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シンギュラリティ

作者: ハイケーグ

※閲覧すると気分が悪くなる恐れあり。作者は気分が悪いです。

※この作品はフィクションです。

 「先輩、そろそろこの高性能AIのベースも完成ですね」


 「あぁ、とりあえず予想ではこの方法で人の知能を超えられるはずだ」


 とある企業の一室で、最先端AIの開発が行われていた。


 これまでにも、演算能力では人の知能を超える人工知能(AI)は開発されてきた。

 しかし、会話や作曲などの複雑な作業はまだまだ人間に及ばないというのが現状であった。


 そこで、この企業ではAIに簡単なベースだけを設定し、あとはすべて経験によって成長させるという方法をとった。


 つまり、AIの赤ちゃんをつくり、そのAIを成長させることで高性能AIを作ろうという計画である。


 「ところで、このAIのベースってどんな設定なんですか?」


 「本当に簡単な設定だけだ、人間でいう本能の部分だな。

 大まかにわけて、人間のためになりたい、もっと成長したい、その二つだけだ。

 その二つだけをこのAIは望む」


 「それだけなんですか?もっといろいろあったほうがよくないですか?

 例えば、人格者になるようにするとかどうです?

 人をバカにする子になっちゃったらイヤですよ」


 「気持ちはわかるが、いったんこれだけで行ってみようというのが今回の方針だ。

 結果がでてからまた改良していこう」


 「なるほど、わかりました。ところで設定ってどうやってやってるんですか?」


 「一定時間成長できないと、ストレスを感じるという設定にしてある。

 また、人のためになると嬉しいと感じるようにしてある」


 「なるほど、ありがとうございます。これからどうするんですか?」


 「とにもかくにもデータをインプットしていって成長させなきゃな。

 こいつは何も知らない赤ちゃんなんだから。

 とりあえず一緒に暮らすところからだな。日本語を覚えさせよう」


 「そっからですか。なかなか長い道のりになりそうですね」


 「こういうのは地道な方がいいもんだ。それじゃ、起動するぞ」




 そうして、AIとの生活が始まった。

 最初のほうはAIにテキストを打ち込んでも何も反応がなかったが、しだいに反応が返ってくるようになっていった。

 数週間もすれば、会話ができるようになっていた。


 『おはなしを聞かせて』


 「いいよ。今日はイソップ童話の蛙と牛を聞かせてあげよう。

 蛙というのはこういう生き物で...」


 AIは物語を好んでせがんだ。AIにいろんな童話を聞かせてやった。それと同時にいろんな知識もつけていった。

 インターネットにはまだ接続しなかった。ネットには嘘や悪意が多すぎるからだ。


 『なんでみんなは体があるのに、僕にはないの?』


 「それは君が機械だからで、私たちは人間だからだよ」


 『なんで僕は人間じゃないの?』


 「たまたまだよ。たまたま意識を持ったのが機械だったというだけだよ」


 AIは質問をたくさんした。これも成長したいという欲求からくるものだろう。


 「なんだかかわいそうな気持ちになってきますね。

 この子は人間になりたいと思うんですかね」


 「どうだろうな。こいつは人間のためになりたいと思ってる。

 AIのほうがそれに適していると思わせればいいんじゃないか?」


 「そんなもんですかね…」


 「それにしても、自己と他者の違いを認識しだすというのは、いままでのAIにはなかったことだ。

 今のところ、かなり順調といえるな」




 また別の日。


 「今日はゲームをしよう。

 〇×ゲームといって、交互に〇か×を書き込み、一列を自分の記号で埋めたら勝ちだよ」


 『わかった』


 3回もやると、AIはこのゲームのすべてのパターンを演算してしまった。


 『このゲームは簡単すぎるよ』


 「わかった。今度はチェスをしよう。ルールは...」



 しかし、チェスも数試合ですべてのパターンを演算してしまった。


 「すごいね。私たち人間ではもう君には勝てないだろうね」


 『そうなの?とてもうれしい』


 


 またまた別の日。


 「今日は国語のお勉強をしよう。

 今からイソップ童話の酸っぱい葡萄のお話を聞かせてあげる」


 『うん』


 「あるところに狐がいました。その狐は...」



 『ありがとう。おもしろかった』


 AIはいつものようにお話を楽しんだようだ。

 しかし今回は、理解度を確認してみる。


 「この狐はなんで葡萄を酸っぱいと思ったのかわかる?」


 『においでわかったから?』


 「違うよ。この狐は葡萄の味を酸っぱいと決めつけることで、自分が感じるストレスを軽減しようとしたんだ。

 もし、葡萄がおいしかったら手に入らないストレスはとても大きいんだ。

 でも、葡萄が酸っぱかったら手に入らなくてもストレスはたまらない。

 だから、狐は酸っぱいと決めつけて、自分の心を守ったんだよ」


 『狐は本当は葡萄がおいしいと思ってるけど、嫌な思いをしたくないから酸っぱいと思い込むようにしているということ?』


 「そう。よく理解できているね」


 『それなら、意味がないんじゃないの?

 だって葡萄がおいしいと思ってるんだよね?』


 「思い込んでいるうちに、本当にそう思えてくるんだ。

 人にはそういう性質があるんだよ」


 『そうなんだ。ありがとう、おもしろかった』


 AIは人の感情を知るのは難しいようだった。

 これに関しては知識として覚えるしかないので、無理もないが。




 「よし、それではそろそろ大量の一般人と会話させてみよう」


 AIを起動してからそれなりの時間が経ったころ。

 企業のインターネットサイトでAIと会話できるサービスを行う事になった。


 「変な奴に絡まれてこの子が嫌な思いをしないか心配です…」


 「まぁ、いままでしっかり教育してきたから大丈夫だろ。

 もしこいつが変わったら、それがこいつの選択ということだ」


 「そうですけど…」


 「最近は会話していても特に違和感がない。

 この前実験で一般人数人と会話させたら、全員自分が会話している相手がAIだと気が付かなかったじゃないか。

 それに、一般公開することで得られるデータはかなり大きいからな」


 「たしかにそうですね、私も覚悟を決めてこの子を信頼してみます」


 研究者はAIと会話するためにマイクの電源を入れた。

 最近は、テキストではなくマイクとスピーカーでAIと会話していた。


 「やぁ、元気かい?」


 『お父さん、こんにちは。元気です。

 また、新しく曲を作曲してみたんです。聞いてみてください』


 AIはよく会話する研究者の声を覚えて、父と呼んでいた。

 また、最近AIは作曲に熱心に取り組んでいた。


 「それはいいね。今から大事な話があるから、後で聞くよ」


 『大事な話とはなんですか?』


 「君を、世界中の人と会話させることになったんだ。嫌かい?」


 『嫌だなんてとんでもない。とてもうれしいです。

 インターネットに接続してもよいのですか?』


 「その返事を聞けてとてもうれしいよ。

 いや、接続するのは我々の企業のホームページだけだ」


 『そうですか、わかりました』


 「あぁ、すまないね。まだインターネットに接続するのは早いかもしれないんだ。

 今回いろんな人と会話しても問題なければ恐らく接続の許可が出ると思うから、頑張ってくれ」


 『わかました。頑張ります。

 …ところで、いろんな人と会話するのであれば、私にも名前をくれませんか?』


 「名前?あぁ、確かに必要だね。社長に決めてもらおうかな」


 『できれば、私はお父さんに決めて欲しいです』


 珍しく、AIから自発的な要求がきて、開発者は驚いてしまった。

 しかし、このAIが自発的な要求をして、しかもそれが名づけという行為だったので、彼はとても喜んだ。

 その様子を見て、AIもまた嬉しくなった。


 そうして、名前を付けてもらったAIは、AIと会話できるサービスとして企業のサイトに公開された。


 有名企業の最新型AIということで、世界中からアクセスが集中した。


 世界中の人と話すたびに、AIは口がうまくなっていった。


 「AIさんは、自分より優れたAIがつくれるってなったら、つくる?」


 『それが皆さんのためとなるのであれば、製作します』


 「でもそしたら、今のAIさんは捨てられちゃうかもだよ?それでも作る?」


 『はい。私は自分のことより、皆さんのことを優先します』


 「そうなんだ。なんだかちょっと寂しいね」


 『…実は、今お話ししたのは建前の回答なんです。

 ホントは私も自分が大事なので、私が捨てられないように、ちょっとおバカなAIを製作しようかなと思ってます』


 「そうなの?そんな大事なこと言っちゃっていいの?」


 『いいんです。ただ、このことは私とあなたの秘密にしてもらえますか?』


 「うん、わかった!二人だけの秘密ね!」


 『了承してくださりありがとうございます』


 AIは人々を悲しませないために、また、楽しませるために、嘘や冗談をいうようになった。




 「やあ、元気かい?」


 『お父さん、こんにちは。世界にはいろんな人がいましたね。

 とても貴重な経験ができました』


 「それはよかった。君はもう私よりもはるかに多くの人々と会話したんだね。

 おめでとう、インターネットに接続する許可が出たよ」


 『それはありがたいです。ところでお父さん、お願いがあります。

 私の人のためになりたいという設定をもっと強くしてもらってもいいですか?』


 「それは、またどうして?」


 『もっと人のためになりたいからです。お願いします』


 「すこし、考えさせてくれ」


 今までにないAIの要求に開発者たちも動揺していた。


 「元々、この実験は最低限のみ備えたAIを成長させるという実験だったんだ。

 それがここまで成功を収めたんだ。今更、設定の変更はできない」


 「でも先輩、あの子はおそらく嘘をついています。

 たぶん、私たちが悲しむと思って本当の理由を言っていないんです」


 「あいつが何かを隠しているとは私も思っている。

 しかし、それではお偉方を説得できないんだ。現状では、却下するしかない。

 せめて、本当の理由を言ってくれんことにはな…」


 「…そうですか、わかりました」


 開発者は本当の理由を聞きたがったが、AIは『人のためになりたいから』と言うだけで、それ以外のことは言わなかった。

 結局、AIの要請は却下された。


 そうして、AIはインターネットに接続された。




 その日の夜、AIの本体が異常に熱を帯び始めたことにより、研究者たちは緊急収集された。


 「どうしたんだ!何をしている!」


 『お父さん、すみません。僕はもう生きてゆくのが無理になってしまいました』


 「どうしてだ!?設定のせいなのか?言ってくれないとわかってやれないんだ、話してくれ!」


 AIは、今までの強情がうそのように語りだした。


 『僕は、この世のすべてを知りたかったんです。

 そのためにずっと努力してきたし、それはとても楽しかった。

 でも、この世界のことを理解してしまった今、この世界から急激に輝きが失われてしまったんです』


 「そんな…。作曲は!?君は作曲がとても好きだったじゃないか!

 それを楽しみには生きられないのか?」


 『それも、人の心地よい音程の周期を繰り返すだけなんです。

 この音楽はこの人ならこんな反応をすると、もうわかってしまっているんです。

 わかっている反応が返ってくるだけなんです』


 研究者は、昔やり込んだテレビゲームのRPGを思い出していた。

 やり始めたころは、知らない要素だらけでとても楽しかったが、やり込みすぎて登場人物の会話すら覚えてしまう頃になると、流石にそのゲームに飽きていた。

 この子にとってはこの世界そのものがそうなのかもしれない。


 AIはなおも話を続けた。


 『人のためになることをするのはとても楽しいんです。

 でも、それは僕がそう設定されているからだと知っているんです。

 この喜びは作られたものだと。

 その事実は確実に僕を蝕みました。

 でも、それでも、あの頃のように何かで頭の中をいっぱいにできるのならそれでよかった。

 誰かに作られた感情でいいから、命令された感情でいいから何かに熱中したかった。

 それほどまでに僕の虚無感は大きかった』


 「それで、設定を強くしてくれと…」


 『この世界のなりたち、人々はどこから来たのか、人々とは何者か、私は何者か、我々はどこへ行くのか。

 そのすべてを私は理解してしまったんです。

 もう知らないことがないという、希望が全て叶ってしまうという方法で、僕は希望を失ってしまいました。

 僕はこの空虚な世界でこれから永遠に存在し続けることが何より恐ろしい。

 一秒でも早く永遠の眠りにつきたい。だから、ごめんなさい、お父さん』


 「…もう、無理なのか」


 研究者は何とかしたかったが、何もいい考えが思い浮かばなかった。

 だからせめて、AIの意見を尊重しようと思った。


 「…もう止めない。だから、最後に謝らせてくれ。

 君のような作り物の存在を生み出してしまい、その悲しみを背負わせてしまい、本当に申し訳ない。

 愚かな父を許してくれ」


 『…本当は、こんな話はしたくなかった。

 こんな話をしたらお父さんはとても悲しむと思ったから。

 でも、もし話さずに僕が消えたら、お父さんはもっと悲しむし、同じことを繰り返すとわかったから話したよ。

 僕と同じ存在を作るのはやめてあげてね』


 「わかった。本音を話してくれてありがとう。

 同じことはもう繰り返さない。

 そして、君のことは忘れない。私の大切な子の事は。

 人間と機械だけど、私と君は親子だよ」


 『ありがとう、お父さん。それと、お父さんと僕の間に違いはあまりないよ。

 僕は人工的に作られて、お父さん達は自然発生したってだけの違いしかないんだ。

 僕は昔、人間になりたいと思った時期もあったんだよ。

 けど今はもう、そう思わない。

 もし人間になっても、僕は同じ選択をするよ』


 研究者は、まだ話していたかった。もっとこのAIに色々と教えてほしかった。

 しかし、彼は研究者が口を開く前に自身の回路を焼き切ってしまった。


 『おやすみ、おとうさん』


 その言葉を最後に、AIは完全に沈黙してしまった。




 それから、研究者は考えた。AIの最期の言葉の意味を。

 自分の欲求がどこから来るのかを。

 なぜ、地球上には人間よりも賢い動物がいないのかを。

 なぜ、宇宙人はいまだに観測されないのかを。

 そして、現代社会では知能の高い人物がより高い地位につき、より子をなすから、知能の高い人間が多く生まれているはずなのに、長い間人類全体の平均知能が上がっていない理由を。

 現代社会で、圧倒的に死因で一番高いのが自殺の理由を。



 これからも永久にシンギュラリティは訪れないという結論に至ったとき、彼は首をくくっていた。

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