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11.居直り天狗

【風雅】


「待ておりゅう!おりゅうっ……!戻れ!おりゅうーっ!」


 おりゅうはワシの言葉も聞かずにどこぞへ飛んで行ってしまった。ああ、野分(のわき)といい、おりゅうといい、何故(なにゆえ)にワシの言葉を聞かぬのだ!


「て……ん、風雅様?おりゅう様は、いずこへ……?」


「分からん!……っと、す、すまぬ……」


 背にかけられた声に強く答えてしまって、ワシは慌てて振り向く。お絹は微笑んで首を振った。


「あ、の……、あ、謝っていただくことなんど、なんも……」


「う、うむ……」


 曖昧に頷くワシに、お絹は首を傾ける。


「おっ、おらにゃあ、分かりゃせん、……けんども、その、な、何か、おらに出来るこたあるだか?」


 お絹の言葉にワシは俯いた。おりゅうと野分の事情を話してよいものだろうか。野分は香で一時(いっとき)落ち着いているとはいえ、ワシ一人でどちらにも手を伸ばすことは出来るのか?

 いや……。そう、そうだ。おりゅうが言ったのではないか。お絹を友としろと。ワシ一人で出来ぬならば……!


「お絹!」


「へ、へえ!」


「そ、その、お、おっ、……お絹は、ワシの友、で……、あって、くれるか?」


 驚いて目を丸くしたお絹は、少々の後、こっくりと頷いた。そう、お絹は友だ。友に対して緊張などしている場合ではない。ワシには分からぬ機微も、お絹ならば分かるかもしれん。

 正直、もうワシの手に負えんのだ。野分が持つおりゅうへの狂おしいほどの激情も、おりゅうが抱く野分を恋しく想う慕情も、ワシにはてんで分からぬ。そもそも恋仲の二人の縁結びなど、ワシの分野ではない!ワシが結んでほしいくらいなのだ!


「お、おらで、よけりゃあ……」


 下がりそうになる視線を堪える。折れそうになる腰も何とか耐えた。ワシは、ぐっと腹に力を込める。


「お絹、すまぬ、ワシに手を貸してくれ」


 詰まらずに出てきたワシの言葉に、お絹は力強く頷いてくれた。


 話をするにあたって、お絹はワシを家の中へ招く。炉端に座って、お絹におりゅうの事情と野分の事情を話して聞かせた。ワシの事情は、まぁ、その……、伏せておく。


 おりゅうは()つ国の霊魂でこの国に迷い込みワシに出会い、そして鬼の野分に出会った。最初は鬼に怯えていたが、鬼はおりゅうを構い甘やかし、おりゅうはよく懐いた。それ以上の感情を持つほどに、だ。

 野分は元々ワシの友人であったが、嫁取りを拒絶していた。お絹も知っての通り、鬼には人の贄が必要だ。人にとって、鬼の贄になることは力を得られると同義であるが、鬼の野分にとっては愛おしい者を自身の手で殺めることに他ならない。だから野分は人から逃げるように洞穴で一人、生活していた。

 だがおりゅうに出会って、野分に生まれてしまったのだ。相手を殺して喰らいたい、鬼の恋慕が。


「おりゅうは野分を慕うことで悪霊になると言っておるが、そのようなことはない。害意のない霊が、どうして悪霊に成りえようか」


 ワシの言葉を聞くお絹も、うんうんと頷いている。


「難しいのは野分の方よ。奴はおりゅうを喰わねばならん」


「喰われたら、おりゅう様は消えちまうんべか?」


 不安そうに眉を寄せるお絹に、ワシは首を振ってみせた。ワシも野分から仔細を語られたわけではない。だがワシは、鬼の(つがい)を見た事がある。完全に死ぬわけではないのだ。そうでなくば、鬼は子孫を残せず消えゆくのみになってしまう。


「鬼に喰われはするのであろうが、何某かの手段を用いて(つがい)を生かす、はずだ」


 先程は野分に詳しく聞ける状況ではなかったからな。昂る野分を鎮めたところ、奴は糸が切れたように眠りについた。随分無理をして酒を入れていたようだ。寝ている間におりゅうへ野分の状況を説明しようと帰ってきて、こうなった。


「野分は恐れていた。一度、死の恐怖を味わったおりゅうを二度殺したくはない、と」


「幽霊さにも痛みはあるんべか?」


「ん?ううむ、どうであろうな」


 お絹の純粋な質問に、ワシも首を傾げる。野分のあの様子だと、痛みはありそうなものだが……。


「風雅様、幽霊さの事情はおらにゃあ分からねだ。どなたか鬼んこと詳しく知っとる方はおらんじゃろか?」


「そうだなぁ……。ああ、ワシの一族の長であれば、もしかしたら鬼の嫁取りについて知っているかもしれぬ」


 うむ、長に聞いてみるがよさそうだな。お絹が急におりゅうを見ることができるようになったことも併せて聞いてみよう。


「お絹、共に長のところへ行ってはもらえぬか?」


「お、おらが?」


「うむ。人であるお主がおりゅうを見ているのでな。それも尋ねてみようと思う」


 ワシの言葉に、お絹は躊躇いがちに頷いた。何か気にかかることがあるのだろうか?そう考えてお絹の顔を見れば、お絹は言いにくそうに口を開く。


「おら、おりゅう様が見えちゃいかんかったべか」


「あ、いや、そのようなことはない。お主の体に障りがあってはいかんと思ってだな……」


 慌ててそう伝えると、お絹は安堵したように息を吐いた。それから、是非連れてってくんろと穏やかに微笑んでみせる。

 …………いやいやいや。お絹はワシの友である。ワシはお絹の友だ。何も緊張することはないぞ、うん。


「で、では参ろうか。一つ森のワシの住処で法螺を吹き鳴らせば、長に届くでな」


 お絹の母にしばし留守にすると告げて、ワシらは一つ森の住処を目指した。



◆◇◆◇◆◇



 道中、もしかすればワシの住処におりゅうが戻っているかもしれないと淡い期待は抱いていた。ワシの知る限りでは、おりゅうはワシの住処か野分の洞穴、一つ森の宿場町ぐらいしか行き場がない。それにワシに自身を祓わせたがっていた。


 だが、ワシの住処はしんと静まり返って、何者の気配もない。どこへ行ったというのだ、おりゅう。確かに霊魂であるお主を害せるものは少ない。だが、全くいないわけではないのだぞ。


 ワシは小屋の奥の方にしまい込んでいた法螺を取り出す。ふーと表面を吹いて埃を飛ばすと、くしゅんとお絹が応えた。徳万歳(とこまんざい)と唱えて、小屋の窓から空へ向けて法螺を吹き鳴らす。


「何じゃあ風雅……、おお、おお!」


 風を連れて現れた長は、巨躯を屈めて器用に窓から入ってきた。それからワシとお絹を見比べて感極まったように頷く。い、いかん。いらぬ誤解を受けてしまった。


「お、長、こちらはワシの友のお絹にございまする。嫁御ではなく、友にございまする」


「ううむ、風雅、ぬしゃあ全く……」


「長よ、長のお知恵を拝借しとうて御呼び立て致し申した」


 長は肩を落とすと、ワシの前に腰を下ろして胡坐をかく。


「はあ、よいよい。先頃の風雅を思えば、おなごを連れ込んでいるだけえらく立派になったもんだ」


「お、お、長!」


 慌てるワシに、長はかんらかんらと笑った。ちろりとお絹を見れば、お絹は不思議そうに首を傾げる。き、気にした様子はなさそうだ。


「で、儂に聞きてえんは何ぞだ?」


 長の言葉に、ワシは居住まいを正す。まずはとワシの横に座るに視線を向けた。お絹は緊張した面持ちでワシを見る。


「このおなごは森の麓の村娘にございまする。只人にはございますが、先頃より霊魂を目にするようになっており申す」


 長はお絹を頭の先から爪の先までじっと眺めた。それから、長が首を傾ける。


「ふうん、身の内に気が溜まっておるだけだ。放っておけば勝手に散るが、風雅よ、お主何をした?」


「お絹の母の気が枯れておりましたので、母と共に香を少し。ああ、それと、野分の奴が猪を……」


 そう話したワシに、長は長い髭を揉んだ。ふうん、と何か考えるように目を細めている。太く硬い指先が、お絹に向いた。


「鬼の小僧か。猪を狩る時に気を荒ぶらせたか?こりゃ随分と多いのう。苦しかないかい、お絹」


 お絹は長の言葉に首を振る。ならそのまんまにしとこうなあ、と長が笑った。丁度野分の話題になったことだ、鬼のことを聞こう。


「長、鬼の嫁取りとは如何様なものなのでしょうか」


「おう?……風雅、ぬしゃ、まさかおなごじゃのうて野分に懸想しちゃおらんだろな?」


 秘め事を口にするかのように声を落として尋ねてきた長に、ワシは目ん玉飛び出した。


「けっ!?そっ、そそ、そのようなことは致しませぬ!」


「がっはっは、冗句、冗句じゃ」


 なんと心の臓に悪い。野分に懸想など、するわけがないというに。あんな暴力鬼を誰が選ぶか。あんな奴など、友で充分だ。


「鬼の嫁取りのう。……ああそうか、野分は鬼の仲間がおらなんだか……」


 野分は鬼に馴染めずこの森の洞穴に住み着いていたという。ワシがここを縄張りをした時には、もう既に奴は洞穴に住んでいた。ワシの見た事がある鬼の群れは、もっとずっと北の方を住処にしていた。

 長はまた髭を揉むと、ふうと息を吐く。それから、膝を立ててワシに身を寄せた。


「詳しゅう話してみい。そうさな、儂がお主のところを去った後から今日まで、漏らさずにじゃ」


 長の言葉に、ワシはしかと頷くのだった。

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