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6.幽霊の縁結び

【リューディア】


 翌朝、日が昇るか昇らないかの時間帯にわたくしたちは宿を出た。夜間は閉めてあるという木製の扉を潜って、昨日歩いたのとは違う道を辿る。おキヌさんを先頭に、ノワとフーガ、そしてわたくしが続いている形だ。わたくしの姿はおキヌさんに見えてないようだからいいとして、フーガがノワの隣ではいけない。


『フーガ、おキヌさんが一人ですのよ』


 ん?とフーガがわたくしを見る。全くもう、奥手にも程がありますわ。


『隣を歩きましょう。そして、あまり気落ちさせぬよう会話をするのです』


 無理無理無理とフーガが首を振った。ノワは何故かそっぽを向いて肩を震わせている。おキヌさんを一人で歩かせるだなんて、とんだ男の恥ですわ!フーガが奥手ならば、その分わたくしが押して差し上げましょう!


『勇気を出して、フーガ!貴方なら出来ますわ!さ、まずはおキヌさんのお隣に!』


 ほら、とおキヌさんの隣でフーガに手招きをする。ぶんぶんと音が鳴りそうなほどにフーガが首を振った。頑なですわね……。触れられれば、腕を引いて並ばせますのに。


 そう思っていたら、にんまりとノワが笑った。いつの間にか、ノワはフーガの後ろにいる。あ、とわたくしが声を出すよりも早く、ノワがフーガの背を押した。というか、蹴り飛ばした。


「うおっ!?」


 つんのめって、フーガが前に来る。急に隣へと躍り出てきたフーガに、おキヌさんが驚いて目を丸くしていた。


「だ、大事ございませんか、天狗様」


「お、ぅ……、うむ、ああ、大事ない」


 もごもごと言って、フーガはおキヌさんの隣を歩き出す。隣に来てしまった以上、ノワの元に戻るのも気まずい、とか思っていそうですわ。さすがノワ!フーガのことを知り尽くしておりますのね!

 そう思ってノワを見ると、彼は肩をすくめてみせた。俺に出来ることはやってやったぜとでも言いたげだ。ええ、ええ。後はわたくしにお任せくださいましな。


 ちらちらとフーガがわたくしに目配せをしてくる。おキヌさんは、俯き気味に歩を進めていた。お母様の具合はかなり悪いらしいから、心配してらっしゃるのね。


『まずはお母様の病状を詳しく聞いてみてはいかがでしょう?半年前から具合が悪くてらっしゃったのですよね?何か兆候のようなものはあったのでしょうか?』


 わたくしの言葉に、フーガは小さく頷いた。……頷いたはいいけれど、中々声に出さない。頑張れ、と応援しながらフーガを見守った。


「……んん、……その、お絹」


「へえ、何でございましょう、天狗様」


「あ、いや、……ええと」


『背中を丸めない!大丈夫、フーガはいい男ですわ!』


 ふにゃりと丸まりそうになったフーガを叱咤する。わたくしの声に、どうにかこうにかフーガは背中を丸めずに堪えた。


「その……お絹の、母君の、……あぁ、病というか、そのだな……」


『もっとお腹に力を入れて!ほら、聞こえておりませんよ!おキヌさんも首を傾げてらっしゃるじゃないですか!』


 ぶふっ、と後ろの方から吹き出すような音が聞こえたけれど気にしていられない。今は、フーガが女性ときちんとお話しできるかどうかの瀬戸際なのですわ!


「ど、どのような、ああ……と、どう、様子、というか……」


「へえ、おっかさんの様子、でございましょうか?」


 合点が言ったように頷くと、おキヌさんはお母様のご様子を話し始めた。ほっとしたからといって、そんな盛大に息を吐いたらおキヌさんに分かってしまいますわよ、フーガ!


 おキヌさんが言うには、半年ほど前に熱を出して寝込んだことが始まりだった。母一人子一人のおキヌさん宅では、お母様が寝込んでしまうとおキヌさんだけで日々を賄わなければならない。最初の内は蓄えもあって薬を買えた。それで症状が良くなって起き上がって、お母様は野良仕事をする。季節は秋だった。ただでさえ人手が足りない時期だったから、お母様は無理をしてしまったのね。


「ふむ。……身の内に力が戻りきらぬで、動いてしもうたか」


 おキヌさんの話を聞きながら、フーガは何かを考えるように呟く。おキヌさんは自身の足元を見ながらぽつりぽつりと言葉を紡いだ。


「おっかあにはゆっくり養生してもらいてぇ。けんども、おら一人じゃままならんで……」


 そこまで話して、はっとしたようにおキヌさんは口元を手で押さえる。


「て、天狗様になんて口を……!」


 そういえば、昨日宿を訪ねてらした時はもっとこう、堅苦しい感じでしたわね。焦っているおキヌさんを見て同じようにあわあわしているフーガに、わたくしは喝を入れた。


『つられている場合ではございませんわよ、フーガ!構わないとお伝えなさいまし!このままでは、おキヌさん、自責の念で自害してしまいそうですわ!』


「か!……まわない、ぞ!」


 何語ですの、それは!焦り過ぎですわ!おキヌさんがきょとんとしてらっしゃるじゃありませんか!


「か、堅苦しく、なる……っ、ない!その、ワシは、怖くないぞ!お絹!き、気安く話せ!」


 そのカタコトぶりが怖いですわよ!ああ、もう、ノワやわたくしへは自然でいられるというのに、どうしてこう変な緊張をなさるのか。ノワなんて、笑いを堪えすぎて変な顔になっているし。


 くすりと小さく笑う声が聞こえた。わたくしもフーガも、声のした方へ視線を向ける。おキヌさんが、笑っている……?


「天狗様、優しんだなぁ」


「うっ……、ぉお」


 フーガが変な鳴き声を……!いえ、ここで気の利いたことが言えるならば、それはフーガじゃない。


「天狗様、おらのおっかあ、治るんべか?」


「む……ん、その……」


 わたくしは、ちらちらと見てくるフーガに頑張れと拳を握ってみせた。む、と眉を寄せて、フーガは口を開閉させる。わたくしの言葉ではなく、貴方の言葉でおキヌさんに伝えてあげて。そう、願いを込めてフーガを見た。フーガは、ぐっと一度息を飲んでから口を開く。


「ワシが、……ワシの、力の及ぶもの……であれば……、死力を尽くそう」


 ここで、絶対に治してみせると言わないのがフーガのいいところですわね。ありがとう天狗様、とおキヌさんが微笑む。ぎこちなくフーガが微笑み返した。ちょっと引き攣ってるのはもう、しょうがない。おキヌさんの表情を見る限り、フーガを拒むような雰囲気はなかった。

 ノワが後ろの方からおいでおいでと手招きしている。わたくしは頑張ってとフーガに伝えてから、ノワの隣に戻った。そんな殺生な、とフーガの背中が語っている気がするけれど、背中が丸まったらきちんと声をかけるからご安心なさいましな。


「茶屋の娘よりゃア、万倍もマシだァな」


 声を落としてノワが言う。お茶屋の娘さんはもっとこう、はきはきとしていたかしら。他のお客へ向ける笑顔と変わらない笑顔でフーガにも対応してくれていたから、悪くないと思ったのだけれど。


「客商売サ。素じゃねェのヨ」


『そうなんですの?』


「あァ。天狗にも鬼にも媚びねッちゃア聞こえはいいけどな、風雅に扱い切れるとは思わんねェ。ありゃア、力の先を望む女だ」


 ノワがどこか遠い目をして言う。力の、先……?


『ええと……、あ!わたくしのように、ノワの力を使って美味しいものがたくさん食べたい、とか?』


 わたくしの言葉に、ノワは喉を鳴らして笑った。そうさねェ、と言いながら、ノワが懐から小さな袋を取り出す。ころりと小さな粒が、袋からノワの手のひらへ転がった。何だろうと首を傾げたわたくしに、ノワが微笑む。先程よりも声を落として、ノワは囁いた。


「天狗にゃア内証だぜ?」


 小さな粒を指先で摘まんで、ノワがわたくしの口元に向ける。口を開けてそれを迎えると、……!


 口中に広がる甘い味に、わたくしは口元を手で押さえて目をぎゅっと瞑った。美味しい!ああ、甘いものがこんなにも美味しいだなんて!ここのところ、ノワ達の食べる塩味の強いものを頂いていたから、尚更美味しく感じますわ!


「気に入ったかい?」


 やわらかなノワの声に目を開けると、彼はやさしく笑んでわたくしを見ている。きゅうっと、心臓が締め付けられた。ああ、なんて愚かな。わたくしはもう死んだ身だというのに……。


『とっても美味しいですわ!』


「しぃー。お気楽天狗に気付かれッちまうぜ?」


 悪戯に笑って、ノワがフーガとおキヌさんを追いかける。その背を自分の足で追えたなら、どれほど幸福だったろう。わたくしに、その資格はない。

 異国で散った哀れな幽霊に惜しみないやさしさをくれるこの人を、わたくしは鬼と思えなかった。きっとノワは、俺ほど鬼らしい鬼はいないヨ、と笑うのだろうけれど。


 ノワは指先に残っていた甘い粒を自身の口に放り込む。がり、と牙で噛んだ音がした。わたくしは小さく首を振って、ノワの隣に浮かぶ。ノワは横目でわたくしを見ながら苦笑いを浮かべた。


「アレで少しゃア、おなごに慣れてくれりゃいいんだけどヨ」


『大丈夫ですわ。駄目でも、ノワとわたくしで支えて差し上げましょう』


 微笑んでそう答えると、ノワは一瞬目を見開く。それから、まるで表情を隠すように俯いて、右の角の下を掻いた。


「ハハ、そりゃア名案だ」


 面倒臭いとでも思っているのかしら。何だかんだと言いつつ、ずっとフーガを見守ってきたのはノワでしょうに。そうでなければ、フーガがどれほど女性に慣れていないか、どんな女性がフーガに合うかなんて分かりはしない。ましてやお茶屋の娘さんがどんな性格をしているかなど調べたりもしないでしょう。本当に、素直じゃない方。


 ノワはいつの間にか、腰に下げていた丸い木の筒から直にお酒を飲んでいる。つるりと丸い瘤が二つ連なったそれは、お酒を入れて持ち運ぶ器らしい。


「……飲むかい?」


 お酒で濡れた唇をぺろりと舐めて、ノワが問う。


『結構ですわ。喉が焼けてしまいますもの』


 ぷいっと顔を逸らすと、横でノワが喉を鳴らして笑うのが分かった。頬の熱が引くまでは、どうかこのまま気付かずに隣を歩いていて欲しい。こっそりと、そんなことを思った。

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