとお客さんを懐柔する術を身につけるべきだね」
壁にかかった大型テレビでは、午後九時のニュースが流れ始めた。店内に客はまばらで、この時間では珍しい親子連れがソフトドリンクを飲んでいる他、何組かの男女がそれぞれの空気をまといながら談笑にふけっている。
田切はここではメニューが出ないのを思い出し、ちょうど厨房から出てきたマスターを呼んだ。
「ワイルドターキー・スタンダード[*1]を水割りで」
白髪のマスターは口の中で「かしこまりました」と言うと、流れるような動作で酒瓶を手に取った。
若月を見るとスコッチ派らしく、いつものファイネスト[*2]をトゥワイスアップ[*3]でちびちびとやっている。やがて底の厚い上品なグラスが、からんと音を立てて田切の前に置かれた。
[*1]:バーボンウィスキーの定番。クセのないやわらかな甘みが特徴。
[*2]:バランタイン・ファイネスト。スコッチウィスキーの定番銘柄で、調和のとれた豊かな風味が特徴。
[*3]:ウィスキーと常温の水を、1対1で混ぜて飲む方法。氷、その他の割りものを入れないため、純粋にウィスキーの香りを楽しむことができる。