14.5 鬼たちの夜
本日二話目の更新です。
少々、イチャイチャ成分が強いので、苦手な方はご注意ください。
※第三者視点
お前サンの足に合う履物もねェからヨ、とどこか照れたように言う野分に抱き上げられて、リューディアはあの洞穴へ導かれた。破れた扉をくぐって、野分はリューディアをそっと床に下ろす。幽霊の時分に訪れたことはあるが、どこか落ち着かない様子でリューディアは辺りを見回していた。
野分はとりあえずとばかりにその辺りに立てかけてあった板を掴むと、割れた扉に重ねる。空いた酒樽を支えにして入り口を塞ぐと、どこか満足そうに頷いた。
「ま、今夜はこれで凌げるさァネ。明日、お前サンの着物と一緒にここのも誂えにゃアな……ン?どうした?」
そわそわしているリューディアに気付いた野分が、首を傾げる。リューディアはびくりと体を揺らして、丸まるように彼女の纏っている羽織の袖に顔を埋めた。体勢を変えたせいで、リューディアの白い足が羽織の裾から大胆に顔を覗かせている。野分が羽織っていたそれは、リューディアには随分と大きいようだった。
「あの、ええと、ノワの匂いというか、お家の温度というか、……幽霊の時には、感じておりませんでしたので、少し、その……」
聞き洩らしてしまうほどに小さく、緊張してしまったのです、と呟く。野分はリューディアに知られぬよう、自身の牙を舌でなぞった。
「また酒臭ェと言われるかと思ったぜ」
素知らぬ顔でリューディアの横へ腰を下ろして、野分はにんまりと笑う。リューディアは赤く染まる頬を隠すように指先を絡ませながら、青い瞳で野分を見た。ちらりと視線を交わして、すぐにリューディアの目は野分から逃げていく。
野分は無理に自身の方を向かせようとはしなかった。代わりに、腕が触れ合うくらい傍へと体を寄せる。リューディアは再びちらりと野分を見て、今度は耳まで赤く染めた。
「わ、わたくしも鬼になったのですから、もうお酒は大丈夫ですわ」
そうかい、と野分は静かに笑う。リューディアは触れそうで触れない距離の野分を意識して、短く息を吐いた。じり、と行燈の火が揺れる。
先に動いたのは野分だった。
じゃれるようにリューディアの髪をひと房、指先で弾く。飛び上がるほど大きく体を跳ねさせてから、リューディアは隣の野分を見た。野分は目を細めて笑む。
リューディアに見えるように、野分は彼女の膝小僧を撫でた。きゃんと悲鳴を上げて、リューディアの足が野分から遠ざかる。野分はくつくつと喉を鳴らした。
「喰われるってェ時よりも、おっかなそうにしてるじゃアねェか」
「だ、だ、だ、だって……!」
リューディアは真っ赤な頬を膨らませて野分を睨む。
「す、好きな方が近くにいたら、誰だって緊張いたしますわ!のっ、ノワはっ、慣れてらっしゃるようですし!そんなことないのでしょうけど!」
拗ねていますと言わんばかりのリューディアの言葉に、野分は目を丸くした。リューディアは膝を抱えて外方を向いてしまう。野分は何度か瞬きを繰り返した後、ぺろりと唇を舐めた。
「……そう見えるかい?」
声を落として、野分が囁く。そのまま、暫しの沈黙が落ちた。行燈のやわらかな灯りが、ゆらゆらと揺れる。じじ、と油が鳴いた。
様子が気になったらしいリューディアがそろりと振り向くと、彼は口の端を持ち上げる。野分は武骨な手をリューディアに差し出した。
「手ェ貸してみな」
「?」
素直に従って、リューディアは野分の手に自分の手を重ねる。野分はうっとりとリューディアの肌を指先で撫でると、その手を自身の胸元に導いた。
はだけた衿の中、心臓の位置にリューディアの手を触れさせる。野分の肌の感触に、リューディアの指先が揺れた。恐る恐る、リューディアが野分の胸元に手を置く。
「あ……」
「余裕なんざ、端ッからありゃアしないさ」
「の、わ……」
胸元に添えられたリューディアの手を掴んで、野分が距離を詰めた。息のかかるほど近くで野分はくすりと笑う。
「惚れた女が目の前で、あられもない恰好をしてィやがるんだぜ。どう口説き落とそうかってェヨ、俺の頭ン中はさっきッからそればかりだ」
「っ!」
かあっとリューディアの顔に熱が集まった。リューディアの唇が、わ、と、の、の形を忙しなく行き来する。野分はリューディアの言葉を待つように、やわらかく目を細めた。リューディアは、すうと息を吸い込んで、野分の硬い手を握る。
「わ、わたくしはっ、の、ノワの、……お、お嫁さんに、なった、のですからっ……ぁ、あの、その……」
「あァ……、喰っちまッていいのかい?」
秘め事のように、野分が囁いた。
「の、望むところ、ですわ……」
ぎゅうっと野分の手を握りながら、リューディアが小さく頷く。野分は舌の先で牙を撫でながら、繋いでいない手をリューディアの肩に回した。
恥じらって左右へ揺れていたリューディアの青い瞳が、ゆっくりと野分を捉える。ふうと息を吐くように笑って、野分はリューディアの唇を食んだ。やわらかさを堪能するように甘く噛むと、額を擦り合わせるようにして口を離す。
「舌ァ、出してみな」
低く抑えた野分の声に、リューディアはおずおずと舌を出した。はあと吐き出す息に熱が籠る。じゅるりと音を鳴らして、野分がリューディアの舌を吸った。
「んんっ……!?」
驚いたリューディアが、舌を引っ込める。野分はおかしそうに喉を鳴らした。肩を抱く手に力を込めて、体を密着させる。
「逃げちゃアいけねェ。……ホレ、もう一遍だヨ」
「あ、ぅ……」
「おりゅう、早く喰わしてくんな」
呼ばれたリューディアはきつく目を閉じて、震える舌を出した。野分は彼女のその姿ににんまりと笑みを浮かべる。じっくりと眺めていたいところだが、それは次の機会にしようと野分は頭の片隅で思った。
リューディアの肩を抱いたまま、野分も舌を出して彼女の舌を舐める。つう、と舌の側面をなぞられて、リューディアは再び舌を引いた。だが今度はそれを追って、野分がリューディアの口を塞ぐ。
「んんんっ……!」
反射的に引けそうになったリューディアの腰を、肩から下りてきた野分の手が押さえ込んだ。衣擦れの音が響く。唇の間から、どちらのとも分からない吐息が漏れた。野分はリューディアの口を吸ったまま、彼女の足の間に自身の足を差し込む。閉じようとしたリューディアの足は、意図せず野分の足に絡んだ。
「はぁ、んっ……あ」
かつん、と互いの牙が当たる。それを合図にして、一旦野分は攻めの手を緩めた。唇を離すと、リューディアがはふはふと呼吸を繰り返す。
野分の手を握っていたリューディアの手が、口元を覆うために離れた。野分は空いた手でリューディアの金色の髪を撫でる。
「すまねェ、苦しかったかい?」
リューディアは口元を指先で覆ったまま、潤んだ目で野分を見上げた。
「きゅっ……、急すぎます、わ……!」
「そいつァ失敬」
野分は喉を鳴らして笑いながら、べろりと自身の唇を舐める。赤く濡れた唇に、リューディアは釘付けになった。
「早う喰らいてェってヨ、もう止まんねェのさ」
リューディアは、感じたことのない喉の渇きにこくりと唾を飲む。きっとこれは、鬼の飢えだ。
「……わ、わたくしも……」
開いたリューディアの口に、牙が光る。野分はにんまりと笑った。
「アア、存分に喰らいな。俺ァ全部、アンタのモンだ」
野分は自身の着物をはだけさせながら、リューディアにのしかかる。リューディアは野分の熱い肌に手を添えた。心臓の音が交じり合う。
ゆらゆらと、行燈の灯りが揺れた。リューディアはただ、全身を侵す熱に翻弄されるまま、なすすべもなく野分の体にしがみ付くのだった。




