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13.幽霊の正体見たり流れ星

【リューディア】


 風雅の元を離れて、わたくしはぼんやりと海を眺めていた。均された道の端、その木陰に立っているけれど、誰もわたくしに気付かない。


 この国に来てほんの数日。けれど、何よりもわたくしの心を揺さぶった数日だった。あまりに色が濃すぎて直視ができないほど、わたくしに残っている。


『さようならくらい、言えばよかったかしら……』


「それにゃあまだ早いなあ、お嬢ちゃん」


 どすん!と地面が揺れて、何かが空から降ってきた。驚きすぎて、悲鳴も出ない。目を見開いて降ってきたものを見たけれど、大きすぎてそれが何なのかよく分からなかった。


「おりゅうさまぁ!」


 遅れて、空からおキヌさんの声が聞こえてくる。見上げても、目の前の巨体が邪魔をして上手く見えなかった。何か、葉っぱのようなものが浮かんで見えるけれど……。


「お主がおりゅうじゃな?」


 頭上からの声に、わたくしは視線を戻す。少し体を浮かせると、全貌が見えた。フーガのような恰好をした巨躯の男性だ。真っ白なお髭と髪を風に靡かせている。あら、この方は……。


『え、ええ……、わたくしはおりゅうと呼ばれております、けれど……』


「うむ、うむ。儂は風雅の爺だ。風雅が世話になったのう」


 そう、この国へ来た時に、フーガにお嫁さんを探すよう言っていた男性だ。フーガのお爺様だったのね。言われてみれば、どこかフーガに似た雰囲気のあるお方だ。ただお爺様と呼ぶにはちょっと、活力に満ち溢れすぎているように思う。うんうん頷いてわたくしを見ているお爺様に、わたくしは首を傾げた。


『フーガのお爺様が、わたくしに何の御用ですの?』


 口にして、思い当たる。


『ああ、わたくしを祓って頂けますのね?お待ちしておりましたわ。お手間をおかけして申し訳ございませんが、どうぞよしなに』


 ドレスの裾を摘まんで腰を折ると、お爺様は物珍しそうに目を輝かせた。わたくしを見る目が、先程よりも好奇心に満ちている。


「成程な。おりゅうのような着物も、これはこれで良きものだなあ」


 がっはっは、と大きくお口を開けて笑う姿は、フーガに瓜二つだ。ちくりと胸が痛む。わたくしは見ないふりをして、お爺様に問いかけた。


『何かわたくしがしなければならないことはございますでしょうか?』


 恐らくフーガではわたくしを祓えないと判断したようだ。わたくしが逃げる前にも、わたくしを祓わないと叫んでいた。天狗であるフーガのお爺様ともなれば、フーガよりもそういった力の強いお方なのだろう。実際、見るからに壮健そうなお方ではある。


「まあそう焦るでない、おりゅう。大天狗と呼ばれてはおるが、為人(ひととなり)をまるで知らぬまま祓うのは億劫でのう」


 大きく息を吐いてから、お爺様は腰にあった葉っぱを一枚わたくしに差し出した。受け取ろうにも、わたくしには触れることができない。どうしようと手を彷徨わせていたら、酷くやさしい声が落とされた。


「案ずるな、触れてみい」


 その声に背を押されて、わたくしは差し出されていた大きな葉に触れる。


 指先に、感触があった。ああ、物に触れるだなんて、もう、わたくしには二度と叶わないことかと……。


 衝動のまま、両の手で葉に触れる。本を読むかのように葉を掴んだその奥で、お爺様がにんまりと笑ったのが見えた。


 同時に、お爺様が天を指す。


「そうれ、舞え舞え!鬼の角を掴んで参れ!」


『ッ!?』


 急激な浮遊感と耳を切る風の音に、わたくしは驚いて目を見開いた。あまりのことに声が出ない。


 何が起こっているというの!?え、わたくし、空を飛んでる!?いえ、元より幽霊の身、空は飛んでおりましたけれどそういうのではなくて……!


『どういうことですのーッ!』


 物凄い速さで空を駆けるわたくしの声に、答えてくれる者はいなかった。



◆◇◆◇◆◇



野分(のわき)


 気が付いた時にゃア、薄暗い洞穴のささくれ立った板の間で一人転がっていた。アア、臭ェ。お気楽天狗の野郎、香を残していきやがったな。まァ、お陰様で大分、気は鎮まったがヨ。


「はァ……、次はどこに腰を据えようかネ……」


 もうここにゃ居られねェだろう。おりゅうは風雅んトコにいる。幾ら何でも近すぎだ。アレの顔を見ちまえば、香程度じゃア抑えが効かん。俺ァあの衝動は初めてだが、ここまで抑えられんモンとは思わなんだ。

 風雅は俺を止めるだろう。野郎は頼れと言っていたが、そりゃア無理な話サ。俺が風雅に頼ッちまったら、おりゅうが頼れねェ。俺ァ自力でどうとでもならァヨ。


 路銀とちィとばかしの酒を持ちゃア、暫くはどうにかなるさね。溜め込んどいた酒は、そのうち風雅の爺様辺りが飲み尽くすだろう。


「野分ーッ!」


 洞穴を出て、さァどっちに行こうかってェ時だ。えらく喧しい声に呼ばれて、俺は目を向ける。畜生め、なんてェ拍子に来やがる。お気楽天狗の間の悪さは、アリャ折り紙付きだネ。


「お主、ここを捨てる気でおるな!そのようなことワシが許さんぞ!地の果てまでも追いかけて、必ずや連れ戻してみせる!」


 ぜえぜえと息を切らして走ってきた天狗は、俺の肩をしっかと掴んで捲し立てた。俺は特に抵抗もせずに口の端で笑う。


「おォ怖い。俺ァ仇か何かかイ?」


「茶化すな!いいか、逃げるなよ、お前はワシの話を最後まで聞け!絶対に途中でワシを振り切ろうとするんじゃないぞ!ワシの話を終いまで全部聞いてから決めろ!よいな!」


「ン?あァ」


 やけにしつこく、風雅が逃げるなと言ってくるな。とりあえず頷いた俺を、風雅はまだ胡乱(うろん)げに眺めてきやがる。


「お前サンがハイお終いッつうまで動かんヨ。それでいいだろう?」


 風雅は俺をじろりと睨んでから、重々しく唸った。仕様があるめェ。お気楽天狗の話とやらを聞いてから出ることにしようかネ。それでお気楽天狗を黙らせられンなら、後々楽だ。

 動かないと風雅に示すために、俺はその場に座って胡坐(あぐら)をかいた。これで文句はないだろう。


 風雅を見上げると、野郎はうむと頷いて俺の正面に座った。風雅は懐から香木を取り出すと、左手に熱を集めてまた焚きだす。


「いいか野分、まず今、おりゅうが行方知れずになっている」


「……ア?」


「落ち着け、ワシの知る全てを話す。おりゅうの行方は、お絹と御爺が探している」


 お、オイオイ、待て、待てよ。


「お絹がおりゅうを?アリャいつの間に只人を辞めた?お前サンが娶ったのか?爺様までおりゅうを?いやいや、そもおりゅうは何がどうして行方知れずになんぞ……」


 俺がチョイと居眠りこいてる間に、何が起こったッてんだ?何でおりゅうが行方知れずになっていやがる?何でお絹がおりゅうを探す?何でそれに爺様がいる?


「色々……本に色々あったのだ、野分」


 風雅は疲れたように頭を振った。俺は斜に構えていたのを変えて、風雅に向き直る。俺を見て、風雅は深く頷いた。


「まずは御爺から聞いた、鬼の話だ。いいか野分、鬼は(つがい)を喰うが、想い合っておれば痛みはないのだと」


「……それがどうしたッてんだ。おりゅうは俺に懸想しちゃアいねェだろうが。俺ァ餓鬼の頃に鬼の村で見たんだ。喰われながら泣き叫ぶおなごをヨ」


 贄だから、と親父は言っていた。俺ァ見ちゃアいられなかった。あんな残酷なことをせにゃならんなら俺は鬼を捨てると、村を出た。流れ流れて、この森の洞穴に落ち着いた。

 風雅に言ったことがある。俺は決して、嫁を取らない。鬼の村で酷い嫁取りを見たことがある、己が手で嫁を殺さにゃアならんのだ、と。


 俺の言葉に、風雅が首を振る。


「確かに相手を喰うが、鬼同士なら半身を分かち、相手が人ならばそれを鬼に変えるのだ。鬼の身は霊魂に近いらしい。想い合うならば、喰ろうても痛みは無いと。それにな、野分。おりゅうはお主を想うておるぞ」


「……笑えねェ冗句だな」


「このような時に冗句など言うように見えるか?あのな、おりゅうはお主を想うあまりに己が身を悪霊に堕としかねんと、ワシに祓うよう言ってきたのだ」


 ハア?どういうことだ?悪霊ってェ……おりゅうが?


()つ国での理なのか、おりゅうは霊魂である己がお主を恋しく想うことを異様に恐れておった」


 俺は、そのおりゅうを知らねェ。だってヨ、おりゅうと別れた時ァ、お気楽天狗を助けにゃアって張り切ってやがったじゃねェか。その前だって、金平糖をそりゃア美味そうに食ってただけだ。天女に化かされてんのは俺だけだ。おりゅうが鬼に惚れる筋合いがねェ。


「お主、おりゅうを嫁に望んではやれぬか」


「…………」


 ぐぅ、と喉が鳴く。アア、まただ。飢えちまう。俺ァ、おりゅうを……。


 口を開こうとして、何か聞こえた。風雅も聞こえたらしい。眉を寄せて音の方を見る。いや、森の方じゃねェ。どこだ?つうか、何の音だこりゃ。空の遠くから聞こえてきやがるが……。


『いやあああああぁぁぁぁ────ッ!』


「!?」


 俺も風雅も、空からやってきたモンに言葉を失う。


 八手の葉と共に降ってきたソレは、地面に突き刺さってきゃんと鳴いたのだった。

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