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12.奥手な天狗は成長中

【空雅】


 孫の話を聞きながら、儂は目を細める。


 ()つ国の霊魂か。金の髪と煌びやかな着物を纏い、首の離れたおなごとな。また随分と珍しいものを拾いよったもんだ。何ぞおるなとは思ったが、まさか異国の霊魂だったとはのう。ここいら一帯は風雅の縄張りじゃて悪しきもんでもなければ手は出さなんだが、正解だったようだ。


 そいでもって、その霊魂が風雅に手を貸したという。何にとは言わずもがな、風雅の嫁探しのことじゃろう。お絹がおるから精一杯ぼかしちゃいるが、儂は思わず笑うてしまった。風雅が恨みがましい目で儂を睨む。


 いや、すまんすまん。まさか()つ国の霊魂にまで世話を焼かれていたとは、さすがの大天狗も見通せんかったわ。


 その霊魂、おりゅうという名のおなごを連れて、風雅は鬼の野分(のわき)を尋ねたという。此奴は何かというと鬼に頼りたがるなあ。風雅の親が早いうちにここを離れてしもうた所為もあれば、あの鬼が存外面倒見がいいというのがまたどうにもなあ。無理に引き離すものでもなし、……と、儂が甘やかす所為もあるか。


「野分はご供物としておりゅうに物を味わわせてやったり、おりゅうの意を汲んで町へ下りたりと、ワシから見ても可愛がっているように見え申した」


 ま、野分ならばそうするじゃろうな。親しき者に裏切られ失意のうちに散ったおなごの魂と聞けば、冷たくあしらえるはずもない。非道の鬼を装い切れぬところが、あれの可愛いところよな。


 野分は風雅に対してはおのこ同士というのもあって、目に見えて分かる甘やかし方をしていなかっただけだろう。でなくば、洞穴に一人住み着くような偏屈な鬼がいつまでも誰かに付き合うはずもない。野分にとって風雅は、兄弟に等しいほど近しい存在であろう。と、これを言うのは野暮天じゃな。


 風雅の話は続く。


 野分、おりゅうと共に町へ下りた風雅は、お絹と出会った。町へ下りた目的はおりゅうにぬか漬けではない食べ物を食わしてやることだというのだから、全くこの孫は始末に負えない。嫁を探せと、儂ゃ言ったはずなんだがなあ。いつになれば儂は隠居できるのか。曾孫を愛でながら昔ばなしの一つも溢してみたいもんだ。


 お絹の母の容態を聞いて、此奴らは村へ向かうことにした。道中、野分とおりゅうは仲睦まじくしていたという。お主はどうなんだと視線で問えば、風雅はついと目を逸らした。漏れそうになる特大の溜め息を、どうにかこうにか飲み込む。


 風雅がお絹の母を診ている間、野分は猪を狩りに、おりゅうは野分に言われて家の土間で待っていた。猪を風雅に預け、野分は住処へ帰っていった。おりゅうを残して。

 残されたおりゅうは風雅に語る。野分に恋心を覚えたから自身を祓えと。このままでは悪霊になってしまうからと。


「ほう、悪霊に?」


「ワシが見る限り、おりゅうに悪しき気配は微塵も」


「だろうなあ。そんなもんがおったら、そも儂が出るわい」


 風雅はまだ半人前だ。なればこそ、早う嫁を取れと言っておるのだがなあ。我らが天狗族の力は、嫁を取って一丁前になってようやく真に力を発揮できるというに。


 おりゅうは自身が悪しきものになることを恐れていた。野分への慕情が、おりゅうにとっては禁忌のものだったようだな。

 おりゅうは国で親や許婚に裏切られ、首を落とされここへ流れてきた。まだその傷は癒えていないだろう。それを、おりゅうも自覚している。だからこそ野分に流れた自身の心を信じられない。おりゅうの言う悪しきものとは、心変わりした己自身か。そして悪しきものを恐れるは、悪しきものとされて首を落とされたからか。


 霊魂に慕われても困るだろうと、おりゅうは風雅に言っていたようだ。酷く混乱しているように見えたから、おりゅうへの説明を野分に求めた。野分とておりゅうを憎からず思っているならば都合がいいとも考えたらしい。

 だが、野分は野分で鬼の本能に狂いかけていた。野分はおりゅうを喰いたくない、二度死なすような真似は出来ないと必死に本能を殺していたようだ。風雅の目に、野分が自害でもするのではないかと映るほど、野分は憔悴していた。


「野分には鎮静の香を処し申した」


 野分は風雅の香で一時(いっとき)落ちた。追加で香を焚いてきたというから、今も住処の洞穴で大人しくしているだろう。このような状態の野分に頼れないとなった風雅は、己がどうにかするしかないと急ぎ村へ戻った。


 村ではお絹がおりゅうを見るようになっていた。これは、風雅の香で気が満ちていたところに野分の鬼の気が混じってしまった所為だろう。お絹自身が嫌がらないのであれば、特に儂から手を加えるまでもない。幾日もなく消えるものだ。


 そうして風雅はおりゅうに野分の異変を伝えようとした。しかし、おりゅうは委細を聞くことなくどこかへ飛んで行ってしまったという。

 野分への慕情、己への不信、悪しきものへの恐怖……。うら若きおなごを混乱に陥れるには充分か。


 鬼の夫婦(めおと)についてもよく分からなければ、おなごの恋心なぞ風雅の手には負えぬ。で、儂を頼ったと。


「はあ、こりゃあ、また……」


 ここまでの経緯を聞いて、儂は何とも言えぬ心持ちで額に手をやった。あちらが足りぬこちらも足りぬで、()ても拗れたことか。


「長よ、鬼の夫婦とは斯くも苦しくあらねばならぬのか?」


「そのようなわけがなかろう。……ああ、野分は幼くして鬼の里から出てしもうておるからなあ。これが初めての恋慕で、鬼の本能に臆したか」


 鬼族の夫婦は、確かに儂らや人とは違う。相手を喰らって己が半身とするのだ。野分の衝動は、至って正しい鬼の本能に過ぎない。


「鬼の(つがい)が鬼であるならば、お互いを喰らい合うて半身を分かつ。人であるならば、鬼が喰ろうて人を鬼に変える」


 人と交わった鬼は二角が一角になる。鬼同士が交わった時は二角のままであったり、稀に三角と一角に分かれたりもするがの。


(つがい)が、霊魂であるならば?」


「人と同じじゃ。肉の身があろうとなかろうと関係ありゃあせん。そも、鬼の身は人の身より霊魂に近しいでな」


 なんと、と風雅は目を見開いた。この辺りには野分以外の鬼がおらぬからなあ。野分もあまり鬼に詳しくはなさそうだ。やれやれ、手のかかる小僧どもめ。


「な、なら、おりゅう様は、あの鬼様と夫婦(めおと)んならあ、幽霊じゃあなくなる、でございますか?」


「よいよい、そう硬くなるでない。儂ゃあ、この木偶の棒の爺だでの」


 お絹は儂の言葉に、へえと身を縮める。儂の所為で、せっかく、ようやっと、待ち侘びた嫁取りの機会を失くしては敵わん。


「おりゅうとやらが望み、野分が迎えれば、その霊魂は鬼となろう」


 儂の言葉に、風雅とお絹が顔を見合わせ立ち上がった。息もぴたりと合うておるではないか。友だ何だと言い訳ばかりしおってからに。


「な、なれば、野分にっ……!」


「いやけど風雅様、肝心のおりゅう様がおらんとどうにもっ……!」


「まあまあ、落ち着かんか二人とも」


 儂は今にも駆け出していきそうな二人に声をかける。風雅は一度長く息を吐いて、はっとしたように目を見開いた。


「のう長、野分が嫁を喰らう時、嫁御に痛みはあるのだろうか?」


 風雅の質問に、儂は髭を撫でながら首を傾ける。


「無理矢理に肉を喰うでもなし、痛みなどありゃせんよ」


 ああ、野分はそれを恐れたか。はあ全く。恐れ逃げるか、恐れ封じるか。あちらもよう息の合うたことだ。次に顔を合わせたら、存分にからかってやろう。


 儂もよっこらしょと腰を上げる。早う隠居したいもんだなあ。この大天狗、最近は足も腰も悲鳴を上げておる。のんびり湯に浸かって、ゆるりと酒を傾けたいもんじゃ。


「風雅、野分は任せられるな」


 儂の言葉に、風雅は任せろと力強く頷いた。一丁前の顔をしおってから。嬉しいやら寂しいやら。


「お絹、お主は儂と共におりゅうを探してくれんか。儂はおりゅうの顔を知らんでの」


「へ、へえ!おらでお力になれんなら!」


 おお、おお。愛いのう、愛いのう。風雅よ、お絹を逃がしたら雷どころじゃ済まさんからの。覚悟しておけい。


「この大天狗、隠れ鬼はちぃとばかし得手物じゃぞ」


 ごきんと首を鳴らして、儂は肩を回した。風雅は苦笑いを浮かべて儂を見る。


「よう悪戯の仕置きで、御爺に尻が腫れるほど叩かれたなぁ。どこへ逃げても追うてくるもんで、野分もあの時ばかりは涙目であったぞ」


 小僧二人が元気に森を駆ける姿が、ありありと脳裏に浮かんだ。儂の髭を引っ張って遊んでおった頃が懐かしい。


「おりゅうを怖がらせんでくれよ、御爺」


「図体ばかりでかくなりよって。洟垂(はなた)れ小僧が、なあにを生意気言っておるか」


 かかかと笑って、風雅の背を叩いた。広くなった背は、もう儂が守らずともよかろう。その背は早う、別の者にくれてやれ。


「さあ、()つ国のお嬢ちゃんを探すとするかのう」


 儂は腰に差していた八手の葉を二枚引き抜いて、ふうと吹く。ふわりと宙に浮いた八手の葉の一枚に、お絹を任せた。


「ひゃあ、こ、これは?」


「ほれ、腰掛けてみい」


 おっかなびっくり、お絹が葉に腰を下ろす。風を呼んで、お絹を宙に浮かせた。儂も葉に乗ると、お絹に続く。狭苦しい小屋から出て、空へ舞った。お絹が素っ頓狂な声を上げちゃいるが、そのうちに慣れるじゃろう。眼下の風雅に声をかける。


「野分に言うておけい!次会うたら祝儀をくれてやるとな!」


 儂の言葉に、風雅がけろりと笑った。横に浮くお絹へ視線を向けると、お絹はきらきらとした目で辺りを見回している。かと思えば、おりゅうを探さねばと気負ったのだろう、きりりと眉を寄せて再び周囲へ気を配っていた。その手は、しっかと葉を掴んでいる。

 まっこと善きおなごじゃ。などと言うたら、婆様に蹴飛ばされるかな。それも良し。愛いものじゃ。


「うむ、うむ。曾孫の顔が楽しみだなあ!」


「御爺!くれぐれも余計なことはなさらんように!」


 遠く聞こえる風雅の声を、儂はかかかと笑い飛ばすのだった。

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