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湖に臨む宮殿

やはり馬車というのは好きになれない。専用の特注馬車といえど、揺れが多いし車輪が付いている。


姉様もブスッとした表情だ。母様の妊娠が発覚してから数ヶ月ろくに母様にも父様にも会わない生活を続けている。

甘えたい盛りの六歳としてはつまらない毎日なのだろう。

だからこそ、いま俺たちは母方の祖父のギルベルト公の王都における屋敷にいた。

ちょうどほったらかしにしていた約束もあるので、姉様とともに訪ねたわけだ。この屋敷に逗留してはや四日姉様がだれてきている。


ちなみに、俺にとってこんなもの暇のうちにも入らない。たかが四日である。やることのない数年と比べれば、話し相手もいる、稽古(やること)もある。かなり気を遣う父母との会話もないし、”俺”てきにはこの生活も気に入っていたりする。

とはいえ、刺繡を続けながらも、時折窓の外に目をやる姉様はかわいそうだ。


「両殿下」

「ギルベルト公」

「まあ、おじいさまこの家にいらしたの」

「まあ、ここが私の家ですから」

「そういうことではないだろう」


ギルベルトがいたずらっぽく微笑む。野郎がそんなことをしても似合わないと言いたいところだが、ナイスミドルなギルベルトがやると魅力的に見えるから格差というものはつらい。


紅宮の薔薇が咲いただの、叔父上がどうのなどと、どうでもいい話を始めた、


主に話すのは姉様とギルベルト公だ。俺は時折口を挟みながらギルベルト公を慎重に観察している。


ギルベルト公が当主である、カステル家はお祖父様の代に至るまで大陸中央の東側の最上位貴族として権勢を奮っていた。


かの教徒への対策からヴェルハンと手を結んだが、帝国時代の家格でもヴェルハンには二、三歩劣るとしてもギリギリ継承権すら与えられた生粋の名家である。


味方になれば心強いが、敵にすれば•••というやつだ。


「そろそろ日も暮れます。夕食にしましょう」


結局、ギルベルト公およびカステリア家の動向を掴みきれぬまま俺は王城に戻ったのだった。











今俺たちは王妃の塔のある特別な部屋の前で座っている。ルドルフ・フュルスト・ファン・ヴェルハン四歳と一ヶ月。今新たな命の誕生を目前としている。


「どうしたの?」

「どうしたのって何が?」


尋ねてきた姉様に聞き返せば呆れたように肩を竦めた。ーー六歳児の所行じゃないなーー


「何がってあなたさっきから落ち着きがないじゃない」

「落ち着きがない?僕がかい?」

「そうよ。さっきからずっと考え込んで。まあ、最も落ち着きがないのは父様もだけどね」


姉様につられて俺もつい苦笑してしまった。いつもの態度が嘘のように、父様は落ち着きなくうろうろしている。


「まったく。情けないわ」


忠実な王の楯も含め、その場にいた全員が笑う。六歳児に情けないと言われては賢王クローヴィス二世も形なしである。


「どうした何かあったか?」


どうやら話しが聞こえないほど自分の世界に没頭していたらしい父様は、笑っている皆を見て不思議そうな顔をする。それが面白くてさらに笑っていると、


「オギャオギャャ」


と産声が聞こえてきた。かなりの大声である。弾かれたように扉に向き直り、一気に開けて父様が中に飛び込んだ。

遅れて中に入った俺たちにも、だらしなく顔を歪め赤ちゃんを抱く父様と幸せそうにそれを見つめる母様が見えた。

どちらとも、いまは話しが通じないと判断した俺たちは、控えていた産婆に声をかける。


「男の子かそれとも」

「はい殿下元気な男の子でございます」

「そうか」


恐れていたことが起きてしまった。

同腹の第二王子だ。叔父たちを除けば最も脅威になるだろう。さて・・・・どうするか。

彼がいるメリットは最も信頼できる仲間となることだろう。兄弟仲と、母との仲が二人とも良好ならば、信頼できる将軍の誕生だ。これは非常に役に立つ。


デメリットは強力だからこそ敵に回れば厄介だ。この世界で弟殺しがどう作用するかわからないうちは下手に行動したくない。

さらに、仮に行動するとしても、今の俺には手駒がない。王の楯はあくまでも王たる父の命で俺に従うのだ。弟を殺せと言っても従わない可能性の方が高い。


まあ、弟殺しよりも兄殺しの方が悪く聞こえるのでよっぽど不仲にならなければ大丈夫だろう。最悪現状良好な関係を築いている姉様に仲介してもらえればなんとかなる。

回されてきた弟を抱きながら、そんなことを思った。あと意外と重い。


「ご機嫌麗しゅう陛下」

「これはこれはギルベルト公」


誰かと思えばお祖父様だ。娘の次男の誕生に慌てて駆けつけたのだろう。


弟を叔父上ーー父の弟ーーから受け取り、丁寧に抱く。


「おお、これは」

「うむ、元気な子だ」


確かに、声量が異常に高かった。それを自慢げに言うのだから親とは不思議である。


「こら、拗ねないの」


姉様に軽く頭を叩かれた。


「別に拗ねてないし」


本当だ本当に拗ねてはいない…はずだ。子供なんだからと肩を竦める姉様の頬を突こうとして、抱き上げられた。


「「父様」」

「心配するな。お前たちのことを忘れたわけでわない」


別に気にしていない。だがこの時だけは、神のことも、王位のことも忘れ、純粋に弟の誕生を祝った。












のも束の間だ。サロンのテーブルに突っ伏す姉様を横目で見る。なかなかだらしない姿だ。


「クリスちゃんシャンとしなさい」


ほら、案の定おばあさまに叱られた。


「ええーだって暇なんだもん。ねぇルディ」

「まあ、暇なことは否定しないよ」

「そうよ、だいだい母様も父様もなんだかんだ言って下の子に付きっきりで」


これが二度目であろう姉様が言うと説得力がある。

すまねぇ生まれる時期は選べなかった。


「まあまあ、これで私たちがルディとクリスを独占できるのだから」


そうそう。俺がいるのは他でもない。先王の離宮だ。

父方の祖父母の家に預けられたと言えば、わかりやすいだろう。


こうも住居を転々とさせられるとなかなかつらいものがある。六歳児である姉様からすればたまったものではないだろう。


「そういえばおばあ様ノックは?」

「姉様さっきしてたよ」

「そう・・・なの」


大丈夫だろうかこの人。こんなやり取りあと六十年は先だと思っていた。


「中にばかりいるからそうなるのよ。あの人も出てるし外でお茶にしましょう」

「いいですね行きましょうか」

「まあいいわよ」


それはいい案だ。この離宮は退位した王が隠遁生活を送るために作られたものなので、景色は最高である。


おばあさまに続き外に出てみれば、湖に映る離宮が風に揺れ心地良い。


「なんだか眠くなるね」

「あら、ルディちゃんもお昼寝したいの?」

「そうですね、少し眠りたい気分です」


揺れる水面を眺めると、どうも心が落ち着いてくる。


注がれた紅茶に口をつけ、お菓子を手に取る。

姉様も静かに湖を眺めている。ぼぉっと、しているだけなのに絵になってしまうからずるい。


「どうしたの?」

「姉様顔が眠そうだよ」


そうかしらと顔に手を当てる姉様から視線を外し、目を閉じた。暖かい春の日の光とざわめく草が眠気を誘う。


「そんなことないわ」

「いや、でも」

「そんなことないわ」 


ループしそうな会話にどこだかわからないが地雷を踏んだことを悟っていると、


「帰ったぞ!」


という声がかかった。我が祖父バメイの帰還である。

な、難産でした

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