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9.悪役令嬢は静かに笑う

【リューディア】


「いいかおりゅう、ワシの家で……ああいや、ここからじゃ道が分からんか……、うん、いい、ここで待っておれ、な?」


 忙しなくお絹さんに猪の肉を渡して、それからフーガは何か慌てたようにわたくしに言う。わたくしを祓う為に何か準備が必要なのだろう。わたくしは抵抗もせずに頷いた。


「決してここからいなくなるなよ?すぐ戻るでな!」


 そう告げて、フーガは飛ぶように駆けていく。わたくしはフーガの背をただ見送った。きっとわたくしがこの国に辿り着いたのは、フーガに祓ってもらうためでしたのね。最後の最後に恋も知ることができて、もう思い残すことはございませんわ。


「はれ、天狗様、もうおらなんだか」


 ……いえ、一つありました。


 わたくしが祓われる前に、どうにかしてフーガにお嫁さんを迎え入れなければ。特大の心残りですわ。


「こんに立派な山鯨を……、ああ天狗様、ありがたやありがたや」


「おっかあ、まだそう動いちゃならんて。天狗様も言うとったべ」


 乾いた草で出来たお家の中を覗き込むと、お絹さんとお母様が寄り添っていた。丸い土の穴に、火が燃えている。その上ではくつくつと鍋が煮えていた。ここはキッチンのようだ。


「天狗様、明日も来て下さるんべか」


 おキヌさんが微笑みながら鍋を見ている。これは脈有りではございませんの?フーガが緊張に負けて逃げてしまわぬようにしっかりと見守らないといけませんわ。


『そういえば、フーガはフーガという名前だとおキヌさんに名乗っておりませんでしたわねぇ』


 ふわふわと宙を泳ぎながら、わたくしは頬杖をついた。おキヌさんはお母様を板の間のお部屋に連れて行っている。もこもこした上着をお母様に着せて、それからまたここへ帰ってきた。


「もうすぐ煮えるからな、あったかくしててくんろ」


「すまないねぇ、お絹」


 おキヌさんはお母様に大丈夫と答えて、キッチンに向かう。わたくしはおキヌさんのそばへ寄った。おキヌさんは木の大きな匙で鍋を掻き混ぜながら、ぽつりと呟く。


「天狗様、せめておっかあが元気になるまで待ってくんろ……」


『え?』


 悲痛さすら漂わせたおキヌさんの言葉に、わたくしは首を傾げた。もしかしてもう、お嫁さんになる覚悟をしていらっしゃるのかしら?フーガの様子からして、全くそんな素振りを見せていなかったように思うけれど……。


「おらが天狗様の贄になるんなら、きっとおっかあにもご利益あるべえなぁ……」


『にえ?……えっ?』


「よし。煮えたぞ、おっかあ。たんと食べてくんろ」


 生贄に?おキヌさんが、天狗……フーガの?えっ、何がどうしてそんな誤解をしておられるの?フーガ、そんな解釈をされるようなことを言っていたかしら?


 そう思って、わたくしは必死におキヌさんとフーガの会話を思い出す。いいえ、道中ではフーガは緊張しきりで生贄などという物騒なお話にはなっていなかった。こちらへ来てから?…………あ!



 ────天狗様は万病に効く薬をお持ちじゃありませんか!どうか譲ってくんなまし!私の身はどうなろうと構やしませんから!



 最初におキヌさんが訪ねていらした時!ああ、おっしゃっていたわ!おキヌさんご自身が、お薬の代わりに身を捧げると!

 そうでしたわ。それで、フーガは死ぬ覚悟をした女性を嫁にしたくないと言っていたのでしたわね。落ち込むフーガを、ノワが元気づけたのですわ。死ぬ覚悟を持っていたとしても、フーガがきちんとお話をして安心させろ、と。


 ……ええ。きちんとお話できてませんわよね、フーガ。


 ということは、おキヌさんは今も、フーガに殺されると思っていらっしゃる?お母様を治療する代わりに、命を捧げようとしていらっしゃるということ?フーガに優しい人だと微笑んでいた時も、お母様が起き上がられて喜んでいる時も、ずっと?


『ふ、フーガ!フーガ、どちらまで行かれましたの!?早くお戻りになって!おキヌさんに説明をしなければ……!』


「ッひゃあ!?」


『きゃあ!?』


 いきなり聞こえた悲鳴に、わたくしまで声を上げてしまった。おキヌさんの方を振り向くと、何故か目が合ったような気がする。偶々、ですわよね。おキヌさんのお母様は、何じゃとおキヌさんに首を傾げていた。

 ああ、先程のお鍋を頂いてらっしゃるのね。もしかして、変なものでも紛れてしまっていたのかしら?


「め……」


 め?……え、さすがに猪の目が入っていたら、わたくしも悲鳴を上げてしまいますわ。ちょっと見たくありませんわね……。


「めんこい幽霊さおる……」


『めんこ?……え、幽霊?』


 幽霊って、わたくしの他にも幽霊がおりますの?わたくしからは見えませんが……。まさか、わたくしのことではございませんよ、ね?


 試しに、すう、と横に動いてみる。おキヌさんの視線は……わたくしを追った。もう一度、すいすいと移動してみる。同じように、おキヌさんの視線が動いた。やはり、おキヌさんはわたくしを見ている!


『あの……わたくしが、見えてらっしゃる?』


「へえ」


 恐る恐る尋ねれば、おキヌさんはこっくりと頷いた。ええ!?何故、急に!?先程までは見えておりませんでしたよね?!おキヌさんに近付いて一緒にお鍋の様子を窺っていても、何もおっしゃいませんでしたものね?!


「お絹、どげんした?」


「はあおっかあ、そこにきらきらめんこい幽霊さおるんじゃ」


 おキヌさんが、真っ直ぐにわたくしを指さす。わたくしは、そろりと地面に下りた。お母様は首を傾げて、わたくしのいるところとおキヌさんの顔を見比べる。


「わしにゃあ何も見えぬで、天狗様の思し召しかの」


「かもしんねえ」


『あの、はじめまして、おキヌさん。わたくし、リューディア・レ・アラルースアと申します』


 わたくしはおキヌさんに向かって礼をした。おキヌさんはわたくしを見て、慌てたようにお椀を横に置いて正座する。


「お、おらは絹いうもんです、ええと、りゅうで、あ様」


『おりゅうとお呼びくださいまし。あ、どうぞお食事を続けてくださいな』


「け、けんども……!」


 恐縮するおキヌさんに、気にせずともいいからと告げて食事を再開させた。おキヌさんはどこかぽわんとした表情でわたくしを見ている。何だか危なっかしい方だ。


『そちらへご一緒してもよろしいでしょうか?』


「へっ?!へえ!」


 遠くから見ているのも失礼かと窺うと、おキヌさんは首が取れる勢いで頷く。わたくしは板の間に上がって、おキヌさんのそばに腰を下ろした。おキヌさんは、ぼうっとわたくしを見ている。


『お食事の後に、少しお話をいたしませんか?』


「あ、へ、へえ……、おらでうめえこと話せるだろか」


 もじもじと指を合わせるおキヌさんに、わたくしは微笑んだ。やっぱり、おキヌさんは可愛らしい方ですわね。おキヌさんが嫌でなければ、是非フーガと結ばれて頂きたいものですわ。



◆◇◆◇◆◇



 お二人が食事を終え片付けるのを待って、わたくしは改めておキヌさんに向かい合った。おキヌさんはまるでフーガのようにカチコチになっている。取り急ぎ、わたくしはフーガの友人であって偉いものではないから緊張しないで欲しいと伝えたのだけれど……。


「いやこら、こがなめんこいお方と、おら、話したことねえから」


 めんこい……は、怖いという意味だろうか?確かにわたくしは幽霊で、怖くないと口で伝えても中々納得しづらいものですわよね。ならば尚のこと、言葉と態度でお伝えしなければ。


『おキヌさん、わたくしはあなた方を決して害したりはしないと誓いますわ。信じ難いかもしれませんけれど、どうかご友人に接するよう、気安くお付き合いくださいまし』


 そう伝えると、ひゃああとおキヌさんが声を上げた。というよりも、声が抜け出たというか。悲鳴ではなく、溜め息が音になってしまったような不思議な声に、わたくしは思わず笑ってしまう。


『ご、ごめんなさい、っふふ、おキヌさんたら』


「あ……、えへへ、すまねえだ」


 おキヌさんは照れて頬を染めた。ああ、わたくしに人の身があれば、おキヌさんの手を取って笑い合うのに。


『ねえおキヌさん、おキヌさんはフーガ……天狗様のことをどう思っていらっしゃる?』


「天狗様?そらあ、優しいお方だぁ」


 わたくしの質問に、おキヌさんは笑顔で答える。わたくしは彼女の表情を窺いながら質問を重ねた。


『生贄になるかもしれないのに?嫌だとは思いませんの?』


「おらが贄になるのはしょうがねえ。おっかあを元気にさしてもらったんだ。おらから天狗様にお渡しできるもんてぇと、これぽっちしかねえ」


 金子(きんす)(ろく)にねえから、とおキヌさんが苦く笑う。わたくしはおキヌさんの膝にそっと手を置いた。触れることは出来ないけれど、それでも敵意はないのだと示したかった。


『もし、……もしも、天狗様は生贄をお求めではなく、全くの善意から貴女のお母様を治療した、と申し上げたら』


「え……?」


『ただ少し臆病な天狗が、勇気を出して人と関わりを持ったと申し上げましたら、おキヌさんはどう思われますか?』


 わたくしの言葉に、おキヌさんは目を大きく開く。まるで予想だにしていなかったと言いたげだ。


 わたくしは、固唾を飲んでおキヌさんの次の言葉を待った。


「おら、……おらは────」

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