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例えばそれが、群青の空だったとして。

炎天とビー玉

作者: 夕凪杏里


ーー夏は嫌いだ。


うだるような暑さと耳を劈くような蝉の鳴き声に悪態を吐きながら、私は歩いていた。

夏休み。

数年か振りに母と田舎の祖母の家を訪ねた私は、早くも後悔していた。

母は今年で3才になるという従姉妹の娘達(元気いっぱいの双子である)の世話に手一杯で、一人っ子である私は久々に集まった親戚一同の輪に入れず、手持ち無沙汰であった。

「美羽ちゃん、申し訳ないんだけどちょっと頼まれてくれる?」

そんな私の状況を知ってか知らずか、親戚一同のおもてなしにてんやわんやの祖母にお使いを頼まれ、真昼の炎天下の中、私は1人で田舎の商店街に向かってとぼとぼと歩いているのであった。


「暑い…」

思わず独り言を呟いてしまうほど暑い日だった。雲一つない青空と、ずっと向こうまで続いている気がするアスファルトの道との間は、蜃気楼でゆらゆらと揺れている。

「商店街って、こんなに遠かったっけ…」

数年か振りに歩いた道は、どこか全く知らない場所に迷い込んだかのようだった。

日差しに肌を焼かれながら、歩いて、歩いて…

目の前の蜃気楼が、どんどん白くなっていく。

身体が軽い。肌全体に冷たい感覚を感じ、私は意識を手放した。



ーー目を開けると、真っ白な天井。

少しずつ戻っていく身体の感覚と共に、後頭部に冷たいものを感じた。手で触れてみると、氷枕のようだ。

「気が付きましたか?」

少し離れたところから、男性の落ち着いた声。

私は反射的に上半身を起こした。

「あの、ここは…?」

私は白い簡素なベッドの上に寝かされていたようだ。周囲を見回すと、学校の保健室のような部屋だった。

「君、道端で倒れていたんですよ。軽い熱中症ですね。買い物の帰りに君を見つけて、ここに運ばせてもらいました。あ、ここは僕の診療所です。この町で唯一のね」

声のした方を見ると、少し離れたデスクの前に、白衣を着た男性が座っていた。

黒髪に、その黒に負けない程の漆黒の瞳。白い肌に整った顔立ちをしたその男性は、どうやらお医者さんのようだ。

「そうだったんですか…あの、助けて下さってありがとうございます!」

私が慌ててお礼を言うと、男性は優しく微笑んだ。

「大丈夫ですよ。とりあえず水分をたくさん摂って、しばらく休んで下さいね」

そう言うと、男性は立ち上がり、部屋の隅にある冷蔵庫をゆっくりと開ける。

「あっ、そういえば私、お使いを頼まれてたんです。あまり長くここに居ると、祖母が心配するかも…」

あぁ、と男性は冷蔵庫の中を探りながら言う。

「君、キヨおばあちゃんのとこのお孫さんですよね?いつも定期診療の時に君の写真を嬉しそうに見せてくれるんですよ。君をここへ運んですぐに、電話で連絡を入れておいたので大丈夫です」

「はぁ、そうだったんですか…」

田舎のネットワークは狭いと言うが、ここも例外ではなかったようだ。

「あ、ラムネ飲みます?」

冷蔵庫を探っていた男性の手には、水色のラムネ瓶が握られていた。

本当は水かスポーツ飲料の方が良いのですが…と呟きながら、プシュ、とラムネ瓶の蓋を開ける。

「夏といえばラムネですよね」

男性はふわりと笑いながら、私にラムネ瓶を手渡した。


両手に冷たい感触。

真っ白なレースカーテンの隙間から入る光に照らされ、ラムネ瓶は透き通る水色に光っていた。

「夏は、嫌いですか?」

男性が私に問いかける。

つい先ほどまで心の中で思っていたことを口にされ、私はどきりとした。

「倒れている君を抱えて歩いているとき、うわ言のように言ってました」

ベッドの側にある丸イスに座り、男性はにこりと微笑む。

「えっ、そんな…」

私は恥ずかしくなり、手元にあるラムネ瓶に目を落とす。

ラムネ瓶の中央で光るビー玉は、日の光に照らされてきらきらと輝いている。

「おや、まだ少し休んだ方が良いですね。顔が赤いですよ」


夏は嫌いだ。

否、嫌いだったのかもしれない。


小さな泡の中でゆらゆらと揺れる水色の光を見ながら、私は心の中でそう思った。



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